シリーズ授業「それぞれの秋 切なさ」


光村図書出版の中学三年生の国語の教科書には、万葉集にある額田王(ぬかたのおほきみ)の和歌が載っています。

君待つと我(あ)が恋(こ)ひ居(を)れば我(わ)が屋戸(やど)のすだれ動かし秋の風吹く


また、解説には、

あなたのおいでを待って私が恋しく思っておりますと、我が家の戸口のすだれを動かして、秋の風が吹いております。
と書かれています。

額田王はすだれが動く音を聞いて、心待ちにしていた恋人がやって来たと思ったんですね。しかし、それは秋風にそよぐすだれの音で、待たれる恋人がやって来たわけではなかったんですね。切ない恋心を詠んだ歌ですね、と説明しても「切ない」という感情がわからず、実感をともないませんので、お手上げです。この歌の中で吹く風は、やはり「秋風」に限りますよね、と言っても、子どもたちには、特に男の子には夏と冬の二つの季節しかなく、「秋」が欠落してしまっているのですから、どうしようもありません。


「切ない」という感情を実感として心に思うことができるのは、ごく少数の子どもたちに限られます。その多くは女の子たちです。今自分の抱いている感情を「切ない」と表現する、ということを知らないだけのことかもしれません。または、年端のいかない中学生のことですので、今後に期するしか仕方のないことなのかもしれません。あるいは、「切なさ」とは一生縁のない人生を送るのでしょうか。それはそれでいっこうにかまわないのですが…。

『教科書ガイド 中学国語3年』光村教育図書 には、
恋しい人を待つ切なさと、秋の訪れを切なく感じる気持ちを重ねて詠んでいる。
と書かれています。「切なさ」「切なく」という言葉が、短い文中に二回使われています。

「君」とは額田王が思いをよせている恋人のことですよ。「我が屋戸の」の「が」は「の」に言いかえることができますよ、と駆け足でテスト対策用の授業をして、終わりです。塾では圧倒的に時間が足りませんので、これ以上のことはできません。
悲しい現実です。