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TWEET「地元の古社寺巡り」

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 長い年月にわたって気になっていた、主に地元の古社寺を巡った。  玉石混交の道行きだった。 2026/04/28 ◇「舘山(かんざん)寺(静岡県浜松市)」 「西行岩」に目をひかれた。 「西行法師が舘山寺参拝の折に、この岩の上で休息し、詩歌を詠んだ事から西行岩と呼ばれる。山の東端に位置し波打ち際にそびえる高さ10m の大岩」 「舘山(たちやま)の 巖(いわ)の松の 苔むしろ 都なりせば 君も来て見む」  巌根に登ると、眼の前に奥浜名湖の景色が広がった。 2026/04/29 ◇「三河國一之宮 砥鹿(とが)神社 奥宮(愛知県豊川市)」 ◇「 三河國一之宮  砥鹿神社 里宮(愛知県豊川市)」  何回か参拝したことのある「 三河國(の) 一之宮」である。 「奥宮(おくみや) 」が「本宮(ほんぐう)」である。 「奥宮」では「御本殿」の他に「健歩健脚の守護神」である 「荒羽々気(あらはばき)神社」 .「岩戸神社」,「守見殿神社」を参拝し、「天の磐座(iいわくら)(国見岩)」,「御神木」を拝観した。 2026/04/30 ◇「西斬寺(さいぜんじ) (愛知県豊川市) 」  平安時代作と推定されている、63cm のかわいらしいい 「聖観音菩薩立像」の参拝が目的だったが、暗い厨子の内に安置されていて、繊美な手指はうかがうことはできたが、 全体像を見ることはできなかった。  ご住職さんと長い時間、お話できたのは幸いだった。ご住職さんの収集である円空仏が三体あった。 2026/05/01 ◇「熱田神宮 (愛知県名古屋市) 」  三種の神器のひとつである「草薙剣( くさなぎのつるぎ)」がお祀りされており、また「日本三大神社」のひとつに数えられるが、騒然とまた雑然としていて落ち着きを欠き、興醒めがした 。 2026/05/02 ◇「徳川美術館 (愛知県名古屋市) 」  洗練された美術館だった。  茶室が展示されていて、山本空外先生がよく引き合いに出された茶杓、三つの茶杓の展示があったが、よくわからないままに終わった。  再訪を促されている。 ◇「渡岸寺(どうがんじ)(滋賀県長浜市) 「徳川美術館」から「渡岸寺」まで、車で一時間圏内であることを知り、急遽「渡岸寺」を参拝することにした。  何度 参拝しても「国宝 十一面観音像」は美しく、尊い。 永劫を生きるお姿は不動だった。  参拝者の方...

「自分の声といい肉声といい」

「山の日に山気にあたる」 2022//08/11 「霊峰(富士)を前に、茫然自失として立ちつくす。私の不用意な動きが、すべてを崩壊へと導く。私は平安のうちにあるが、心奥のどこかが緊張しているような気がする。それを畏れというのかもしれない」  私の美の体験である。 「摩訶般若波羅蜜多心経」を諳んじた。間をおかずに何回か唱えると、美の体験と近似した心境になることを、数日前に気づいた。それは、「南無阿弥陀仏」の「六字名号」を唱えた後にも起こることを、はっきり自覚している。 玄侑宗久『現代語訳 般若心経』ちくま新書 「それでは最後に、以上の意味を忘れて『般若心経』を音読してください」(194頁) 「自分の声の響きになりきれば、自然に『私』は消えてくれるはずです」(198頁) 「声の響きと一体になっているのは、『私』というより『からだ』、いや、『いのち』、と云ってもいいでしょう。むろんそれは宇宙という全体と繋がっています」(199頁) 墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社  「念仏にしても、木魚一つでもあれば、称名の声と木魚を撃つ音と主客一如になるところ、大自然のいのちを呼吸する心境は深まりうるわけで」ある。(12頁) 「自分の声の響き」であり、「称名の声と木魚を撃つ音」である。  また、小林秀雄は、 「あの人(本居宣長)の言語学は言霊学なんですね。言霊は、先ず何をおいても肉声に宿る。肉声だけで足りた時期というものが何万年あったか、その間に言語文化というものは完成されていた。それをみんなが忘れていることに、あの人は初めて気づいた。これに、はっきり気付いてみれば、何千年の文字の文化など、人々が思い上っているほど大したものではない。そういうわけなんです」(『本居宣長 (下)』新潮文庫 388頁) といっている。 「言霊は、先ず何をおいても肉声に宿る」  畏怖すべきは声にあった。  いま何かが動きはじめた。言葉を弄すること、徒らに動くことの愚かさを思っている。

「山本空外_木魚のある心象風景」5-4

山本空外「ナムアミダブツこそは平等往生の観点から 世界文化の最高価値の民主的結晶である ー 法然上人 弁栄上人に学んで 念仏生活 ー」 「アミダさまとは大自然そのものであり、アミダさまによって永遠に人生を全うできるようにしてもらっていることに目覚めると、人間として生まれることができて、今、生きられるのは大自然のおかげであるとわかる。また死んでいってもアミダさまの世界である」 「人間は一息ごとに生きられているので、生きているということは、今のこの一呼吸でしかない、次の一呼吸もとはいえない」 「法然上人は生きていることの原点をナムアミダブツと一息でいえる言葉に見出した。今わたくしが生きている深い内容を一息でいえる言葉、一語で全仏教をおさめ得る言葉は、言語学の上からもナムアミダブツの他にない」 「法然上人は大小乗の全仏教を体系化して、念仏の一語にしぼり込んだのである。それは日本の宗派仏教で説く念仏ではない」 「もとのインド語のナムアミダブツは、人間のくらしの中で一方的に損とか得とか、善いとか悪いとか、つまるつまらぬということはないという意味だから、目先でいかなるマイナスとみえることの中にも、人間一人ひとりが生まれ甲斐を全うし、それぞれなりに人生を実らすことのできるかぎりないプラスがある。  目先の損得でうろうろせずナムアミダブツで大自然の息吹きにふれて永遠の今を生きよう」 (JOBK(NHK大阪第一放送)「こころの時代」抄録 一九九五年(平成七年)四月十一日〜十二日) (龍飛水編『廿世紀の法然坊源空 山本空外上人聖跡素描』無二会 137頁)  空外先生は、「ナムアミダブツ」は「日本の宗派仏教で説く念仏ではない」と明言されている。それは前掲した、以下の引用からもうかがえる。 『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  「たとえば良寛和尚(1757-1831)のごとき、その書は禅僧として随一のこと周知のとおりであるが、さすがにいのちの根源ともいうべき阿弥陀仏と一如の生活に徹していたのであろう。道詠にも、  草の庵ねてもさめても申すこと 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏  不可思議の弥陀の誓ひのなかりせば 何をこの世の思ひ出にせむ  我ながら嬉しくもあるか弥陀仏の いますみ国に行くと思へば などがある。これは曹洞宗の禅僧としては、むしろ当然でもあ...

「山本空外_良寛の書を語る」5-3

「良寛の道詠に   草の庵ねてもさめても申すこと   南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏 とあるが、良寛の筆致に見入るほどわたくしは「無縁の慈」の深みに感応する」(『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 10頁) 「江戸期に相次いだ二大書家、いな二大仏者というべきであろうが、慈雲尊者(1718-1804)と良寛和尚(1758-1831)のごとき、いずれもそうであって、(各各一人ひとりのいのちの根源に迫って、その内面化において自己も悟入し、周囲をも照らす自・他平等の自由が深まる)そうした根源に帰入しなければ、いかに臨書しても、外形に終り、したがって書道でなく、書き方でしかない。  したがって極言すれば、良寛の書を終日臨書するよりも、和尚の晩年を追想できる越後、長岡国上山の五合庵を訪ねたほうがむしろましではなかろうか。当時ほど不便ではないが、それでも和尚の生活を深めた自然の趣を追跡できるからである。書は人なりといっても、その人間も心も形成されるのは生活と自然によるのであり、その生活も自然のなかでしかない。五合庵にいたる奥まった上下する細道を托鉢のために往来すること十四年(1804-1818)、途上の大木に問いかけて、去にし模様を聞かして欲しい気持をおさええないような環境でもある。そこで暫く乞食生活でもすれば、少しは良寛の書を理解できる道も開けるかもしれないが、現代人には至難のことであろう」(『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 5頁) 現地におもむき、当地でふれ合えば「感応」することもあるだろう。「五合庵」、また一つ行き先がふえた。 「たとえば良寛和尚(1757-1831)のごとき、その書は禅僧として随一のこと周知のとおりであるが、さすがにいのちの根源ともいうべき阿弥陀仏と一如の生活に徹していたのであろう。道詠にも、  草の庵ねてもさめても申すこと 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏  不可思議の弥陀の誓ひのなかりせば 何をこの世の思ひ出にせむ  我ながら嬉しくもあるか弥陀仏の いますみ国に行くと思へば などがある。これは曹洞宗の禅僧としては、むしろ当然でもあるというのがわたくしの見解でもある。 (中略)  やはり心の芸術の奥にはいのちの原点に一如の光が照らさなければ、真実の深みはあらわれようがなかろう。書論各観...

「『空こそ色なれ』,そして『空外』」5-2

◇ 龍飛水編『いのちの讃歌 山本空外講義録』無二会(150-152頁) には、『空外漢訳心経』と『空外梵本心経和訳』が載っている。いずれも、山本空外による、サンスクリット原典からの漢訳であり、邦訳である。  日本では、玄奘三蔵漢訳の『般若波羅蜜多心経』が、「古来最もよく知られ、読まれている」が、訳本に異同が認められるのは、いわずもがなのことである。なお、「八世紀後半」に「法隆寺に伝わった『般若心経』サンスクリット写本」が、現存する世界最古のものである。 「あの小さい(玄奘三蔵漢訳)のお経に「無」が二十一遍も出ている。サンスクリット原典の『般若心経』にあって漢訳本で略している「無」が、もう七つある。また「空」は、漢訳本に七通りありますけど、さらにサンスクリット原本では五遍たさないといけない。」(587頁)玄奘三蔵の漢訳は読誦することを目的としていて、声調を念頭においたものに違いないが、それにしても意外だった。  玄奘訳の「舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。」の、「舎利子」の後に、空外訳には、「於此世界 色空空色」の文句がある。そしてそれは、「この世界においては 色は空にして 空こそ色なれ」と邦訳されている。「漢文では「空こそ」の「こそ」が表わせない。それで「空色」と書いてある。漢文では無理ですけれども、日本語なら「空こそ色」と訳せるでしょう。それでわたくしが『般若心経』を訳しかえた。」(578-579頁) 「『空・おかげでないと、色ではない』というのが『般若心経』の考え方です。」(305頁)「おかげでないものはひとつもない。それを『空こそ色なれ』というのです。だから、『空こそ色なれ』という『般若心経』の一句は、世界を照らすような光です。」(342頁)  また、空外訳ではその後、「空不異色色不異空」と続くが、玄奘訳の「色不異空。空不異色。」とは、順序が逆になっている。そして空外先生は、「空は色に異らず 色は空に異らず」と邦訳している。原典では、いずれの場合も、「空」が重視され、強調されている。 「空外とは、『般若心経』にいう「空(くう)こそ色(しき)」という意味」(578頁)であることをはじめて知った。「空こそ色なれ」とは、空外先生の思いの丈の表れである。 「空」とは、「簡要にいえば、生きられていることへのおかげのことで、何一つ自分のてが...

「山本空外『書と生命 一如の世界(対談)』_2/2」

今日(2022/02/07)昼すこし過ぎたころ、 ◆『墨美「書と生命 一如の世界」<対談> 山本空外 / 森田子龍 1976年12月号 No.266』墨美社 の再読を終えた。 本誌は、 「昭和五一年九月一二日放映 NHK教育テレビ ー 宗教の時間」 の筆記録である。時間的制約のなかでは、意をつくせず、時間的枠内のなかでこそ、最優先に伝えたい内容があり、私たち読者にとっても悲喜こもごもの対談となっている。  なお、森田子龍氏は 墨美社長である。 「そのまま          ー 煩悩即菩提 ー」 山 本  ここまで来て、人間というものについて考えをまとめてみたいのですが、先ず聖徳太子の              世間虚仮、唯仏是真 ということばが思い浮かんでまいります。  相対的・日常的な世界「世間」は、すべて虚仮であり迷妄である、とされ、そこを超えた一如の世界を「仏」としてとらえ、そこだけが真実だとされています。  相対次元と一如の世界とを明確に位置づけ、断固たる自信をもって評価を下されているわけです。(12頁) 「僧侶がいい書を残した」 山 本  でも空海にしても慈雲にしても良寛にしても日本の書道史では僧侶が手 本を示しておられるということはありがたいことだと思いますね。 森 田  書がいいということは、一如の人間に、先生のお言葉でいえば、主客を離れた無二的人間になっているから、つまり無礙自在に自分まるまるを生きているから、その人の書がいいということでしょう。それ以外に書がいいといえる理由はありえないと思うんです。 山 本  そうですね。(34頁) 「形を通し形を超えてその奥で          光るもの ー いのちの根源」 山 本  そうですよ。だから形式も大事だけれども、形式にとどまらずにもう一つ奥で光るというか動くというか、いのちの根源に取り組んで自分でなければ実らせないような人生を、書なら書のなかで、茶道なら茶道として、生かしてゆくことが本当の芸術とか文化といえるのではないでしょうかね。 森 田  そうだと思います。もう一歩を進めて今の形式的な問題、外側の問題をただ無視するのではなくて本当に外にとらわれない一如の自分が、そういう形式の意味を内から生かして出てゆく、それがないといか...

「山本空外『書と生命 一如の世界(対談)』_1/2」

今朝(2022/02/06)明けやらぬころ、 ◆『墨美「書と生命 一如の世界」<対談> 山本空外 / 森田子龍 1976年12月号 No.266』墨美社 を読み終えた。  以下、2018/11/06 のブログに引用した文章である。以来、「道具茶」について不審を抱いていた。 白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫 「『道具茶』といふ言葉は偶像崇拝の意味だらうが、茶の根源的な観点は空虚にある様に思はれる。真の意味で、道具の無い所に茶はあり得ないのである。一個の道具はその道具の表現する茶を語つてゐる。数個の道具が寄つて、それらの語る茶が連歌の様に響き合つて、我々の眼に茶道が見えるのである。何一つ教はらないのに、陶器に依(よ)つて自得するのが茶道である。」(青山二郎『日本の陶器』) 「何一つ教はらないのに」といっているように、青山さんは茶道のことなんか、何一つ知らなかった。ひたすら陶器に集中することによって、お茶の宗匠の及びもつかぬ茶道の奥儀を極めたのだ」(83頁) 「書 論(書道哲学)」 『墨美「書と生命 一如の世界」<対談> 山本空外 / 森田子龍 1976年12月号 No.266』墨美社 山 本 (前略)書道哲学のことを書論といいます。厳密には論書といいますが、中国のも日本のもあらまし取り組みまして、そうすると本当に、書をかくなかに自己を見出すといいますか、自己が自己になっていくといいますか、自己が自然の大きないのちのなかに接する、そういう重点に気がつき出して、そうしてまた茶道といっても、茶席に入って一番に床にかけられた、大体は書です。絵というのは例外みたいなもので、書に頭を下げる。形式的に下げて結構ですといったらそれですむかもわからんけれども、それでは茶道でもなんでもないですね。取り組むからには結構ですといえる自分にはっきりしていなければならん。書道と茶道というものはそこで離すことのできないものです。そのほかにも、あるいは釜、あるいは水差、茶盌、棗(なつめ)、茶杓など、複合的な取り合わせの美ですね。ちょうど書道もそうです。書をかくのには筆、また硯、墨ですね、紙などに書くのですが、それぞれ何十通り、何百通り、何千通りとあるんです。その取り合わせでございまして、茶道でも掛けものと花生とが取り合わないと自然ではない、不自然になる。またそれらと釜も水差も茶盌も棗も茶杓も...

「山本空外『書論・各観_2/2」

一昨夜(2022/02/13)、 ◆『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 ◇ 山本空外「書論・各観」(28〜39節) の再読を終えた。「書論序観」,「書道通観」,「書論・各観 」、「三観」の最後をなすものである。 「屋漏痕の如し」(董内直「書訣」、『漢渓書法通解』巻第六、十三丁)。「屋根から雨が漏った「水滴の一点」を書いてこそ「点」にもなる書道」(42頁)とは、いかにも他意なく無作為である。 「点のことを「側」と」いうが、30,31 節では、「いわゆる『永字八法』」の「はじめの「側」点について」、「点之祖」(『書法正伝』巻二、五丁)」から「二十三に限定」し、「側法異勢」(『漢渓書法通解』巻四)「と比較補足し」つつ解説している。が、もとより「細説していけば際限」のないものであり、私の手には負えず走り読みした。  32 節以降では、「書法」がとりあげられているが、これとて際限のないものであり、山本空外は、もっぱら 六朝(梁)の蕭子雲(486-548)書の「十二法」について述べている。 「点之祖」と同様に「十二法」も走り読みか、と危惧していたが、それは「人間形成に対する十二法」といった内容のもので、興味深く、今回は、立ち止まりつつ、あるいは行きつもどりつしながら、味読した。巷間にあふれている「人生論」とは、品・格、広・深ともに比較の対象にならないものである。 「十二法」とは、「潔・空」,「整・放」,「因・改」,「省・補」,「縦・収」,「平・側」である。かぎ括弧で括った二法は、それぞれ相対・相補の関係を成し、アウフヘーベン(止揚)し、相照らし合って優位にたつものである。 一例をあげれば、 「整・放」は、『潔・空』二法が止揚したものである。「整」と「放」とは相対概念であり、また相補概念である。両者相まって書の生命は躍如たるものとなる。それは書にかぎらず、われわれの生活一般に照らしても同様であろう。 「こうした書体の各画にいたるまでの整合の書風に偏するのを他方に不可として、その解放を説くのが「放」の本意なのである。どこまでも正常に書かんとする「整」の書法ももとより当然ではあるが、といってその形式にとらわれたのでは書の生命は失われるから、「整」への偏執を止揚せんとして「放」が説かれるのである。「放」によってかえって「整」も生かされてくるので、要...

「山本空外『書論・各観_1/2」

昨夜(2022/02/10)、 ◆『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  ◇ 山本空外「書論・各観」(28〜39節) の、「28,29 節」の再読を終えた。手間どった。「書論序観」,「書道通観」,「書論・各観 」、「三観」の最後をなすものである。 「各観こそは各各性の行(ぎょう)観ともいうべきもので、まったく際限もないほど、書道を行ずるところにいかようにも取りくまれるし、掘りおこされもする。」「序・通二観を教門とすれば、各観は行門といえる。」(39頁) 「色紙」や「桐箱」,「肥松の盆」,「つまり何に書くかによっても、その書の雅致を異にしてくるが、いかなる筆で書くかによっても、また古墨か新墨か、その新・古の各各のよさ、さらに濃・淡のすり方、したがって硯をも吟味せざるをえなくなる等々、それでわたくしはその各各の取りあわせを生かしきっていくところを重層立体的各各円成とも称して学術用語にもしている。」(39頁) 「中国・日本の仏教を通じて、八宗の祖と仰がれもするほどの印度仏教の代表的思想家、竜樹(150-250)が、仏教の根幹といえる『大品般若』を釈した『大智度論』の巻第四十三の一文を左に挙げて、そこにいわゆる「中道を行ずる」ことをくりかえし力説するのが、まさに筆跡に行ずる各観にあたるわけなのである。後述するが、その「中」とは価値のうえでは「極」、すなわち最高という意味になり、したがってこれ以上のないところを各人なりに生きる心証が筆致に生動する。各観に相応する人生をいかに論じてみたところで、けっきょく「般若波羅蜜」(「多」を付しても原語は同じで、この梵語は、「悟りの智慧で彼岸に到った」という意)に帰するのほかない」「40-41項)  竜樹の解釈する「般若波羅蜜」の意味が理解できずに、繰り返し読んだ。私が読んだ「般若心経」の解釈とは、意を異にするものだった。ないがしろにするわけにはいかなかった。  たとえば、 「今は般若波羅蜜の体を明かす。何等かこれ般若波羅蜜なる。般若波羅蜜とは、これ一切諸法の実相にして、破すべからず、壊すべからず。(中略)  またつぎに常もこれ一辺、断滅もこれ一辺なり。この二辺を離れて、中道(「極」,最高の意)を行ずる、これを般若波羅蜜となす。  またまた常と無常、苦と楽、空と実、我と無我等も、またかくのごとし。...

「山本空外『書道通観』_2/2」

昨日(2022/02/01)、 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 ◇ 山本空外「書道通観」(17〜27節) を再読した。  初読に比すれば、ずいぶん明らかになったとはいえ、いまだに保留にしたままの箇所がある。  なお、「23〜26節」の「筆法・各論」では、「執・使・転・用・結」について論じられているが、書道と無縁な私にとっては、とりわけ不分明な内容となっている。 「しかし書道は思想というよりも、行(ギョウ)じていくうちにかかる書のかける人間になるところに重点があり、したがっていかに分けて述べていても、畢竟するに筆端に帰一せしめられて、その筆者の心の深さに支えられなければならない」(14頁) 「自然の妙有に同じ、力運の能く成すところに非ず」(15頁) 「意前筆後」(「意は筆前に在り、字は心後に居る」(李華))」(15頁) と、空外は結論づけている。 「こうした書論ないし書道史をいくら詳述したところで、それだけでは噂のくり返しに終るまでである。ここでの重点はかかる形式論でなく、鍾繇(しょうよう)『宣示表』などの古榻(星鳳楼帖)や王羲之『天朗帖』の初拓(『群玉堂』中零本、祝枝山旧蔵)などのごときを親しく前にしてはじめて、前掲書論の生動するところに感応する深まりにほかならない。いずれもわたくしの秘蔵で、こうした類の古拓に親しむだけで、臨書はしないのである」(20節 6-7頁)  本誌には、「鍾繇書」,「王羲之書」の古拓の図版が掲載されている。楷書で書かれた「鍾繇」の、整然と文字が並んだ書は気高く優美である。「王羲之」の書体は不明であるが、書は殺気立ち真剣勝負になり、長時間の鑑賞には耐えられないものとなっている。「血法」,「いわば書から血の出るような生きた筆致」とは反対に、殺伐の気を感じる。 「わたくしが臨書をしないのは、「形似」の弊を思うからでもある。唐宋八家の一に数えられる蘇軾(そしょく)(1036-1103)も、「画を論ずるに形の似るを以てするは、見、児童と隣りす。詩を賦するに此の詩を必ずとするは、定めて詩を知る人に非ず」と論じて、「詩・画本一律」の観点のもとに、「形の似るを以てする」のを童見に準ぜしめながら、「形似」を越えた心境を重視しており、これはもとより書論にも相通ずるが、その根ざすところをたださなければ、書道が詩・画...

「山本空外『書道通観』_1/2」

今日(2022/01/30)の午後、 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 ◇ 山本空外「書道通観」(17〜27節) を読み終えた。 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社 ◇ 山本空外「書論序観」(1〜16節) に続く論考であり、「23〜26節」の「筆法・各論」、「執・使・転・用・結」について論じられているが、書道と無縁な私にとっては、とりわけ不分明な内容となっている。 「書論序観(『墨美 』第214号)に続いて書論通観の一角を論じていくうえに、古来東洋の書画の手本に、自然に乾いたあら壁の割れ目が力説されるゆえんが想起される。これ西洋文化には類を見ないところである。また古拓の絶品を目前にすると、そうしたあら壁の割れ目に窺える自然のいのちに通う心の開けるのを覚える。おそらくこれ以上の手本もなかろうから、中国書道でも「折(タク)壁の如し」と論断し、(董内直、書訣、『漢渓書法通解』巻第六、十三丁)、わが『本阿弥行上記』にも、「あら壁に山水鳥獣あらゆる物あり(中略)。あら壁の模様をよき手本」云々と強調するのであろうか。簡言すれば自然のいのちともいえるものが筆端に動かなければ、東洋の芸術とはいい難いので、西洋美学に見るような概念化の、その奥に生動するいのちに迫るのが、東洋芸術のいわゆる「自然」なのである。それで全画面を塗りつぶす西洋画と相違して、空白が重視され、いな、時にはそれが画面以上にものをいう東洋画の面目もあるのであろう。書道文化にいたっては西洋芸術史上皆無のゆえんでもある」(2頁) 「空即是色」を思えば、「あら壁の割れ目」は、自然のいのちの発現であり、これに伍することはあり得ても、これに優ることはないだろう。「折(タク)壁の如し」。このような文章に出会うとうれしくなる。 「すでに書祖、後漢の蔡邕が、「書は自然に肇(ハジ)まる」というのにも(蔡邕石室神授筆勢、『書法正伝』巻五、二丁)、そうした裏づけが予想されないであろうか。その肇筆を生かすゆえんの「自然」とは、われわれ一人ひとりが生きられるそのいのちの根源につながるもので、これが筆勢に生動して、はじめて書道が成立することになる。一筆ごとにそのいのちの根源に直通するのでなければならない。また手の動くのも全生命にもとづいてのことであるから、後述...

「山本空外『書論序観』_2/2」

山本空外「書論序観」 『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社 「僅か竹の一片ではあっても、その一本一本の竹質のさくさ、ねばさ、その他の加減等々を、そう削らなければ削りようもないほど、千変万化する竹質のそれぞれなりに生かしきっていく刀の冴えを拝見するわけである。それも名作は一応光ってはいるものの、その光に照らされるだけでなしに、自ら茶杓を削るなかに体験する悟入にもとづくのが本当のようである。また自ら行じなければ、何事でも半解に終るのではなかろうか。東洋の精神文化が行の文化として深まるゆえんを沈思しなければならない。  小刀と竹一本あっても茶杓は自ら作れるが、そのときただ自分勝手に削ったのでは、どうにもならないので、竹一本一本のもつ各各の性質を生かしきっていけるような刀の冴えかたのできるところに快心の作といえる。刀と竹の自他一如がそうした悟入の心の深さで支えられるわけで、前述の「無二性」にほかならない。あたかも筆と紙があれば書道は行ぜられるが、紙一枚一枚の新古各各の漉きかたにいたるまで生かしきっていく使筆でこそ無二的書道につながるので、その一点一畫の運筆のなかに無二的人間の形成が行ぜられること、茶杓を作る刀ごとにやはり無二的人間の形成が行ぜられるのと同様である。そこを拝見するわけで、席に入って始めに書幅を拝見しても、終りに茶杓を拝見しても、一貫してその作者の無二的人間の形成行に直参するところに本義があるとすれば、拝見する客自身もその拝見を通して無二的人間の形成を行ずるのでなければならない。そこに人生にも取りくめる本義が通ずるので、この本義から外れたのでは「道」でもなく、精神文化でもない。念仏にしても、木魚一つでもあれば、称名の声と木魚を撃つ音と主客一如になるところ、大自然のいのちを呼吸する心境は深まりうるわけで、いわばそうした心境において揮毫する場合にはこの筆、この紙の各各のいのちを生かすことになり、茶杓を作るときには、その竹のいのちを生かす刀の冴えかたが深まるわけである。ところが西洋人には竹の理解乏しく、古来筆紙も南無阿弥陀仏も木魚も考え出せなかった。  一人ひとりが一人ひとりなりに行じて、大自然を一人ひとりなりに生ていく文化、こうした精神文化の粋が書道なので、そこを白紙の上に墨一点にでも決めていくような精神文化は他に類がなかろう。し...

「山本空外『書論序観』_1/2」

昨夜(2022/02/16)、日付が変わるころ、 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社 ◇ 山本空外「書論序観」 の初読・再読を終えた。  書道とは、「『自然の妙有に同じ』ところに直参しようとする心がけ」であり、「力運の能く成すところに非ず」。「『自然』との主体的一如(不二)の心境」は、「永遠の今ともいえる『現実』」を「照ら」す、ここに「直入」することが書道といえるが、書論は書道哲学に終わるものではなく、各々が行ずるところに「書論の面目がある」、と空外は注意を換気している。  空外は書道を語りつつ仏教(主に「念仏」「禅」「般若心経」)におよび、仏教にふれつつ書道を語っている。書道と仏教とが渾然一体となっている。私の空外への関心は、空外の境地が書に表れているという証にある。それは西行の心中と歌との相関と同質のものである。とはいえ、私にそれらが判るはずもないが…。 「書論序観」は、紙数にしてわずか十五頁の作品であり、難解であるが、かといって手放すわけにはいかない。いまだに理解が浅く、概論風な作文も書けずに時を過ごしている。 「書道に達するには、自然のいのちが毫端に脈打つのほかになかろう」(8頁) 「無二的人間の形成が一点一畫に生動していかなければ、書道でもなく、書論も成立するわけがなかろう」(9頁) 「わたくしはこの無二的人間の形成を書論の根底に予想するものの、じつは東洋文化の基本とも考えるので、したがってその線で精神文化の粋としての書道が確立でき」よう。(9頁) 「坐禅や念仏のような三昧方法に出会いえているわれわれの幸せに想到せざるをえない」(5頁) 「定家卿のいはく、我筆道は一也。二聖三賢の跡をもしたはず、両公四輩の風をもねがはず、唯法而任運にして、柳はみどり花はくれなゐ、風雲流水のすがたおのづから不可説の道なれば、我師にあらずといふことなし。我手習にもれたる物なし。」(定家卿筆諫口訣、『続群書類従』第三十一輯下、巻第九一四、雑部六四)(9頁) 「ここで「二聖」とは 嵯峨天皇、弘法大師、「三賢」とは 道風、佐理、行成、「両公」とは 法性寺殿、後京極殿、「四輩」とは 文昌、保時、時文、文時、(生没年略)いずれも名だたる名筆なのに、そうした「跡をもしたはず、風をもねがはず、唯法而任運」の「自然に肇まる」ところに直入せんとするのであろ...

「新春に,空外著を漁る」5-1

 2021/12/06 以来、「四国遍路」を渉猟してきたが、ついに精魂尽き果て、不甲斐なくも、昨日は一日中横になっていた。  なかでも山本空外先生との邂逅は大きな収穫だった。白川静と同様に大きすぎ、手にあまる。しかし、著作を身辺にそろえておくことは不可欠である。いつ何時、何かがはじまらないともかぎらない。一文の理解に眼を開かされることもある。 以下の6冊が、数日中にそろう。 ◆ 山本空外著,龍飛水編集『いのちの讃歌』無二会 ◆ 龍飛水『二十世紀の法然房源空 山本空外上人聖跡素描』無二会 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社 ◆『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 ◆『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 ◆ 森田子竜『書:生き方の形』日本放送出版協会 分をわきまえない、大それた買い物である。

「良寛の書」

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  荒井魏『良寛の四季』岩波現代文庫 「古筆学の権威として知られる小松茂美さんは」「良寛書の魅力」を、 「独自のものだ、と思います。枯れた、寂(さび)た、わびた風情。言いがたい一つの線の美しさ…。いきなり真似て書いても、こんな字にならない。禅の修行による人間錬成の結果、無欲恬淡(てんたん)に至り得た境地からの自然な流露のままの字です」(126頁) と述べている。 『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  〈山本空外〉 「良寛和尚のごとき、外見はいかにも平凡のようでも、心は深く永遠の光に照らされている証拠をその墨蹟が物語っている」(55頁) (「唐の懐素上人といい、わが弘法大師といい」)「良寛の書にしてもそのよさを一語にしていえば、そう(「空」を書くと)いえるようである。いな、極言すれば「空」を書かなければ、未だ書道の門前に立つにすぎないともいえないことはなかろう」(49頁) 〈森田子龍〉 「良寛のあの細い細い線は、中にきりっと厳しい骨というか芯があって、そこから外に無限にはたらき出しています。無限の振幅があってそれが空間を奥行のある生きた世界にしています」(33-34頁) クリック、またはタップして、拡大してご覧ください。 「われありと」 「われありと たのむひとこそ はかなけれ ゆめのうきよに まぼろしのみを」(6-7頁) 「易 曰」 「易に曰く、錯然は則ち吉なり」(8-9頁) 「われありと」は、変体仮名で書かれています。学生時代 雲英末雄(きらすえお)先生にずいぶん鍛えられたはずなのですが、いまとなっては…。 「易 曰」では、「錯然は則ち吉なり」と保証された、それぞれの文字の、無邪気にくつろいだ姿が愉快である。絵を見ているかのようで楽しい。良寛の筆の運びに迷いはなく、濃淡もそのままで、なんの衒いもない。興にのって書き、後はふり返らず、といった風情の書である。  見ていると体が明るくなり、時を忘れ、迷子になる。  それはたとえば、「渡岸寺(どうがんじ)十一面観音像」,「法華堂 不空羂索観音立像」,また「興福寺 阿修羅像」の前に立ったときと同種の体験である。  空外先生は、弁栄上人に帰依した、浄土門の人である。書を拝見すれば境地がわかる、悟りの境地にあるか否かは書に表れる、と、こともな気にいっている。日本人では、空...

「山本空外_では書は信用であるか」

「書論各観の光はその心の深さにしか照応しない。したがって外観のよさと内面の心光とは、どこまでも混合してはならないし、あくまで別のものである。そのことを書ほどきびしく示すものが他にあるであろうか。書をかけば、そのことはまったく一目瞭然なのである。自己とは何かをいかに論議しても、またそれに関する研究書をどれほど読破しても、決まるものではない。わたくし自身その問題を東大の哲学科卒業論文(『カント及び現代のドイツ哲学における認識主観の意義』大正十五年三月)でも取りくんだし、以後今日まで約六十年も専攻し来ったが、それよりも書を見るほうが、よほどはっきりと書いたひとの心もわかり、自分の書を前にすれば自己の心を鏡に写したようなものと感ずる。生きた心の芸術として書以上のものはなかろう。終生自己の問題に哲学上取りくみ来ったわたくしは、心の宗教として念仏で一生をとおし、また自己の心を原点にする書芸術を久しく行ずるゆえんである」(『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 39-40頁) 「良寛和尚のごとき、外見はいかにも平凡のようでも、心は深く永遠の光に照らされている証拠をその墨蹟が物語っている」(『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 55頁) 「良寛の道詠に   草の庵ねてもさめても申すこと   南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏 とあるが、良寛の筆致に見入るほどわたくしは「無縁の慈」の深みに感応する」(『墨美 山本空外 ー 書と書道観(二)1973年6月号 No.231』墨美社 10頁) 「良寛の書のごときは、そうした「大慈悲」の書でもあり、この前に立つものをして、「無縁の慈をもって、もろもろの衆生を摂するなり」といえないであろうか。「仏心とは大慈悲なり」という、その仏心こそ主・客の無二を呼吸する、いのちのつながりの原点であるからである。その原点に立つ書論各観でなければ、生ける書とはいえない」(『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 41頁) 「かの『淳化閣帖』中の蕭子雲の書(「歴代名臣法帖第四」)を見ていても、時のたつのも忘れて自然の心に迫って際限ないものに感応する」『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 50頁) 「では美は信用であるか。そうである」(「真...

「山本空外,青山二郎_『道具茶』再び」

今日(2022/03/05)の朝方、 ◆ 龍飛水編『いのちの讃歌 山本空外講義録』無二会 ◇「わたくしの地平を越えて」 ◇「三日の命」 を読み終えた。 「わたくしの地平を越えて」は、三日間にわたって行われた「授戒会(じゅかいえ)」での「75分 × 9回」の「講義録」である。しかし、ここにいたっては、「空外先生」,「空外上人」とよぼうが、「講義」,「講話」といおうが、差しつかえのないものである。 白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫 「『道具茶』といふ言葉は偶像崇拝の意味だらうが、茶の根源的な観点は空虚にある様に思はれる。真の意味で、道具の無い所に茶はあり得ないのである。一個の道具はその道具の表現する茶を語つてゐる。数個の道具が寄つて、それらの語る茶が連歌の様に響き合つて、我々の眼に茶道が見えるのである。何一つ教はらないのに、陶器に依(よ)つて自得するのが茶道である。」(青山二郎『日本の陶器』) 「何一つ教はらないのに」といっているように、青山さんは茶道のことなんか、何一つ知らなかった。ひたすら陶器に集中することによって、お茶の宗匠の及びもつかぬ茶道の奥儀を極めたのだ」(83頁) 「わたくしの地平を越えて」 「茶席へ行った場合はその器が大事です。」「半分は器を見せて頂くことが茶席の仕事です。第一は、茶席に入ったら床の間の掛けものを拝見することです。わたくしは掛けものに書いてある「南無阿弥陀仏」を随分多く見ていますが、その殆(ほとん)どは、字になっていない。それは人間がなっていない証拠です。書は、心画だといいましたが、その方の心をずばり形に出すのです。人間はさとっているが字だけは迷っている、というような芸当はできない。字を書かせてみたら本物かどうか一発です。 (中略)  器だけではない、床の間に掛けてある字がわからなければいけません。主人の心づくしが掛けものにうかがえるからです。それから、釜でも水差でも茶碗(ちゃわん)でもです。茶杓(ちゃしゃく)はなおさら、茶入や棗(なつめ)でも、しかも、釜を掛けてある五徳がありますが、あれがまた大事です。だから、炭手前を拝見するときには、五徳を見るのが大切です。五徳の芸術がある。すばらしいです。ただ上に釜をのせればいいというものじゃない。 (中略)  お茶は中国あるいは中央アジアからきているけれども、それを茶道といえるところまで...

TWEET「われありと」

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  近ごろ気になっている歌がある。良寛の歌である。 『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  ( クリック、またはタップして、拡大してご覧ください) 「われありと たのむひとこそ はかなけれ ゆめのうきよに まぼろしのみを」(6-7頁)  勝手にこしらえた「 われ」を 主人に仕立てあげ、顧みない人は虚しい。この「 ゆめのうきよに」「 まぼろしのみを」見て、一生を終えてしまうことになる、というほどの意であろうか。 「 ゆめのうきよ に 」と 「 ゆめのうきよ の 」とでは、歌のもつ意味が変わってしまうのは当然のことだろう。 「われ」はいずれ、「空」,「仏心」,「いのち」に包摂され、やがて溶融し消失してしまうものである。  私の書くのは仏教哲学・「哲学的信仰」であり、実体験でないのは口惜しい。我も「われありと たのむひと」の一人である。

TWEET「かつ消えかつ結びて」

 以来、事あるごとに「般若心経」を唱えている。いささか偏執狂的である。  口をついて出てくる経文は「かつ消えかつ結びて」、“いま”という刻を感じる。  捕らえどころのない “いま”を手中にするには、「般若心経」に沈潜するしかないだろう。沈潜するとは、「色こそ空なれ」,「空」となれ合う ことである。  そしてまた、2023/06/06(鑑真和上の御命日)に、唐招提寺の本堂で昌和した、いのちの生動の調べとでもいうべきリズムに身を委ねている。 「明の董其昌が『画禅室随筆』のなかで、「いわゆる宇宙、手に在るもの」というゆえんであろう。禅や念仏は、その場合手中に生動する宇宙・自然のいのち(無量寿)を呼吸するパイプにほかならない」(『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社 8頁)  わずか18日間の「般若心経」体験ではあるが、確かにこころに響いている。「いささか偏執狂的」であり続けることに意義がある、と思っている。  断片が続きます。

TWEET「阿弥陀仏」

 学生時代から「哲学としての宗教」についての書をずいぶん読んできた。が、還暦を過ぎたいま「宗教としての哲学」への転換期か、と感じている。「宗教としての哲学」には実践がともなう。   2024/0 8/19 以来, 「般若心経」をことあるごとに唱えて いる。ゆったりと丁寧に、声が脳内に反響するようにして、一度に三回ずつ誦んでいる。読経後には平安が訪れるが、それもやがて去る 。平安の内にあり続けるために、称名を唱えるように唱えている。いささか偏執狂的である。 山本空外は、 「法然上人は大小乗の全仏教を体系化して、念仏の一語にしぼり込んだのである。それは日本の宗派仏教で説く念仏ではない」 と明言している。 そして、 『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  「たとえば良寛和尚(1757-1831)のごとき、その書は禅僧として随一のこと周知のとおりであるが、さすがにいのちの根源ともいうべき阿弥陀仏と一如の生活に徹していたのであろう。道詠にも、  草の庵ねてもさめても申すこと 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏  不可思議の弥陀の誓ひのなかりせば 何をこの世の思ひ出にせむ  我ながら嬉しくもあるか弥陀仏の いますみ国に行くと思へば などがある。これは曹洞宗の禅僧としては、むしろ当然でもあるというのがわたくしの見解でもある。 (中略)  前掲『書と生命』冊中にも、良寛とともに、弘法大師(774-835)・慈雲尊者(1718-1804)の書も併載されたが、じつにやはりいのちの生動するところ、大師にも  「空海が心のうちに咲く花は 弥陀よりほかに知るひとぞなし」 という道詠があるとおり、その花が書として形相をあらわしたわけで、いのちの根源としての阿弥陀との一如に根ざすとしか思えない」(39頁) と書いている。  なお、山本空外、岡潔は、山崎辨栄(べんねい)上人(浄土宗・光明派)に帰依し、湯川秀樹は山本空外上人に帰依している。こういった慎重さ、保証がなければ、臆病な私は宗教(仏教)には近づけない。 龍飛水編『廿世紀の法然坊源空 山本空外上人聖跡素描』無二会 また、空外先生は、 「法然上人は生きていることの原点をナムアミダブツと一息でいえる言葉に見出した。今わたくしが生きている深い内容を一息でいえる言葉、一語で全仏教をおさめ得る言葉は、言語学の上からもナ...