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TWEET「聖夜に」

 聖夜に行われる「主の降誕ミサ」に参加したいというのが、私の長年の願いである。  敬虔な祈りに包まれていたい。  理解することよりも、身体(からだ)で感じたことを大切にしたい。  教会の片隅で、鎮まっていたい。

TWEET「ひとりがいい。ふたりではもう多すぎる」

「ひとりがいい。ふたりではもう多すぎる」 ひとりは さびしい。 ふたりは なお さびしい。 さんにんは さらにさびしい。 ひとりがいい。ふたりではもう多すぎる。 「幾山河(いくやまかわ)越えさり行かば 寂しさの 終(は)てなむ国ぞ 今日も旅ゆく」   牧水   多情多感な「牧水が23歳の頃(明治40年)に中国地方を旅した際に」読んだ寂寥の歌である。  歳をとり、いまの私に牧水の感傷はない。が、懐旧の念、愛惜の思いならばある。

TWEET「われありと」

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  近ごろ気になっている歌がある。良寛の歌である。 『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社  ( クリック、またはタップして、拡大してご覧ください) 「われありと たのむひとこそ はかなけれ ゆめのうきよに まぼろしのみを」(6-7頁)  勝手にこしらえた「 われ」を 主人に仕立てあげ、顧みない人は虚しい。この「 ゆめのうきよに」「 まぼろしのみを」見て、一生を終えてしまうことになる、というほどの意であろうか。 「 ゆめのうきよ に 」と 「 ゆめのうきよ の 」とでは、歌のもつ意味が変わってしまうのは当然のことだろう。 「われ」はいずれ、「空」,「仏心」,「いのち」に包摂され、やがて溶融し消失してしまうものである。  私の書くのは仏教哲学・「哲学的信仰」であり、実体験でないのは口惜しい。我も「われありと たのむひと」の一人である。

TWEET「物が纏ったものを捨てる、

 北風が吹きはじめたころ,「煤払い」を終えた。その後 専ら,「捨てる」ことに専念している。  物を「捨てる」とは、それにまつわる “思い” を「捨てる」ということである。苦渋の一巡目、逡巡の二巡目、三巡目の未練。少しずつ歩を進めるしかないように感じている。目標は「人・もの・こと」からの解放である。 荒井魏『良寛の四季』岩波現代文庫 2022/02/22 「ぬす人に取り残されし窓の月」 人はこれほど「無一物」になれるものか。 良寛はこの期におよんでも風流である。  良寛に印可を与えた、備中玉島 円通寺の大忍国仙和尚をして「大愚良寛」といわしめた所以の一端がうかがえよう。 「一九九四年にパリの地下鉄内に世界各国の詩人の詩が掲示された。その時、この句が人気投票で一位に選ばれたというから」(138頁)、国際派である。 辰濃和男『歩き遍路―土を踏み風に祈る。それだけでいい。』海竜社 2021/12/31 「道後温泉のすぐそば」にある、「法厳寺(ほうごんじ)」は、「『捨て聖(ひじり)』といわれた時(じ)宗の祖、一遍上人(しょうにん)の生まれたところといわれている。詩人、坂村真民(しんみん)さんは『四国が生んだ二人の偉大な宗教家』として、空海と一遍をあげている。空海がたくさんの文章や書を残したのに対して、一遍は自分の記録をなにもかも捨てている。五十一歳で没するまで、生涯、旅びとだった。念仏勧進(かんじん)をいのちとし、破れ衣を着て、踊り念仏をひろめた。 (中略)  一遍の言葉は厳しい。「衣裳を求(もとめ)かざるは畜生道の業(ごう)なり。食物をむさぼりもとむるは餓鬼道の業なり。住所をかまふるは地獄道の業なり。しかれば、三悪道をはなれんと欲せば、衣食住をはなれるべきなり」 (中略)  一遍像を見ながら、歩き遍路の大々先達(せんだつ)がここにこそいると思った。  一遍は『はねばはね、踊らば踊れ」といって、歓びの踊りを踊りながら、念仏を唱えた」(259-260頁) 「畳一畳しきぬれば / 狭(せばし)とおもふ事もなし」( 205頁) 「よろづ生(いき)としいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし」(252頁)  一遍上人に倣うことはとてもできないが、捨てるという主体も捨ててこそ、他力の本願があると思う。

TWEET「吉田簑助_頭巾かぶって八十五年 文楽に生きて」

 昨日の午後「冨安眼科」さんを受診した。  待合室のテレビには(受診後 検索すると)、 「NHK 午後LIVE ニュースーン」 「あの人に会いたい」 「吉田簑助(人形浄瑠璃文楽 人形遣い)」 が映っていた。  常に待合室では、テレビから最も遠ざかった位置 に座ることにしている。  昨日はそれが災いした。いくら目を凝らそうが、耳をそばだてようが、雲をつかむようなありさまだった。  が、しかし、待合室にテレビは要らないと、私は頑なに思っている。 吉田簑助『頭巾かぶって五十年 文楽に生きて』淡交社 2018/07/17 ◆ 三代目 吉田簑助『頭巾かぶって五十年 文楽に生きて』淡交社 は、P教授のこの夏の推薦図書です。昨日読み終えました。井筒俊彦から一気に様変わりしました。  文楽の世界にふれたのははじめてのことだった。  主遣い、左遣い、足遣い の三人遣い。人形は一人で操(く)るものとばかり思っていた私は、いっぺんに難しい世界に足を踏み入れたように感じた。  以下、印象に残っている節である。 「簑助襲名」,「会者定離」,「人形の色気」,「人形遣いの知恵」,「女方の人形の型」,「情とリアリティー」,「近松の三人の女」,「文楽に生きる女たち」 と、たくさんになってしまったが、特に、 「会者定離」,「人形の色気」 が印象的だった。 「会者定離」には、吉田文五郎、桐竹紋十郎、桐竹勘十郎、との別離の場面が描かれている。今際の際に臨んでの桐竹紋十郎と簑助との人形遣い同士の無言の交感、また人形遣いとして逝った桐竹紋十郎の最期はみごとだった。  人形に命を吹きこむとは、大層なことである。 「人形の色気」の項には、以下のような言葉がある。  基本は、人形拵(ごしら)えです。  人形遣いは、自分で遣う人形の着付けは、弟子や他人にはけっして任せません。かならず自分でします。私にかぎりません。人形遣いはだれでもそうです。  私は、女方の色気は襟足(えりあし)がポイントと思っていますから、役に応じた胸のふくらませ方や襟の合わせ方以上に、気を使っているつもりです。  襟はいずれにしろ大事で、これが思うようにまいりますと、あとは自然にそれに衣裳を添わせられます。だから、気に入るまで何回もやりなおすのは、この部分の作業です。(160頁)  文楽の人形遣いの修行そのものが、教えられるものではなく、言葉は悪...

TWEET「眼科医の面壁九年」

「冨安眼科」さんに通院している。  暗幕を引いた薄暗い診察室の、さらにまた  ひときわ 暗い一隅で、冨安先生は診察 されている。その診察風景を目にするたびに、これは「冨安先生の面壁九年」だなと思う。 「達磨の面壁九年」といえば、雪舟の「慧可断臂図」を思い出すが、私は先生に何を差し出せばいいというのか。  明後日の午後「冨安眼科」さん受診の予定である。  期限が迫っている。   (註)「慧可断臂図」 慧可が達磨(だるま)に入門を断られた時、自分の左腕を肘(ひじ)から断ち切り意志の固さを示して入門を許されたという故事に基づく図。 また。 以下 ご参考まで。 小林秀雄「雪舟の明らかさ」

TWEET「アレルギー性鼻炎とティートリーとの不思議な関係」

 一週間ほど前から、鼻水が止まらず「 1箱 / 日」をゆうに超えるティッシュペーパーを消費していた。また、時折 続けてくしゃみが出た 。はじめてのことに戸惑った。  そんな幾日かを過ごした。  と、あるとき、 「それって、アレルギー性鼻炎じゃないの?」 という、目下 研修医中の N 先生の声が聞こえた。  早速 検索すると、この季節 のアレルゲン は、主に「 ハウスダスト(ダニ)」と「 寒暖差」らしいことが分かった。  迷うことなく、 「ティートリー( エッセンシャルオイル(精油) 」をTシャツの襟首に数滴つけた。間もなく症状は寛解し、ほとんど気にならなくなった。 “アロマテラピー” である。  天の声に救われた。  現在 “煤払い” の最中であることは、前頁で書いたが、汚れたままにも落ち着いていた埃(ほこり)が、分不相応な、やりつけない掃除をはじめたばかりに、埃が辺りに飛散し、私の粘膜を刺激した。  天誅だった。 そして最後に、「 ティートリー」については、 「その後の展開、そして終息」page 3/3 2015/09/05 「(福岡伸一『生物と無生物の間』講談社の読後には)続けて、福岡伸一さんの『ロハスの思考』ソトコト新書 を読み、「LOHAS」という言葉を知りました。石鹸へ洗剤に、重曹にビネガーへ、掃除に洗濯に、料理に家事一般へと、ほどなく私の興味は広がっていきました。一人前の「重曹の人(ジュウソウイスト)」になりました。  炭酸水を使ってガラスを拭いたときの驚きは今も新鮮です。一点の曇りなきガラスは美しくさえありました。  毎年三月の声を聞くと、花粉症に悩まされる子どもたちが現れます。数日後に受験を控えた受験生にとっては一大事です。そんなとき、タイミングよく到着した “メールマガジン ” の記事を読み、早速 人体実験におよびました。「ティートゥリー」のエッセンシャルオイル(精油)を2〜3滴襟元につけると、鼻水がピタリと止まり、鼻が通りました。目先の受験が第一でしたので、なぜかは二の次でした。これに気をよくした私は蓄膿症の子どもにも試してみましたが、こちらには効果がありませんでした。  以来当塾では、「ティートゥリー」のエッセンシャルオイルは受験の友となっています。受験期には出費がかさみます。結構いいお値段がついています。  一通りのことが身につくと、私の...

TWEET「煤払い」

  秋日和が続いている。  この10日ばかり「煤払い」をしている。季節の先取りである。   懸念の “水回り” の大掃除を終えた。隣家の解体工事で、汚れるままになっている “窓拭き” にまで手が届くといいのだが…。冬の本格的な到来が期日である。  掃除の要諦は、いい加減で適当に、そして休み休み、ということである。  完璧を目指し、棍をつめると息切れがする。  その都度、こまめにというのは、怠惰な私には似つかわしくない。性向に背くようなことをすれば、私を見失うことにもなりかねない。 追伸:洗剤については、頁を改めて、ということにさせてください。

TWEET「みやこへ行きたしとおもへども」

「みやこへ行きたしとおもへども / みやこはあまりに遠し」 「せめて」と思ひ、 「聖護院八ッ橋総本店 公式オンラインショップ」さんにて「八ッ橋」を注文した。 「聖護院八ッ橋総本店」 「聖護院 八ッ橋 」×3 「祭菓『古都の秋』」×3 「聖・黒胡麻」 「聖・四種詰合せ(秋)」  お届け物、お見舞いの品もかねて、たくさんの「八ッ橋」を誂えた。  京香・口福にはあずかることはできるものの、眼の福には浴することができない。これでは本末が転倒している。本末の転倒は、自家薬籠中の物とはいえ、 やはり 「 みやこへ行きたしとおも」ふ。

TWEET「かつ消えかつ結びて」

 琵琶湖にカヤックを浮かべて、行方不明になりたい。  夢は「かつ消えかつ結びて」。  ただごとではないが、かといって たわいのないことではない。  

TWEET「今しきりに」

 今しきりに、古社寺を巡りたいと思う。   浄らかな地にたたずんで いたい。神仏を前に畏まり鎮まりたい。静謐の秋に染まりたい。  が。  入院中の叔母と、叔父や従姉妹たちの、献身的な看病の姿を思うと、遠慮する他はない。  叔母の容態が、一刻も早く快方に向かうことを、祈るばかりである。

TWEET「郷愁」

 警報機が鳴り、遮断機が降りる。と時折、数両編成の鈍行電車が通り過ぎることがある。    あの電車に乗って、運ばれるままに運ばれてみたい。微動だにせず、沿線に展がる風景を、見るともなく眺めていたい。  これは「私の郷愁」である。  生地への「郷愁」の念はないが、「私の郷愁」を覚える地ならば各所にある。これを幸といおうか、不幸といおうか、それは定かではない。

TWEET「優しさごっこ」

「お医者さんごっこ」,「電車ごっこ」,「お店屋さんごっこ」…。 「優しさごっこ」も、いとけない子どもたちの「ごっこ遊び」の範疇にある!?  久しく以前に、私はこの「ごっこ遊び」とは縁を切ったが、いまだにお呼びがかかり、息苦しさをそのままに「優しさごっこ」のお相手をしている。  私の友人・知人との関係は、「使う・使われる」の人間関係に堕することが多い。 「それは信頼されているからよ」 と言われてみたものの、救われたようで、やはり浮かばれない。  ご依頼主のお相手は、その最中(さなか)には丁重だが、間もなく それらのことを、強いて忘却の彼方へと押しやったかのように、無頓着で平然としているから、たちまちのうちにすべてが「優しさごっこ」に転落する。 「一宿一飯の恩義」という言葉がある。 「ごっこ遊び」のお相手は、他を当たっていただきたいものである。 なお、 今江祥智さんには、『優しさごっこ』理論社 という児童文学の名作があります。

TWEET「毀誉褒貶」

 叔父は謙虚な私のことを、図々しくも、 図々しいと呼び、憚(はば)からない。そう呼ばれるたびに私は、だらしなくへらへらし、ヘラヘラと力なくほくそ笑んでいる。  たとえば、ドラッグストア内で、吊ってある大見出しを一覧し、求める商品の在処(ありか) がわからないと、私は商品ではなく、 店員さんを探す。店員さんは、主に商品の 補填をする方たちであり、細々した品物の所在を実によく心得ている。そして、その場で商品の説明をうかがうこともある。  かつて二度、 「あっち!」 と、横柄に指をさされたことがある。 「あっち!?ではわかりません」 というと、 売り場まで案内してくださった。  年寄りあつかいされたのだろうと思っている。  さらに店員さんが首尾よく見つからない際には、レジにて、専門のコーナーの担当者の方を呼んでいただく。  事ここに極まれり。  こうして私の狼藉が行き着くところまでいくと、 「お前の図々しさはたいしたものだ。俺にはとても敵わない」 と、叔父から最大級のおほめの言葉をいただくことになる。   先日、 そんな叔父が、 「俺もこのごろ 図々しくなったよ」 と言っていた。  慶事である。  ようやく叔父も “かしこい消費者” になりつつあると、 喜んでいる。

TWEET「内なる叫び」

  今日も少年の叫び声を聞いた。  夕闇どきになるときまって、小学校低学年の男の子の叫び声がする。 意味を伴わない叫びである。  彼の内の衝動が少年を突き動かす。止めることは得策ではない。  ひとしきり叫び終えると、ドアを開け、またドアを閉める音がする。  ただ、これだけの話である。

TWEET「音楽とこの絵画との出会い」

 2025年10月21日に、 「世界の一流ピアニストへの登竜門として知られる「ショパン国際ピアノコンクール」で東京都出身の桑原志織さん(30)が4位に入賞しました」 というニュースを目にした。  そして、その記事には、 「桑原志織さんを6歳から15歳ごろまで指導したピアノ教室の院長、斎藤恵美子さん」の、 「音色の豊かさについてはほかの誰にも負けておらず心を奪われました」 というコメントが付されていた。 「音色の豊かさ」とは、一つ一つの音が珠玉の輝きを湛えているということだろう。粒のそろった美しい音色のピアノ曲を何曲か知っているが、それは門外漢の私にもはっきりと自覚される。  音に色があるならば、絵に音があっても然るべきであろう。 「最後まで愛した画家ルオー」 白洲信哉 [編]『小林秀雄 美と出会う旅』(とんぼの本)新潮社 「ためらいも繰り返しもない素早い筆は、(「パレットの代りの楕円形の大皿」の)表にピエロを仕上げると、そのまま速度も落さず、裏側に廻り、あっと言う間に花を描き終える、その断絶を知らぬ運動に導かれて、私は皿をひっくり返すようである。 (中略)  叩きつけられた絵具が作る斑点と、顔料を分厚く盛り上げて引かれる描線との対照は、いかにも荒々しく烈しいものだが、其処に、極めて繊細な和音が発生し、皿全体が鳴るのに気附いて驚く。これに聞き入っていると、こういう美しい物が生れて来る、創り出されて来る、その源泉とも言うべきものに向って誘われて行くような、一種の感覚を覚えるのである。〈ルオーの事〉(52頁)  音調という言葉があり、色調という言葉があるが、絵画の世界に「音色」に相当する言葉は見当たらない。色調とは適所に配され響き合う、一つ一つの色の調和のことであり、その高次の調和が、音楽を奏でる。  音楽とこの絵画との出会いはおもしろい。  が、残念なことに、私は絵画から音楽が「鳴る」のを耳にしたことがない。  圧倒的な耳の訓練、眼の訓練の不足である。

TWEET「夜もすがら」

 2025/10/06「浜名湖サービスエリア」に向かった。  名月や池をめぐりて夜もすがら  芭蕉 「夜もすがら」, 湖上を渡る名月を望んでいたかった。  皆既月食の際には、欠け満ちする明月に心穏やかではなかったが、今回は心安らけくたたずんでいられるように思った。  到着すると空は厚い雲に覆われ、時折 小雨が降った。が、湖上に広がる闇夜は美しかった。  24時過ぎから 30分ほど、雲間から名月が望まれた。明るい 月だった。神々しかった。  いつ雲隠れしてしまうのやら、心もとなく、今回も心穏やかではなかった。  満足し、その後間もなくして帰路についた。

TWEET「秋は夕暮れ」

  いま 「道の駅 潮見坂(静岡県湖西市)」にいる。   台風の余波か、遠州灘(太平洋)は、いつになく荒れている。  砕ける波頭の白さが、潮の飛沫が美しい。  間もなく陽が沈む。  空が、雲が、海が朱に染まっている。

TWEET「平衡を保つ」

 以来、叔母の認知症の進行とともにあった。そして、いまもその最中(さなか)にある。叔母の姿は痛々しく、切ない。  そんな折、2025/09/07,08 に 浜名湖サービスエリアで、湖上を渡りながら繰り広げられた 皆既月食を見た。神秘的だった。2021/11/19、高野山 金剛峯寺前の駐車場で見て以来のことだった。  いまこうして書くことで、平衡を保っている。

TWEET「M」

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 静岡市の (当地から120km ほど離れた) 「應縁山 普濟寺」 さんにある、従兄弟のお墓参りに行ってきました。はじめての墓参でした。 「普濟寺」さんは 道元禅師開祖の、由緒ある曹洞宗の寺院で、決して大きなお寺ではありませんが、清楚 で好感のもてる名刹でした。 「樹木葬」  いつまでも 去り難く、ついつい長居をしてしまいました。  また 帰路「浜名湖 SA」で、湖面をわたってくる風に吹かれ、ぼんやりしていました。