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TWEET「お茶発祥の地_高山寺 明恵上人」

 その後 をちこちの方たちに振り回され、謝意を抱くのは、その場かぎりの一過性の もので、後は ポイと捨てられるままに捨てられ、顧みられることもなく、いまに至っています。「ざっくばらんが大きらい( 梅棹忠夫) 」ということです。  2026/03/17 「出し殻」以来のブログです。  書き初めです。 お茶といえば、明恵上人のことを記さないわけにはいきません。 「茶の発祥地といわれる高山寺で、現在も営まれている茶園です。 開祖・明恵上人が、建仁寺の栄西禅師より中国から持ち帰った茶種を賜り、栂尾の地で茶を栽培しました。 高山寺の茶は、当時は本茶と呼ばれるほど品質がよく、これを宇治へと移植したのが、宇治茶の起こりです。 このご縁から代々宇治の茶業組合の皆様が茶園を管理してくださっています。 現在も毎年5月に茶摘みを行い、11月8日には開山堂にて明恵上人への献茶式が行われます。(栂尾 高山寺 HP) 」   以下、 「日本最古の茶園」 です。

「岡 潔『世間と交渉を持たない』に事よせて」

岡 潔・森田真生 編『数学する人生』新潮文庫 「私は毎日、大学の研究室で学生たちに数学の講義をし、自分の研究をしているものである。研究室は組織をもたぬ、私単独のものであるが、一つだけ規約を置いている。それは「世間をもち込むな」ということである。  私は世間と 交渉を持つこと、毀誉褒貶(きよほうへん)に一喜一憂することを極力避ける。 (中略) 最近は特に研究の方が忙しくなってきたので、テレビ、ラジオ、新聞なども目や耳から遠ざけている。 (中略) しばらく前、プッツリとテレビを見るのをやめてしまった。すると、とても気持ちがよい。まるで春先の気分のようで、浮き浮きした気持である。おかしなこともあるものだと思ったが、かりに『解放された気持をよろこんでいるのかもしれぬ』と名付けてみた」(230-231頁)  私も「 テレビ、ラジオ、新聞なども目や耳から遠ざけている」が、時折「 NHK   ONE ニュース 防災(アプリ)」の大見出しは見る。  しかし、「 世間と 交渉を持つこと、 毀誉褒貶に一喜一憂する ことを極力避ける 」となると少し怪しくなる。  そして、「 世間をもち込むな 」については、絶望の淵に立たされている。  世間が私を追ってくる。ときに世間に追いつかれ、追い越され、世間が先、私が後という凄惨なことが起こる。世間は仮借なく執拗である。 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま文庫 「第百十二段 明日は遠き国へ赴くべし」 「日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり」  また、小林秀雄の随筆で知った 「陸沈 」。 水に沈むのはやさしいが、水なき陸に沈むのはむつかしい。 「 我が生、 既に蹉陀たり」、陸に沈むしかないだろう。  何事も、辺土は賤(いや)しく頑なであり、 「あまざかる鄙(ひな)」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりである。 「ざっくばらんが大きらい」(梅棹忠夫)

TWEET「喪中につき_03_2/2」

故あって、以下の3冊を注文した。結構なお値段になった。 ◇ 橋本敬三, 川上吉昭『 操体法写真解説集』たにぐち書店; 復刻版 (2003/05/01) ◇ 橋本敬三『生体の歪みを正す 橋本敬三論想集』創元社; OD版 (2010/08/25) ◇ 操体バランス協会, 岡嶋邦士 他著『身体マネジメントの極意 最高の操体法 〜 バランス力が動きをアップグレード 〜 』BABジャパン(2022/11/15) ネパールの 20歳の女性と出会い、以下の一連の作品を、 ◇ 夢枕獏『 神々の山嶺(上,下)』集英社文庫 ◇ 夢枕獏,谷口ジロー原作『神々の山嶺 コミック版(全 5巻)』集英社文庫 ◇  夢枕獏,谷口ジロー原作『映画・神々の山嶺(いただき)』 ◇  夢枕獏『 エヴェレスト 神々の山嶺 (上,下) 』角川文庫 を、まず思った。  この出会いを大切にしたいと思っている。  また、 天人・深代惇郎さんの顔が脳裏に浮かんだのは不思議だった。 以下「喪中につき」、一挙 大公開です。 ◆ 左上の「メニューボタン」をクリックしてください。「サイドバー」が開きます。 ◆ 右上には「検索窓」があります。 ◆ 青色の文字列にはリンクが張ってあります。クリック(タップ)してご覧ください。 ◇  本多勇夫「塾・ひのくるま」 ◇  本多勇夫「塾・ひのくるま Plus」 ◇  本多勇夫「塾・ひのくるま / 折々の記」 ◇ Amazon の検索窓に私の名前を入れてください。電子書籍が表示されます。  以来 毎日、「生死」のことどもについて考えている。まず、自分のブログを読み直すことからはじめたいと思っている。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / 重ね重ね 折々の記_12』: 〜小林秀雄編〜」

つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / 重ね重ね 折々の記_12」: 〜小林秀雄編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。   小林秀雄の文章の美しさは、語の配列の美しさにある。ときに配される、落ち着きを欠いた語に、はっとさせられる。破調の「美」である。「神さま」の適材適所に狂いはない。   小林秀雄の文章に真偽を問うのは愚かである。日本語が、これほど精緻な「美」を成すことにまず驚く。「美」は、詮索に堪えない。 『真贋』を読みつつ、「真贋一如」ということを思った。「真贋」は、相補的な関係にあり、混然一体となっているところにおもしろみがある。「贋」なくして「真」はたちまちのうちに姿を晦(くら)ます。これほどつまらない世界はない。 「では美は信用であるか。そうである。」   あまたの「西行論」のなかで、私は小林秀雄の繙(ひもと)く、懊悩する西行の「美」の変遷を「信用」する。「美」は真偽の判断を竢たない。ひとえに「信用」の問題である。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」

つい今し方、 ◇ 「『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  ことば、言葉、コトバ、いま「ことば」の渦中にある。神、神々、霊、仏、に四囲を囲まれている。  学生時代からの関心事が一同に会した。  いくつもの偶然が重なっていまにいたった。  井筒俊彦は、「存在はコトバである」と措定した。「ことば」が一気に心底にまで達した。思いもよらぬことだった。これ以上の椿事はない。私の趣向のすべてが一括りに括られた。  井筒俊彦が語るのは哲学である。昇華されたものが、共時的に把捉されているのがうれしい。信仰なき私にとって、井筒俊彦と向き合う、その時々が救いとなっている。  この世に生を享けたからには、この世の始原について知りたいという欲求がある。そして、曇りなき眼で四囲を見つめたい。美は曇りなき眼が見つける。  私にとって井筒俊彦の著作は「実学」の書であり、実用の書であり、やむにやまれぬ書である。  そして図らずも、紆余曲折を経て、井筒俊彦の哲学の文章が、次第に読めるようになっていく過程が ◇「『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」 に記録されることになった。

TWEET「ざっくばらんが大きらい」

「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。(337頁) 「ざっくばらん」とは、前後なく、節度なく、見境なく、ということであろう。  旅の空を仰ぎ見て、帰豊するや否や、 「あまざかる鄙」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりである。  遠ざかるしかない。引きこもるしかない。 宿無しであるしかない。

TWEET「東慶寺がいい」

 「ありがとう」のひと言がいえない子どもたちがいて、大人たちがいる。近年常態化しているとはいえ、こればかりは慣れない。今年に入って早やいくつかの不愉快な思いをしている。  縁切り寺に駆け込む算段をしている。駆け込み寺なら、小林秀雄が眠る 「東慶寺」 がいい。目と鼻の先には、漱石が参禅し、井筒俊彦が眠る 「円覚寺」 があり、 「鎌倉文学館」 がある。  風土が人をつくるのか、人が風土をつくるのか。いずれにしても当地を捨てる、当地に捨てられる願望は高じるばかりである。「 あまざかる鄙」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりである。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫  京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。(337頁) 「ざっくばらん」とは、前後なく、節度なく、見境なく、ということなのでしょう。

「動詞_荒ぶる_その一」

 栂尾・高山寺、湖南の日吉大社、湖北に位置する渡岸寺さんへの旅から帰豊し、一週間が経った。  その間に、中二生の塾の解散、二人の塾生への退塾勧告。ケアマネージャー、ヘルパー、新聞配達との諍(いさか)い、叔父、また父との徹底抗戦と、良識をわきまえず、道理の分からない輩たちが相手なだけに、私の瞋恚のほどのいかほどが伝わったのかさえ、怪しいものである。  2021年度からは、「大学入試共通テスト」がはじまり、「英語 四技能」が課されることになるが、いま思えば、今回の私の荒ぶりは、「日本語 四技能」、日本語を「読む、書く、話す、聞く 」ことさえままならない強者たちに向けらた ものであって、始末に負えない。今後、「英語」が「母語」を駆逐する時代がやってくるとでもお考えなのであろうか。顚倒もはなはだしく、内実をともわない英語がいくら話せ、いくら書けたところで、いかほどのことでもあるまい。  一人がいい。一人でいい。  これを機に、捨てる(捨てられる)ことを続けます。 塾生のお母さん方からのメールの返信には、 「今後 メール、お電話、またご来塾は、固くお断りいたします」 との断り書きを連ねている。早速 定型文として登録した。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。(337頁) 「ざっくばらん」とは、前後なく、節度なく、見境なく、ということなのでしょう。 「あまざかる鄙」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりです。

TWEET「アホらし!!」

○○○○ 様 非は一方的に私にあり、という構図ですね。謝罪のひと言もなく、この通知はまるで脅迫状ですね。慇懃無礼。主客が転倒していませんか。ここまで不愉快な思いをしたのは、はじめてのことです。 本多勇夫 ○○○○ 様  貴君の、高圧的、威圧的態度は犯罪行為に近く、最後に「厚顔無恥」とだけ申し上げておきます。これが「大岩保険事務所」さんの手口、やり口、体質、実力ということなんでしょうか。    邪魔立てはさせません。  所長さんにその旨、よろしくお伝えしてくださいませ。 本多勇夫 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。(337頁) 「ざっくばらん」とは、前後なく、節度なく、見境なく、ということなのでしょう。 「あまざかる鄙」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりです。

「八日遅れの雨水の日に『動詞_かこつ』」

 性懲りも無く、再び三たび「 宅配クック123 豊橋店」といい、「A塗装」「B板金」といい、 まったく腹立たしく、無責任極まる体質に、かこちはじめたら切りがなく、「雨水」に流し、仕切り直すことにしました。  一言でいえば、デリカシーの欠如ということです。似た者同士、お互い様という連鎖のなかに身を置くのは、まっぴらです。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。(337頁) 「ざっくばらん」とは、前後なく、節度なく、見境なく、ということなのでしょう。 ◇下記、P教授とのやりとりです。 「梅棹忠夫は65歳で失明してから、40冊の本を出してます。」 すごい話ですね。 塾のカーペットを敷きかえたり、洗濯を繰り返したりと、忙しなく、ご返信が遅れて申し訳なく思っております。 「しいのみ学園」の件、早速姪に伝えました。どうもありがとうございました。 三月になれば、通常の生活に戻れそうです。いましばらくの辛抱です。 たびたびのご啓発、どうもありがとうございました。 「掃除、笑い、感謝、そして呼吸。真理は単純です。」 単純な真理にしたがいます。 FROM HONDA WITH LOVE.

春雷が、「動詞_とどろく」

宅配クック123 豊橋店 さんにお電話をした際に、 「あ、ほんとう」 との、あまりにも不躾な応接に 、春一番の春雷が轟きました。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。 ( 337 頁) 意気軒昂は、P教授譲りです。

TWEET「『ざっくばらん』は増長す」

「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫(337頁) 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。 「ざっくばらん」は増長します。私の時間を食い物にします。たび重なるあまりのことに、昨夜ついに 「今後は距離をおかせていただきます」と告げました。相手が相手なだけに、私の婉曲的な表現をどう受け止めたのかが気になります。次回は直球勝負です。 「あまざかる鄙」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりです。

「春分の日の今日、あえて『私のメセージ一覧』です」

合格のお祝いに、入学・卒業の、また成人のお祝いにと、卒塾生にメッセージを贈ってきましたが、それも十年ほど前にやめました。返礼がなく、不愉快な思いをするだけのことです。そして、故あって今春、高校入試の前後に、そして合格のお祝いに、メッセージをお贈りしましたが、憂き目にあっただけのことでした。憤懣やる方なく 、メールを、ラインを、一日にどれほどやりとりしているのかはわかりませんが、「ありがとう」の一言がいえないのですから、あきれます。もうこれきりにします。封印することにしました。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫(337頁) 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。 「ざっくばらん」にすぎます。「野蛮」にすぎます。嫌な時代になりました。そんなこんなで、春分の日の今日、あえて『私のメセージ一覧』の公開です。もう手を加えることも なく、コピペをすることも、日の目をみることもない、「決定稿」です。 2007/01/27  Happy Birthday ! お誕生日おめでとうございます。 今年もこうしてグリーティング・カードを贈れます幸せを思います。 すてきな年齢(とし)を重ねてください。 いつまでも美しく、華麗なる舞を舞い続けて下さい。 では、では。 お逢いできます日を楽しみにしています。 GOOD LUCK! FROM HONDA WITH LOVE.. 2008/02/04 立春の日の今日。 すばらしい青空が広がっていますね。 窓という窓を開けっ放し、青空の青を呼吸しています。 春の足音に耳を澄ませています。 お逢いできます日を楽しみにしています。 時節柄くれぐれもご自愛下さい。 GOOD LUCK! FROM HONDA WITH THE BIGGEST LOVE. 祈!合格!! いよいよですね。 立春の日の今日。 当地では、空一面 一点の曇りなき、すばらしい青空が広がっています。 春近しを実感しています。 とびっきりの笑顔での凱旋、楽しみにしています!! GOOD LUCK! FROM HONDA WITH LOVE. 祈!ご健闘!! ...

「ざっくばらんに、あっけらかんと」

2016/01/12 のコピー機の検針時に、トナーとA4,B4のコピー用紙を送ってもらうようにメールでお願いしましたが、待てど暮らせど送ってくる気配はなく、昨日フジ電材さんに請求の電話をしました。 名前を告げる とすぐに、 「担当の者との連絡が不徹底で、申しわけありませんでした」 との言葉が返ってきました。用件を告げることもなく、この言葉です。見えすいた嘘であることに間違いはなく、言葉もなくやりきれないままに早々に電話をきりました。 あまりにもたびたびのことに、私ばかりが不愉快な思いをしているとはとうてい考えられず、何かにつけこの地では、「ざっくばらんに、あっけらかんと」、すべてを水に流すことが暗黙の了解になっているとしか納得のしようがありません。お国柄です。とすれば、非は私にあるのでしょう。 「あまざかる鄙」の明け暮れの、もの言わず腹ふくるることばかり、です。 「旧制三高」 深代惇郎『深代惇郎の天声人語』朝日文庫(337頁) 京大教授の梅棹忠夫さんが「きらいなもの」を聞かれ、「ざっくばらんが大きらい」と答えているのも面白い。ざっくばらんとは、つまり野蛮なのだろう。