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「西江雅之先生_あれこれ」4/4

TWEET「情報とは 」  西江雅之先生が、「情報に、良し悪しはありません」と講義中に 何度か言われたことを覚えています。  情報とは、世の中に流布している「こと」の総称であって、優越、良し悪し、正誤といった色づけされる以前のものの「こと」です。  早大の三年次に西江雅之先生の「文化人類学」の講義を受講しました。講義はいつも恥じらいのある口調ではじまりましたが、時の経過とともにことばが疾走しはじめました。「エスノセントリズム」,「エスノセントリック」という言葉をよく口にされました。 「文化人類学」の講義で、「カニバリズム(食人俗)」の話題に話がおよんだ際には、摩訶不思議な食生活をされている西江雅之先生は、 「私は『人を食ったことはない』が、『人を食った話』はする」 とおっしゃられていました。 「食べられる物」と「食べる物」の違い 「食べ物」は「食べられる物」のほんの一部 「食べ物」は「文化」である 「食べ物と制約」 こんな話もうかがいました。 そして、2012/11/19 には、 ◇  西江雅之『「食」の課外授業』平凡社新書 が出版されました。  講義中に「南方熊楠」のお話をされたことがありました。西江雅之先生が師事されたいと思っている人物は「熊楠」である、とのお話であったように記憶しています。講義後には早速書店に向かいました。当然「文化人類学」の後の二時限目の講義は欠席しました。故あってのことです。然るべきことでした。私にはまったく迷いはありませんでした。「懐の深い大学?」でした。 西江雅之,平野威馬雄『貴人のティータイム』リブロポート 「そう言えば、数年前に雑誌の『文芸春秋』に、今、自分がある特定の先生につくとしたらどういう先生につきたいかという、そういうものを書けといわれて書いたんです。そのとき、ぼくは南方熊楠を書いたんです。」 (158-159頁) 「“文化”という語の定義を試みよ」 「“ETHNOCENTRISM”という語を説明せよ」 というのが、前期・後期のレーポートの題名でした。 下記、当該箇所についての私の講義ノートです。 西江雅之「文化人類学」_1988年_講義ノート 2015/06/14 にご逝去されたことを今日( (2015/08/30 )はじめて知りました。 西江雅之先生の「老病死」については思いもよらないことでした。 それほど精力的...

西江雅之「人間だけがちぐはぐだ」3/4

西江雅之『「ことば」の課外授業』洋泉社』 † 人間だけがちぐはぐだ  それから六番目が、「分離性」です。  たとえば犬が怒っているとき、声も「ワンワン!」と怒っています。それだけではなく、目も怒っている、耳も立っている、尻尾(しっぽ)まで体の毛が全部逆立っている、といったように、犬が伝え合いに使っている身体各部は、全部同じ意味の方向に向かっています。自分のうちの猫の喉(のど)をなでているときに、ゴロゴロゴロゴロ言って、目はすごく喜んでいるのに、尻尾だけがぴんと立って緊張しているというのはありえないわけです。  ところが人間の場合、口では「はい、わかりました」と言っていても、顔は「やだなあー」という表情をしているとか、足は震えていて相手をまったく拒否しているとか、そのようなことはザラにあります。学校で先生が、「明日、わたしのところに来て図書の整理を手伝ってくれますか」と言ったら、行かないとちょっとまずいことになるのではと思って、口では「喜んで参ります」と言っているけれど、顔はこわばっているとか、足はちょっと貧乏ゆすりをしているとか(笑)。これが普通なんです。すなわち、人間はやや分裂気味なんですね。  犬も猫もサルもライオンも、そんなことはありえない。人間は、していることがちぐはぐなんです。ここのところをもう一歩進めて言えば、実はその中の一部は本音を表わしてしまっているということにもなるんですね。こうしたことを「日常性の誤り」と言うんですが、本当はふと出してしまった本音なんです。当人は気づけば「しまった!」と思うんでしょうが、だいたい気がつかない場合が多いんですね。口では「喜んで参ります」と言ったのだから、そのまま相手に伝わっていると思っているけれど、相手の方は、「ああ、この人いやがってるんだなあ」と、すぐに感じ取ります。 (158-159頁) 「面従腹背」。この人間のこころと体の「ちぐはぐ」さこそが、『生まれ出ずる悩み』の源泉であることは、理解して いるのですが…。

西江雅之「翻訳とは『演奏』である」2/4

西江雅之『「ことば」の課外授業』洋泉社 † 翻訳とは「演奏」である  言語は互いに「置き換えられる」という話と「翻訳」の話とは大いに違うんです。  翻訳というのは、ある言語で表現されたことを、意味の上でも形の上でも原文に近い形を保ちながら、ほかの言語に置き換えることです。その置き換えは、制約の中での一種の「演奏」なんです。つまり、本来の文章をいかに訳すかは、翻訳者の腕によるわけです。 (106-108頁) ◇  須賀敦子「翻訳という世にも愉楽にみちたゲーム」(全) を書きました。「翻訳とは『演奏』である」と、西江雅之先生にこんな風に上手に表現されてしまうと、脱帽するしかありません。 「翻訳」は「演奏」です。創造的な行為によって、楽譜は音に昇華され、立ち上がっていくわけですから、それは「愉楽にみち」ていることでしょうし、またそれは、楽譜から逸脱することは許されないという、一定のルールの下で行われる「ゲーム」にも似ています。 一定のルールにさえしたがえば、あとは自由です。自分の裁量で動くことができます。  西江雅之『「ことば」の課外授業』洋泉社』は、2003/04/21 に出版され、時を同じくして読んだのですが、全く記憶にありませんでした。うかつでした。が、そのかいあって、再び喜びを味わうことができました。

一番すてきな「ありがとう」に会いたくて 1/4

一番すてきな「ありがとう」に会いたくて はじめに、「言語」と「ことば」について ◆  2014年度 K大学 人間福祉学部 人間科学科 ◇ 以下、代筆した「人間福祉学部専願の理由」より、抜粋です。  いま仮に映画やテレビドラマ、ラジオドラマのシナリオ、演劇の台本等の書き言葉(台詞)を「言語」、声色や抑揚、顔の表情、身振り手振り等々を含めた、書き言葉(台詞)が実際に発語された際の話し言葉を「ことば」とするならば、「言語」と「ことば」の関係は、「楽譜」と「演奏」の関係とよく似ている。「演奏」は一回限りのものであり、指揮者の数だけ解釈があり、演奏者の数だけ曲がある。「ことば」は意味の乗り物であると同時に感情の乗り物でもあり、「言語」が「ことば」の形をとるとき、そこには無数の感情の表出がある。 「文学は『言語』作品、落語は『ことば』作品」 西江雅之『「ことば」の課外授業―“ハダシの学者”の言語学1週間』洋泉社 「言語」では「ありがとう」と一通りにしか表記することはできませんが、「ありがとう」の「ことば」は無数にあります。  一番すてきな「ありがとう(ございました) 」に会いたくて、いつも「ありがとう(ございました)」の「ことば」を探しています。 「ことば」は、語尾をいかに発音するか、まとめるかによって印象が大きく左右されます。「ことば」についても 文末決定性ということがいえるように感じています。

「動詞_食す その一」3/7

 一日の多くの時間を台所で過ごしていました。平成二一年のことです。ただひたむきにつくり、ひたむきに食していました。エンゲル係数の大きな生活をしていました。 「食」の手ほどきは、 ◇ 團伊玖磨『パイプのけむり』シリーズ 朝日新聞社 で受けました。学生時代のことでした。今、 團伊玖磨『パイプのけむり選集 食』小学館文庫 が出版されています。 空腹が満たされればそれでよし、と心得ていた私にとっては新鮮な驚きでした。  文化人類学の講義で、「カニバリズム(食人俗)」の話題に話がおよんだとき、摩訶不思議な食生活をされている西江雅之先生は、 「私は『人を食ったことはない』が、『人を食った話』はする」 とおっしゃられていました。 「食べられる物」と「食べる物」の違い 「食べ物」は「食べられる物」のほんの一部 「食べ物」は「文化」である 「食べ物と制約」 こんな話もうかがいました。 そして、2012/11/19 には、 ◇ 西江雅之『「食」の課外授業』平凡社新書 が出版されました。 鉢山亭虎魚『鉢山亭の取り寄せ 虎の巻』オレンジページ 「三十代から四十代にかけて十年間、池波正太郎の膝下で男の生き方を学んだ。しかし、十年がかりの勉強で私が何とか身につけたと思っているのは、ただ一つ、 「必ず来る死に向かって、有限の時間を着実に減らして行くーーそれが人の一生だよ。ことに男はそうだ。女には子を生むことによって永遠の生命を生き続けるという特権がある。男にはそれがない。だから毎日、きょうという一日が最後と思って酒を飲め。そう思って飯も食え。」 「食す」ことは人生の一大事であることを思いしらされた私は一念発起しました。例によって形から入りました。「食」について書かれた本を読みあさり、調理器具や調味料、香辛料等々を一通りそろえ、実際に料理をし、食すまでには結構な時間がかかりました。

井筒俊彦「コトバの、また文化の圧制的側面」3-1

「文化と言語アラヤ識」 『井筒俊彦全集 第八巻 意味の深みへ 1983年-1985年』 慶應義塾大学出版会  コトバの意味作用の機構そのもののなかに、権力、強制が組み込まれている。コトバは、何を、いかに言うべきかを、人に強制する。そして(ロラン・)バルトは、コトバは、もともとファシスト的なものだ、という、一見、極端とも思えるような発言をする。 (中略)  私はこれに更に次の一言をつけ加えたい。すなわち、コトバは、何を、どう言うべきかを強制するだけでなくて、何をどう見るべきかをも強制する、と。コトバが分類様式であるならば、個々の言語(ラング)は、それぞれ特殊な(存在)分類のシステムでなくてはならない。それは、その言語を語り、その言語でものを考える人々に、ある一定の世界像を強制する。一つの言語は、一つの自然的解釈学の地平を提供する。我々はそれによって「世界」を見、それによって「現実」を経験する。経験するように強制されるのだ。(170頁)  一体、バルトがコトバの本源的分類性について語り、コトバのファシスト的圧制を云々する時、彼は主としてそれの社会制度的表層を見ているのである。たしかに、独立した一つの社会制度としてのコトバ、すなわち各個別言語は、意味論的には、一定数の意味分節単位(いわゆる単語)の有機的連合体系であって、それらの意味単位は、それぞれ、本質的に固定されて動きのとれないようになっている。このようなレベルで働くコトバの意味形象機能は、当然、固定して動きのとれない事物、事象からなる既成的世界像を生み出す。出来合いの意味形象が描き出す出来合いの存在絵模様だ。無反省的な日常生活において、人は誰でもそんな出来合いの「世界」に生きているのである。  だから、もしコトバが、このような社会制度的表層レベルに見られるものだけに終始するものとすれば、そして、もし文化が、言語表層で形成される「現実」だけに基礎づけられているものだとすれば、文化は、社会制度的因襲によってかっちり固定され、力動的な創造性を喪失した紋切り型の思惟、紋切り型の感情、紋切り型の行動のパターンにすぎないことになるだろう。言い換えれば、文化は、決まりきった型にはまった、実存的に去勢された意味、人間生活の社会制度的表面にようやく生命を保つ、憔悴した意味のシステムであることだろう。(171-172頁)  文化はコトバ...

西江雅之「それは気品の問題です」

「それは気品の問題です」 西江雅之『マチョ・イネのアフリカ日記』新潮文庫   ジャズピアニストの山下洋輔さんは 〈解説〉、 「西江さんの不思議な魅力」 のなかで、 「いわく、あの人は三年間一度も風呂に入らない。地球上に存在する言語は全部理解できる。アフリカでは澄んだ水たまりの水は飲まない。バイキンも住めないほど毒かも知れないからだ。さらに、西江さんは子供の時はオオカミ少年で、二階からヒラヒラ飛び降りては野原を走り回り、トカゲやスズメやイヌやネコをつかまえて生のままむさぼり食っていた。等々、話を聞くたびに極端な知識人と極端な野蛮人が一緒になったようなイメージがあって、不思議な魅力を感じ続けてきた。  こういう人はつまり「哲人」なのだと勝手に決めて、だから、会う機会があるたびに何でもかんでも聞いてしまう。すると、ハナモゲラから明治維新まで西江さんは何でも答えてくれるのだ。」  当代きっての「奇人」として知られる西江先生と平野威馬雄さんのお二方は、 対談集、     ◇ 西江雅之,平野威馬雄『貴人のティータイム』リブロポート  のなかで、自分たちは「気品」高く生ているから、「奇人」ではなく「貴人」であると、仲睦しく意気投合していらっしゃいます。  また、山下洋輔さんは、 ◇ 西江雅之『マチョ・イネのアフリカ日記』新潮文庫 の中で、 「現地調査の時にネズミを生齧りにしたなどという暴挙に、『よくバイキンにやられませんね』と言ったら、『それは気品の問題です』と答えた、どこかシャイでナイーブな西江さん像に重なる秘密かも知れない。」 (238 頁) と書かれています。  この世の中は、「気品」あることこそがすべて、であることを学びました。  早大の三年次に西江先生の「文化人類学」の講義を受講しました。  講義はいつも恥じらいのある口調ではじまりましたが、時の経過とともにことばが疾走しはじめました。「エスノセントリズム」「エスノセントリック」という言葉をよく口にされました。  講 義中に「南方熊楠」のお話をされたことがありました。西江先生が師事したいと思う人物は「熊楠」さんである、とのお話であったように記憶しています。講義後には早速書店に向かいました。当然「文化人類学」の後の二時限目の講義は欠席しました。故あってのことです。然るべきことでした。まったく迷い...

「西江雅之先生と平野威馬雄氏が語る,日本最大の『枠外の人』南方熊楠」

◇ 早大三年時に、西江雅之先生の 「文化人類学」の講義を受講しました。 思えば、これが天才との邂逅の事はじめでした。 「日本最大の『枠外の人」 西江雅之,平野威馬雄『貴人のティータイム』リブロポート  「日本最大の「枠外の人」、南方熊楠」 平野 ぼくの知っている学者、文学者を総くるめにして、南方熊楠(ミナカタクマクス)ほどの「枠外の人」はいませんね。(148頁) 「平野さん、南方熊楠に会う」 ◇「南方熊楠の 書庫」 平野 (前略)だって書庫が三階建で、階段がなくて、ちょっとひっかけると上がれる梯子になってるんですよね。とにかく何千冊、何万冊の本ですよ。  奥さんが一緒について来て、どれでも一冊取ってごらんなさいって言うんで、抜いて見たら、その当時のぼくにはどこの国のことばかわからなかったけど、その本の欄外の余白に、アラビア語だかヘブライ語だかのことばで全部書き入れがしてあるんですよ。中国のことばも中国の字でもって朱書きがしてある。 (中略) 西江 本当にあの人は、さまざまな国の文献を持っていてそれにいちいち目を通していたらしいですね。うわさはうわさとしても、大英百科辞典を全部読む馬鹿はいない。だがそれを二回も読んだ奇人がいる。それが南方熊楠、だとか神話伝説的な話も多い。 平野 平凡社の『南方熊楠全集』の中に、ところどころ英語やフランス語の論文が出てるけど、フランス語なんかうまいフランス語ですものね。あんな人はもうでませんね。(152-153頁) ◇「 南方熊楠の記憶力 西江 あの人のやり方は暗記ひとすじで、とにかく信じ難い暗記力ですね。ああいうタイプの人に、トロイの発掘をしたシュリーマンがいますが、シュリーマンなんかは外国語をやるとき、対訳本を入手して初めからその本一冊を丸暗記したらしい。(154頁) 平野 (前略)そうしたら二晩がけでもって、ノートがなくなった日から半年後のその日までの(日記の)、温度と天候と、したことをいっぺんに書いちゃったっていうんだな、記憶で。それは事実らしい。その話は奥さんに聞いたから。たいへんな記憶力ですよね、実際。(156頁) 平野 あの人がグリニッジの天文台に行って、子午線の位置が違うと文句を言ったので、「南方熊楠によって子午線の場所を変えた」と彫ってあるそうですよ、南方熊楠二十六歳の時。(157頁) 「珍しい羞恥心」 西江雅...

「早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社」

昨夜(2022/02/25)深更に目を覚まし、未明には、 ◆ 早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社 を読み終えた。 「本書は、NHKテレビ人間大学特別シリーズ「わたしの良寛」として放映された番組を基に」「何の打合せもなく」、執筆されたものであり、重複した内容も各所にみられる。 学生時代、「シナリオ文学」ばかり読んでいた時期がある。 早坂暁については、 ◆ 早坂暁『山頭火 ― 何でこんなに淋しい風ふく』日本放送出版協会 ◆ 早坂暁『円空への旅』日本放送出版協会 ◆ 早坂暁『乳の虎・良寛ひとり遊び』 の三冊を読んだ記憶があるが、『乳の虎・良寛ひとり遊び』に関しては、シナリオが見つからず、1993年放送の「 NHKテレビドラマ」を視聴したにすぎなかったのだろうか。  その検索中に本書と出会った。古書である。 『倉本聰コレクション』はいうにおよばず、 ◆ 山田太一『早春スケッチブック』新潮文庫 が、強く印象に残っている。倉本聰と山田太一は当代の双璧だった。 「文学は『言語』作品、落語は『ことば』作品」(西江雅之『「ことば」の課外授業 ― “ハダシの学者”の言語学1週間』洋泉社)「言語」では「ありがとう」と一通りにしか表記することはできないが、「ありがとう」の「ことば」は無数にある。  当時もいまも、「言語」と「ことば」の関係には興味がある。  井筒俊彦は、「存在はコトバである」と措定した。近年では「コトバ」への関心が加わった。  言葉づくしである。 栗田勇「騰々、天真に任す」 早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社 ◆ 荒井魏『良寛の四季』岩波現代文庫 「本書には、仏道修行に励む良寛の姿がみられないが」と書いたが、その間隙を栗田勇が埋めてくれた。秀作である。  栗田は若き日の良寛を、「非常に繊細な、感受性の強い青年」(70頁)だった、「良寛の孤独感と苦悩はただごとではな」(69頁)かったといい、良寛を「ひとりの鋭い精神的な思想家」(69頁)だった、と総評している。  栗田は、「大愚(たいぐ)」,「天真(てんしん)」,「任運(にんうん)」の三語の「良寛さんの言葉を手がかりに」して、良寛の境地の深まりを論述している。(69頁) 「任運」とは「任運自在」のことで、「天真」とは、「天真にして妙なり、迷悟に属さず」の意である。「思慮分別を...

「『徒然草』_究竟は理即に等し」

吉田兼好「日、暮れ、道、遠し。我が生、既に蹉陀たり」 2021/07/09 「第百十二段 明日は遠き国へ赴くべし」 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 「人間の儀式、いづれの事か、去り難からぬ。世俗の黙(もだ)し難きに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇(いとま)も無く、一生は雑事(ざふじ)の小節に障(さ)へられて、空しく暮れなん。日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。信をも、守らじ、礼儀をも、思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂(ものぐる)ひとも言へ、現無(うつつな)し、情け無しとも思へ。譏(そし)るとも、苦しまじ。誉(ほ)むとも、聞き入じれ。」 ◇ 以下、「現代語訳」です。 「人間が生きている限りしなくてはならない社交儀礼は、どれもしないわけにはいかない。だからといって、世間のしがらみを捨てきれずに、これらのことを必ずしていると、願望も多く、体も辛く、精神的な余裕もなくなって、肝心の一生が、次から次に押し寄せてくる雑事にさえぎられてしまい、空しく暮れてしまう。もう人生が暮れるような晩年になっても、まだ究めようとする道は遠い。自分の人生は、すでに不遇のうちに終わろうとしている。まさに、白楽天の「日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり」という状況だ。もうこうなったら、すべての縁を打ち捨てるべき時である。私は、約束も、もう守るまい。礼儀も、気にしまい。このような決心が出来ない人は、私のことをもの狂いとも言え。しっかりとした現実感がなく、人情がないと思ってもよい。他人がどんなに私のことを非難しても、少しも苦しくはない。逆に、私のことを褒めてくれても、そんな言葉を聞く耳は持たない。」 (註)「蹉陀」は躓く。転じて好機を失う。挫折する。(兼好法師,小川剛生訳注『新版 徒然草 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫) 島内裕子は「徒然草の中でも、最も激烈な段である」と書いている。  2016/10/15 に「小林秀雄『末期の眼』」と題するブログを書きましたが、その思いはいまも変わりません。 「日、暮れ、道、遠し。我が生、既に蹉陀たり。諸縁を放下すべき時なり」  P教授の教えにしたがい、身支度を整えます。 TWEET「『徒然草』_信頼に足る確かな「たしなみ」の書」 2021/06...

TWEET「生き様」

いま、 ◇ 原田香織『狂言を継ぐ ー 山本東次郎家の教え』三省堂 を読んでいます。帯には、 「乱れて盛んになるよりは、むしろ固く守って滅びよ ー 三世 東次郎 様式美と相伝の世界」 と書かれています。 「生き様」という言葉が嫌いです。軽率にも口にする輩、浅薄にも書く者の品位を疑いたくなります。  三 世 東次郎がどれほど 「ことば」を大切に思っていたか。 ◆ 西江雅之「文学は『言語』作品、落語は『ことば』作品」  原田香織さんの文章はとかく鼻につきます。大仰で 美文すぎるからです。  読書を続けます。

「早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社」

昨夜深更に目を覚まし、未明には、 ◆ 早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社 を読み終えた。 「本書は、NHKテレビ人間大学特別シリーズ「わたしの良寛」として放映された番組を基に」「何の打合せもなく」、執筆されたものであり、重複した内容も各所にみられる。 学生時代、「シナリオ文学」ばかり読んでいた時期がある。 早坂暁については、 ◆ 早坂暁『山頭火 ― 何でこんなに淋しい風ふく』日本放送出版協会 ◆ 早坂暁『円空への旅』日本放送出版協会 ◆ 早坂暁『乳の虎・良寛ひとり遊び』 の三冊を読んだ記憶があるが、『 乳の虎・良寛ひとり遊び』 に関しては、シナリオが見つからず、 1993年放送の「 NHKテレビドラマ」を視聴したにすぎなかったのだろうか。  その検索中に本書と出会った。古書である。 『倉本聰コレクション』はいうにおよばず、 ◆ 山田太一『早春スケッチブック』新潮文庫 が、強く印象に残っている。倉本聰と山田太一は当代の双璧だった。 「文学は『言語』作品、落語は『ことば』作品」(西江雅之『「ことば」の課外授業 ― “ハダシの学者”の言語学1週間』洋泉社) 「言語」では「ありがとう」と一通りにしか表記することはできないが、「ありがとう」の「ことば」は無数にある。  当時もいまも、「言語」と「ことば」の関係には興味がある。  井筒俊彦は、「存在はコトバである」と措定した。近年では「コトバ」への関心が加わった。  言葉づくしである。 栗田勇「騰々、天真に任す」 早坂暁,杉本苑子,栗田勇,村上三島『わがこころの良寛』春秋社 ◆  荒井魏『良寛の四季』岩波現代文庫  前項では、「 本書には、仏道修行に励む良寛の姿がみられないが」と書いたが、その間隙を栗田勇が埋めてくれた。秀作である。  栗田は若き日の良寛を、「非常に繊細な、感受性の強い青年」(70頁)だった、「良寛の孤独感と苦悩はただごとではな」 (69頁 ) かったといい、良寛を「 ひとりの鋭い精神的な思想家」(69頁 )だった、と総評している。  栗田は、「大愚(たいぐ)」,「天真(てんしん)」,「任運(にんうん)」の三語の「良寛さんの言葉を手がかりに」して、良寛の境地の深まりを論述している。(69頁) 「任運」とは「任運自在」のことで、「天真」とは、「天真にして妙なり、迷悟に属さず」の意で...

「『徒然草』_究竟は理即に等し」

吉田兼好「日、暮れ、道、遠し。我が生、既に蹉陀たり」 2021/07/09 「第百十二段 明日は遠き国へ赴くべし」 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 「人間の儀式、いづれの事か、去り難からぬ。世俗の黙(もだ)し難きに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇(いとま)も無く、一生は雑事(ざふじ)の小節に障(さ)へられて、空しく暮れなん。日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。信をも、守らじ、礼儀をも、思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂(ものぐる)ひとも言へ、現無(うつつな)し、情け無しとも思へ。譏(そし)るとも、苦しまじ。誉(ほ)むとも、聞き入じれ。」 ◇ 以下、「現代語訳」です。 「人間が生きている限りしなくてはならない社交儀礼は、どれもしないわけにはいかない。だからといって、世間のしがらみを捨てきれずに、これらのことを必ずしていると、願望も多く、体も辛く、精神的な余裕もなくなって、肝心の一生が、次から次に押し寄せてくる雑事にさえぎられてしまい、空しく暮れてしまう。もう人生が暮れるような晩年になっても、まだ究めようとする道は遠い。自分の人生は、すでに不遇のうちに終わろうとしている。まさに、白楽天の「日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり」という状況だ。もうこうなったら、すべての縁を打ち捨てるべき時である。私は、約束も、もう守るまい。礼儀も、気にしまい。このような決心が出来ない人は、私のことをもの狂いとも言え。しっかりとした現実感がなく、人情がないと思ってもよい。他人がどんなに私のことを非難しても、少しも苦しくはない。逆に、私のことを褒めてくれても、そんな言葉を聞く耳は持たない。」 (註)「蹉陀」は躓く。転じて好機を失う。挫折する。(兼好法師,小川剛生訳注『新版 徒然草 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫) 島内裕子は「徒然草の中でも、最も激烈な段である」と書いている。  2016/10/15 に 「小林秀雄『末期の眼』」 と題するブログを書きましたが、その思いはいまも変わりません。 「日、暮れ、道、遠し。我が生、既に蹉陀たり。諸縁を放下すべき時なり」  P教授の教えにしたがい、 身支度を整えます。 TWEET「『徒然草』_信頼に足る確かな「たしなみ」の書」 2021...

井筒俊彦「コトバの、また文化の圧制的側面_1/3」

「 文化と言語アラヤ識」 『井筒俊彦全集 第八巻 意味の深みへ 1983年-1985年』 慶應義塾大学出版会  コトバの意味作用の機構そのもののなかに、権力、強制が組み込まれている。コトバは、何を、いかに言うべきかを、人に強制する。そして(ロラン・)バルトは、コトバは、もともとファシスト的なものだ、という、一見、極端とも思えるような発言をする。 (中略)  私はこれに更に次の一言をつけ加えたい。すなわち、コトバは、何を、どう言うべきかを強制するだけでなくて、何をどう見るべきかをも強制する、と。コトバが分類様式であるならば、個々の言語(ラング)は、それぞれ特殊な(存在)分類のシステムでなくてはならない。それは、その言語を語り、その言語でものを考える人々に、ある一定の世界像を強制する。一つの言語は、一つの自然的解釈学の地平を提供する。我々はそれによって「世界」を見、それによって「現実」を経験する。経験するように強制されるのだ。(170頁)  一体、バルトがコトバの本源的分類性について語り、コトバのファシスト的圧制を云々する時、彼は主としてそれの社会制度的表層を見ているのである。たしかに、独立した一つの社会制度としてのコトバ、すなわち各個別言語は、意味論的には、一定数の意味分節単位(いわゆる単語)の有機的連合体系であって、それらの意味単位は、それぞれ、本質的に固定されて動きのとれないようになっている。このようなレベルで働くコトバの意味形象機能は、当然、固定して動きのとれない事物、事象からなる既成的世界像を生み出す。出来合いの意味形象が描き出す出来合いの存在絵模様だ。無反省的な日常生活において、人は誰でもそんな出来合いの「世界」に生きているのである。  だから、もしコトバが、このような社会制度的表層レベルに見られるものだけに終始するものとすれば、そして、もし文化が、言語表層で形成される「現実」だけに基礎づけられているものだとすれば、文化は、社会制度的因襲によってかっちり固定され、力動的な創造性を喪失した紋切り型の思惟、紋切り型の感情、紋切り型の行動のパターンにすぎないことになるだろう。言い換えれば、文化は、決まりきった型にはまった、実存的に去勢された意味、人間生活の社会制度的表面にようやく生命を保つ、憔悴した意味のシステムであることだろう。(171-172頁)  文化はコト...

TWEET「『徒然草』_信頼に足る確かな「たしなみ」の書」

 学術的なことは詳らかではないが、私は『徒然草』を「たしなみ」についての教養の書であると一括りに括っている。立居振る舞い然り、美意識然り、教訓また無常感然り、話題は広範におよぶが、それらは皆、信頼に足る確かな「たしなみ」の範疇での出来事である。 全段再読したが、やはり、 ◇ 「第二一九段 四条黄門命せられて云はく」 ◇ 「第二二0段 何事も辺土は」 は面白く、また、 ◇ 「第二一七段 或る大福長者の云はく」 (以上、「 Es Discovery」さんのサイトより ) の掉尾は、 「ここに到りては、貧富分(わ)く所なし。究竟(くきやう)は理即(りそく)に等し。大欲は無欲に似たり。」 ◆「 究竟は理即に等し。」 (「悟りの境地である究竟は、迷いの境地である理即に等しい。」) との文で結ばれていて、禅語を聞くかのようである。 一昨日の夕方、 ◇ 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 を注文した。一八0段までを、 ◇ 兼好法師,小川剛生訳注『新版 徒然草 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 で読み、そして届き次第、以降を、 ◇ 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 で読んだ。  対照すれば、やはり差異はあり、面白く読んだ。そして、西江先生のことを思った。                「† 翻訳とは「演奏」である」 西江雅之『「ことば」の課外授業』洋泉社 「言語は互いに「置き換えられる」という話と「翻訳」の話とは大いに違うんです。  翻訳というのは、ある言語で表現されたことを、意味の上でも形の上でも原文に近い形を保ちながら、ほかの言語に置き換えることです。その置き換えは、制約の中での一種の「演奏」なんです。つまり、本来の文章をいかに訳すかは、翻訳者の腕によるわけです。」(106-108頁) 「翻訳」は「演奏」である。創造的な行為によって、楽譜は音に昇華される。楽譜から逸脱することは許されないが、 あとは自由である。自分の裁量で動くことができる。 「翻訳」を「現代語訳」に置き換えて読んでみれば、とそんなことを思いつつ読み継いでいった。 ◇  島内裕子 「徒然草の達成と現代」 ( 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 489頁) は名文です。遠く、私のおよぶところではありません。ぜひ書店で立ち読みしてください、とはいえ、 田舎の書店 でのこと、書棚...

「拝復 P教授様_再読は友情の証_團伊玖磨篇」

35年ぶりの『パイプのけむり』 塾長のブログでバックナンバーを紐解いていると、 (團伊玖磨) 『パイプのけむり』 (朝日新聞社) が…。 いま この全巻は研究室の書棚に眠っています。 35年の熟成を経た再読が楽しみです。 「再読は友情の証」 長田弘『読書からはじまる』日本放送出版協会 おはようございます。 團伊玖磨さん公認のウェブサイト、 「團伊玖磨ノート」 が、見つかりません。残念です。 閲覧、どうもありがとうございました。 顧みる、また推敲するいい機会になりました。 では、では。 すてきな週末をお過ごしください。 また。 くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE. 追伸:不快指数が高くてやりきれませんね。 以下、 ◇  團伊玖磨『パイプのけむり』朝日新聞社 page 01 ◇ 「動詞_食す その一」 ◇  団伊玖磨「食_料理って?」 ◇ 「團伊玖磨、ちいがわかる男の哀しみ_『トルコ・コーヒー』」 ◇ 「團伊玖磨の七転八倒 _『薬研堀』」 ◇ 團伊玖磨『パイプのけむり』_三題 です。愉快です。痛快です。

井筒俊彦「コトバの、また文化の圧制的側面_1/3」

「文化と言語アラヤ識」 『井筒俊彦全集 第八巻 意味の深みへ 1983年-1985年』 慶應義塾大学出版会 コトバの意味作用の機構そのもののなかに、権力、強制が組み込まれている。コトバは、何を、いかに言うべきかを、人に強制する。そして(ロラン・)バルトは、コトバは、もともとファシスト的なものだ、という、一見、極端とも思えるような発言をする。 (中略)  私はこれに更に次の一言をつけ加えたい。すなわち、コトバは、何を、どう言うべきかを強制するだけでなくて、何をどう見るべきかをも強制する、と。コトバが分類様式であるならば、個々の言語(ラング)は、それぞれ特殊な(存在)分類のシステムでなくてはならない。それは、その言語を語り、その言語でものを考える人々に、ある一定の世界像を強制する。一つの言語は、一つの自然的解釈学の地平を提供する。我々はそれによって「世界」を見、それによって「現実」を経験する。経験するように強制されるのだ。(170頁) 一体、(ロラン・)バルトがコトバの本源的分類性について語り、コトバのファシスト的圧制を云々する時、彼は主としてそれの社会制度的表層を見ているのである。たしかに、独立した一つの社会制度としてのコトバ、すなわち各個別言語は、意味論的には、一定数の意味分節単位(いわゆる単語)の有機的連合体系であって、それらの意味単位は、それぞれ、本質的に固定されて動きのとれないようになっている。このようなレベルで働くコトバの意味形象機能は、当然、固定して動きのとれない事物、事象からなる既成的世界像を生み出す。出来合いの意味形象が描き出す出来合いの存在絵模様だ。無反省的な日常生活において、人は誰でもそんな出来合いの「世界」に生きているのである。  だから、もしコトバが、このような社会制度的表層レベルに見られるものだけに終始するものとすれば、そして、もし文化が、言語表層で形成される「現実」だけに基礎づけられているものだとすれば、文化は、社会制度的因襲によってかっちり固定され、力動的な創造性を喪失した紋切り型の思惟、紋切り型の感情、紋切り型の行動のパターンにすぎないことになるだろう。言い換えれば、文化は、決まりきった型にはまった、実存的に去勢された意味、人間生活の社会制度的表面にようやく生命を保つ、憔悴した意味のシステムであることだろう。(1...

「動詞_食す その一」

一日の多くの時間を台所で過ごしていました。平成二一年のことです。ただひたむきにつくり、ひたむきに食していました。エンゲル係数の大きな生活をしていました。 「食」の手ほどきは、 ◇ 團伊玖磨『パイプのけむり』シリーズ 朝日新聞社 で受けました。学生時代のことでした。今、 團伊玖磨『パイプのけむり選集 食』小学館文庫 が出版されています。 空腹が満たされればそれでよし、と心得ていた私にとっては新鮮な驚きでした。 文化人類学の講義で、「カニバリズム(食人俗)」の話題に話がおよんだとき、摩訶不思議な食生活をされている西江雅之先生は、 「私は『人を食ったことはない』が、『人を食った話』はする」 とおっしゃられていました。 「食べられる物」と「食べる物」の違い 「食べ物」は「食べられる物」のほんの一部 「食べ物」は「文化」である 「食べ物と制約」 こんな話もうかがいました。 そして、2012/11/19 には、 ◇  西江雅之『「食」の課外授業』平凡社新書 が出版されました。 鉢山亭虎魚『鉢山亭の取り寄せ 虎の巻』オレンジページ  三十代から四十代にかけて十年間、池波正太郎の膝下で男の生き方を学んだ。しかし、十年がかりの勉強で私が何とか身につけたと思っているのは、ただ一つ、 「必ず来る死に向かって、有限の時間を着実に減らして行くーーそれが人の一生だよ。ことに男はそうだ。女には子を生むことによって永遠の生命を生き続けるという特権がある。男にはそれがない。だから毎日、きょうという一日が最後と思って酒を飲め。そう思って飯も食え。 「食す」ことは人生の一大事であることを思いしらされた私は一念発起しました。例によって形から入りました。「食」について書かれた本を読みあさり、調理器具や調味料、香辛料等々を一通りそろえ、実際に料理をし、食すまでには結構な時間がかかりました。

小林秀雄「文化という、身にまとった服は脱ぐことはできない」

小林秀雄『人生について』中公文庫  「お月見の晩に、伝統的な月の感じ方が、何処からともなく、ひょいと顔を出す。取るに足らぬ事ではない、私たちが確実に身体でつかんでいる文化とはそういうものだ。古いものから脱却する事はむずかしいなどと口走ってみたところで何がいえた事にもならない。文化という生き物が、生き育って行く深い理由のうちには、計画的な飛躍や変異には、決して堪えられない何かが在るに違いない。私は、自然とそんな事を考え込むようになった。年齢のせいに違いないが、年をとっても青年らしいとは、私には意味を成さぬ事とも思われる。」(「お月見」177頁)  「大分以前の事だが、ある時、田舎にいて、極めて抽象的な問題を考えていた事があった。晩春であった。夜、あれこれと考えて眠られぬままに、川瀬の音を聞いていると、川岸に並んだ葉桜の姿が心に浮んで来た。その時、私たち日本人が歌集を編み始めて以来、「季」というものを編み込まずにはいられなかった、その「季」というものが、やはり、私の抽象的な考えの世界にも、川瀬の音とともにしのび込んで来る、そういう考えが突然浮び、ひどく心が騒ぎ、その事を書いた事がある。私の思索など言うに足らぬものだが、岡(潔)氏の文章を読んでいて、ふと、それが思出され、私の心は動いたのである。」 (「季」181頁)  「(『沈黙の春』の著者である、レイチェル・ルイーズ・)カーソンの眼は、生きた自然の均衡に向けられている。この観念は、自然詩人の誕生とともに古いのである。こういう私達の情緒や愛情に基く観念、と言うより私達の生得の直観と言っていいものが、現代科学者の分析的意識のただ中に顔を出して来るとは面白い事だ。この、私なら審美的と呼びたい単一な直観を、科学者は、自然の複雑な分析や計量によってDDTを発明するように、発明する事は出来まい。恐らく、それは、そっくりそのまま、意識の深部から、意識の表面に顔を出したもの、顔を出してその抵抗性を示したものと言うより他はあるまい。原形質生物から、幾億年もの間、育てられて来た生物の、自然環境に生きる為の動的均衡に酷似した働きが、私達の心的世界にも存する事は疑えないように思われる。」 (「DDT」198-199頁)  各作品とも短編である。そして、三作品ともに末尾に結論がおかれている。私が三つの文章を並べた意図を理解していただける...

『倉本聰私論』_「はじめに」(04/21)

「倉本聰私論 ー『北の国から』のささやきー」 「はじめに」(04/21) ーー“伝え合い”における“ことば”と言語ーー  シナリオは台詞とト書で構成された言語を媒介とする作品であり、物語は登場人物間での“伝え合い”によって展開される。  作家は“伝え合い”の場面を記述し言語として定着させる。そして、読者はそれを読むという作業を通して“伝え合い”のイメージを創造する。さらに、倉本聰の作品に関していえば、それは映像化されるのである。ここには“伝え合い”と言語との重層的な関係がある。  シナリオ文学においては“伝え合い”と言語、また“ことば”との関係は無視できない問題であり、それ自体がシナリオ文学を大きく特徴づけてさえいるのである。  まず、論文をはじめるにあたって、「“伝え合い”における“ことば”と言語の位置」、「“ことば”と言語の関係」について、西江雅之『ことばを追って』(大修館書店、一九八九年)、西江雅之「“伝え合い”の人類学」(『言語』五巻一号~四号、六号~十一号、一九七六年)を要約することによって明らかにしておきたいと思う。  思えば、早稲田の杜では数々の怪物に出会った、なかでも怪物の極めつけ、“奇人”中の“貴人”は、西江雅之先生であった。いつも熱いものを感じていた。常に熱い視線をおくっていた。大きな影響をうけた。卒業論文の「はじめに」、西江雅之先生の論文の要約を記すことのできる幸せを思う。  それはそれとして。  とにかく、はじめたいと思う。 〈“伝え合い”における“ことば”と言語の位置〉  現場での直接的な個人間の“伝え合い”は、七種類の基本的な構成要素から成り立っている。(順序は重要度とは無関係である)  1.  “ことば”ーー言語(文字により直接記述可能な部分)+パラ・ランゲージ(声の質、スピード、癖など“ことば”づかいにみられる個性)。その場でのテーマに関する知識背景、その場その時の脈絡、その例を判断する道徳や政治などのイデオロギー的背景。  2. 身体の動きーー身体部分のさまざまな動き(顔の表情なども含む)、ジェスチャー、姿勢(静止したポーズ)、視線。  3. 人物の特徴ーー性別、年齢、体型、性格、身体付加物(化粧、服装、飾りとしての付加物、装いなど)。  4. 人物の...