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9月, 2018の投稿を表示しています

明石康「世界に冠たるサムライ」

 読み進めるうちに、「サムライ」とは世界に冠たる「侍」を意味することが、次第に明らかになってきた。 ◾️サムライたちの洋学の実力 明石康,NHK「英語でしゃべらナイト」取材班『サムライと英語』角川oneテーマ21  江戸時代、学問の担い手は他ならぬサムライだった。それは、江戸時代のサムライが置かれた一種歪(いびつ)な立場から生じた現象だった。  本来戦闘が職業のはずのサムライだが、泰平の世の中ではサムライたちに「戦う」場はなかった。 (中略)  かわって武士は教養を身につけ、学問を修め、人格を磨いた。それがなくては、何も生産せず、国を軍事力で守るという仕事が形骸(けいがい)化しているサムライたちが、人の上に立つ理由は成り立たなかったのだ。  特に一八世紀も後半になると、蘭学が隆盛となり、競って海外の知識・学問を取り入れた。(78頁) ◾️引き裂かれる大久保の心情  大久保(利通)も自分が断行する改革が、ことに出身母体である鹿児島のサムライに不満と苦しみを与えていることに、引き裂かれる思いがあったであろう。  こうした時に重要な考え方は、「啓蒙された国益」という概念だ。つまり、国連の理念に従って行動すれば、当面利害が矛盾しても、長期的には自国の利益に合致してくるという発想だ。大久保でいえば、明治新政府をうまく軌道にのせ、日本の近代化を速やかに行えば、それがひいては鹿児島にもよい結果をもたらすという信念と見通しを持つことである。  おそらく、大久保にはそうした確固たる信念が心のうちにあったのであろう。(152頁) ◾️ラストサムライ・西郷隆盛、死す  明治九年三月、新政府は廃刀令を出した。サムライたちは、武士の魂とも考えられてきた刀を捨てさせられた。(152頁)  最後に城山にこもったサムライたちに見守られながら、西郷は自決した。 「もう、ここらでよか」  最後にそう言い残したという。  この西南戦争を最後に、士族の反乱は終止符を打った。  サムライの時代は、名実ともに終わった。  黒船来航から二四年後のことだった。(154頁) 「 サムライの時代は、名実ともに終わった」と著者は書くが、時代精神というものが、日本人の深層意識の内に刻まれていることは間違いのないことである

「拝復 P教授様_私事よりはるかに異常です」

 喧騒の夏、沈黙の冬に、春秋を加えることを考えます。雨季と乾季だけでは情緒に欠け、寂しすぎます。とはいえ、儘ならぬのが我が心でもあります。  明後日は、体育大会の振り替え休日でお休みです。四週続けての三連休です。定期テスト前の7日間に3日の、11日間に6日の休日があります。教育現場は、私事より常に異常です。 すてきな週末をお過ごしください。 また。 くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE.

新渡戸稲造「おのが誠を咲くさくらかな」

◾️おのが誠を咲くさくらかな 明石康,NHK「英語でしゃべらナイト」取材班『サムライと英語』角川oneテーマ21  新渡戸稲造の孫にあたる加藤武子さんの自宅に、新渡戸に関する様々な遺品や記録が残されている。その中の一枚の色紙に、次のような新渡戸の歌が書かれていた。 「見ん人のためにはあらで奥山に おのが誠を咲くさくらかな」 (中略)  新渡戸が『 Bushido (武士道)』で説きたかった日本人の精神性をひとことで言い表した歌である。(221頁) 人さえ見れば出し抜こうと思う、見苦しい時代になったものである。誠心誠意ということに欠けている。

TWEET「金木犀」

 一歩外に出ると、金木犀の匂いがした。庭にまわってみると金木犀が花をつけていた。むせかえるような芳香を放っていた。季節はずれの感じがしたが、特に早咲きの種との認識はなく、季節はずれなのは、私の方であることは明らかであった。  「季節はずれ」,「徒花(あだばな)を咲かす」、いつしか習い性と成ってしまった自分を感じている。

明石康「生きることにも心せき」

昨日、 ◇明石康,NHK「英語でしゃべらナイト」取材班『サムライと英語』角川oneテーマ21 が届いた。しかし、どういった経緯(いきさつ)で注文した古書なのか記憶に ない。 「目次」を読み、「参考文献」に目を通した。終章の「第四章 サムライが日本を見つけた日」では、新渡戸稲造の『武士道』が大きく取り上げられていて、興味をひく。また、「参考文献」の最後には、「明石康に関する著書」の項があり、八冊の著書が掲げられている。その一冊に、 ◇ 明石康『生きることにも心せき』 中央公論新社 がある 。  さしあたっての私の関心は、 「生きることにも心せき」と表現した明石康氏の真意にある。昨日からあれこれと考えている。「心せく」ことなく構えている。  いよいよテスト週間がはじまる。その間(かん)の慰みとしては、最良の図書を思いがけずも手にした。

「仲秋の名月」

 うかつでした。「朧月」とは「春の夜のほのかにかすんだ月」のことであり、他の季節に見られる、「薄雲にさえぎられて、ほのかに照る月」を「薄月(うすづき)」ということを、昨夜はじめて知りました。  仲秋の昨日、月の出にはぼんやりした月が東の空にかかっていました。南中するころには、明るくなりましたが、薄月であることにかわりはなく、しばらくの間月を見上げて過ごしました。早朝には小雨が降り、西の空に月はありませんでした。  薄月夜でした。天の計らいに粋も無粋もなく、今年の名月も名月は名月でした。

「刀剣_『鉄』に表れる個性と美」

貴金属ではない「鉄そのもの」を鑑賞する文化が日本以外にあるのかどうか、 (中略) しかしその原材料の性質や制作技法ゆえに刀身に表れるさまざまな要素を、日本の刀工たちは意識的にコントロールし、流派や個人の特徴を表出させながら発展させてきた。  また鑑賞する側も、その違いを細やかに観察して表現を磨き、あたかもソムリエが極上のワインを分析・描写するがごとき緻密さ、詩情をもって、刀の特徴を描き出す。(ただし行きすぎると鑑賞ではなく鑑定になってしまう) (中略) 機会があればぜひ、ガラスなしで実物を見て、例えば地鉄なら「地色青く紫の心底あり」、刃文なら「笹の葉に積もった雪のむら消え」などと古来言われる、鉄だけに表れる美しさを味わってほしい。 (BRUTUS「刀剣」2018年9月15日号 40頁)

「早朝の湿原を行く」

 早朝の湿原は静まっていた。歩を緩めた。久しく忘れていた歩調だった。秋分の日の今日、陽は真東から差していた。  湿原を一巡し、人気のない沢沿いの林道を歩いた。流れのなかの適当な岩に座り、じっとしていた。目の前にはサワガニがいた。サワガニは微動だにしなかった。  早朝の湿原は様相を異にしていた。おかげで、すっかり緊張から解かれた。

「秋分の日に思う」

 今年も時を過たず彼岸花が咲き、「天高く」、早くも「釣瓶落とし」を実感している。しかし、「隣は何をする人ぞ」との思いは私にはなく、情感に欠けているということなのでしょうか。  明日の仲秋の名月が気になります。

TWEET「十三夜月」

 十三夜月(じゅうさんやづき)が南東の空にかかっています。「古来、満月についで美しい月」とされているそうですが、細っそらした三日月の方が私は好きです。  人の好悪とは無関係に、月の運行に乱れはなく、人事には無頓着です。

「拝復 P教授様_仕事を追いかける」

「池波正太郎も「仕事を追いかけていた」ことを知りました。 国民的大作家も仕事を楽しくする工夫をしていたのですね。」 おはようございます。 追いかけられ、追い立てられ、追いつめられ、ついには置いてきぼりを食い、追いやられ、追い払われるのが仕事だとばかり思っていました。 お便り、どうもありがとうございました。 すてきな休日をお過ごしください。 また。 くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE.

TWEET「湿原行を繰り返すなかで」

 その後湿原行を繰り返すなかで、いよいよ、 「京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ」 展(2018/9/29〜11/25) が、迫ってきました。  その間(かん)、デイパックのなかには、 「BRUTUS『刀剣』2018年9月15日号」 を、入れたままにしてありました。昨日取り出してみると、すっかりデイパックになじんでいました。再読、再見しています。活字離れが解消しました。カウントダウンのはじまりです。

TWEET「フリック入力」

 iPod touch の文字の入力法を、「ローマ字入力」から「フリック入力」にかえた。ボケ防止対策である。何日かが経ったが、指先はためらうばかりで、いっこうにはかどらず、脳内は混乱をきたしている。多少の混乱と活性化との間の正の相関については疑う余地はないが、しかしそれに伴うイライラは大きな退歩であると、つまらないことを考えている。つまらないことを考えるのも一計かとも思っている。

「初秋の『花かおる湿原』を行く」

 掲示が新しくなっていました。そこには、稜線上を行く「鷹の渡り」についての記載があり、またいま咲く17種の花の名前が書かれていました。 『花かおる葦毛湿原』(吉田豊著) でした。花期を終えれば実を結び、実りの秋も間近です。

TWEET 「リトルランプ ノクターン_誤算の産物」

   昨夕、 スノーピーク「リトルランプ ノクターン」 が届いた。まず目をひいたのは、そのシンプルなデザインと各部の品質の高さである。    私はランタンのつもりで注文したが、届いたのはガスランプだった。瓦斯灯を彷彿とさせ、郷愁に浸っている。安定した炎は静かに灯り、しじまの妨げにならないのがうれしい。    洗練されたデザインと細部にいたるまで作り込まれた、スノーピークさんらしい逸品である。    誤算が誤算を生んだ格好となった。ひき続き火遊びに興じます。

TWEET「哀し」

 昨夜は厚い雲におおわれ、上弦の月をみることができませんでした。  あと幾夜か空をわたれば、名月です。  雪月花。日本人の美意識を決定づけた、「古今」の宮人(雅人)たちの感性に想いをいたしております。繊細優美で、はかなくもあり、哀しくもあり、「哀し」は、私の基調をなす言葉です。

「拝復 P教授様_睡眠について」

「昼寝こそが頭、心、体の万能の医者です。 塾長が一年中、昼寝をしているのは本能ですね!」 午睡に逃避しているだけのことです。ただのたわけ者です。三年寝太郎です。 以下、ブログより、「睡眠について」です。 ◇ 「地下足袋で歩きながら、つらつらと」_睡眠のリズムと夢作業 ◇  河合隼雄「考えが行き詰まったら寝たほうがまし」 ◇ 「 そっと起こす」その二  堀忠雄『快適睡眠のすすめ』岩波新書 FROM HONDA WITH LOVE.

TWEET「ユニセックス」

「クロスモール豊川」内にオープンした、「無印良品」店で、春秋物のクルーネックのカーディガンを求め、冬物のクルーネックのカーディガンを予約しました。そして、今日は、スタンドカラーのフランネルのシャツを買いました。すべて女性物で、サイズは XLです。着丈が短く、どことなくおしゃれで気に入っています。会計を済ませ、タグを切って頂き、その場で羽織って店外に出ると、なぜか口元がゆるむのは、いよいよデビュー間近ということでしょうか。

「拝復 P教授様_鯨飲馬食」

「情報の暴飲暴食。 人づき合いの鯨飲馬食。 これをやめれば、目標は達成します」   倉本聰は、「知らん権利」と「放っとく義務」という、ニングルの長老の言葉を紹介しています。「知らん権利」と「放っとかれる権利」,「断わる力」ですね。暴飲暴食、鯨飲馬食を慎みます。ご忠言、どうもありがとうございました。 すてきな休日をお過ごしください。 FROM HONDA WITH LOVE.

TWEET「不健康で非社会的な生活」

  初秋の湿原を散策し、自然のなかに身をおき、合間には登山道具と戯れ、そしてその間(かん)には読み書きはせず、健康的にすぎる生活を送っています。不健康で非社会的な生活を身上とする私にとっては、いたって不健全で、病因にならないかと危惧しております。いつ引きこもろうかと、機をうかがっています。適当、両立ということができず、両極を生きています。因果な性分です。

TWEET「秋の夜に一人遊びに興じる」

 昨夜 EPIgas のランタンのマントルを新しいものに取り替えました。またその際には、ランタンの仕組みを調べ、もの・ことの背後には、発明があり履歴があることに思いをいたしました。  室内用に、SOTO の「レギュレーターランタン ST-260」を注文しました。「新富士バーナー」さんは、隣接する豊川市にあるメーカーさんです。  ついに火がつきました。秋の夜の一人遊びに興じます。

「秋雨の雨間に_初秋の湿原を行く」

2018/09/09  夜、  mont-bell の「 アルパインパック60」に、必要最小限の登山道具を詰めこみました。防災仕様です。また、patagonia の「アセンジョニストパック25」には、 負荷として、 トレッキング用にしては過分な道具類を、これでもかというほどパッキングしました。  登山道具と戯れるのは楽しく、「山より道具」の本領発揮です。 2018/09/11  葦毛湿原の駐車場に着くころには、雨が降り出し、長尾池にのぞむコンクリート造りの東屋で、時代がかった堅牢な EPIgas のストーブとランタンで、火遊びをして過ごしました。ランタンの灯りは温かく安らぎます。湿原には行きませんでしたが、満足して帰路につきました。 2018/09/14     秋雨の雨間に、湿原の散策に行ってきました。木道を一巡しました。シラタマホシクサが見ごろを迎え、 サワシロギク、ノイウツギの白い花が各所で見られました。雨上がりにできた水たまりでは、ミミカキグサ、ムラサキミミカキグサが小さな花を咲かせていました。キセルアザミの花も目立つようになりました。     愛知県の「指定希少野生動植物種」に指定されている「ヒメヒカゲ(蝶)」が舞い、ハッチョウトンボが飛んでいました。しばしハッチョウトンボの飛行に見とれていました。『トンボになりたかった少年』、東昭(あずまあきら)東大名誉教授のことを思い出しました。     水かさの増した沢は「 さらさら」流れ、遠く見やれば山間 からは雲がわいていました。     そして、散策の最後には、東屋に立ち寄り、火遊びをして帰途につきました。趣味になりそうな勢いです。

「Dr.T 様_HAPPY BIRTHDAY!」

お誕生日、おめでとうございます。 一年(ひととせ)を経(ふ)れば、異なる感慨もあり、その年齢(とし)なりの、若いころとは自ずと異なった見方ができるのはうれしいですよね。上手に年齢を重ねてください。 GOOD LUCK! FROM HONDA WITH LOVE.

「前略 H君へ_単刀直入におうかがいいたします」

「単刀直入に」 服のサイズは、Sですか、Mですか。それとも Lですか。 単刀直入にお答えしていただければ、それで結構です。 TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE. 『たいていの服はMです』  数年前から、父と衣類を共有しています。同じ品の色違いの衣服を二着ずつ購入しています。その片割れをお送りいたしますので、もしよろしければ着てください。「THE NORTH FACE」「patagonia」「MAMMUT」の製品ですので品質は確かです。さらに「GREGORY」のとっても奇抜な色使いのデイパックと、かなり奇抜な色のトートバッグ、「PORTER(吉田カバン)」の、私には少々大きすぎるペンケースも同梱いたします。  衣類の詳細につきましては、後ほどお送りいたします。  浪人生必携の冬のぽかぽかアイテムです。 ご丁寧なご返信、どうもありがとうございました。 時節柄くれぐれもご自愛ください。 TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE. 追伸:ご返信ご不要です。ご心配ご無用です。 「 以下、詳細です」 以下、詳細です。うまく重ね着をしてください。なお、アメリカサイズのSは、日本サイズのMに相当します。今日中には発送いたします。 THE NORTH FACE ◇ ウインドストッパーゼファーシェルカーディガン ◇ SCOOP JACKET (M, (SA) サラトガグリーン) ◇ デナリジャケット ◇ キャンプノマドジャケット patagonia ◇ M's Reversible Snap-T Glissade P/O 25385 NVYB S MAMMUT ◇ マイクロレイヤー ジャケット GREGORY ◇バックパック ファインデイ ◇トートバッグ ティーニートート PORTER ◇ PORTER / PORTER SMOKY PEN CASE TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE. 今回新たに購入したものは一つもありません。ご笑納ください。ひろと父と僕とのペアルックです。 お気づかい、どうもありがとうございました。 時節柄くれぐれもご自愛ください。 TAKE IT EAS

TWEET「P教授との深夜の歌合?」

P教授からの深夜のメールの返信に、 「深夜のP教授は、ちょっと違う」 『深夜のP教授は男だぜ』 「近よると火傷するぜ」 以上、50代半ばを過ぎた男たちの、元気な会話でした。

「Apple Special Event_Autumn of 2018」

 いよいよ、「Apple Special Event」が、日本時間 2018/09/13 午前2時から開催されますね。私のお目当の品は、「MacBook Pro(タッチバーの搭載されていない機種)」「iPad mini」「iPhone SE」「iPod touch」の新作です。いずれもいずれも注目度のあまり高くない品ばかりですが、Apple さんの心意気に期待しています。「macOS Mojave」の登場、また「iOS12」のアップデイトにも注目しています。  当然、買うか、買わないかは、また別の問題です。悪しからず!

「拝復 P教授様_狂うか、果てるか、間に合うか」

「『風景は思想である』 なるほど、意図的なものは排除されている」 情景とは、情(こころ)に映った景色である。 かといって見下すものでもあるまい。 FROM HONDA WITH LOVE. 「祝!2000件。次は20000件ですね」 20000件まで、27年。 狂うか、果てるか、間に合うか。 ご丁寧なご挨拶、どうもありがとうございました。 FROM HONDA WITH LOVE. 「努力は夢中に勝てない。 しかしいま、『夢中を超える努力に夢中です』」 「夢中」の洪水で、溺れそうです。 父の受診のつき添いに、その後の食事にと、二時間半の行程でした。 時節柄くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE.

TWEET「秋雨に閉じこめられるころ」

 結構な量の雨が降っています。広重の「大はしあたけの夕立」のような雨脚ならば大歓迎です。鑑賞に値します。  ブログ上に引いた文を読むことからはじめます。読書事はじめです。電子書籍です。酔狂な読書です。

「初秋の湿原を行く_サワギキョウをさがしつつ」

「9/5 現在  湿原では、シラタマホシクサ(白玉星草)が花盛りとなってきています。  湿原から自然歩道を登っていくと、親子岩と呼ばれているチャートの岩の手前の沢沿いでは、まだ咲き始めですが、サワギキョウの紫色が目に飛び込んでくることでしょう。」  2018/09/05,06,08,09 には、サワギキョウをさがしつつ、山に分け入りました。分岐までを慎重に往復し、昨日は一息峠まで足をのばしました。いまだにサワギキョウは行方不明ですが、 山頂がみえてきました。  その間(かん)には、にわか雨にあい、汗みずくになり、渇きをおぼえ、休憩中には体温を奪われと、そろそろ最低限の用意をする必要を感じています。  山路来てなにやらゆかしすみれ草 との決着が 待っていないともかぎらず、淡い期待をよせています。

「慶祝!投稿数が 2000 件になりました」

ブログの投稿数が、2000 件になりました。 「思えば遠く来たもんだ」(以下、中原中也「頑是ない歌」より引用)といった感慨があります。 思えば遠く来たもんだ 十二の冬のあの夕べ 港の空に鳴り響いた 汽笛(きてき)の湯気(ゆげ)は今いずこ いずれもいずれも、「2000」の「頑是ない私の歌」です。

「白露の日の翌日に_この思想は難しい」

2018/09/07  「白露の日の前々日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」  いま白い道を歩いていると思った。湿原へと向かう、林間につけられた小径を、ひとり歩 いているときのことだった。利休の歩いた道だと思った。ひき返すことのできない道だと思った。それしき、と思えばそれしきのことだった。 2018/09/08  「白露の日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」    今日も、白い道を歩いているように感じた。ひき返すことのできない道だと思った。散策の趣向がかわった。私が秋草になった。過去もなく、未来もなく、今もなく、時と同調しているように感じた。木道上でも同じ思いにかられた。  いつ刷り込まれたのか、刷り込みから解かれつつあるのか、とまれ心は安らけくある。 「白露の日の翌日に_この思想は難しい」  小林秀雄は、雪舟の「慧可断臂図」の掉尾に、 「この思想は難しい。この驚くほど素朴な天地開闢(かいびゃく)説の思想は難しい。込み入っているから難しいのではない。私達を訪れるかと思えば、忽(たちま)ち消え去る思想だからである。」(小林秀雄『モオツァルト・無常という事』 新潮文庫,「雪舟」,200-201頁) と書いた。  「白い道」について考えることは難しい。「訪れるかと思えば、忽(たちま)ち消え去る思想だからである」。さすれば、思いが交錯する見晴らしのよい地平に立つのが一番で、いまの私にとっては、湿原行が、そのよすがである。 以下、 小林秀雄「雪舟の明らかさ」 です。

「白露の日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」

2018/09/07  「白露の日の前々日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」  いま白い道を歩いていると思った。湿原へと向かう、林間につけられた小径を、ひとり歩 いているときのことだった。利休の歩いた道だと思った。ひき返すことのできない道だと思った。それしき、と思えばそれしきのことだった。 「白露の日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」   今日も、白い道を歩いているように感じた。ひき返すことのできない道だと思った。散策の趣向がかわった。私が秋草になった。過去もなく、未来もなく、今もなく、時と同調しているように感じた。木道上でも同じ思いにかられた。  いつ刷り込まれたのか、刷り込みから解かれつつあるのか、とまれ心は安らけくある。

「白露の日の前々日に_初秋の湿原へと向かう道すがら」

 いま白い道を歩いていると思った。湿原へと向かう、林間につけられた小径を、ひとり歩いているときのことだった。利休の歩いた道だと思った。ひき返すことのできない道だと思った。それしき、と思えばそれしきのことだった。

「拝復 H君へ_復旧に向けて」

 おはようございます。  ライフラインに支障をきたすと、たいへんですね。豊橋では,、3L/day × 3日×人数分の水を備蓄するようにといわれていますが、ハードルが高いですね。登山用具一式をザックにつめこんでありますが、はたして持ち出せるのでしょうか。  今回は、携帯電話、スマートフォンが大活躍しましたよね。Dちゃんは、iPhone の電池切れを心配していましたので、ソケットを買って、車のシガレットライターから電源を確保するように伝えておきました。  「カップ麺」の空輸は、意外でした。空高く宙づりにされた「カップ麺」の心境は、複雑だったことと思われます。阪神淡路大震災では、カセットコンロが最も役に立ったそうです。  阪神淡路大震災しかり、東日本大震災しかり、揺れがおさまるまでの時間はとても長く感じますよね。自宅と心中する覚悟で「動かざること山の如し」を決めこんでいました。    Hからのメールで、通電の喜び、電気のある暮らしのありがたさを実感しています。北海道電力さんには、当面の復旧、今後の改善にと、大いに頑張ってもらう必要がありそうですね。  これを端緒に、復旧が加速することと信じています。やはり、「日々是好日」,「日々是決戦」の順位は不動ですね。 ご丁寧なご挨拶、どうもありがとうございました。 ひき続きましての備え、また用心を心がけて ください。 TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE.

「前略 H家の皆様方へ_地震見舞いです」

おはようございます。 今日未明、胆振地方を震源とする大きな地震があったことを知りました。だいじょうぶでしょうか。余震も続いているようですね。安全の確保を第一に考えてください。 また。 くれぐれもご自愛ください。 Dちゃんの行方を心配しています。 FROM HONDA WITH LOVE. 早々のご丁寧なご返信どうもありがとうございました。 一報に胸をなでおろしています。 一瞬で飛び起きたとは、元高校球児はいまも健在ですね。 震度5強とは想定外でしたね。 しばらく余震が続きそうですね。余震に備えてください。 不便を強いられそうですね。一刻も早い復旧を、お祈りしております。 ひき続きご自愛ください。 また。 家族の皆様方に、その旨よろしくお伝えしてください。 FROM HONDA WITH LOVE. 眠れぬ夜をお過ごしのことと拝察いたします。 くれぐれもご自愛ください。 ご丁寧なご返信、どうもありがとうございました.。 FROM HONDA WITH LOVE. ご丁寧なご返信どうもありがとうございました。 無事は、KさんとHからのメールで確認しました。震度6強、直下でしたね。 胸をなでおろしています。 しばらく余震が続きそうですね。余震に備えてください。 不便を強いられそうですね。一刻も早い復旧を、お祈りしております。 ひき続き、くれぐれもご自愛ください。 TAKE IT EASE ! FROM HONDA WITH LOVE. 追伸:iPhone の電源は車のシガレットライターから確保できませんか。私は100円ショップの安物を使っています。 大ごとにならずによかったですね。 ライフラインに支障をきたすとたいへんですね。 携帯電話とスマートフォンの威力を痛感しました。 備蓄といっても、むつかしく頭を抱えてしまいますね。 その旨、皆さんにはお伝えしておきます。 ご丁寧なご連絡、どうもありがとうございました。 くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE. 無事なことを確認したかっただけのことですので、ご心配にはおよびませんよ。 今年度からは、たくさんの生徒さんたちのことも心配で、たいへんですね。 台風に地震、お父さんは電子カルテにと、ご難続きですね。 今回は、携帯電話、スマートフォンが大活躍しましたよね。Dちゃんは

「初秋の湿原を行く_サワギキョウをさがして」

 野分後の湿原に行ってきました。   湿原に自生する秋草にとって、野分はいっこうに気にならない様子でした。華奢なつくりの千草に風折れなし、といったところでしょうか。 「9/5 現在  湿原では、シラタマホシクサ(白玉星草)が花盛りとなってきています。  湿原から自然歩道を登っていくと、親子岩と呼ばれているチャートの岩の手前の沢沿いでは、まだ咲き始めですが、サワギキョウの紫色が目に飛び込んでくることでしょう。」  掲示が書きかえられていました。 『花かおる 葦毛湿原』ほおずき書籍  の著者である、吉田豊さんの手になるものとうかがったことがありますが、真相は知るよしもありません。  自然歩道とは低山につけられた登山道のことです。思い当たる沢もあり、山道を登りました。急登ではたちまち足が重くなり、息が切れました。汗みずくになり、山行どころではないことを実感しました。  「チャートとは生物の死骸が固まってできた堆積岩で、赤く硬く、主成分は二酸化ケイ素である」との受験知識をもってのぞみましたが、「沈」しました。  サワギキョウの高貴な紫を目にしたくて、サワギキョウさがしを続けます。サワギキョウとなれば、サワギキョウしか眼になく、採集も辞さない勢いです。     いよいよトレッキングです。地下足袋で足もとをかためます。

TWEET「七分は運動神経、三分が頭」

 自分の作文を読み返し、どことなく違和感をおぼえる所は、改める必要のあるべき箇所である。また、一ついじれば他の表現にさしつかえるのは必至のなりゆきである。我知らず、あらぬ方向へと向かうこともある。  一口に推敲というが、一度置いた文字を改めるのはむつかしく、然るべき時を待つしかない。また、推敲が推敲をよぶ。  ブログ上に載せるのが早く、ブログ上で推敲を繰り返している。恥をさらしている。悪習である。決定稿を読んでいただいている閲覧者の方たちは幾人かに限られ、できそこないの未定稿ばかりが幅をきかせている。  小林秀雄は、 文章を書く際には、「七分は運動神経、三分が頭」といっているが、思い当たる節がないわけでもない。広大無辺な言葉の海をいかに泳ぎ切るか、ということであろう。泳法を工夫し泳力を鍛えるに如くはなく、と思いつつも、推敲を重ねるのに暇(いとま)がなく、一人で閲覧数をかせいでいる。 以下、 小林秀雄「文章を書く場合『七分は運動神経、三分が頭』」 「小林秀雄の文章の美しさ」 です。

「拝復 P教授様_一路邁進する」

早速拝読させていただきました。 一介の教授ではもったいないですね。作家の道へと舵をきってください。 添付ファイル、どうもありがとうございました。 FROM HONDA WITH LOVE. 「野心」というまでもなく、「平常心」で十分に作家圏内です。作家がいいですね。作家にしましょう。 昨日で夏休みが終わりました。夏に果てました。 早々のご丁寧なご挨拶、どうもありがとうございました。 「かくこと」でお元気になられるとは、ご健在ですね。 FROM HONDA WITH LOVE. おはようございます。 寝たり起きたりを繰り返し、いま本格的に目覚めました。 一路邁進してください。 FROM HONDA WITH LOVE. おはようございます。 たいへん遅ればせながらも…。 思うところあって、再読また再見し、細っそら、すっきりしたP教授を認めました。また、充実した内容は健在でした。 FROM HONDA WITH LOVE. 三読させていただきました。 違和感をおぼえたのは、写真写りの問題とばかり思っていました。が、思うところあって、目をみはっています。 PDF ファイルのご送信、どうもありがとうございました。 TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE. 「先頭打者」の秀逸さに、後続の打者は霞んでしまいそうですね。容赦なし、ですね。 「餓鬼道」とは地獄絵図さながらですね。 時節柄くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE.

TWEET「『鉄そのもの』です」

 暴風雨下には、考えごと一般にむかないことを知りました。寝たり起きたりを繰り返すなかで、日が暮れようとしています。  「かたな」は「鉄そのもの」である、という言葉が印象に残っています。「かたな」は、鉄器の系譜に繋がるものであり、弥生時代伝来の鉄文化の最たるものです。鉄のあり様(よう)、またその使途を知悉した刀匠の眼は確かです。「かたな」は「用の美」の賜物とばかり思っていましたが、意に反し、たれかれによって発明された美です。伝統に培われたといったほうが正確かもしれません。  日頃読みつけない雑誌を手にして苦戦しています。雑誌には雑誌の読み方があるのでしょうか。ひき続き、BRUTUS の「刀剣」特集を読み継ぎます。  それにつけても、気になるのは「初秋の湿原」のことばかりです。野分には、馴れっこかもしれません。

「拝復 Dr.T様_野分見舞いに深謝する」

時折強風が吹いています。今後には、二階を揺らすほどの暴風が吹き荒れることが予想されます。当地では雨は降っておらず、風台風です。夕方頃がピークかと思われます。窓ガラスの破損、瓦の落下が心配です。  小・中学校は、お休みです。昨日の段階で決定されました。  先週の金曜日には、「台風21号接近中につき、火曜日にはお弁当持ち」とのメールの一斉送信があったそうです。給食の廃棄は、とんでもなく無駄で、教育的ではありません。 日本海に抜けた台風は、勢力を増して北上することと思われます。警戒が必要かと思われます。 塾をお休みにするかどうか、迷っています。 台風見舞い、どうもありがとうございました。 FROM HONDA WITH LOVE. 〈その後〉  明朝三時頃に、札幌に最接近の予報ですね。なにごともないことを、お祈りしております。  当地では、一過後も暴風が吹き荒れています。塾はお休みにしました。 PCとのにらめっこで、腱鞘炎、眼精疲労など起こしていませんか、こちらも気になるところです。 くれぐれもご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE.

「初秋の湿原を行く_処処をめぐる」

 今日は、気になる処処だけを、まわってきました。夜来の雨で、いつになくしっとりとしていました。  コバノカモメヅルは、しおれた花が目立ち、昨日が最盛期だったのでしょうか。花期を終え、結実に備えてのことなのでしょう。  ミミカキグサの花が日ごとに減っていますが、キセルアザミの花が咲きはじめました。いやおうなく秋を感じます。萩の花、ホソバリンドウの花期が待たれます。  今日は青空が広がり残暑の厳しい一日でした。  台風一過後には、湿原から続く低山を目指します。地下足袋でのぞみます。

「詩一篇_木坂 涼『魚(うお)と空』の閲覧数について」

 2018/06/26 に、手遊びに書いた、 詩一篇_木坂 涼「魚(うお)と空」 の閲覧数が 100を越え、意外に思っています。   光村図書出版『国語 1』からの引用です。中学生諸君の閲覧なのでしょうか。毎日のように 読まれています。

「前略 H君_きっと実るよ、秋だから」

昨日夏休みが終わりました。今年は、暦の関係で二日多い豪勢な夏期休暇でした。 満足こそしていませんが、夏期講習を終え、一息ついています。中一,二生は、夏休みボケで瀕死の状態です。 先週の金曜日には、「台風21号接近中につき、火曜日にはお弁当持ち」とのメールの一斉送信があったそうです。給食の廃棄は、とんでもなく無駄で、教育的ではありません。 台風最接近につき、明日は休日になりそうです 最近、初秋の湿原に遊んでいます。湿原に咲く花を楽しんでいます。一日で植生がずいぶんかわります。トレッキングシューズを履いた人たちの多いなか、裸足にサンダル履きでの散策です。異端です。そろそろ地下足袋に履き替えようかと考え ています。靴底は薄いほど有利で、土の感触、木道(もくどう)の感触が直に伝わってきます。裸足で野山を徘徊する強者もいると聞いています。 気分転換には、散歩、掃除、整理整頓がいいかと思われます。清々します。 「きっと実るよ、秋だから」と、一昨年のデニーズのコースターには書かれていました。 TAKE IT EASY! FROM HONDA WITH LOVE.

「野分き前の湿原を行く_コバノカモメヅルをさがして」

 つる性の植物であることをたよりに、目線を上げて歩くと、程なく見つかりました。星の形をした「暗紅紫色」の花がたくさん咲いていました。やはり案内が必要です。  はじめてデイパックを背負っていきました。ショルダーベルト、チェストベルト、ウェストベルトを調節すると、いきなり姿勢がよくなり、あわてました。主客が転倒しています。矯正するのも、されるのもかないませんが、今回ばかりは心地よく、デイパックの意外な効能を知りました。  空はどんより曇っていました。絶えず吹く風に、長尾池の水面(みなも)が波だっていました。無事を祈るばかりです。

「小林秀雄と刀の〈映り〉_『京(みやこ)のかたな』展に寄せて」

講義「文学の雑感」後の学生との対話 小林秀雄 国民文化研究会・新潮社編『学生との対話』新潮社  目でも耳でも、絶えず色を観て、音を聴いていなければ、発達なんかしません。僕は、絵描きの友達、たとえば梅原龍三郎さんなどと喋っていると、彼らの目玉の働き方にしばしば驚かされます。きわめて敏感に物を観て、実によく覚えている。絵を描いている人はいつでも目を訓練しているから、僕らが見えてないものが見えているのです。僕らは見えているようで、全然見えていませんよ。  僕は物好きだからいろいろやってきましたが、ある時期、刀屋が僕のところへしょっちゅう来ていたことがあるんです。僕は刀を教わろうと思って、刀の見方を聞いていた。たとえば〈映(うつ)り〉というものがある。だが、刀の映りとはどういうものか、説明することはできないのだな。刀屋が刀を指して、「ここにあるでしょう、ここに。ご覧なさい、今出ております。これ映りです」。いくら見たってありません(会場笑)。すると刀屋は、「ああ、まだお見えになりませんね。今にお見えになります」と、こう言うんです。  これは現実なのです。想像上のことではないのです。現実に、そこに映りは出ている。刀屋には見えているんです。それが僕には感じられないのです。しかし、刀を見て、見て、見ているうちに、僕にも見えてくるんです。そのとき、僕はちょっとギョッとしましたね。これは刀に限らない話ですよ。(97頁) 刀の〈映り〉、 「京(みやこ)のかたな」 展で、目指すものの一つです。「ギョッ」といった刺激に飢えています。

「小林秀雄と事実の誤認と」

山下裕二「冬景山水図」 赤瀬川原平×山下裕二『雪舟応援団』中央公論新社  うさん臭く、鼻持ちならない文章である。この夏出会った悪文の最たるものである。おしゃべりに過ぎ、言葉に責任のもてない山下裕二の品位を疑いたくなる。  以下、氏が、小林秀雄「雪舟」から引いた一節である。 「『夏冬山水図』という大胆不敵な絵、これは殆ど観者を無視して描かれている。言ってみれば、これも絵というものではないのである。『山水長巻』の部分図であり、あそこで前景に集中した力を、ここではままよと全画面に破壊させてみたのである。夏景も冬景もない。これは自然という塊である。雪舟には雰囲気などというものがもう邪魔臭かったに相違ない。曼殊院の坊様に頼まれて、仕方がない、片っぽには雪を降らせて置こうかと言った風なものだ。こういう、味いというものを一切無視した頑固無情な絵が、大切に伝来されて来たという事さえ、私には不思議に思われる。  事実誤認は、いくつかある。(後略)」(87-88頁)  私にとって、小林秀雄の「事実の誤認」は、とるに足らない、瑣末なことである。私の関心は、小林秀雄の眼に映った美であり、その抜き差しならぬ言語表現にある。言葉が美に昇華するころ合いにある。  この件に関しては、考証家のいたずらな「誤認」としか、私には映らない、とだけ申し上げておく。

「初秋の湿原を行く_粗忽者の記」

 昨日、初秋の湿原に遊んできました。いつになく蒸し暑く、天気がくずれる予兆か、と少々やりきれなさを感じながらの散策でした。 「(8/29 現在)一時期絶滅状態だったコバノカモメヅルが、今年は木道のわきの見つけやすいところで咲き始めています。湿原の少し奥の方には、双眼鏡で捜すと2ヶ所見ることができる場所がありました」 と書かれた、案内図入りの掲示がありました。  右往左往し、何回かの往復の後に、 コバノカモメヅルらしき花を見つけました。  「 木道のわきの見つけやすいところ」といい、「 双眼鏡で捜すと2ヶ所見ることができる場所がありました」といい、その 実力の差は埋めようもなく明らかです。  ミミカキグサにしても、私が確認したのは二種でしたが、掲示には四種類のミミカキグサが記されていました。  帰路立ち寄ったマクドナルドでは、「 野に咲く花」のアプリがあったことを思い出し、早速「 コバノカモメヅル」を検索すると、どこか違うように思えてなりませんでした。私が見たのは、つる性の植物ではなく、粗忽者のすることはこんなものかと、あきらめました。   2017/11/25   TWEET「野に咲く花」 『野に咲く花(山溪ハンディ図鑑)』山と溪谷社 のアプリを購入した。そこには、求めていた「湿原に咲く花」の記載はなかった。勇み足だった。  その後『尾瀬みっけ!〜おふらいんで使える尾瀬の花図鑑〜』をダウンロードしたが、おのずから植生が異なっていた。   吉田豊『花かおる 葦毛湿原』ほおずき書籍 の購入が適当なのは、わかりきったことであったが、Amazon の古書店では、1.6498円の値段がつけられており、高嶺の花である。たとえ購入したとしても、著者に印税が入るわけでもなく、健全な価格を待って、毎日ウォッチングしています。 追記:山と溪谷社の月刊誌『山と溪谷』を、『山と広告』と揶揄した人の諧謔は、的を射ており、愉快です。 シラタマホシクサの「シラタマ」がだいぶ膨らみました。見ごろは九月中旬頃とのことです。シラタマホシクサのある近景と遠景は、自ずから趣(しゅ)を異にし、面白くながめています。彼方は、霞がかかったように煙っています。