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岡潔「たちまちのうちに解るとき」4-5

「たちまちのうちに解るとき」 岡潔『春宵十話』角川ソフィア文庫  岡潔は上記のような発見を「インスピレーション型の発見」とよんでいるが、以下の発見は、様相を異にしている。 「終戦の翌年宗教に入り、なむあみだぶつをとなえて木魚をたたく生活をしばらく続けた。こうしたある日、おつとめのあとで考えがある方向へ向いて、わかってしまった。このときのわかり方は以前のものと大きくちがっており、牛乳に酸を入れたときのように、いちめんにあったものが固まりになって分かれてしまったといったふうだった。それは宗教によって境地が進んだ結果、物が非常に見やすくなったという感じだった。だから宗教の修行が数学の発展に役立つのではないかという疑問がいまでも残っている。」(35-36頁) 「文化の型を西洋流と東洋流の二つに分ければ、西洋のはおもにインスピレーションを中心にしている。 (中略) これに対して東洋は情操が主になっている。 (中略)  木にたとえるとインスピレーション型は花の咲く木で、情操型は大木に似ている。  情操が深まれば境地が進む。これが東洋的文化で、漱石でも西田幾多郎(にしだきたろう)先生でも老年に至るほど境地がさえていた。」(36頁)  私もささいなことならば幾度か経験しているが、要諦はつかず離れずということだと思っている。残念ながら「情操が深まれば境地が進む」という経験はまだない。

岡潔「数学に最も近い職業は百姓だといえる」4-3

「自然に従う」 岡潔『春宵十話』角川文庫  「数学は語学に似たものだと思っている人がある。 (中略)  語学と一致している面だけなら数学など必要ではない。それから先が問題なのだ。人間性の本質に根ざしておればこそ、六千年も滅びないできたのだと知ってほしい。  また、数学と物理は似ていると思っている人があるが、とんでもない話だ。職業にたとえれば、数学に最も近いのは百姓だといえる。種をまいて育てるのが仕事で、そのオリジナリティーは「ないもの」から「あるもの」を作ることにある。数学者は種子を選べば、あとは大きくなるのを見ているだけのことで、大きくなる力はむしろ種子の方にある。これにくらべて理論物理学者はむしろ指物師に似ている。人の作った材料を組み立てるのが仕事で、そのオリジナリティーは加工にある。理論物理はド・ブローイ、アインシュタインが相ついでノーベル賞をもらった一九二0年代から急速にはなばなしくなり、わずか三十年足らずで一九四五年には原爆を完成して広島に落した。こんな手荒な仕事は指物師だからできたことで、とても百姓にできることではない。いったい三十年足らずで何がわかるだろうか。わけもわからずに原爆を作って落としたのに違いないので、落とした者でさえ何をやったかその意味がわかっていまい。」(47頁) 「季」 小林秀雄『人生について』中公文庫  「私は、氏の言うところを、はっきり理解したとは言わないが、これは、数式ではなく文章なのである。極めて専門的な数学的表現の生れる境地を語るのに、岡氏が何ら専門的な工夫を必要としていない限り、私には、その境地の性質が直覚できる。数という種子をまき、目を閉じて考える純粋な自足した喜びを感ずる事が出来る。数学の極意は、計量計算の抽象的世界にはないらしい。岡氏の文章は、瞑想する一人の人間へ、私を真っすぐに連れて行く。そういう人間の喜びを想 っていると、ひたすら事実と行動との尊重から平和を案じ出そうとする現代の焦燥は、何か全く見当が外れているようにも思われて来る。」(180頁) 下記、 小林秀雄「瞑想という純粋な自足した喜び」 です。

岡潔「情緒、その人の中心をなすもの」4-2

「情緒、その人の中心をなすもの」 岡潔『春宵十話』角川ソフィア文庫 「その私が急に少しお話ししようと思い立ったのは、近ごろのこのくにのありさまがひどく心配になって、とうてい話しかけずにはいられなくなったからである。その結果がこの小冊子となった。」(3-4頁) と、岡潔が「はしがき」に記したのは、1963年、63歳のときのことである。翌年には東京オリンピックが開かれ、東海道新幹線が開通し、高度経済成長まっただ中のことだった。  下記、「春宵十話」より、教育に関する岡潔の発言である。図らずも長い引用になってしまったが、かりそめにも教育界の端くれに位置する私の、岡潔の真意に触れていただきたいという願いの表れである。 「人の中心は情緒である。情緒には民族の違いによってろいろな色調のものがある。たとえば春の野にさまざまな色どりの草花があるようなものである。」(「はしがき」3頁) 「人に対する知識の不足が最もはっきり現われているのは幼児の育て方や義務教育の面ではなかろうか。(中略)早く育ちさえすればよいと思って育てているのがいまの教育ではあるまいか。(中略)成熟が早くなるということに対してもっと警戒せねばいけない。すべて成熟は早すぎるよりも遅すぎる方がよい。これが教育というものの根本原則だと思う。」(10頁) 「どうもいまの教育は思いやりの心を育てるのを抜いているのではあるまいか。そう思ってみると、最近の青少年の犯罪の特徴がいかにも無慈悲なことにあると気づく。これはやはり動物性の芽を早く伸ばしたせいだと思う。学問にしても、そんな頭は決して学問には向かない。」(11-12頁) 「いま、たくましさはわかっても、人の心のかなしみがわかる青年がどれだけあるだろうか。人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけということ、つまり対象への細かい心くばりがないということだから、緻密さが欠けるのはいっさいのものが欠けることにほかならない。長岡半太郎(ながおかはんたろう)さんが寺田寅彦先生の緻密さについてふれていたが、文学の世界でも、寺田先生の「藪柑子集(やぶこうじしゅう)」特にその中の「団栗」ほどの緻密な文章はもういまではほとんど見られないのではなかろうか。」(12頁) 「頭で学問をするものだという一般の観念に対...

岡潔「一つ季節を廻してやろう、という岡潔の気宇壮大」4-1

「季」 小林秀雄『人生について』中公文庫 「数学の世界で、大戦前からそうであったが、戦後著しくなったのは、仕事がいよいよ抽象化される傾向だそうである。『風景で言えば、冬の野の感じで、カラッとしており、雪も降り、風も吹く。こういうところもいいが、人の住めるところではない』と岡氏は言う。『そこで私は一つ季節を廻してやろうと思って、早春の花園のような感じのものを二、三続けて書こうと思い立った。その一つとして、フランス留学時代の発見の一つを思い出し、もう一度とりあげてみたが、あのころわからなかったことが、よくわかるようになり、結果は格段に違うようだ。これが境地が開けるということだろうと思う。だから欧米の数学者は年をとるといい研究が出来ないというけれども、私はもともと情操型の人間だから、老年になればかえっていいものが書けそうに思える。欧米にも境地が深まっていく型の学者がいるが、それをはっきりとは自覚していないようだ』」(181頁)  地球を鷲づかみにし、その運行を冬から春まで、1/4 周進めようという岡潔の構想は気宇壮大である。その凄腕は、「ピカソの腕力」(「小林秀雄、梅原龍三郎とピカソの腕力を語る」)に匹敵するものである。  上記の岡潔の文章は、新聞紙上に連載された「春宵十話」からの、小林秀雄による引用である。「春宵十話」は、「毎日新聞社の松村洋(まつむらひろし)君がまとめて文につづった」、岡潔の聞き書きである。  早速購入し、角川文庫で読んだ。 「発見の鋭い喜び」 「自然に従う」 岡潔『春宵十話』角川文庫 「数学は語学に似たものだと思っている人がある。 (中略)  語学と一致している面だけなら数学など必要ではない。それから先が問題なのだ。人間性の本質に根ざしておればこそ、六千年も滅びないできたのだと知ってほしい。」(47頁) 「春宵十話」には「情操」という言葉が頻繁に登場する。 「情操が深まれば境地が進む。これが東洋的文化で、漱石でも西田幾多郎(にしだきたろう)先生でも老年に至るほど境地がさえていた。」(36頁)  数学が、「人間性の本質に根ざして」いるものならば、それは「情操」の学問であるといえよう。数学から、人間の「境地が深まっていく」過程をみることは、私にはできるはずもないが、これは他の学問領域にも敷衍できることは容易に察しがつき、興味深い。 「数学史を見ても、生き...

岡潔『岡潔対談集』_山本健吉 3/3

岡潔 山本健吉「俳諧は万葉の心なり」 岡潔 山本健吉「連句芸術」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 山本  (前略)芭蕉の文学の発想は、結局発句じゃなくて、連句にあるという…。 岡  芭蕉は連句ですよ。連句はものすごいと思いますよ。いまの人は無精して、芭蕉の連句を調べない。 山本  もったいない話です。 岡  日本にとってもったいない。 山本  発句だけでは、芭蕉文学の玄関口にすぎない。とにかく芭蕉が心にもっていた人生の種々相というものは、連句のなかに描れてくるのです。柳田國男先生がこういうことをおっしゃったことがあるんです。とにかく柳田先生は連句がお好きで、『芭蕉七部集』は座右の書とされておりました。そして連句の評釈も書いておられます。柳田先生がおっしゃるには、芭蕉さんというのはじつによくものを知っていらっしゃる、人生、人間というものを知っていらっしゃる。 岡  人生というものを芭蕉くらいよく知っていた日本人は、ほかにないかもしれませんよ。 山本  そうでしょう。 岡  たぶん芭蕉だ。それが連句に出ております。あれをなんでほっておくのかなあ。たなごころをさすようですね。たなごころをさすように連句をよんでいるでしょう。芭蕉が入ったら、たなごころをさすようになっているでしょう。それが大円鏡智です。 山本  いま先生が、芭蕉の頭のなかには図書館のように人生が詰まっていてと言われた…。 岡  そうです。人生が図書館のように詰まっているでしょう。 山本  それが自在に出てくるということをおっしゃったわけです。 岡  一冊抜いたら、すっと出てくる。それが連句ですからね。芭蕉の連句によって日本を知ることは、『万葉集』によって日本を知るよりよほど知りやすい。連句をみな読まんから、わざわざ『万葉集』までかえらなくても、「俳諧は万葉の心なり」といって、あそこでエキスにしてくれてあるのに…。こんどは大いに強調しておいてください。今度、角川書店が『芭蕉の本』を出すということは、ひじょうに時宜を得ています(笑)。大いに連句を強調してほしい。(161-163頁) 山本  芭蕉は、自分のなかの私というものをたえず捨てようとした。なくそうとした。無私ということ、私なしということが芭蕉の心がけの根本にあるわけなんです。俳諧なんてものは三尺の童子にさせよということを...

岡潔『岡潔対談集』_山本健吉 2/3

岡潔 山本健吉「秋の風ふく」 岡潔 山本健吉「連句芸術」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 山本  じつは川端さんは、岡先生の『日本民族』という本をお読みになったんですよ。そして私に手紙をくださった。それは「秋深き隣は何をする人ぞ」の句について…。 岡  あの「秋深き隣は何をする人ぞ」で、芥川は寂しいといっております。寂しがり屋で、まちがっているというか、芭蕉は寂しいとは思わなかったのだけれども、そう取ったってかまいません。小宮豊隆にいたっては、薄気味が悪いといっている(笑)。薄気味が悪いといったら、俳句にならんです。あれは人なつかしいというので…。 山本  そうだと思います。 岡  あたりまえですよ。 山本  その点で、岡先生は寂しさじゃなくて人なつかしさをいったのだとおっしゃっているけれども、どう思われますかと(川端さんが)私に意見を求められたんです。私は、やはり芭蕉の気持ちの底には寂しさはあるので、人間は寂しい存在だということがあって、その上に立って人へのなつかしさ、人と人との本当のつながりを求めています。 岡  寂しさというのは、「蜘(くも)何(なん)と音(ね)をなにと鳴く秋の風」、あれは感心したんですがね。つまり、みのむしが捨て去られるのも知らないで、秋風が吹くとチチヨ、チチヨと鳴く。これですよ。これはなつかしさなんです。寂しさもあります。ありますが、父なつかしさあっての寂しさです。それを芥川は寂しさとだけとった。それならよろしいけれども、それを薄気味わるいというのはむちゃです。 山本  芥川は、あれを寂しさとしかとれなかったところに、自殺しなければならなかったということも考えられます。(158-159頁) 岡  (前略)そこになつかしさあっての寂しさというものと、人ひとり個々別々の人の世は底知れず寂しいというのとは、寂しさの意味がちがいますね。だから、芭蕉が寂しいというは、人なつかしさということですよ。 山本  そうですね。寂しさと懐かしさというのは楯(たて)の裏表みたいなものです。(160-161頁) 「毎日新聞デジタル」 「言い伝えではミノムシは鬼の子といわれた。枕草子によると、秋風が吹くころに戻るから待てと親に言われて置き去りにされ、「ちちよ、ちちよとはかなげに鳴く、いみじうあはれ」となった。こんな話を風流人が見逃...

岡潔『岡潔対談集』_山本健吉 1/3

岡潔「ある刹那、とっさに一切が」 山本健吉 岡潔「連句芸術」  岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 山本  先生にとっては、数学と道元・芭蕉というのは一つのものなんですね。  岡  数学の方が浅いです。こんなものは二代やろうとは思いません(笑)。西洋のもののうちではいちばん深いのでしょうけれども。西洋は、すべて時間・空間というわくのなかに入っているのを知らない。(184頁)  (それに対し、東洋は時空を超えることを体験的に知っている)  「身心脱落」  岡潔『一葉舟』角川ソフィア文庫  「私は(道元)「正法眼蔵」の上巻を、なんだかよい本と思って買ってきて座右に置いた。なんだかすばらしい景色のように思えるのだが、春霞(はるがす)みの中の景色である。そんな日々が長く続いた。十三年目に私にある刹那があった。その後この本のどこを読んでもすらすらわかる。それから、十七、八年になるが今でもそうである。しかしこの本は実は絵のようなものであるから、言葉で説明しないほうがよい。   身心脱落とは真如の月が雲を排して出るようなものである」(194-195頁)  「絵画」  岡潔『春風夏雨』角川ソフィア文庫  「ところが近ごろまでその(良寛の書を見る)機会を得なかったのだが、近ごろその写真版四冊を見ることができた。   第一冊を見ると、表紙に「天上大風」と大きな字で書いて署名している。字の配置は正方形の四隅に一字ずつ書いているのである。   私はそれを見ると、直ぐわかった。とっさで、何がどうわかったのかわからないが、一切がわかってしまったのであろう。良寛の書がいわば真正な書であることを、少しも疑わないようになったから。   じっと見ていると、何だかこせこせした心の中のもやもやが吹き払われて、心が段々清々しくなり段々ひろびろして行くような気がする。翌朝もう一度その四字を見ると、字の姿から見て、横に右から左に強い風が吹いているのである。   このはじめのわかり方を「信解(しんげ)」というのである。たとえば『正法眼蔵』に「智ある者若し聞かば即(すなわ)ちよく信解せん」という句が引いてある。   これにならって、第二の...

井上靖 岡潔「文明というイズム」井上靖 9/9

一昨日(2022/11/08)の午前中には、岡潔『夜の声』新潮社 を読み終えた。 井上靖 岡潔「文明というイズム」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 岡  魔物の正体がわからんと小説(『夜の声』)の主人公にいわせているのですが、先生自身、不思議だなあと思っておられることもあるんでしょうね。 井上  ええ、ございます。 岡  そうでしょうね。そこがたいへん実感があって、おもしろい。あれについて、ずうっと考えどおしで、汽車んなかも、そればかりでした。 井上  そうでございましたか 。 岡  それで、私なりに考えてみた。あれは文明というイズムじゃないかと…。 井上  そうでございます。 岡  イズムちゅうのはこわいですよ。顔の形まで変わる。イズムができる場所が(ひたいをたたいて)ここなんです。つまり、万葉が宿る場所と同じなんでしょうね。だもんだから、ひどい影響がある。あの仏教の六道輪廻(りんね)の宿る場所も、ここなんでしょうね。 井上  そうですか。 岡  『ある偽作家の生涯』のああいう形で出たり、イズムの形で出たり、それから万葉の形で出たり、つまり (ひたいをたたいて)ここなんでしょうね。 中国のことばで、ここを泥おん宮(ないおんきゅう)っていうんです。これは有無を離れる戦いという意味です。だから、ここにあるものは、どれも実体がないんですね。だからして、実体のない思想なんかがあると思ったら、だめなんです。つまり、日本人はすみれの花を見ればゆかしいと思う。それから、秋風を聞けばものがなしいと思う。そのとき、ここには、すみれの花とか秋風とかいうものはない。しかし、ゆかしいもの、ものがなしいものはある。 井上  なるほど。 岡  こういう思想は、東洋にはずっとあるんですが、西洋にはないんです。西洋では、まずそこに実体があるとしか考えられない。 井上  逆になっているんですね。 岡  逆なんです。実際見ているのに、そうなんです。(69頁) ◆「ないおんきゅう」の「おん」は「氵に亘」です。  また、「実際見ているのに、そうなんです」とは、「実際見ている」ものには実体がないことが見えていない、というほどの意味であろう。  けっして他人事ではなく、また「有無を離れる戦い」とは凄絶である。  人心は乱れ、自然は破壊されつ...

岡潔 井上靖「あのお念仏の変な人」 8/9

岡潔 井上靖「あのお念仏の変な人」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 井上  欧米文化を受け入れていって日本はどうなったと、いろいろと現代史や近代史が書かれていますけれど、確かに欧米文化を受け入れて日本はそれで大きいプラスになった面もありますけれど、とんでもないマイナスになっている面もいっぱいございますね。 岡  そのほうが、むしろ多いんじゃないか。 井上  中国文化も、インドの文化も、同じようにいえると思いますね。 岡  明治以後の日本といったら、なんていうか、学問のために魂を売ったっていうような感じですね。 井上  明治の人たちで、いま考えると、なかなかいい仕事をしている人もおります。たとえば、明治の洋画家が描きました洋画というもの、あれはなかなかいいと思うんです。 岡  ごくはじまりのころは、よく描いていますね。はじまりがよくって、いつもだんだん悪くなるのは、不思議だなあと思う。 井上  そうなんですね。いまでも、日本の美術史の上でも、明治の洋画家というのは、いやおうなしに高く買わざるを得ないんです。あれは、やはり日本人の心というものを失わないで、その上でヨーロッパ風のリアリズムというものを自然に受けとったと思います。それですから、ああいう洋画が描けた。 岡  リアリズムというのは、なんというか、習作なんです。ほんとうは、それから上へ出るためのものであることを忘れているんですね。欧米人は、実在性はけっして抜けないんですよ。実在を確かめてからでなければ、人は思想し、行為はできないと思っている。ところが、日本民族や漢民族の住んでいるところは、実在性を抜いたエキスだけの世界、それが泥おん宮(ないおんきゅう)でしょ。それが、初めのうちはあるが、いつのまにか天上から地上におりてしまう。 岡  地上に住むのは、日本人はへたで適していません。いつもそうだと思う。あの、明治維新以後悪くなったと思っているんですよ。日本歴史を少し調べてみますと、応神天皇以前と以後と違うらしい。応神天皇以前の日本人って、だいたいこんなものだろうとは想像するけど、とてももう見られないと思っていた。ところが近ごろ、私のところへ一人の人が訪ねてきた。六十ぐらいかな。その人は学校はまるでできなかった。よく卒業させたと思うくらいだが、いろいろ...

井上靖 岡潔「郷里」 7/9

井上靖 岡潔「郷里」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 井上  私は昨年の暮、飛鳥(あすか)へまいりましたんですが、上代では、何回も何回も飛鳥の都へ戻っております。たとえば難波へ都を移しても、またその次は飛鳥へ帰っている。またその次は近江(おうみ)へ都を移します。するとまたその次には飛鳥へ戻っているのです。 岡  どうしても戻りたいという気持が強かったんでしょうね。 井上  どうしてあんなに飛鳥へ戻るのか、なぜ戻るのか。歴史のなかでなんとなく疑問だったのです。学生時代にももちろん飛鳥へ行っておりますけれど、何回となく…。昨年の暮にまいりましたら、初めてあれは大和朝廷のくにだな、郷里だなと思ったんです。それで疑問がとけたような気がしました。 岡  ああ、なるほど。 井上  私の家の一族は、父も祖父もみんな町へ出て働いていましたが、必ず伊豆の山の中へはいっていくんです。それと同じようなもので、あれは郷里だったなと思いますと、飛鳥へ帰ることは自然なんです。そういう気がいたしましたね。それでないと、あんなにたびたび…。 岡  はあ、そんなに戻ってきますか。戻るんですなあ。 井上  くにだなあ、という気がいたしました。 岡  いっぺん日本人を応神天皇以前に戻さなきゃいかんと思うのですがね。ご協力くださいませんか。 井上  もう、ほんとうに…。 岡  これはぜひやらなきゃいかん。私近ごろ、あのお念仏の変な人に会って、いよいよ一度このかすをとりのぞかなきゃだめだと思いました。これはちゃんとしたかたにやっていただかなきゃいかん。私なんか、それが大事だと思ってもどうやるかわからない。ほんとうにそれをやらなきゃ、日本はどうなるかわかりゃしませんよ。(114-115頁)  時代が飛鳥を求めた。飛鳥に 風土と化した日本民族 の原風景をみたのであろう。それは飛鳥の地に立てば、いまも感じられるに違いない。 “郷里” に日がなたたずんでいたいと、いましきりに思う。

井上靖 岡潔「唐招提寺 / 新宝蔵 / 破損物 如来形立像」 6/9

井上靖 岡潔「唐招提寺 / 新宝蔵 / 破損物 如来形立像」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 井上    唐招提寺(とうしょうだいじ)に行きますと、破損仏といって、こわれた仏様が並んでおります。そのなかに如来形立像という仏像がある。それは首がありませんで、手首が欠けております。脚も一部破損しているんです。しかし、胸から衣を着ております。そのひだにあかい朱がちょっと残っていまして、もとはまっ赤だったのでしょうけど、すそのほうには黒が少し残っているんです。確かに破損仏ですけれども、それが実に自由で、豊かで、大らかでございます。首がないということでいっそうそう感じられてくるのです。それを地蔵菩薩だというような見方をしている人もいますが、地蔵菩薩だろうと観音様だろうと、なんでもかまわないのです。実にそれはきれいでございます。それは頭と手を欠いたことで、ほんとうは完全になっているのだと私は思います。 岡  ええ、そうでしょうね。そこがおもしろいんですね。詩ですね。 井上  美術品を見る場合ですが、これはりっぱだと教えこむことに問題があるので、それは各自が発見したらいいと思うんです。いまでは美術史関係の本がいっぱいあって、法隆寺のどれはりっぱな仏様、どれは…、とそういう教育の仕方をしますから、自分で仏のいのちとの触れあいをしていないわけです。たとえばルーブル美術館へ行きましても、国立博物館へ行きましても、いわゆる傑作といわれる世界の名品というものがいっぱい 陳列されているわけです。しかし、それを見たためにこちらの大切なものが変わらせられてしまうような出会いというのは、必ずしも期待できるかどうかわかりませんね。ところが唐招提寺の破損仏の場合、私は確かに出会ったんです。 岡  初めてそのお話うけたまわりましたが、井上先生を象徴するにたります。 井上  美術品がいい悪いというのは、確かに不思議な出会いでございますね。人間の出会いと同じです。 岡  そうなんです。つまり、詩というのは余韻であって、だからそんなふうになるんですね。そうですか、 唐招提寺にそんなのがありますか。それはいいお話です。 (100-102頁) 岡  本物は余韻のほうであるということを知らないんです。まだ明けきらぬ朝のよさにあることを知らな...

井上靖「原始帰り」 5/9

井上靖「原始帰り」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 井上  先生は柳田國男先生をどうお考えになっていらっしゃるか…。 岡  いや、あの人はえらいですね。 井上  それはうれしいですね。 岡  あの人、えらいですよ。 井上  この間、柳田さんの神隠しの随筆を読んでおもしろうございました。明治時代まで、私たちの村にもやっぱり神隠しというのがありました。その解釈を柳田さんは、何県の何郡の何村にいつ神隠しがあった、それはどこの太郎兵衛だというのを、たくさん集めてまいりまして…。 岡  それは実際、腰をすえて調べる価値がありますね。 井上  そして、その村の人がどういう反響を示したかという例もとってあります。「あそこのお嫁さんは夕方田んぼへ出ていった。わたしは悪いときに出ていくなあ、と思った。そうしたら、果たしていなくなった」というようなことも出ています。この悪いときということばを使った例が三つくらいあるんです。悪いときという、ある空間的、時間的条件を持った悪いときというものが、そのころの神隠しがあると信じられた時代には確かにあったということなんですね。柳田さんは、神隠しを寂寞の畏怖に触れるということばで説明しています。非常に大きい、深いさびしさというようなものに触れると、人間がその瞬間に、これは私流のことばでいうと、どうも原始帰りするということらしいんですが、原始というものにさわられるとか、つかまれるとか、そういうように柳田先生は説明しておられる。要するに原始帰りして、原始の心に立ち返って山へ向かって歩いて行く。そうして発見されて村へ連れ帰ってもらうものもいるが、発見されないと、三年でも四年でも原始時代の生活をしたんだろうと…。 岡  それはおもしろいですなあ。原始帰りということばもおもしろい。 井上  それで私は、月のまわりをぐるぐる飛行機で回るような時代になっても、原始からは自由にはなっていないと考えるのですがね。いま、蒸発とかなんとかいわれていますけど、悪いときはこれから多くなると思います。この時代に、とくに。 岡  柳田先生がえらいのはわかってましたが、そんないい論文あるとは知らなかった。 井上  たいへんおもしろうございました。柳田先生のお書きになったもののなかでも。 岡  造化の秘密がわかってい...

岡潔「阿鼻叫喚」 4/9

岡潔「阿鼻叫喚」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 岡  胡蘭成さんに孔子が作曲したと伝えられる五弦琴の「幽蘭の曲」というレコードをもらいました。かけてみたんですけど、それ聞いたあと、西洋音楽はあれは阿鼻叫喚(あびきょうかん)だなっていう気がしました。孔子は泥おん宮(ないおんきゅう)という世界をよく知っていたから、ああいう曲を作曲できたんですよ。そういう見方で、もういっぺん支那のこれといったすぐれたものを、見直さなけりゃいけない。ところが、これというところはちっとも輸入してない。孔子のいう楽とは、たとえば「幽蘭の曲」のようなものかというところを輸入してない。それどころか、五弦琴すら輸入してないんですよ。十三弦を箏(そう)といい、五弦を琴という、その箏だけ輸入したんですね。これじゃ、孔子の曲を聞けるわけがない。すると、礼楽の楽がわかるわけがない。勉強の仕方がずさんだったんでですね。 井上  そうなんでしょうね。 岡  理屈をいわずに、「幽蘭の曲」を聞きゃあいいんですよ。あのころはレコードがないでしょうから、五弦琴を輸入していくべきです。私はそれを聞いて、西洋音楽のひとつ上の世界の音楽というものがあり得るんだなあと思いました。 井上  先生こそ詩人ですね。阿鼻叫喚で西洋音楽を衝(つ)かれたのはすごい指摘ですね。(97-98頁)  我が頭(こうべ)を回(めぐ)らせど、岡潔の前に詩人なく、岡潔の後に詩人なし。  なお、孔子の「幽蘭の曲」とは、泥おん宮(ないおんきゅう)が奏でる曲、天子の、天人の奏する楽曲を意味すると考えられる。 ◆「ないおんきゅう」の「おん」は「氵に亘」です。 岡  (前略)つまり(ひたいをたたいて)ここでしょうね。中国のことばで、ここを泥おん宮(ないおんきゅう)っていうんです。これは有無を離れる戦いという意味です。だから、ここにあるものは、どれも実体がないんですね。だからして、実体のない思想なんかがあると思ったら、だめなんです。つまり、日本人はすみれの花を見ればゆかしいと思う。それから、秋風を聞けばものがなしいと思う。そのとき、ここには、すみれの花とか秋風とかいうものはない。しかし、ゆかしいもの、ものがなしいものはある。 井上  なるほど。 岡  こういう思想は、東洋にはずっとあるんですが、...

西田幾多郎「心のことは心にまかせる」 3/9

西田幾多郎「心のことは心にまかせる」 井上靖 岡潔「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 岡  喜怒哀楽のかな(悲)しいは、前頭葉で感じるんです。ものがなしいのかな(哀)しいは、頭頂葉で感じる。西田(幾多郎)先生のなすったことは、あれは西洋人の哲学の思索ではなくて、東洋の瞑想をなすったんです。パンセではない。瞑想というのは、西田先生によると心のことは心にまかせるということなのです。 井上  いいことばですね。 岡  私は西田先生のもの、読んでおりません。西洋哲学だと思っていたんです。それで、読まなかったんですが、あのことばを聞いて、それじゃやはり釈尊と同じようなことをなすったんだとわかりました。釈尊のしぶきも瞑想だと思う。泥おん宮(ないおんきゅう)に心を遊ばせる、泥おん宮を逍遥すると申しますか、ところで、井上先生は哲学をなすったんですか、美学をなすったんですか。 井上  美学でございます。 岡  まあ、似たもんですね。(72頁) ◆「ないおんきゅう」の「おん」は「氵に亘」です。 岡  (前略)つまり(ひたいをたたいて)ここでしょうね。中国のことばで、ここを泥おん宮(ないおんきゅう)っていうんです。これは有無を離れる戦いという意味です。だから、ここにあるものは、どれも実体がないんですね。だからして、実体のない思想なんかがあると思ったら、だめなんです。つまり、日本人はすみれの花を見ればゆかしいと思う。それから、秋風を聞けばものがなしいと思う。そのとき、ここには、すみれの花とか秋風とかいうものはない。しかし、ゆかしいもの、ものがなしいものはある。 井上  なるほど。 岡  こういう思想は、東洋にはずっとあるんですが、西洋にはないんです。西洋では、まずそこに実体があるとしか考えられない。 井上 逆になっているんですね。 岡 逆なんです。実際見ているのに、そうなんです。(69頁) 「実際見ているのに、そうなんです」とは、「実際見ている」ものには実体がないことが見えていない、というほどの意味であろう。  けっして他人事ではなく、また「有無を離れる戦い」とは凄絶である。

岡潔,井上靖「詩人は指摘する」 2/9

岡潔,井上靖「詩人は指摘する」 井上靖 岡潔 「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 井上  私は文字の上で詩というものを考えますと、やはり一番大きい影響を受けたのは、伊東静雄という詩人がございましてね。この人は五十歳くらいで亡くなりました。大阪の中学校の先生なんです。一般的にはあまり有名ではありませんけれど…。 岡  初めてうけたまわります、その方の名前。 井上   最近になって、私が関係してますような 詩人の全集には、みんなはいりだしました。その詩人の詩ですけれども ー よそから帰ってきて、書斎の机の前にすわって、蝉の鳴き声を聞くのです。その詩の一説に、「前生(ぜんしょう)のおもひ」ということばが出てきます。 岡  ほう、いいことばですね。それはいいことばですけど、蝉の鳴き声に前生のおもひを感じた人は、いままでに聞いたことがない。(73- 74頁) 井上  詩人といわれる人の仕事は、その(岡潔先生のいわれた)指摘ということでございますね。 岡  行基(ぎょうき)菩薩が、ほろほろと山鳥の、って歌っているでしょ。そしたら、芭蕉はさっそく、ほろほろと山吹散るか、って詠んでいるでしょ。ああいうふうな…あれ、やっぱり指摘でしょうね。 井上  そうですね、指摘でございますね。 岡  なかなか、そんなに指摘の例は数多くあるもんじゃないんですね。(75頁) 井上  三好達治という詩人がおりますね。その人の詩の一節に “ 海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西の言葉では、あなたの中に海がある。” (『郷愁』より)というのがあります。この詩では、ここだけが詩だと思うのですが。 岡  フランスのことばでは、どうして母が…、ああ、メール(mere)か。 井上  mer(海)に  mere(母)ですね。これは思いつきのように思われるでしょうけど、単なる思いつきの詩ではないんです。 岡  思いつきじゃありませんな。 井上  海と母との関係を指摘した詩です。私は詩の手本として、いつでもそれを感じるんですよ。 岡  ほんとうに詩とはそんなもんです。 芭蕉が山吹に使っている、ほろほろっていうことば、ああいうのを使わなきゃ…。 岡  先生が指摘だとおっしゃった、その指摘ということばで一番よく説明できると思います。(7...

岡潔,井上靖「日本民族と詩」1/9

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岡潔,井上靖「日本民族と詩」 井上靖 岡潔 「美へのいざない」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 岡  あの、この前の御作『夜の声』、感心いたしました。 井上  おそれいります。(67頁) 岡  井上先生のねらっておられるものは、常に詩ですよ。それぞれ違った味わいの詩を感じます。縹渺(ひょうびょう)として詩がある。それから、なくなってしまった民族の描きだした詩も、われわれの血のなかに脈打っている。なんか、そんな感じで、『敦煌』にしろ、『楼蘭』にしろ、おもしろい。ああいう民族があって、やはり日本民族なんかもあるんだなって気がしますね。滅んだ民族が滅びない民族に、深い色どりを与えているということ…。(72-73頁) 岡  日本民族は、結局、詩がわかるんでしょ。それ以外になんにもわからんのじゃないですか。 井上  詩を失ったら、日本民族を日本民族たらしめている最もたいせつなものがなくなるということになりますね。 岡  ええ、いろいろなものがある、その一番上に位置するものが詩であって、この一番大事なものを日本民族が持っているんだってことを忘れたらだめだ。あとはなにも持ってないんですよ。持ってないからまねようとするが、うまくいかんのです。それで劣等民族だと思うらしい。日本民族くらい、ほんとうに詩のわかる民族ってないだろうと思います。 井上  その一番たいせつなものを失ったら困るし…。それから、全世界はみんなそれぞれ民族特有なものがあるんでしょう。ものの考え方、ものの感じ方、それぞれ違う。全部を一本にできるという信仰が困るんです。(98-99頁) 2022/10/25 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫  入浴後、マクドナルド 23号新栄店で、井上靖との対談を読み、あまりのことに茫然とし、深夜の書店内を、『敦煌』,『楼蘭』の2冊の文庫を手に彷徨っていた。  帰宅後、 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 を読み終えた。 2022/10/26 井上靖『楼蘭』新潮文庫 『楼蘭』を読み終えた。気の遠くなるようなお話だった。秋の陽は短く、闇の気配を感じていた。  伏線の引き方、結末は見事だった。  その後、『敦煌』を読みはじめた。 心急き、以下、「覚書き」です。 2022/10/28 ◇「道...

岡潔『岡潔対談集』_司馬遼太郎 4/4

岡潔,司馬遼太郎「無為にして化す」 岡潔 司馬遼太郎「萌(も)え騰(あが)るもの」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 司馬  政治をなさらないのが日本の天皇さんだと思うのです。大神主さんであって、中国や西洋史上の皇帝ではなかった。あの存在を皇帝にしたのが明治政府ですが、どうもまずかった。(34-35頁) 岡 (前略)上に立つ方は、無である方がよいのです。 司馬  無であるというのが日本史上の天皇ですね。 岡  無であるということは、武士であるということを不可能にすることです。 (35頁) 司馬  そうでしょうね。明治以後の天皇制は日本の自然な伝統からみると間違っていますね。 岡  信長はよくやってるんだがボスになる。秀吉もよくやってるんだがボスになる、いくらやっても、結局ボスになる。この傾向を除き去ることはできないでしょう。それゆえ、天皇は是非いるのです。私は、そういう見方をしています。 司馬  それはたいへん結構ですね。 岡  書きにくいのですがね。私はそう思っております。全く無の人をそこへ置くべきです。 司馬  老荘のいう無の姿が、日本の天皇の理想ですね。 “無為にして化す”…。 岡  老荘のいう無であって、禅のいう無ではすでに足りません。禅のいう無はその下に置くべきです。   “無為にして化す” 全くそのとおり です。 司馬  自然と日本人の心の機微が天皇というものをうんだのですね。 岡  しかしね、この意味は匂わすだけでなかなか書けないのです。あんまり機微に触れたことは書けません。 司馬  よくわかります。 岡  わかっていただけるでしょう。それとなくいうのが一番いい。全く無色透明なもを天皇に置くのが、皇統の趣旨です。これなくしてはボスの増長を除くことはできません。 司馬  是非いりますね。(後略)(36-37頁)  私は、たとえば政治や経済等の、世の中の現象については、あまり興味がない。ゆえに疎い。  今回は偶然にも、信用のおけるおふたりの対談を読み、天皇制の核心部分について知った。「 無為にして化す」ことが絵空事でないことを知るにいたった。日本とは、日本民族とはたいしたものであると思った。  私は政治や宗教等の、人のこころの最もやわらかな 部分にふれることを極端に忌む者である。 “勧誘 ” などという勇ましい言葉...

岡潔『岡潔対談集』_司馬遼太郎 3/4

岡潔,司馬遼太郎「仏によって神を説明していたのですからね」 岡潔 司馬遼太郎「萌(も)え騰(あが)るもの」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 司馬  こういう連中が出てきてだめになってきたのです。日本の天皇は気の毒なことになってきたのです。 岡  明治維新のために必要になってきたのでしょうが、国学者の平田篤胤(あつたね)、あそこから間違ってきていますね。また宋学の尊王攘夷の王というのを日本の天皇にあてはめた朱子学、陽明学の徒もやはり間違っている。しかし、平田篤胤がもっともいけません。 司馬  平田篤胤は困る。(38頁) 司馬 (前略)明治になって、彼らに報いなきゃいけないというので神祇院をつくったのです。神祇院をつくりまして、神祇院に平田門下を全部入れました。神祇院で神主さんのことを取り扱わせる。ところが、神主のことをやっているだけでは満足しなくて、排仏毀釈(きしゃく)を実行したのです。それは明治政府、最大のミスです。 岡  廃仏毀釈をすれば、神道を説明する言葉がなくなってしまう。 司馬  仏によって神を説明していたのですからね。 岡  そうですよ。そのために聖徳太子が仏教をお取り入れになったのです。 司馬  神道はボキャブラリイを失ったわけですね。 岡  ボキャブラリイがないわけです。あと、お稲荷さんだの、なんだのいっても、全然神道にはなりません。(40頁) 「神 道 (7) 」 司馬遼太郎『この国のかたち 五』文春文庫 「神道に教義がないことは、すでにふれた。ひょっとすると、神道を清音で発音する程度が教義だったのではないか。それほど神道は多弁でなく、沈黙がその内容にふさわしかった。  『万葉集』巻第十三の三二五三に、  「葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国は神(かむ)ながら、言挙(ことあ)げせぬ国」  という歌がある。他にも類似の歌があることからみて、言挙げせぬとは慣用句として当時ふつうに存在したのにちがいない。  神(かん)ながらということばは、 “神の本性のままに” という意味である。言挙げとは、いうまでもなく論ずること。  神々は論じない。アイヌの信仰がそうであるように、山も川も滝も海もそれぞれ神である以上は、山は山の、川は川の本性として ー神ながらにー 生きているだけのことである。くりかえすが、川や山が、仏教や儒教のよ...

岡潔『岡潔対談集』_司馬遼太郎 2/4

岡潔「くそ坊主は追い払いましょう」 岡潔 司馬遼太郎「萌(も)え騰(あが)るもの」 岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫  昨日(2022/12/25)のブログで、「三日坊主」という言葉を用いましたので、せっかくですから、おふたりの対談を引用しておきます。 司馬 (前略)禅とはそれそのものはたいへんなものですけど、これはやはり生まれついた人間がやらなければいけませんね。道元、白隠にしてやれることであって、あとは死屍累々(ししるいるい)ですな。 岡  まあ、せいぜい一万人に一人。 司馬  その割合はあるいは甘いかもしれませんね。十万人に一人です。 岡  禅に限らず、僧侶は十万人いる。ところが本物は百人だと、薬師寺の前管長橋本凝胤(ぎょういん)もいっています。 司馬  そんな割合なら、うどん屋の同業組合のなかで選べますからね。 岡  選べますとも。巷(ちまた)にそのくらいはおります。 司馬  だけどお坊さんを改悛(かいしゅん)させて俗人にしなきゃいかんことが、岡先生のご任務じゃないでしょうか。奈良に住んでらっしゃるから。 岡  仏教廃止にしましょうか。 司馬  仏教廃止もよろしゅうございますね。えらいところで共鳴してきたな。 岡  でも、いろんな仏たち、たとえば法隆寺でいえば救世観音、新薬師寺の十一面観音、みんな残さなきゃいけません。 司馬  仏たちは尊うございますからね。お坊さんと仏たちとは違うんだから。 岡  くそ坊主は追い払いましょう。お前たちにはご用ずみだ、迷信と葬式仏教によって食べていこうとするな。(44-45頁)  過激な対談と言うことなかれ、溜飲がさがる思いを抱いている。「お坊さんを改悛させ」ると「俗人に」なるところが面白い。  両氏の対談「 萌え騰るもの」からは、多くのことを学んだが、理解のおよばないことも多々ある。これを機に再読することにする。  今回の「古社寺巡礼の道ゆき」では、救世観音の秋の特別展は終わり、また新薬師寺へは行く時間がなかった。 “美” の前に立ちつくすと、時間の感覚があやふやになる。計画など立てようがない。

岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫 1/4

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『岡潔対談集」 この「対談集」の興趣は、岡潔の “情緒” のおもむく行方にある。対談者の人選の妙にある。