投稿

4月, 2016の投稿を表示しています

「晴れて、上眼瞼内反症の手術です」

「晴れて、上眼瞼内反症の手術です」  ようやく数十年来の煩わしさから解放されました。  何日かおきに逆まつ毛を抜いていました。しっかりまつ毛をつかみ、毛根から抜くことのできる毛抜きに出会うまでに、いくつの毛抜きを試したかわかりません。眼科医で使用している毛抜きをわけてもらおうとお願いしましたが、「医療器具ですし、抜くにはコツが必要ですから」との理由で断られました。  眼科医を転々としましたが、その都度逆 まつ毛 を抜き、目の保護と細菌の感染を抑える二種類の点眼薬を処方していただくだけで、逆 まつ毛 から解放されることはありませんでした。受診後にもかかわらず、どうしようもなく苦になり、自分で逆 まつ毛 を抜くこともしばしばありました。こんな具合でしたので、薬局にて、眼科医で処方された点眼薬と同じような成分をもった適当な目薬を見つくろっていただき、それを差し、逆 まつ毛 は自分で抜く、という生活をしていました。  目薬に含まれる防腐剤が原因で、目の周りが炎症をおこし腫れあがり、まぶたを指で支えなければ目が開かないという惨事にあったことが二回ありました。一度目は眼科を受診しましたが、二度目は薬局で相談しました。医師の処方箋がないと目の周りの薬は出せませんとのことで、最寄りの歩いてわずか数分の眼科医を紹介していただきました。その足で「おおむら眼科クリニック」さんに行き、先生に症状、また希望をお話しすると、「では、市民病院で手術を受けられるように紹介状を書きますので、しばらく待合室でお待ちください」と言われました。  あまりのあっけなさに拍子抜けしました。物事が上手く運ぶときはこんなものなのでしょうか。紹介状をいただき、薬局に立ち寄り、報告とお礼を言って帰路につきました。帰宅後、いつものように慎重に紹介状の封を開け、スキャニングしました。記念撮影です。2015/02/05 のことでした。そして、2015/02/09 に豊橋市民病院の眼科を受診しました。  二度の手術を経て 2015/07/03 に一連の治療を終えました。術後には、二重まぶたで目がぱっちり、保険適用の美容整形手術、と思っていましたが、 そう上手くはいきませんでした。加齢とともにまぶたは下垂しますので、いずれまた手術が必要なときがやってくると思い覚悟しています。  執刀してくださ

「数学ワンダーランド_正の数・負の数のたし算・ひき算」

イメージ
「負の数って何のため?」( 9-10頁) 小島寛之『高校への数学 数学ワンダーランド』東京出版 まずはじめに、「3-8」を、「3ひく8」という数式としてみるのではなく、(+3)と(-8)という2つの数字として、とらえていることを確認してください。 (+3)(+8) (+3)(-8) (-3)(+8) (-3)(-8) という、とらえ方しています。 「正の数・負の数のたし算・ひき算」 「3. 中和して消えるイメージ」 まさに、「ワンダーランド」です。私の手元にある『高校への数学 数学ワンダーランド』は、H7/11/30 に出版された初版本です。 小島寛之氏の発明には、H8/ 04/01 の開塾以来ずっとお世話になっています。 明解です。すてきです。「正の数・負の数の加法・減法」の理解のはかどらない 子どもたちが案外います 。はじめの一歩からつまずくのはあまりにも酷です。一人でも多くの先生方の、子どもたちの、また中学校の数学に関わる方たちの目にとまることを願ってやみません。 追記: ちなみに、私は、プラスの電気を帯びたシャボン玉とマイナスの電気を帯びたシャボン玉が、ひきあって「こわれて消え」る、と説明しています。

古賀伊織『高校入試 塾で教わる 理科の考え方・解き方(佐鳴予備校の合格講座)』_「第3節 運動とエネルギー」

古賀伊織『高校入試 塾で教わる 理科の考え方・解き方(佐鳴予備校の合格講座)』 KADOKAWA/中経出版  の「第3節 運動とエネルギー」 の分野の問題を解きました。 まだまだお若い著者の書かれた、まだまだ改善の余地のある参考書・問題集ですね、というのが率直な感想です。危なっかしい解説、ぎこちない言葉づかい。もっとおりこうさんの解き方がありますよ、という解法も散見されました。 佐鳴予備校さんの名に恥じないような、改訂版の早期発刊に期待をよせています。

「メールは性急です」

つれない仕打ちをうけた私は、Kさんに、 「黙して語らず、ですか。あまりにも大人気なく、賢い人のすることではありませんね。」 とのメールを送りました。そして今、少なからず後悔しています。 手紙と違ってメールは性急です。何日かの時をおいて、というわけにはなかなかいきません。返信を待つ相手の顔が目に浮かびます。メールは生物であって新鮮さが求められます。ラインなるものは、おしゃべりに近いものでしょうから、会話に匹敵する言葉上の過ちが頻繁に起きていることと思います。「速記録」として後々まで残ることを考えると、危うきには近よらないのが賢明です、とはオジさんのたわ言なのでしょうか。 今にして思えば、 「黙して語らず、なんですね。大人気なく、いただけませんね。」 と送ればよかったと後悔しきりです。が、後の祭りです。 落語は「ことば」作品であり、小説は「言語」作品ですが、「言語」にも演奏のような一回限りの取り返しのつかない面があることは否めない事実です。 追伸: Kさんは、いぜんとして「黙して語らず、です」。沈黙を決めこんだままです。

「つれない」

不意に、「つれない」という言葉が頭をよぎりました。早速「広辞苑」で意味を確かめました。確かに最近、つれない態度をされ、つれない仕打ちをうけ、不愉快な目にあいました。このような今の私の心の内を表わす、意味も定かでない言葉が、思いもかけず意識にのぼるのは、面白くもあり、怖くもあり、不思議でもあります。無意識のなせる技としか考えようがありません。 言葉との不意の、またの出会いが楽しみです。

「近ごろ神様のことが気になります」

近ごろ神様のことが気になります。 P教授のご提案で、木曽御岳山行きが決まりました。梅雨明け後の天気の安定する時期を予定しています。せっかくの機会ですので、以下の書籍を求め読みはじめました。 長年来、伊勢神宮のことが気になっています。伊勢志摩サミット後には、早速と思っています。式年遷宮後には、早々にと思っていた時期もありましたので、いい加減なものです。神道の本を読んでからお伊勢さん参りに行こうと思っています。 五来 重『 山の宗教 修験道案内』角川ソフィア文庫 五来 重 『熊野詣 三山信仰と文化』講談社学術文庫 鈴木正崇『 山岳信仰 - 日本文化の根底を探る』中公新書 信濃毎日新聞社編集局 『 御岳山 霊なる山の素顔』   信濃毎日新聞社 鳥遊まき『 世界一おもしろい日本神話の物語』 こう書房

「近ごろ仏様のことが気になります」

 近ごろ仏様のことが気になります。  下記の小林秀雄の「宗教と罪悪意識」についての発言が、とても印象に残っています。 学生 D 深い信仰であれば当然、深い罪悪意識が裏には伴うはずだと。ところが、宣長にはそういうものがなかったと、おっしゃるんですが。 小 林 僕はそういうふうに考えません。なぜ宗教を罪悪意識が伴うものであると考えるのでしょうか。宗教というものを、僕は大変広く考えています。 (中略) 罪悪感なんか一つもなくても、非常に深い信仰が可能ですよ。だから、宣長さんに罪悪感がなかったから彼の宗教は不徹底であったなんて、まったくの俗論だと僕は思う。人間を知らない人が言うことです。まあ、これは僕の考えだからな。僕はそういうふうには宗教を考えていないんだ。 小林秀雄『学生との対話』国民文化研究会・新潮社編 (69頁,70-71頁)   『学生との対話』は、小林秀雄の「 〝 話しことば ″ を、文字という形で 〝 言語 ″化 」したものです。「ことば」を「言語」として書き留めたために、多くの情報が抜け落ちてしまいました。また、『学生との対話』は、講義 の逐語記録ではなく、編集されていますので、なおさらのことです。小林秀雄の「ことば」にぜひ触れてみてください。  下記の「音声ファイル」を添付しました。 小林秀雄の講演を評する際には、よく古今亭志ん生の落語が引き合いに出されます。それほどまでに愉快です。名人芸 です。 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(Google ドライブ 音声ファイル) 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(iCloud Drive 音声ファイル)

「穀雨の日に思う」

次の節気は「立夏」です。今年は、五月五日です。夏はもう目の前です。 改訂された教科書に苦戦を強いられ、思うようにはかどりません。意味不明、改悪、著者の意図の判然としない箇所も見うけられます。優れた 参考書や問題集にひけをとらないような教科書はできないものなのか、とつくづく思います。言葉足らずです。誠心誠意ということに欠けています。

映画鑑賞「エヴェレスト 神々の山嶺」_取り急ぎましてご報告まで。

小説を読み、コミックを読んで、そして今夜映画で観ました。平日の20:00 からの上映ということもあってか、観客は私を含めて三人だけでした。 以下、簡単に。詳細は近日中に、ということにさせてください。 寡黙な自然とは対照的に、おしゃべりに過ぎる演出が、またたいそうな音響効果が鼻につくシーンがいくつかありました。「ここは見せ場ですよ」と感動を強要される と、身の置き場に困ります。 アン・ツェリン役を演じたテインレィ・ロンドゥップの、 輪郭のはっきりした顔立ち、年輪が見てとれる顔が印象的でした。その確かな顔つきからは、ただならぬ老人であることがうかがえました 。 映画の中で、たくさんの人たちとの出会いがありました。ときどきは人ごみの中も悪くないな、と思いました。

アナウンス「いとまごい」

電話でのお問い合わせでは、15日から今年度改訂された教科書を店頭に並べます、とのお答えでしたが、昨日行くと16日からですと言われ、私の聞き間違えだったのかもしれないと思いながらも、気分を害して帰宅しました。今日無事に教科書を手に入れることができました。三学年合わせて、計15冊です。国語と英語の教科書ガイド、教科書準拠の国語の問題集は、書店のポイントでの還元率よりも Amazon での還元率の方が高く、Amazon で購入することにしました。 書店を出た足で、ケーキ屋さんの喫茶コーナーで早速教科書を拾い読みしました。懸念の、改訂前の「公民」の教科書の、どうしようもなく、どうでもよかった一章が削除されたのを確認し、ほっとしました。 いつものように集中して一気に仕上げようと思っています。その間ブログの更新はお預け状態になるかと思いますが、ご了承ください。 では、では。 ごきげんよう。 さようなら。

「文化」という檻、「社会」という足枷

昨夜熊本県で大きな地震があったことを、今日病院の待合室ではじめて知りました。NHKのニュースキャスターが、気象庁が今回熊本で起きた地震を「平成28年熊本地震」と命名しました、と繰り返し報じていました。時間を見ると11:08 でした。 テレビのない生活をしています。新聞は取っていません。インターネットでニュース を読む習慣もいつしか無くしてしまいした。社会と没交渉の時間を過ごしています。 「世捨て人」といえば格好もつきますが、自分では「世捨てられ人」のように感じています。人は皆それぞれの「文化」をまとっており、「文化」という衣服を脱ぎすてることはできません。「文化は遺伝する」とさえいわれています。また、「社会の人」という枠、檻、足枷から逃れることもできません。が、「社会人」になることを拒む生き方をすることは可能です。私は特に望んで今の生活をしているわけではありません。「時の流れに身をまかせ」ていたら、いつしかこうなっていました。そういう意味では、今の生活はよほど私の性分にあっているのだと思います。社会と没交渉、非社会的な傾向は、時とともに進行し止むことを知りません。向かう先もわからず、一縷の不安もないといえば嘘になりますが、流れのままに浮きつ沈みつしながら、その時々に見える風景を楽しみたいと思っています。 熊本地震に際し、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。 被災者の方々のご健康と一刻も早い復興を、心よりお祈りしております。

白洲正子「地下水脈に当たると、…」

はじめて手にしたバーゲンブック、 『名文で巡る国宝の十一面観音』青草書房   の 「渡岸 寺(どうがんじ)の十一面観音」に寄せる、白洲正子さん、梅原猛さん、吉村貞司さん、お三方のそれぞれの思いが綴られた文章を何度か読みました。白洲正子さんの文章に関しては、何度も読み返させていただきました。白洲正子さんの文章に接するのは久しぶりのことです。ただただ圧倒され、見とれるばかりです。 白洲正子さんの「井戸を掘る」、 「水脈を掘りあてる」という言葉を思い出しました。早速インターネットのお世話になりました。 以下、孫引きです。近日中に確認します。Amazon の「注文履歴」には残っているのですが、私の手元にはありません。いつものように誰かに差し上げてしまったのだと思います。 2016/04/16に、出典に当たりました。四ヶ所訂正しました。 「あんたねえ、好きなことを何でもいいから一つ、井戸を掘るつもりで、とことんやるといいよ。途中で諦めちゃあ、ダメよ、わかる? とことん掘るの。女が好きなら、女でもいいよ。あんたなんか、ケツの毛まで抜かれちゃうだろうけどさ、だけど、とことんやれば、地下水脈に当るわ。地下水脈は、四方八方に通じてるでしょ。地下水脈に当ると、突然、ほんとうに突然、いろんなことが、わかるのよ。掘り方がわかんなくなったら、あたしから盗めばいいのよ」 川村二郎『いまなぜ白洲正子なのか』東京書籍 (10頁) 「せめて渡岸寺は、今の程度にとどめて、観光寺院などに発展して貰いたくないものである。」 『名文で巡る国宝の十一面観音』青草書房(158頁) (初出 『芸術新潮』昭和50年3月号) 以下、ご参考まで。 如月小春「向源寺 十一面観音 湖北」

「書籍三題」

昨日 アピタ・向山店(大規模小売店)の特設売り場で、 『名文で巡る国宝の十一面観音』青草書房  を買いました。「 渡岸寺(どうがんじ) の十一面観音」に寄せる、白洲正子さん、梅原猛さん、吉村貞司さん、お三方のそれぞれの思いが綴られた文章が載っており、知らんぷりして通り過ぎることはできませんでした。 特設売り場には「新本 全品半額」のノボリが掲げられ、本のカバーには、「BB 自由価格本」と書かれた赤いシールが、バーコードの上に貼ってありました。「自由価格本」というからには、それぞれの書店が自由に価格を決めるんだなと思い、定価の半額の値段は安いのか高いのかは皆目見当もつかず、「BB」にいたってはさっぱりわかりませんでした。 帰宅し、早速インターネットで検索すると、「BB」とは「バーゲンブック」のことで、… バーゲンブックとは?  出版物は<定価販売>だけだと思っていませんか?  バーゲンブックとは定価より値引きされた書籍や雑誌のことを言います。書籍は一般的に再販売価格維持制度に基づいて流通されています。  再販売価格維持制度とは出版社(製造者)が書店(小売店)に対して定価で書籍や雑誌を販売するように働きかけることが出来る制度です。  つまり本は普通定価で販売されており、値引きはされません。しかし、出版社の意思により値引きの対象とされた書籍に限り、定価よりも安い価格で販売できます。そうして値引きされた本を「バーゲンブック」「自由価格本」「読者謝恩本」「非再販本」などと呼びます。  このような本は定価で流通し書店で一度並べられたが、最終的に出版社に返品され在庫として眠っていた本がほとんどです。それら休眠在庫がバーゲンブックという形で再び読者の目に触れられることが出来るのです。 「第二出版販売株式会社」 と、すぐに調べがつきました。あちこちのサイトを見て回り、おおよそのことをしました。バーゲンブックについては、いろいろ問題点も指摘されていますが、裁断し処分してしまうのは、もったいない話です。 昨日は夕方からメールに振り回されていました。 意をつくし、言葉をつくして書く必要のあるメールばかりでしたので、時間もかかり消耗もし、昨夜はそれで終わってしまいました。自分の思いを文字にするのはしんどいですね 。 ネットサ

「地下足袋で歩きながら、つらつらと」春の湿原を行く(前編)

01/31 以来、二か月あまりぶりに散策に出かけました。地下足袋を履いたのも、デイパックを背負ったのも、サーモスとお出かけしたのも 二か月あまりぶりのことです。駐車場に車を駐め 、地下足袋に履き替え  16:45 に出発しました。 ハルリンドウが一番のお目あてでした。はじめて、 力王の「縫付たび   ファイター 12 枚」を履きました。「貼付足袋」にはない、「 縫付足袋」特有のしなやかさがあり、 土を踏みしめたときの感触、しっくりと湿原の木道を捉える感じは格別でした。 お目あてのハルリンドウは、毎春咲く場所には見あたらず、目を凝らしつつ、木道上を行きつもどりつしましたが、時期を逸したのか、それとも花期はこれからなのか、どうしても見つけることができませんでした。しかし、執拗な私の姿に、ハルリンドウが応えてくれたのでしょうか、木道の脇に咲く幾株かのハルリンドウを探しあてることができました。 「ハルリンドウ」 は趣のある、濃やかな紫色の花をつけます。可憐で上品です。紫色は高貴な色ですが難しい色です。一つ間違えるとたちまちのうちに転落し品を失ってしまいます。 葦毛湿原では、植生回復作業がたんたんと進められており、雑木が切られ、清々とした明るい空間が広がり、土があらわになりました。幾筋もの細い水の流れが見られるようになり、あちこちに水たまりができていました。 ハルリンドウが花を咲かせる、いつもの場所は湿地に変わり、生育環境を失ったハルリンドウは、かたく殻を閉ざしてしまっているのだと思います。 回復とは現状の破壊を意味します。 市には植生回復作業に反対する意見が寄せらているそうです。(現況の)自然を破壊しての自然(湿原)の回復作業です。どちらを自然と呼ぶのか。私はどちらも自然ではないと考えていますが、意見の分かれるところだと思います。 湿原の各所には植生回復作業の意義・内容・成果等々を記した掲示があり、豊橋市美術博物館は、 「葦毛通信」  を(およそ)月に一度発行しています。それは、 たいへんな気のつかいようです。 「保全生態学」がご専門の大学の先生の下で、 植生回復作業が行われていることを、ボランティアで植生回復作業に従われている初老の Gさんからお聞きしました。Gさんは、 「植生回復作業は、次の世代に遺すことのできる、私の最後の仕事だと思っています」

慶祝!ご入学!!

ご入学、おめでとうございます。 希望を胸に旅立ちの春ですね。 ◯◯大学での青春、存分に謳歌して下さい。 新天地でのご健康とご活躍をお祈りしています。 慣れない環境の下、何かと気苦労も多いことと拝察いたします。 くれぐれもご自愛下さい。 ご家族の皆様方によろしくお伝えして下さい。 とっびきりの笑顔でのまたのご来塾、楽しみにしています!! GOOD LUCK!
 FROM HONDA WITH LOVE. 早々のご丁寧なご返礼、どうもありがとうございました。 春一番のはじめの一歩に、 大きな、大きな跳躍に、 大いに期待を寄せています!! 時節柄くれぐれもご自愛下さい。 GOOD LUCK! FROM HONDA WITH LOVE.

マクドナルドさんからのご返信「ネームプレートのローマ字表記について」その二

以下、 日本マクドナルドお客様サービス室さんからの返信です。 2016/04/09 18:40 本多様 平素よりマクドナルドをご利用いただき、誠にありがとうございます。 本多様からのメールを拝見いたしました。 このたびは、弊社への貴重なご意見いただきまして、 誠にありがとうございました。 ご指摘は本社関係部へ申し伝え、今後の参考とするよう要請いたしました。 これからも皆様にご愛顧いただける商品とサービスの提供に 努めて参る所存でございます。 改めまして貴重なご意見をお寄せくださいましたことに 感謝申し上げます。 今後ともご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。 日本マクドナルドお客様サービス室 「感想」です。 まる一日経ってから、はじめていただいた返信です。送信直後に折り返し送られてくる自動でのメールの返信はありませんでした。自分のメールアドレスを間違えたものとばかり思っていました。しかし、住所・電話番号も記入しましたので、その気になれば、連絡方法はいくつかあるはずなのに、とも思っていました。 事情説明、経過報告、結果報告もなく、これで私とのやりとりは終了、ということなのでしょうか? 今、マクドナルド 1号線殿田橋店さんの店内でこのブログを書いています。 追伸: ぎこちない、無表情な、へんな日本語ですね。マニュアル通りということなのでしょうか!?

マクドナルドさんへのお問合せ「ネームプレートのローマ字表記について」その一

下記、私からマクドナルドさんへの「お問合せ」内容です。 2016/04/08 18:30:19 件名:ネームプレートの表記につきまして ■問合せ内容: マクドナルドさんのネームプレートは、ローマ字で表記されているため、読みづらいというよりも、読めたことがいまだかつて一度もありません。マクドナルドさんなりの意味あってのことなのでしょうが、私たちが読めないネームプレートというのは、いかがなものでしょうか。ご検討のほど、よろしくお願いいたします。 「感想」です。 「 読めたことがいまだかつて一度もありません」とは、ちょっと言いすぎてしまいましたが、ローマ字表記のネームプレートは読みづらく、集中力を強いられます。が、読めるのは希有なことです。

「平成29年度から愛知県公立高校の入試制度が変わります_小坂井・豊橋南・豊橋西の動向」

一昨夜、教科書の改訂を知ってから、新入試制度についてあれこれと考えをめぐらせています。私は、2015/12/19 に、 「平成29年度から愛知県公立高校の入試制度が変わります_三河郡・東三河地区・普通科編」   において 、 「公立高校の普通科に進学希望の、小坂井を第一希望校とする受験生は併願校に困ります。豊橋南はすべり止めにはなりません。例年県下でも有数の高倍率だった小坂井は大きく倍率を下げることになると思われます。」 と書きました。 しかし、小坂井の受験生に普通科の併願校がないのは、どう考えてもおかしく、腑に落ちませんでした。そして、めぐりめぐって下記のような考えをもつようになりました。これで合点がいきます。すっきりしました。 七つの高校を以下のように三つのグループに分けて考えることにします。 ① 時習館、豊橋東 ② 豊丘、国府 ③ 小坂井、豊橋南、豊橋西 「② 豊丘、国府(ともにAグループ)」は、「① 時習館、豊橋東(ともにBグループ)」の二校に手のとどかなかった受験生の受け皿的な存在になります。「② 豊丘、国府」、特に 豊丘 の合格者のほとんどは、「① 時習館、豊橋東」との併願組で占められ、 「② 豊丘、国府」を第一希望校とする 受験生にとって、 「② 豊丘、国府」、 特に 豊丘 は狭き門になることは必至です。内申点だけとってみても、 「② 豊丘、国府」と 「 ① 時習館、豊橋東」と の間には大きな開きがあります。 そして、③の「 小坂井、豊橋南、豊橋西」の三校は、①②の四校とは別の、独立したグループを形成する、と私は考えています 。さらに、この三校は、小坂井( Bグループ) 、豊橋南( Aグループ) 、豊橋西( Bグループ)の順にランクづけされ、今後、「 小坂井-豊橋南」、 「 豊橋南-豊橋西」の二校受験が一般化すると思われます。小坂井と豊橋南を比較した場合、豊橋南は地理的に不利ですし、「豊橋南-小坂井」の序列になった場合には、小坂井が第一希望校の受験生 に普通科の併願校がなくなってしまいます。 以上の私の憶測は、豊橋南をAグループに、豊橋西をBグループへと変更した県教委の意図と符合します。これは私の憶測というよりも、入試制度改革の「県教委のねらい」だと思います。ことは県教委の思惑通りに運ぶのでしょうか。 各中学校では「進路指導