投稿

ラベル(「再掲」)が付いた投稿を表示しています

テンカラ「あれやこれ編」です。

テンカラは日本の伝統釣法ですので、伝説の名人が各地にいて、独自のテンカラを確立し、自然とともに暮らしていますから、読んでいて楽しいですね。 次は、 戸門秀雄『職漁師伝 渓流に生きた最後の名人たち』農山漁村文化協会 (各地の職漁師 ( 職業川漁師 ) が代々伝承してきた共存の知恵・独自の掟から、いまは亡き名人たちの釣技・釣具、魚を守る闘いに至るまで、彼らの生き様を通して、流域ごとに異なる奥深い職漁の世界を鮮やかに描き出す。) を読もうと思っています。 DAIWA VIDEO ◇ 片山悦二さんのテンカラ釣りです。 ◇ 「ジャンルで選ぶ」→「渓流」から入ってください。 http://www.fishingch.jp/index.html ◇ 「はじめようテンカラ!基礎編」 ◇ 「はじめようテンカラ!実釣編」 ◇ 「 THE FISHING  テンカラ釣りで渓流に遊ぶ」 ◆ 大切なことはポイントの見極め方とキャスティングの精度ですね。注意して見てほしいのはポイントを攻める順序です。立ち位置より遠くのポイントから手を着けると手前のポイントがつぶれてしまいます。片山悦二さんは、渓 ( 流 ) 魚にとって「毛バリはエサです」と書かれています。釣れるには釣れる、釣れぬには釣れぬ訳がありますね。 「一所懸命」に遊ばないと面白くありませんね。白洲正子さんには『遊鬼』という題名の本がありますが、「遊ぶ鬼」と化したいものですね。「釣り」を「釣道」にまで高めたいものです。 『テンカラ釣りがある日突然上手くなる』を書かれた片山悦二さんは、ダイワのフィールドテスターをされています。かたや、『超明快 レベルラインテンカラ』を書かれた石垣尚男さんは、シマノのインストラクターをされています。 片山悦二さんのブログより 「1990年ころに、それまで築き上げてきた、レベルラインテンカラをビデオ化しました。軽いラインを使い、毛バリを沈め、誘いを掛けず、手感でアタリを取る。当時では非常識な釣法だったのです。」 「特殊な人間の釣りで、誰にでもできるものではないとか、あんな軽いラインを投げるのは一般の釣り師にはできないとか、とにかく変人扱いされていました。」 「ところがです。(中略) 当時そんなことを言っていた人(石垣尚男さん)が、いつの間にか、元祖レベルラインテンカラのタイトルで、書籍やDVDを出版して...

テンカラ 「書籍編」です。

実釣の経験はありません。新地開拓中です。悪しからず…。 ◆下記、書籍です。 ◇ 片山悦二『テンカラ釣りがある日突然上手くなる (釣力 UP!壁を破る超常識シリーズ)』つり人社 ◇ 石垣尚男『超明快 レベルラインテンカラ』つり人社 ◇ つり人社書籍編集部『長野「いい川」渓流ヤマメ・イワナ釣り場 』つり人社 ◇ つり人社書籍編集部『岐阜「いい川」渓流アマゴ・イワナ釣り場 』つり人社 ◆下記、雑誌です。 ◇『山と釣り 2015 vol.1 いざ、世界で一番美しい源流へ。 特別企画テンカラ釣り入門 』地球丸 ◇『渓流 2015春 ノベザオだけじゃ、もの足りない。飛び道具の出番・簡素の美学テンカラの底流 』つり人社 ◆下記、『山と釣り 2015 vol.1 いざ、世界で一番美しい源流へ。 特別企画テンカラ釣り入門 』地球丸 の掲載記事からの抜粋です。 ◆下記、湯川豊「山と渓流の図書館」からの引用です。 ◇ 今西錦司『イワナとヤマメ―渓魚の生態と釣り』 平凡社ライブラリー 「魚釣り」 ◇ 辻まこと『多摩川探検隊』小学館ライブラリー 「春の渓流」 ◇ 西丸震哉『山歩き山暮らし』中公文庫 「大草原のある山頂」 ◇ 山本素石『安楽椅子の釣り師』みすず書房 「ねずてん物語」 ◇ 森下雨村『猿猴川に死す』平凡社ライブラリー 「八畳の滝」 ◇ 井伏鱒二『井伏鱒二文集3 釣りの楽しみ』ちくま文庫 「コタツ花」 ◇ 井伏鱒二『川釣り』 ◇ 星野道夫『イニュニック[生命]』新潮文庫 「ハント・リバーを上って」 ◆下記、『山と釣り 2015 vol.1 いざ、世界で一番美しい源流へ。 特別企画テンカラ釣り入門』地球丸 の掲載記事からの抜粋です。 ◆下記、「川心をそそる本 15選 / 編集部の本棚からひとつかみ。」 からの引用です。 ◇ 白石勝彦『源流の釣り 大イワナの世界』山と渓谷社 ◇ 湯川豊ほか『岩魚幻談』朔風社 ◇ 戸門秀雄『職漁師伝 渓流に生きた最後の名人たち』農山漁村文化協会 ◇ 佐藤成史『瀬戸際の渓魚たち』つり人社 ◇ 高桑信一『タープの張り方 火の熾し方』山と渓谷社 ◇ 開高健『フィッシュ・オン』新潮社 ◇ 矢口高雄「釣りキチ三平 第3集 イワナ釣り編』講談社 ◇ シェリダン・アンダーソン 田渕義雄『メイベル男爵のバックパキング教書』晶文社 ◇ 鈴野藤夫『魚名文化圏 イワナ編』東京書...

TWEET「身過ぎ世過ぎで 日が暮れて」

◇ 手塚治虫,手塚プロダクション『手塚治虫の山』ヤマケイ文庫 を、読み始めました。 「ヤマケイ文庫(2010年刊)」, 「ヤマケイ新書(2014年刊)」の創刊を知ったのは、2019/07/14 のことでした。「モンベル 豊橋店」さんの書籍コーナーで目にしました。ときに「山と広告」と揶揄される月刊誌「山と溪谷」とは一線を画し硬派です。その充実ぶりに、先鞭をつけられた編集長の萩原浩司氏に敬意を表しております。  脈絡なき読書です。 詳細は近日中に、ということにさせていただきます。 2020/06/24 に、 ◇ 手塚治虫,手塚プロダクション『手塚治虫の山』ヤマケイ文庫 のはじめの二編を読み、そのままになっていた。そして、昨日全十編を読み終えた。その間に父の入院、またテスト週間があったとはいえ、一週間のブランクは大きい。 小林秀雄最後の対談「歴史について」考える人 2013年 05月号 新潮社 「繰り返して言おう。本当に、死が到来すれば、万事は休する。従って、われわれに持てるのは、死の予感だけだと言えよう。しかし、これは、どうあっても到来するのである。」ー『本居宣長』(32頁)より。 小林秀雄の強い言葉である。 身過ぎ世過ぎで 日が暮れて / 山のお寺の 鐘がなる 「予感だけ」が充満している。 ◆「ブラック・ジャック - 昭和新山 - 」 ◆「火の山」 の二作品では、昭和新山が取り上げられている。三松正夫 夫妻を知ったのは大きな収穫だった。 以下、 「三松正夫記念館」 です。

「山賊の岩魚釣り」

伊藤正一『定本 黒部の山賊 ー アルプスの怪』山と渓谷社  林平の岩魚釣りはまさに名人芸だった。彼はどこの岩魚は、それぞれの時期にはどんな虫を食べているかをよく知っていたので、その虫の色に合わせて、毛針を自分で巻いた。  彼は流れのはたを、上流に向かって静かに歩きながら針を投げた。針を投げつつ歩く速さは常人がふつうに歩く程度だった。彼の手もとが軽くかすかに動くと、針は生きたもののように彼の思うところに落ちた。すると、まるで磁石にでも吸いつけられるように魚が吸いつけられてきた。つぎの瞬間、岩魚は空中をひらひらと舞うように飛んで、左手の手網の中へ飛び込んだ。そしてそのときには針がはずれているのである。万一途中で針がはずれても、岩魚だけは手網の中へ飛び込んでくる。まさに見惚れるほどの名人芸である。「拾うよりも早い」と彼は言っていた。  六月ごろまで黒部の谷にも雪渓がだいぶ残っている。雪渓の下にいる岩魚を釣るときは、彼は針を水平に振った。魚は水平に飛んで手網の中に入った。あまりのみごとさに私はしばしば見惚れていた。後日政府のある高官が「無形文化財にしようか」と言ったほどである。  調子のいいときは半日で十貫ほど釣ったこともある。そんな日にはそれ以上は釣らなかった。残りの半日で釣った岩魚を燻製にするためである。  通常、岩魚はだれかの釣ったあとしばらくのあいだは絶対釣に釣れないものだが、不思議に林平の釣ったあとは、直後でも釣れた。彼はぜんぜん魚をおどかしていなかったからである。  林平は漁をするだけでなく、山と魚を愛していた。釣りの往復にはかならず鎌を持って行って道端の草を刈りながら歩いた。また絶対に小さな魚は釣らなかった。まちがって小さなのを釣ったときは「来年まで、でかくなっていろよ」と言って逃してやった。 (中略)  その彼はもしだれかが毒などを流して岩魚を獲ろうものなら、怒り心頭に発して徹底的にこらしめた。「毒を流すと、幼魚や、岩魚の餌になる川虫までが死んでしまうから、当分岩魚が絶えてしまう」と言うのである。  したがって彼らのいたころは、悪い猟師が入らず、黒部は荒らされなかった。その点は、むしろ山賊のよい半面であった。(58-59頁)     遠山林平は、四人の「黒部の山賊」の一人である。 山賊とは良識ある山人、哲人のことだった。 「半日で十貫ほど」とは「半日で...

TWEET「一竿の夢」

昨日、 ◇ 山本素石『山釣り』ヤマケイ文庫 ◇ 山本素石『新編 溪流物語』ヤマケイ文庫 が届いた。これを逍遥といおうか、埒外といおうか。 ◇ 山本素石『山釣り』ヤマケイ文庫 I 山中漂白 「飢餓のすなどり」 「山野秋邨先生」 「ボヘミアン」 「野宿の弁」 「天狗の神楽」 「ねずてん物語序説 」 Ⅲ 山中異聞 「山小屋の夜語り」 「奥美濃夜話」 「イワナの楽園」 「佐渡の渓流(上)」 「佐渡の溪流(下)」 〈解説〉 熊谷栄三郎「野人の風貌」 を読み頓挫した。 そして、来シーズンの実釣に向け飛び火した。 ◇ 片山悦二『テンカラ釣りがある日突然上手くなる (釣力UP!壁を破る超常識シリーズ)』つり人社 ◇ 石垣尚男『超明快 レベルラインテンカラ』つり人社 ◆『山と釣り  2015 vol.1  いざ、世界で一番美しい源流へ。 特別企画テンカラ釣り入門   』地球丸 ◆『渓流  2015 春 ノベザオだけじゃ、もの足りない。飛び道具の出番・簡素の美学テンカラの底流   』つり人社 一竿に夢を託している。 が、 ◇ 山本素石『山釣り』ヤマケイ文庫 に見切りをつけたという意味では決してない。投げ出すにはもったいない本である。結構な釣行記であり、釣り文学である。気まぐれな、気ままな読書に終始しているだけのことである。

TWEET「一竿の風月」

山から溪へと目先がかわった。とはいえ、いまだ「山と溪谷」のうちにある。 「源流の漂泊者 瀬畑雄三の源流哲学」 高桑信一『源流テンカラ』山と溪谷社 「沢登りが溪谷を遡って山頂をめざす遊びだとすれば、釣りびとは竿を操って岩魚を求め、魚止を目標とする源流の逍遥である」(225頁) 昨日、 ◇ 山本素石『山釣り』ヤマケイ文庫 ◇ 山本素石『新編 溪流物語』ヤマケイ文庫 が届いた。これを逍遥といおうか、埒外といおうか。

TWEET「事に始めがあるならば」

今日発売の雑誌、 ◇『山と溪谷 2019 No.1014 10』山と溪谷社 を買った。 「第2特集 書店員がおすすめする『山の本』」 の特集記事が目当てだった。そして、すすめられるままに、 ◇ 空木哲生 『山を渡る -  三多摩大岳部録 - 1』KADOKAWA を求めた。禁断のコミックスに手を出した。 先月は、 「特集 紙地図と電子地図」 に魅かれ、また来月号の特集記事、 「大特集 富士山」 に意欲満々である。「富士山」,「大特集」とあれば 、読まなければ沽券に関わると大仰なことを考えている。  思えば、 2019/07/14 に、「モンベル 豊橋店」さんの書籍コーナーで、「ヤマケイ文庫」を知ったのがはじまりだった。異色の読書体験をしている。事に始めがあるならば、事なきを得ることも、事切れることもあるだろう、と達観している。

「山の日に山気にあたる_3/3」

高桑信一『古道巡礼 山人が越えた径』ヤマケイ文庫 「仕事の径(みち)は暮らしの延長線上にあった。径は、その仕事の目的によって、たどる径筋がまるで異なっていたのである。たとえばマイタケ採りの径なら、マイタケの出るミズナラの木を効率よくめぐるように付けられているし、それがゼンマイ採りの径なら、ゼンマイの生えている渓の奥まで、険しい溪筋を避けながら、山肌の弱点を縫ってつづいていた。それらの径には無駄というものがなかった。(中略)そのような無駄を排した径が、原生の自然と見事に融和しながら、一条の美しいラインとして山中につづいていたのである」(8頁) 「径は目的によって拓かれ、目的を失うことによって消え果てた」(392頁) 「滅びゆくものに、かぎりない愛着をおぼえて止まないのは、無常への追認である」(394頁) 「そんなはかない、常ならぬものへの諦観と覚悟をいざなう滅びゆく存在が、私を捉えて離さなかったのだ」(394頁) 高桑信一の ◇ 高桑信一『古道巡礼 山人が越えた径』ヤマケイ文庫 は、 ◇ 高桑信一『山の仕事、山の暮らし』ヤマケイ文庫 と同様に、入念なフィールドワークに基づいた、一級の山の民俗誌の風格がある。  山人が “用” のためにつけた径を俯瞰したとき、幾筋かの径筋が細線として映える。用の美である。  確かに、高桑さんの文章は上手いが、ときに洒脱にすぎるのが難点である。

「山の日に山気にあたる_2/3」

「山で死んでも許される登山家」 山野井泰史『垂直の記憶 岩と雪の7章』ヤマケイ文庫 「僕は計画の段階では死を恐れない。しかし、山に行くと極端に死を恐れはじめる。  なぜ、誰にも必ず訪れる死を恐れるのだろう。  この世に未練があるから恐いのか、死ぬ前にあるだろう痛みが恐いのか、存在そのものがなくなる恐怖なのか ー 。しかし、クライミングでは死への恐怖も重要な要素であるように思える。 「不死身だったら登らない。どうがんばっても自然には勝てないから登るのだ」  僕は、日常で死を感じないならば生きる意味は半減するし、登るという行為への魅力も半減するだろうと思う。  いつの日か、僕は山で死ぬかもしれない。死ぬ直前、僕は決して悔やむことはないだろう。一般的には「山は逃げない」と言われるが、チャンスは何度も訪れないし、やはり逃げていくものだと思う。だからこそ、年をとったらできない、今しかできないことを、激しく、そして全力で挑戦してきたつもりだ。  かりに僕が山で、どんな悲惨な死に方をしても、決して悲しんでほしくないし、また非難してもらいたくもない。登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは、僕に許された最高の贅沢かもしれない。 (中略)  ある日、突然、山での死が訪れるかもしれない。それについて、僕は覚悟ができている」(178-179頁) 「山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは、僕に許された最高の贅沢かもしれない」。  山野井泰史のいう死とは、不慮の死をいうのだろう。自然の脅威に人は翻弄される。非業の死を遂げたといえば、周囲も山野井自身も納得するだろう。この天才クライマーにとって、それ以外の死は考えられなかった。これは天性と周到な準備に因るものである。  死の話題が二つ続いた。 山の本を読むとは特異な体験をすることである。逸脱から免れるために、次は「山人」の話である。  宮沢賢治『なめとこ山の熊』には、鷹揚な死、殊更でない死が描かれている、といえば、また逸脱か。「青空文庫」で、どうぞ。

「山の日に山気にあたる_1/3」

 富嶽遥拝の旅を続けている。  静岡県掛川市の「小夜の中山峠」、富士宮市の「富士山本宮浅間大社」,「山宮浅間大社」、また「本栖湖」から遥かに仰いだ富士の高嶺は美しく尊かった。「人穴富士講遺跡」,「村山浅間神社」,「白糸の滝」、 また「道の駅 朝霧高原」,「静岡県富士山世界遺産センター」も忘れられない。  目を移せば、「伊吹山」、那智山中にかかる「那智の滝」、いずれも御神体である。  いま信仰の対象としての山に興味がある。  霊峰を前に、茫然として立ちつくす。私の不用意な動きが、すべてを崩壊へと導く。私は平安のうちにあるが、心奥のどこかが緊張しているような気がする。それを畏れというのかもしれない。  ブログ内を「ヤマケイ文庫」で検索すると、17の文章が表示された。 遠藤甲太「松濤明の遺書」 松濤明『新編・風雪のビヴァーク』ヤマケイ文庫 「一九四九年一月四日から六日にかけての「手記」。われわれはこの種の文章を、ひとつの文学作品として読むほかないのだけれど、私の知るかぎり松濤の遺書は、自衛隊員・マラソンランナー円谷幸吉の遺書と並んで、最も衝撃的な文学上の奇蹟である。円谷書が自死する哀しみの至純さにおいて言語を絶しているとすれば、松濤書はその対極。あくまで死と闘い、ついに倒れんとする瞬間の圧倒的な臨場感(リアリティ)において、やはり言語を絶している」(337-338頁) 「壮絶な手記を残して風雪の北鎌尾根に消えた松濤明」 萩原浩司『写真で読む 山の名著 ヤマケイ文庫50選』ヤマケイ文庫 『風雪のビバーク』は、戦前・戦後にかけて数々の初登攀記録を打ち立て、風雪の北鎌尾根に逝った希代のアルピニスト、松濤明の遺稿集である。松濤は一九四九(昭和二四)年一月に、奇しくも加藤文太郎と同じ風雪の槍ヶ岳北鎌尾根で遭難するが、遺体のかたわらで発見された手帳の壮絶な手記が耳目を集めた。そこには遭難に至った経緯が細かに記され、最後には岳友と共に死を受け入れてゆく過程と心情が描かれていた。(34頁) 「風雪のビヴァーク」 松濤明『新編・風雪のビヴァーク』ヤマケイ文庫 1月6日 フーセツ 全身硬ッテカナシ、何トカ湯俣迄ト思フモ有元ヲ捨テルニシノビズ、死ヲ決ス  オカアサン  アナタノヤサシサニ タダカンシャ. 一アシ先ニオトウサンノ所ヘ行キマス。  何ノコーヨウモ出来ズ死ヌツミヲオユルシ下サイ.  ...

「山の日を前に、山気にあたる」

    偉容を仰ぎ、凄惨な 死に 慄(おのの)き、「 山の日」を前に山気にあたり、慄然としている。     読み急ぎ過ぎている。受容できないままに平衡を失いかけている。 山の本を読むという特異な体験をしている。逸脱から免れる ために小休止することにした。 2018/07/14 に「ヤマケイ文庫」「ヤマケイ新書」の存在を知った。 ◇ 高桑信一『山の仕事、山の暮らし』ヤマケイ文庫 ◇ 高桑信一『タープの張り方 火の熾し方 私の道具と野外生活術』ヤマケイ文庫 ◇ 塀内夏子『おれたちの頂 復刻版』ヤマケイ文庫 ◇ 伊藤正一『定本 黒部の山賊 ー アルプスの怪』山と渓谷社 を読み、 ◇ 高桑信一『古道巡礼 山人が越えた径』ヤマケイ文庫 「八十里越」 「八十里越の裏街道」 「熊野古道 小辺路」 ◇ 高桑信一『源流テンカラ』山と渓谷社 「源流の漂泊者 瀬畑雄三の源流哲学」 ◇ 大森久雄 編『山の名作読み歩き 読んで味わう山の楽しみ』ヤマケイ新書 「山頂」深田久弥 「山」小林秀雄 ◇ 萩原浩司『写真で読む 山の名著 ヤマケイ文庫50選』 ヤマケイ文庫 「新編 単独行」加藤文太郎 「 新編・風雪のビヴァーク」松濤明 「垂直の記憶」山野井泰史 「ナンガ・パルバート単独行」ラインホルト・メスナー をひろい読みした。そして、 ◇ 長野県警察山岳遭難救助隊『長野県警レスキュー最前線』ヤマケイ文庫 ◇ 山野井泰史『垂直の記憶』ヤマケイ文庫 が手元にあり、 ◇ 松濤明『 新編・風雪のビヴァーク 』 ヤマケイ文庫 を注文した。 そしていま、 「神々の山嶺(いただき)」に魅入られている。 以下、 「大暑の日に_山気にひたる」 です。

「大暑の日に_山気にひたる」

  2019/07/11 に 「trangia(トランギア)」 の 「メスティン」 を知り、 「アルコールバーナー」 を知った。以来 十日あまり、山気の中にある。  一昨日、 ◇ 高桑信一『山の仕事、山の暮らし』ヤマケイ文庫 を通読した。令和になりはじめての一冊だった。 ときに洒脱に過ぎる情景描写に辟易したが、入念なフィールドワークに基づいた一級の民俗誌の趣がある。 いま、 ◇ 高桑信一『古道巡礼 山人が越えた径』ヤマケイ文庫 ◇ 高桑信一『タープの張り方 火の熾し方 私の道具と野外生活術』ヤマケイ文庫 ◇ 高桑信一『源流テンカラ』山と渓谷社 ◇ 大森久雄 編『山の名作読み歩き 読んで味わう山の楽しみ』ヤマケイ新書 の五冊が手元にある。我知らず、気がつけば 「 高桑信一」づいている。  「ヤマケイ文庫(2010年刊)」.「 ヤマケイ新書(2014年刊)」の創刊を知ったのは、2019/07/14 のことだった。「モンベル 豊橋店」さんの書籍コーナーで目にした。ときに「山と広告」と揶揄される月刊誌、「山と溪谷」とは一線を画し硬派である。その前日には、 「trangia」 の 「アルコールバーナー」 を、前々日には、 「フューエルボトル オリーブ 0.5L」 と「バイオエタノール」を求め、火遊びに興じた。  登山用具と戯れている。「エマージェンシーセット」作りとあだ名して遊んでいる。非常食・非常飲料の類は全く持たないが、片手落ちはお手の物であり、一向に平気である。     昨日から夏休みがはじまった。夏期講習までの束の間の夏に、果てることを厭わず、と遊び惚けている。

「自分の声といい肉声といい」

「山の日に山気にあたる」 2022//08/11 「霊峰(富士)を前に、茫然自失として立ちつくす。私の不用意な動きが、すべてを崩壊へと導く。私は平安のうちにあるが、心奥のどこかが緊張しているような気がする。それを畏れというのかもしれない」  私の美の体験である。 「摩訶般若波羅蜜多心経」を諳んじた。間をおかずに何回か唱えると、美の体験と近似した心境になることを、数日前に気づいた。それは、「南無阿弥陀仏」の「六字名号」を唱えた後にも起こることを、はっきり自覚している。 玄侑宗久『現代語訳 般若心経』ちくま新書 「それでは最後に、以上の意味を忘れて『般若心経』を音読してください」(194頁) 「自分の声の響きになりきれば、自然に『私』は消えてくれるはずです」(198頁) 「声の響きと一体になっているのは、『私』というより『からだ』、いや、『いのち』、と云ってもいいでしょう。むろんそれは宇宙という全体と繋がっています」(199頁) 墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社  「念仏にしても、木魚一つでもあれば、称名の声と木魚を撃つ音と主客一如になるところ、大自然のいのちを呼吸する心境は深まりうるわけで」ある。(12頁) 「自分の声の響き」であり、「称名の声と木魚を撃つ音」である。  また、小林秀雄は、 「あの人(本居宣長)の言語学は言霊学なんですね。言霊は、先ず何をおいても肉声に宿る。肉声だけで足りた時期というものが何万年あったか、その間に言語文化というものは完成されていた。それをみんなが忘れていることに、あの人は初めて気づいた。これに、はっきり気付いてみれば、何千年の文字の文化など、人々が思い上っているほど大したものではない。そういうわけなんです」(『本居宣長 (下)』新潮文庫 388頁) といっている。 「言霊は、先ず何をおいても肉声に宿る」  畏怖すべきは声にあった。  いま何かが動きはじめた。言葉を弄すること、徒らに動くことの愚かさを思っている。

「『もの』が明らかにみえる者たちがいて_小林秀雄 読書覚書」

「私の人生観」 小林秀雄『人生について』中公文庫  西行の歌には諸行無常の思想がある、一切空の思想がある。そういう風に言うなら、そんなものは、当時の歌に、何処にでも見附かるだろう。一切は空だと承知した歌人は、当時沢山いただろうが、空を観ずる力量にはピンからキリまであって、その力量の程は、歌という形にはっきり現れるから誤魔化しが利かぬ。空の問題にどれほど深入りしているかを自他に証する為には、自分の空を創り出してみなければならぬ。こうなると、問題は、尋常の思想の問題とは自ら異ったものになる筈である。般若の有名な真空妙有、まことの空はたえなる有であるという言い方は、そういう消息を語っていると考えてよい様に思われます。西行の言葉を借りれば、虚空の如くなる心の上において、種々の風情を色どるという事がなければならぬという事になる。(21-22頁)  西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休の茶における、其貫道する物は一なり、と芭蕉は言っているが、彼のいう風雅とは、空観だと考えてもよろしいでしょう。西行が、虚空の如くなる心において、様々の風情を色どる、と言った処を、芭蕉は、虚に居て実をおこなう、と言ったと考えても差支えあるまい。(28頁)  空観とは、真理に関する方法ではなく、真如を得る道なのである、現実を様々に限定する様々な理解を空しくして、はじめて、現実そのものと共感共鳴する事が出来るとする修練なのである。かくの如きものが、やがて我が国の芸術家の修練に通じ、貫道して自分に至ったと芭蕉は言うのだが、今日に至っても、貫道しているものはやはり貫道しているでありましょう。仏教によって養われた自然や人生にたいする観照的態度、審美的態度は、意外に深く私達の心に滲透しているのであって、…(29-30頁)  真如という言葉は、かくの如く在るという意味です。何とも名附け様のないかくの如く在るものが、われわれを取巻いている。われわれの皮膚に触れ、われわれに血を通わせてくるほど、しっくり取巻いているのであって、…(20頁)  正岡子規の万葉復興運動以来、西行より実朝の方が、余程評判がよろしい歌人となった様ですが、貫道するところは一つなのだ。子規の感動したのは、万葉歌人の現実尊重であり、子規は写生と言う言葉を好んで使った。斎藤茂吉氏の「短歌写生の説」によると、子規は、写生の真意...

「マーティン・ツェラーの奏でるバロックチェロ」

以下、再掲です。 J.S.Bach:6 Suites a Violoncello Solo senza Basso Vol.one / Suites 1,2,3 Martin Zeller:Violoncello M.A Recordings については、2010/04/22 に出版された、 ◇『PCオーディオ fan No.2』共同通信社  で知りました。PCオーディオに興味をもちはじめ、PCオーディオの何たるかが少しわかりかけてきたころのことです。このムックには、 「ハイレゾルーションサウンドの魅力 タッド・ガーフィンクル録音選 M.A Recordings HiRez Sampler」 とのタイトルのDVDが付録としてついていました。  マーティン・ツェラーがバロックチェロで奏でる、 「J.S.Bach:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 (BWV 1007)より プレリュード、アルマンド、クーラント」 を聞き、その音色に魅せられ、早速注文しました。チェロに比し、滋味ともに豊かで、ふくよかです。 仲秋のいま、私の内では、第一に、 ブルーノ・ワルター ベートーヴェン 交響曲第6番『田園』 コロンビア交響楽団 第二に、 マーティン・ツェラー 「J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲 Vol.1」 M.A Recordings の順位がついている。 以下、CDの帯からの引用です。 「J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲 Vol.1」88.2kHz ワンポイント録音 マーティン・ツェラー(バロック・チェロ)使用楽器・ヤコブ・シュタイナー 1673年製  スイスのチェリスト、マーティン・ツェラーによる名器シュタイナー唯一の楽器で、世界で初めて録音された J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲。絹を撫でるような、魅力的な音色で奏でられ、かつてない感動に包まれる演奏です。  使用楽器はドイツ・チロルの名器、ヤコブ・シュタイナーの1673年製。現在、使用できる形で保存されている唯一の楽器です。ヤコブ・シュタイナー(1621~1683)は、クレモナの製作者たちが有名になる以前、音楽家たちに最も注目されていた製作家。膨らみが大きく、甘く、柔らかい音色が特徴的です。 また、解説には、  二十世紀初頭以来、6つの無伴奏チェロ組曲があらゆるチェロ奏者にとって必須のレパートリーとなっているの...

TWEET「東京藝大 天才たちのカオスな日常_2/2」

今日(2021/07/11)の明け方、 ◇ 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』新潮文庫 を読み終えました。 「末端は本当に美しくなければならない」 「今の楽器は音程がとりやすかったり、指を動かしやすかったり、大きな音が出たり…進化して、合理化されているんです。バロック楽器はその点、構造が単純で、楽器が助けてくれません。自分の息で、頑張って調整しなければならないことが多いです。でもその分、出せる音色の柔らかさが全然違うんです」 「今のヴァイオリンって、弦はつるつるのスチールなんです。でも古楽器のヴァイオリンは、ガット弦。羊の腸なんですよ。これを弾くとですね、グワッと、凄く野性味のある音が出るんです。バロック楽器は今の楽器よりも生身の人間に近いんです。生きてるもの、自然に近いんです」 「古楽って地味だとか、単純だとか思われてる部分もあると思うんですけど…そんなことないんですよ。凄く激しい、情感のこもった音楽です」 「バロック音楽では、曲の感情を出すことが重視されるんです。イタリア語でアフェット、と言うんですけれど。作曲家の感情でも、演奏者の感情でもなくて、曲の感情。でも、曲の感情を出すためには私たちも感情を知っていなくてはならなくて。曲の感情に共感して、それを出してあげる。それを聴衆にも共感させていく」 二 宮  古楽の奏者たちは、アドリブによって和音を作り、メロディを作り、メロディを装飾して、その場限りの演奏を作っていく。感情を引き出していく。 「演奏する時は、生きたものを出さなきゃって思ってます。今はもう失われた音楽を、その音楽が最も輝ける形で、生きた状態として生み出したいんです」 「それ(古楽がもつ神秘性の表現)ができた時、凄い感動があるんです! 全てが混ざりあうんです。作曲家と演奏家が混ざりあって、聴衆と演奏家も混ざりあって。何だか、宇宙の調和みたいな?」 二 宮  数学や科学が宇宙の深淵(しんえん)に迫れるなら、音楽にだってそれができるのだ。 「『私たちは音楽の末端でしかない。けれど、その末端は本当に美しくなければならない』って、先生に言われました。本当にそうだと思っていて。私は、音楽の一部になりたいんです」 二 宮  尾上(愛実)さんは透き通って潤(うる)んだ瞳(ひとみ)をこちらに向けて、そう言った。(269-271頁)  オルガン専攻...

TWEET「東京藝大 天才たちのカオスな日常_1/2」

  おかしな本を見つけました。早速注文し、明日到着の予定です。 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』新潮文庫   「やはり彼らは、只者ではなかった。入試倍率は東大のなんと約3倍。しかし卒業後は行方不明者多発との噂も流れる東京藝術大学。楽器のせいで体が歪んで一人前という器楽科のある音楽学部、四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せという日本画科のある美術学部。各学部学科生たちへのインタビューから見えてくるのはカオスか、桃源郷か? 天才たちの日常に迫る、前人未到、抱腹絶倒の藝大探訪記。」 「新潮文庫の100冊 2021」内の一冊です。今年の夏休みの読書感想文はこれで決まりです。「古典に親しむ」月間からの転落か、さては 「古典に親しむ」月間が逸脱か。「行方不明者多発」とはなんとも頼もしく、 「陸沈」 、潜行、非社会的行為は、とても人ごととは思えず、「同病相目見(まみ)ゆ」ことを楽しみにしている。

「正岡子規 生誕150年_教育を語る」9/9

「師弟の風景 吉田松陰と正岡子規をめぐってーー大江健三郎」 司馬遼太郎『八人との対話』文春文庫   大江  僕はいちばん最初に言ったように、教える側には一度もならなくて、もっぱら教わる側でしたが、自分が教育にかかわる何かができるとすれば、具体的にあの人は、松陰は、子規は、あるいは渡辺一夫は、吉川幸次郎は、このように実際の振舞いとして、実際のパフォーマンスとして教育したということを、自分も学びたいし、それを次の人に伝えたいわけです。  具体的にこういう教育家のイメージがあり、また実際の振舞いがあって、ここに教育というものの流れがある、ということを基本に置かなければ、教育について何か言ったりすることはもっとも危険だと思うんです。   司馬  そうですね。先生のパフォーマンスというのは、教育を受ける側にしてみればほぼそれだけを覚えていくものでしょうが、それは教育する側が自然にパフォーマンスになっていくからで、それはおそらく大変な緊張の結果、ーー緊張というのは複雑な意味なんですがーーできるわけですね。だから職業としての教育はむろん存在しなければならないものでしょうが、職業意識というものはあまり教育にふさわしくないですね。松陰も子規も職業で周囲の人たちを教えていったわけではないのですから。教育者はある意味でどうしても職業的にならざるを得ないでしょうが、職業をはずして教育とは何かを考えてみると、いつもどこかで二律背反の緊張があるという必要があるかも知れませんね。  子どもっていうのは、僕らのようなバカな子どもでも、不思議に先生の優劣、精神の高低がわかるんですね。この先生はダメだっていうのがわかる。一つの教室にレントゲン撮影機が何十個もいるわけで、そんなことを思うと、教育は人間の社会の中でいちばんこわいテーマですね。(157-158頁)

「正岡子規 生誕150年_磁場としての座」8/9

赤尾兜子「空海・芭蕉・子規を語る」 司馬遼太郎 対話選集 2 『日本語の本質』文春文庫 「子規のたおやめぶり、芭蕉のますらおぶり」 「磁場としての座」   赤尾  これは、僕の方から司馬先生に一度たずねたいと思っていたのですがね。俳句は「座」の文学であり、「連衆の文学」といわれ、それがまた世界でも珍しいかけがえのない特色ですが、どうでしょう。蕉門の「座」を見ると、芭蕉という師がその座に加わることによって、その座の人たちの作がぐっとレベルアップしている。「七部集」を読むと、しきりにそう思うんですが…。   司馬  人間というものは、人間が好きでしょう(笑)。とくに精神がえきえきとして光っているような人間に出くわすと、どうしてもその人の磁場の中に月に一度でも入っていたい気がする。自分まで磁気を帯びてきて、意外な面を出してしまう。短歌もそうですが、俳句はその契機を作ってくれるわけで、それを介してその人のそばに寄ってゆくことができる。すぐれた俳人で個人作家として終始される人もなければなりませんが、師匠は磁場を作れる人であることが望ましいですな。芭蕉も子規も磁場を作りえた人で、弟子たちはもうその中にいてその座にいるときだけだけでも磁気を帯びている自分がうれしくてしようがない。  短詩型というのはサロン芸術だといわれますが、僕もそうだと思います。しかし人格もしくは精神像として磁場を作れない人は、やはり師匠になってはいけませんな。其角(きかく)なども芭蕉の磁場の中で磁気を帯びた人で、芭蕉の死後は、磁気が去っている。そういう面が短詩型の世界にはーーよくわからんがーーあるのと違うかしら。   赤尾  おっしゃるとおりです。いまの俳句の世界には、その“座”の指導者の一部に月並的退廃も出てきているようで、人ごとならず、心せねばならないと思います(笑)。(124-125頁)

「正岡子規 生誕150年_子規,漱石と文章日本語」7/9

2019年は、子規の生誕150年に当たります。 赤尾兜子「空海・芭蕉・子規を語る」 司馬遼太郎 対話選集 2 『日本語の本質』文春文庫  司馬 (前略)泉鏡花はいいが、しかしあの文章では、ロッキード問題は論じられない(笑)。しかし夏目漱石の文章は恋愛でも外交でも論じられるしルポルタージュでもやれるといういわば万能性をもっているという点であの時代にはきわめてめずらしい。そういう文章を手づくりで完成したところに、漱石の大きさの一つがあると思います。しかし子規もそうですね。子規も、みなが共有していいーーいろんなことを表現できるーー文章日本語をつくり上げたと思うんですが、そういう点を子規はあまり認めてもらっていない。(99-100頁)  司馬 (前略)ところでその面での一完成者である子規がね、あれは漱石の文章よりも非常に漢語が少ないでしょう。  赤尾 そう、そう。  司馬 そして、漱石の文章よりもしなやかで、表現の万能性においては漱石の文章と遜色(そんしょく)がない。蘇峰や愛山の文章では愚痴は書けないが、子規の文章では十分にそれが表現できる。たとえば、日常の、庭に陽が射して、鶏頭が……。  赤尾 十四、五本もありぬべし。(101頁)    司馬 それからまた彼は、あまり政論なんかは論じなかったでしょうけども、それも論じることができると思うんですね、あの文章で。ただ、語尾の文語形にわずかに固執しているけどね、だけど文語意識は少なくて。きわめて平易な文章をつくりあげた。まあ僕は子規の業績の一つは散文だと思うんですけどね。なぜそうかっていうと、ここから向こうは俳句になってくるんだけど……。  結局、彼はリアリズムに固執した人だから、リアリズムっていうのは、万人共有のものですからね。海のヒトデは星形をしているとか、これはもう確かにそうであるし、それから、石っころは多少丸いとか、トンボの羽根は透きとおっているとか、ということは万人共通のものですから、しぜんとその散文まで、わかりやすい散文ができ上がってゆくという……リアリズムの精神というのは、評論でなく、実際に地でそれをやった人というのは、少ないと思うんです。子規は、その最大の一人じゃないか、と思いますね。  赤尾 それは僕も感じますよ。(101-102頁) 下記、 司馬遼太郎「漱石が発明した文章語 です。