三遊亭金馬「釣りには師匠をとれ」

釣りには師匠をとれ、という諺がある。自分一人で何年釣っていても、参考にはなるが釣技は向上しない。よい例が、ハゼ釣りの乗合舟に乗って、うまい人の隣にすわり、仕かけ、釣り方を見ていると、感心させられてよい参考になる。(190頁)


 何人かが並んで竿を出している際に、そのうちの一人の釣果が、他を圧倒していることがあります。そんなときには、私は躊躇なく、その人のところにお伺いをたてに行きます。釣れるには釣れる理由があります。たいていの場合には、どんな質問にも答えてくれます。そんなときの釣り人の口は軽く、饒舌です。ときには一人私ばかりが、魚とのやりとりに忙しいことがあります。魚を取りこむ際には、魚は暴れ水面をたたきますので、周囲の目がいっせいにこちらに集まります。気恥ずかしく、遠慮がちに、魚を手元に寄せます。「訊きにくれば、答えますよ」とは思うものの、それ以上のことはできるはずもなく、しかし、その場に子どもが居合わせているときには話は別で、教えに出かけることもあります。

 地元を流れる豊川河口での夏ハゼ釣りやウナギ釣り、手長エビすき・手長エビ釣りでは、近所のお年寄りの方たちから、釣りの手ほどきにはじまって、餌取り、時季、時合い、潮時、ポイント、料理法、はては、釣りや釣具の、また川の変遷にいたるまで、ずいぶんとたくさんのことを教えてもらいました。この地に特有なものもあれば、その人の工夫であることもありました。シジミ取りにしても熟練のその手業はみごとです。毎年 季節が到来すると、それぞれが自慢の道具仕立てで川岸にやってきて、思い思いの釣りを楽しんでいました。勝手知ったる人たちばかりでしたので、ワイワイガヤガヤと、にぎやかな釣りでした。そこに子どもの姿がないのをいつも残念に思っていました。しかし、寄る年波は容赦なく、今では私だけが、ただ一人とり残される格好になってしまいました。この地に生まれ、この地を流れる川で何十年となく釣りを楽しまれた、先輩釣り師の方たちの創意や工夫を、遺された言葉を、川への思いを、私は誰に語り継いでいけばいいのか。季節季節にその季節に見合った釣りを一人楽しんでいれば、いつか適当な誰かが現れないとも限りません。今シーズン川には、キャスティングの練習に行っただけでした。地元を流れる川には、地元の川でしか味わえない釣味があり、思い出があります。来シーズンこそは地元の川で釣ろうと思っています。