「奈良の仏教絵画の歴史は、法隆寺金堂を彩った全十二面の壁画の誕生に始まるといっても過言ではありません。力強い線描と豊麗な彩色が生み出す雄大で理想的なほとけの姿は、遣唐使がもたらした大陸の図象や絵画表現を色濃く反映するものであり、日本で初めての本格的な仏画様式がここに確立したといえるでしょう。」 しかし,「昭和24年(1949)1月26日の火災で火を被ったため」,これらの金堂壁画は、「当初の鮮やかな色彩を失」いました。 以下の動画(制作年不詳)は、当時の消息をよく伝えています。 【デジタル法隆寺宝物館】「法隆寺金堂壁画―よみがえる古代の至宝 3」ぶんかつ【文化財活用センター】 また下記の、2026/07/17 17時00分 の「朝日新聞」の記事、 焼損した法隆寺の金堂壁画 デジタル技術で色鮮やかに高精細で復活 には、「最新のデジタル技術で色鮮やかによみがえった」,「高精細カラー画像」についての成果とその経緯(いきさつ)が詳細に述べられています。 (図版をクリックまたはタップし、拡大してご覧ください ) そして、報道関係者に公開された翌日 からはじまった 「奈良国立博物館」の特別展「南都仏画 ー よみがえる奈良天平の美 ー」で、はじめて一般公開されました 。 「法隆寺金堂壁画 第六号壁『阿弥陀浄土図』」として、「富士フィルムによるカラー復元画像」と二幅の「模写」が掲げてあった。 私は,「阿弥陀如来」 の、向かって右側に立つ優美な「観音菩薩」ばかり見つめていた。その場はそれでよかった。充溢した時間を過ごした。 法隆寺金堂が火災にあったことさえ怪しかった。 ◇ 奈良国立博物館編集『ボストン美術館共同企画 特別展 / 南都仏画 ー よみがえる奈良天平の美 ー』 購入した上記の「図版」と、インターネットで検索することで、多くのことを知った。 それは「金堂壁画 第六号壁」にかぎられたことではない。先入観にとらわれるのは好ましくないが、無防備な空手での、あまりにも情けない参観であった。 そしていま しきりに再訪したいと思っている。 期間は9月13日までである。