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小林秀雄最後の対談「歴史について」(音声ファイル)1/2

「小林秀雄最後の対談」(音声ファイル)  小林秀雄さんと河上徹太郎さんとの「歴史について」の対談です。2013年4月14日「asahi.com」上で「小林秀雄・河上徹太郎、最後の対談の音源初公開」の記事を読み、すぐにP教授に連絡するとともに、『考える人』を、張り切って三冊購入しました。ぜひ、小林秀雄さんの生の声に触れてみてください。河上徹太郎さんを気づかう小林秀雄さんの声はとても温かです。 小林秀雄最後の対談「歴史について」考える人 2013年 05月号 新潮社 「小林秀雄最後の日々 その一」 「今年は小林秀雄の生誕111年、没後30年の年にあたります。特集では、小林秀雄の「最後の対談」となった名対談をクローズアップしました。1979年7月、小林が亡くなる3年前に行われた対談で、相手を務めるのは60年来の盟友・河上徹太郎です。            河上「お互いに告別式には出まい。どうせ、出てももう相手はいないのだから」            小林「要するに思想上で交わっていれば、充分という、そういうことが、確かに                     君と僕との間に、いつの間にか出来ていた」   小林秀雄にとって河上徹太郎は、議論を闘わせるのにまたといない相手でした。本誌に再録したのは、「文學界」創刊500号記念のために行われた対談です。小林秀雄と河上徹太郎は「文學界」の創刊まもない時から同人として編集に関わるなど心血を注いできました。   さらに、今号ではテキストの再録にあわせて、対談音源を特別付録CDに収録しました。小林秀雄が自分が目を通していない講演や対談の速記類(音源はもちろんのこと)の公開を厳しく禁じていたことは有名です。今回は、両家ご遺族のご理解のもとに、特別に公開できる運びとなりました。  ヴァレリー、ドストエフスキー、ベルグソン論から、歴史小説のありかた、日本論、歴史や民主主義の捉え方について、ふたりの議論は次々と展開してゆきます。対談の現場は、どのような雰囲気だったのでし...

小林秀雄「学問の面白さは女遊びどころじゃない」(音声ファイル)

小林秀雄『現代思想について―講義・質疑応答 小林秀雄講演 第4巻』新潮CD 講演 久しぶりの「音声ファイル」の添付です。ぜひ小林秀雄さんの声をお聴きください。13:00 分からお聴きください。小林秀雄さんのお話しは、愉快ですね!痛快ですね!! ◇ 小林秀雄「学問をする喜びは女遊びどころではない」(Google ドライブ 音声ファイル) ◇ 小林秀雄「学問をする喜びは女遊びどころではない」(iCloud Drive 音声ファイル) 以下、逐語録です。 「町人(分限者)たちは、なぜあんな(伊藤)仁斎のところにやってきたかというと、彼らは、酒は飲みやった。女はやった。あらゆる遊びはやったんですよ。楽しみは。ただ一つ楽しみは、学問という楽しみをしたことないんです。」「学問というものを習ってみると、これほど面白いものはないということがわかった。そんなものは、女遊びどころじゃないと思った。」 「それで帰ってみると、なんだかものがわかってくるんだな。人間というものはどうして暮らすのが正しいか、ということがわかってくる。こんなうれしいことはないじゃないか。人間にこんなうれしいことはないじゃないか。そんな心持ちをみんなもってた。」 「そいでぇー、あの頃みんな、学問をしたいっていうのは、みんな、これあ人間の本能ですからな。学問をしたいなんてのは、本能ではなくなったのは現代ぐらいのもんです。ただ黙ってりゃ教えてくれるからね。だから欲望がないです。昔は黙ってりゃ教えてくれないから、だーれも。義務もないんです。学問する義務もないんです。」 小林秀雄『学生との対話』国民文化研究会・新潮社編 「小林秀雄はかくも親切で、熱く、面白く、分かりやすかった!」  まあ、学問をしたいというのは、人間の本能ですからな。学問をしたいのが本能じゃなくなったのは現代ぐらいのもんです。(会場笑)。今は、ただ黙っていたって教えてくれるのだから、学問への欲望がなくなるのですよ。昔は黙っていたら教えてもらえないし、学問の機会もなかなかなかった。子どもの頃に、人生とは何ぞやなんて疑問が起こっても、誰も教えてくれないから、これは非常に熱烈なものになるのです。だから、京都のどこかにそれを教えてくれる人が出たとなれば、千里を遠しとせず、学びに行く。豆の袋を背負って、豆ばかり食べながら仁斎の講義を聞いたと...

小林秀雄「学問をしたいというのは、人間の本能ですからな」_追記

2016/03/14 に書いたブログ  小林秀雄「学問をしたいというのは、人間の本能ですからな」   が好評ですので、下記の「音声ファイル」を添付しました。相当箇所は、 15分38秒からです。ぜひ小林秀雄さんの声をお聞きください。小林秀雄さんの講演を評する際には、よく古今亭志ん生さんの落語が引き合いに出されます。それほどまでに愉快です。名人芸 です。 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(Google ドライブ 音声ファイル) 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(iCloud Drive 音声ファイル) 2016/03/14 のブログは、 小林秀雄『学生との対話』国民文化研究会・新潮社編  からの引用です。『学生との対話』は、小林秀雄さんの「 〝 話しことば ″ を、文字という形で 〝 言語 ″化 」したものです。「ことば」を「言語」として書き留めたために、多くの情報が抜け落ちてしまいました。また、『学生との対話』は、講義 の逐語記録ではなく、編集されていますので、なおさらのことです。小林秀雄さんの「ことば」にぜひ触れてみてください。 追伸: 私としては、 小林秀雄「学問をしたいというのは、人間の本能ですからな」   よりも、 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」 の方がずっと面白いと思うのですが…。いかがなものでしょうか?

小林秀雄「学問をしたいというのは、人間の本能ですからな」(音声ファイル)

 まあ、学問をしたいというのは、人間の本能ですからな。学問をしたいのが本能じゃなくなったのは現代ぐらいのもんです。(会場笑)。今は、ただ黙っていたって教えてくれるのだから、学問への欲望がなくなるのですよ。昔は黙っていたら教えてもらえないし、学問の機会もなかなかなかった。子どもの頃に、人生とは何ぞやなんて疑問が起こっても、誰も教えてくれないから、これは非常に熱烈なものになるのです。だから、京都のどこかにそれを教えてくれる人が出たとなれば、千里を遠しとせず、学びに行く。豆の袋を背負って、豆ばかり食べながら仁斎の講義を聞いたという人がいます。なにしろ面白いことが聞けるんだから、食うものは豆で充分なのです。仁斎の塾はそういう塾だった。  仁斎というのは、ご存知のように、その頃のアカデミーの学問に大反対をした学者です。つまり、学問をするから百姓がうまくいく、それが学問というものだろうと言った。いくら学問をしたって百姓の仕事に何の足しにもならん、町人の仕事にも何の足しにもならん。そんな幕府の学問というのは学問ではないと言い放った人です。学問とは、人間がどうやって生活したらいいか、その根本を教えるものだ。そういう学問なら、百姓にでも町人にでも役立つはずだな。 小林秀雄『学生との対話』国民文化研究会・新潮社編 (75-76頁) 「小林秀雄はかくも親切で、熱く、面白く、分かりやすかった!」 ぜひ小林秀雄さんの声をお聴きください。 ◇相当箇所は15:38 からです。 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(Google ドライブ 音声ファイル) 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(iCloud Drive 音声ファイル)

小林秀雄「学問の面白さは女遊びどころじゃない」(音声ファイル)

小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(Google ドライブ 音声ファイル) 小林秀雄「学問をする面白さは女遊びどころじゃない」(iCloud Drive 音声ファイル) 久しぶりの「音声ファイル」の添付です。 ぜひ小林秀雄さんの声をお聴きください。 ◇相当箇所は13:00 分からです。 小林秀雄さんのお話 は、愉快ですね!痛快ですね!! 小林秀雄『現代思想について―講義・質疑応答 小林秀雄講演 第4巻』新潮CD 講演 「町人(分限者)たちは、なぜあんな(伊藤)仁斎のところにやってきたかというと、彼らは、酒は飲みやった。女はやった。あらゆる遊びはやったんですよ。楽しみは。ただ一つ楽しみは、学問という楽しみをしたことないんです。」 「学問というものを習ってみると、これほど面白いものはないということがわかった。そんなものは、女遊びどころじゃないと思った。」 「それで帰ってみると、なんだかものがわかってくるんだな。人間というものはどうして暮らすのが正しいか、ということがわかってくる。こんなうれしいことはないじゃないか。人間にこんなうれしいことはないじゃないか。そんな心持ちをみんなもってた。」 「そいでぇー、あの頃みんな、学問をしたいっていうのは、みんな、これあ人間の本能ですからな。学問をしたいなんてのは、本能ではなくなったのは現代ぐらいのもんです。ただ黙ってりゃ教えてくれるからね。だから欲望がないです。昔は黙ってりゃ教えてくれないから、だーれも。義務もないんです。学問する義務もないんです。」

向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお!!」(全)

向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお!!」 「そんなこと言うと、くすぐっちゃうぞ」 向田邦子『言葉が怖い 新潮CD 講演』 「金属バット事件を起こしたひと言」 「外国人にとっての言葉の重み」 「森繁さんの二つの名スピーチ」 「らしい言葉」の貧しさ 「江戸落語のしゃれたひと言」 「 “バカ野郎”も “畜生”もあったほうがいい」 川野黎子「向田さんと言葉」 私の曖昧な拙い記憶をたどって…。 相手に対して腹を立てたとき、「そんなこと言うと、くすぐっちゃうぞ」という言葉が、古今亭志ん生さん演ずる江戸落語の中に出てくる、というお話を向田邦子さんはされています。 いかにも穏やかで、余裕があり、ユーモアがあます。そして何よりも相手への心配りがあります。 早速私もまねて、子どもたちに、 「こんなことも解らないと、くすぐっちゃおかな」 と、何度となく言ったことがあります。 が、いつもいつも、 「キモイー」 の一言で片づけられてしまいます。 本気で怒るときには、「くすぐっちゃうぞ」と呑気に構えているわけにはいきません。「くすぐちゃうぞ」では、こちらの「本気で怒っているぞというエネルギー」が相手に伝わりません。怒ると怖いとよく言われますが、怒ったときに怖くなかったら、怒った意味がありません。怒ると気分を害します。ふて寝をして気分を一新するしかありません。怒りたくはありません。が、立場上怒らなければ示しがつかないこともあります。 聞くと、中学校の先生方は怒ってばかりおられます。怒ることを仕事としている稀有な職業です。心の均衡がよく保てるな、と感心しております。 向田邦子『言葉が怖い 新潮CD 講演』 向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお!!」(ボイスメモ) 向田邦子さんの「新潮カセット講演」、『言葉が怖い』を車内で聴きました。iPod touch のボイスメモに録音しました。鮮明にとはいえませんが、実用には何ら支障のない録音状態です。 「そんなこと言うと、くすぐっちゃうぞ」ではなく、「あいつ、くすぐっちゃお」の誤りでした。二つのことばの間にはおよそ懸隔があります。 「そんなこと言うと、くすぐっちゃうぞ」に対して、「あいつ、くすぐっちゃお」は、いかにもこなれていて...

「雪降る丑三時の、大江健三郎さんと武満徹さんの奇想天外」(音声ファイル)

大江健三郎『 時代と小説、信仰を持たない者の祈り』新潮カセット講演 武満徹さんのことを書いていて、大江健三郎さんの講演を思い出しました。雪降る丑三時の、大江健三郎さんと武満徹さんの奇想天外、 のことです。どうしてこんな下世話なことばかりを覚えていて、肝心の講演の内容のこと は忘れているのでしょうか。我ながらあきれています。1988/07/03 に発行されたものです。ノーベル文学賞を受賞される以前の講演です。大江健三郎さんの朴訥とした語り口が、心にしみわたります。CD化されていないようです。CD化を切に希望いたします。その際には廉価でお願いいたします。「新潮CD 講演」はいずれもいずれも高すぎます。 雪降る丑三時の、大江健三郎さんと武満徹さんの奇想天外」 (音声ファイ ル)

小林秀雄最後の対談「歴史について」(音声ファイル)

「小林秀雄最後の対談」(音声ファイル)  小林秀雄さんと河上徹太郎さんとの「歴史について」の対談です。2013年4月14日「asahi.com」上で「小林秀雄・河上徹太郎、最後の対談の音源初公開」の記事を読み、すぐにP教授に連絡するとともに、『考える人』を、張り切って三冊購入しました。ぜひ、小林秀雄さんの生の声に触れてみてください。河上徹太郎さんを気づかう小林秀雄さんの声はとても温かです。 小林秀雄最後の対談「歴史について」考える人 2013年 05月号 新潮社 「小林秀雄最後の日々 その一」 「今年は小林秀雄の生誕111年、没後30年の年にあたります。特集では、小林秀雄の「最後の対談」となった名対談をクローズアップしました。1979年7月、小林が亡くなる3年前に行われた対談で、相手を務めるのは60年来の盟友・河上徹太郎です。           河上「お互いに告別式には出まい。どうせ、出てももう相手はいないのだから」           小林「要するに思想上で交わっていれば、充分という、そういうことが、確かに                     君と僕との間に、いつの間にか出来ていた」  小林秀雄にとって河上徹太郎は、議論を闘わせるのにまたといない相手でした。本誌に再録したのは、「文學界」創刊500号記念のために行われた対談です。小林秀雄と河上徹太郎は「文學界」の創刊まもない時から同人として編集に関わるなど心血を注いできました。  さらに、今号ではテキストの再録にあわせて、対談音源を特別付録CDに収録しました。小林秀雄が自分が目を通していない講演や対談の速記類(音源はもちろんのこと)の公開を厳しく禁じていたことは有名です。今回は、両家ご遺族のご理解のもとに、特別に公開できる運びとなりました。  ヴァレリー、ドストエフスキー、ベルグソン論から、歴史小説のありかた、日本論、歴史や民主主義の捉え方について、ふたりの議論は次々と展開してゆきます。対談の現場は、どのような雰囲気だったのでしょう。対談の音源からは、主張が...

早速、小林秀雄講演「本居宣長」(音声ファイル)です。

小林秀雄さんの心地よい声で 、心も 体も満たされます。 『小林秀雄講演 第3巻―本居宣長』 [新潮CD] 「話し言葉の力」を駆使、 近代日本最高の知性が 心を満たす、うるおす。 深遠な思索と少年のような熱さ。 そして古今亭志ん生のような軽妙な語り口。 声を聞かなければ分からない、 文字では出会えない小林秀雄がここにいる。 何も申し上げることはありません。お聴きください。 『小林秀雄講演 第3巻―本居宣長』 [新潮CD] より。 小林秀雄講演「本居宣長」(音声ファイル)

小林秀雄「もののあはれ」とは人間の道(音声ファイル)3/3

小林秀雄「もののあはれ」とは人間の道」(音声ファイル) 小林秀雄「宣長の『源氏』感」 以下、講演の書き下ろしです。 「もののあはれ」というものはねえ、まったく一つの道なんです。人間の道なんです。これはねえ、そんなこと言ったらねえ、「もののあはれ」を知るってことはねえ、人間の愛っていうもんかもしれませんね。そうじゃないですか。」 「(「もののあはれ」というものは)人間の道じゃないか。「もののあはれ」を知らないような奴は、この世の中に生きることはできんじゃありませんか、人間らしく。それが宣長の思想なんです。じゃあ今日は長くなっちゃった。」 小林秀雄「もののあはれ」とは人間の道」(音声ファイル) 小林秀雄講演第五巻 随想二題――本居宣長をめぐって ぜひ、小林秀雄さんの生の声をお聴きください。「言葉」と「言語」は別物です。

向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお!!」(音声ファイル)訂正版 No3

向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお!!」(音声ファイル) 「古今亭志ん生さん演じる「火焔太鼓」の中で、骨董屋の若旦那が女房にさんざんにこき下ろされ虚仮にされ、その仇(あだ)を討とうと企んでいる場面で、 「帰ったら今日は女房にさんざんご馳走して腹一杯食わせて、あいつくすぐっちゃお」 という言葉が出てくるんですね。」 「あいつ、くすぐっちゃお」という「洒落たひとこと」に対して向田邦子さんは、 「あたたかみ」 「おかしみ」 「情(じょう)」 「人間の愚かさ」 を感じ、 「目頭が熱くなるんですね」 と話されています。 「人情の機微というものが非常にわかった方が偶然につけ加えたのか、志ん生さんがつけ加えたのか私わかりませんけれども…」 と、お話されています。 向田邦子『言葉が怖い 新潮CD 講演』 向田邦子「あいつ、くすぐっちゃお」(音声ファイル) 古今亭志ん生「火焔太鼓」

小林秀雄講演「本居宣長」

『小林秀雄講演 第3巻―本居宣長』 [新潮CD] 「話し言葉の力」を駆使、 近代日本最高の知性が 心を満たす、うるおす。 深遠な思索と少年のような熱さ。 そして古今亭志ん生のような軽妙な語り口。 声を聞かなければ分からない、 文字では出会えない小林秀雄がここにいる。 何も申し上げることはありません。お聴きください。 小林秀雄の心地よい声で 、心も 体も満たされます。 『小林秀雄講演 第3巻―本居宣長』 [新潮CD] より。 小林秀雄講演「本居宣長」(音声ファイル)