洲之内徹「秋田義一ともう一人」

「秋田義一ともう一人」
洲之内徹『人魚を見た人 気まぐれ美術館』新潮社
 これが年を取ったということかもしれないが、この頃、私は、物を考えるということをあまりしない。何か感じても感じっぱなしで、それを考えて行くということをしないのだ。
(中略)
 そのゴッホの二枚目の絵の前に立ったとき、突然、私は、
「ただ絵を売るためだけなら、何も、こんないい絵を描くことはないんだよなあ」
 と、思わず口の裡で呟いてしまった。そして、この、全く以ってお粗末至極な感想に呆れて笑ってしまったが、しかし、すぐに、待てよ、これはだいじなテーマかもしれないぞ、よく考えてみなきゃあ、と思った。
 思ったが、それから半年以上たっても、私はそのことで何も考えていない。(295頁)