小林秀雄「それは自然から光を掠奪して逃げる人の様だ」

白洲信哉 [編]『小林秀雄 美と出会う旅』(とんぼの本)新潮社(20頁)

 モネの《睡蓮》は、ヨーロッパで見た画のうちで、最も動かされた絵の一つだったが、この美しさには、人を安心させるようなものは少しもなかった。……モネの印象は、烈しく、粗ら粗らしく、何か性急な劇的なものさえ感じられる。それは自然の印象というより、自然から光を掠奪して逃げる人の様だ。可憐な睡蓮が、この狂気の男に別れを告げている。これはまことに不思議な感じで、あたかも、印象主義という逆説によっていったん死んで又生きたモネという劇を、眼のあたり見る様な想いが、私にはした。(近代絵画・モネ)