小林秀雄「どんな宗教にも属さぬ宗教画の感がある」

白洲信哉 [編]『小林秀雄 美と出会う旅』(とんぼの本)新潮社(21,23頁)
「カルタをする二人の男」をセザンヌは何枚も描いているが、そのうちの傑作と覚しいものがルーヴルにあって、私はそれを見た時に実に美しいと思った。……「カルタをする二人の男」は、向い合って、カルタを持った両手を、静かに机の上に置いているが、それは大オルガンの鍵盤の上に乗っていると言ってもいい。フランクの慎重な微妙なクロマティスムが、青、紅殻(べんがら)、紫、黄、などの和音のうちを静かに進行する。二人は、カルタをしているが、実はそれに聞き入っている様である。彼等は農夫らしいが、明日になれば、畠に出るとも思えず、じっとして、勝負は永遠につづく様である。彼等は画中の人物となって、はじめてめいめいの本性に立ち返った様な様子であるが、二人はその事を知らず、二人の顔の姿態も、言葉になる様なものを何一つ現してはいない。ただ沈黙があり、対象を知らぬ信仰のような様なものがあり、どんな宗教にも属さぬ宗教画の感がある。(近代絵画・セザンヌ)