「司馬遼太郎の博覧、古書店主の強記」

芸術新潮編集部 [編]『司馬遼太郎が愛した「風景」』(とんぼの本)新潮社

「雑木の森の光
司馬遼太郎記念館設計にあたって
安藤忠雄[あんどう・ただお 建築家]」
かつて、神田の古本屋街から、ある特定のテーマの書籍類が忽然と姿を消すということが、しばしばあったという。それは、司馬さんが新しい小説の執筆のために買い集めたからだという話が伝説のように語り継がれている。彼が一回に取り寄せる書籍の量は、ダンボール箱十個分にもおよんだという。(116頁)

「世界一の“物学び”のまち 神田・本郷界隈[東京都千代田区 / 文京区]」
 店主の高山富三男(ふみお)さん……私は三十年来、この人の厄介になっている。
 ……古本屋さんというのは商品知識だけがいのちである。
 たとえば、明治時代のなんという博士のどういう著作はどの程度の価値があって、世間にどれほどの冊数が流通しているかを知らねばならない。……
 高山さんの専門である歴史関係の本だけでも、何万種類もある。この人はみな親類のように熟知している。……
 かといって高山さんが何万点を精読したかというと、そんなぐあいでもない。……
 ともかくも、高山さんの頭がどうなっているのか、ふしぎなような気がする。私が電話でなにかの本を注文すると、ときに、
「ああ、それはお持ちになっています」
 という。あわてて自分の書棚をみにゆくと、なるほど持っている。二十年前に高山さんから買ったものである。(「神田界隈」『街道をゆく 三十六』)(44,46頁)