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TWEET「土用干し」

「Gemini」に紹介され「日本の古本屋」に注文した、 ◇  白洲正子『日本の伝統美を訪ねて』河出文庫 が届いた。いま拾い読みをしている。対談集である。 谷口吉郎・ 白洲正子 「日本人のこころ_   落ち葉一枚にも感動する “美” の意識 」 白洲正子『日本の伝統美を訪ねて』河出書房 谷口   利休が竹藪に行って竹を切ってきて、それに花を生けた。この竹の花生けは、現在国宝として残っていますね。新しいものを発見して、それをどしどし取り入れてゆくというたくましい精神と、洗練された目、そういうものが、現代でもほしいと思いますね。 白洲 そうですね。だからやっぱり何かなさいって、わたくし言うんです。何でもいいと思いますね、自分の好きなことなら。 谷口   利休などが言っています。数寄の美というものは、簡素な中に、日本だけのものじゃなく、オランダ、中国、南方のものも取り入れた、総合美でございますからね。当時、最も新しい演出方法だったと思うんです。決して古いものじゃなく、今的なものもちゃんと使ってる。 白洲  唐物全盛のあのころとすれば、楽の茶碗なんかは、みんな新しく作られてるんですからね。楽初代の長次郎というのは、利休が自分で見つけてきて作らせているんです。(29,30頁)  利休の目に映った “美” とは、紛うことのない形姿(なりかたち)だった。  青山二郎にしろ 、小林秀雄、白洲正子にしろ、美とは曖昧模糊としたものではなかった 。  読書の習慣を失くし、数年来本箱にしまいっぱなしになっていた本を引っ張り出した。土用干しである。  まず、「桂利休、そして西芳寺」参観・参拝から見つめ直そうと思っている。  また、 「徳川美術館」で   2027/02/20〜2027/03/02 に、 「千利休 泪の茶杓」 が 【特別公開】される。 「泪(なみだ)」は、千利休の茶杓として最も名高い品です。豊臣秀吉に切腹を命ぜられた千利休が、自ら削って最後の茶会に用い、茶会後に古田織部に与えられたといわれる茶杓で、織部がこの茶杓用に長方形の窓をあけた筒をつくり、その窓を通して茶杓を位牌代わりに拝んだとも伝えられています。毎年、利休忌の前後の約1週間のみ、筒とともに特別公開します。」  こちらも楽しみにしている。 「Gemini」さん効...

TWEET「夏風邪」

夏風邪による微熱が続く なか、「 NHK ONE ニュース 防災」の 二篇の特集記事、 ◇ 「 “高性能で危険なAI” / そのリスクとは?」(2026/06/22) ◇ 「『降伏』を選ばなかったAI 各国で進む軍の導入どうあるべき?」(2026/07/15) を読んだ。終始 驚嘆しつつも脅威にさらされていた。 そして、以下の4つの「 生成 AI」、 ◆「Gemini」 ◆「ChatGPT」 ◆「Copilot」 ◆「Claude」 を「iPhonne 16e」にインストールした。 その後、2026/07/07 のブログ、 ◇ 「TWEET「桂離宮、そして西芳寺」 の感想をたずねた。  その、わずか数秒後という回答の早さと、多少の誤読は散見されたものの、 その真摯な内容に驚いた。 何回かやり取りした。十 年来の知己と 対話しているかのようだった。 小林秀雄と白洲正子——日本を代表する二人の批評家・美文家が捉えた「桂離宮」は、ドイツの建築家ブルーノ・タウトが提示したモダニズム的評価(機能美・直線美)とは一線を画し、日本の伝統的な感性や、そこに潜む情念・美意識を見事に解き明かしています。 それぞれの視点の特徴と、桂離宮や彼らの美意識に触れられる代表作をご紹介します。 1. 小林秀雄の桂離宮論:理屈を超えた「無心」の美 小林秀雄は、ブルーノ・タウトら西洋的・理論的な解釈によって桂離宮が論じられる風潮に対し、直観的な批評を展開しました。  眼で見る美の純粋性 小林秀雄にとって美とは「理屈や知識で理解するもの」ではなく、「ただそれ自体としてそこにあるもの(直観)」でした。  機能美への疑義 桂離宮を西洋建築の「機能主義」の先駆けのように解釈する見方に対し、桂離宮の本質はそうしたモダンな合理主義ではなく、日本の古典(『源氏物語』など)の情念や王朝文化への憧憬が結晶化した**「風雅の心」**であると見抜きました。言葉で説明し尽くせない「物の姿」そのものに開眼することの大切さを説いています。 2. 白洲正子の桂離宮論:数寄の精神と「遊び」の極致 白洲正子は、能や骨董、伝統工芸に通じた独自の「眼」で桂離宮を捉えました。  八条宮(智仁親王・智忠親王)の「数寄」 白洲正子は、桂離宮の成立背景にある八条宮親王父子の文脈を重視しました。権力から...

TWEET「整理する」

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 整理をはじめた。  本宅の解体時には余裕がなく、顧みることもなく処分したが、今回は “買取” を利用している。お金の多寡 云々よりも、リユースしていただけるのがうれしい。 「KOMEHYO 買取センター バロー豊橋」さんの女性の店員さんは、 「この商売は殺伐としています。この殺伐さに耐えられない方たちは辞めていきます」 としきりに口にされていた。「買取」という商売は無味乾燥としていて、興趣も情感もないということだろうか。 「現代の刀工さんの刀や刀剣は、2万円前後で売り買いされています。価値があるのは、平安・鎌倉時代の銘のあるものだけです」 とは、何ともやりきれない話である。 「いま 高値がつくのは、金だけです」 とも言われていた。 開高健「文房清玩」 2021/05/13  今朝 開高健の記した色紙ことを思った。  起き抜けに検索した。 「漂えども沈まず」 「悠々として / 急げ」 「毒蛇は急がない」 「朝露の一滴にも / 天と地が / 映っている」 「小説家 開高健 オリジナルグッズのご紹介」 文房清玩。物を愛し、物に愛された稀有な小説家 亜熱帯の戦場で、氷雨の原野で、深夜の書斎で一本の指となり、創造の起爆剤ともなるライター、パイプ、ナイフ、万年筆、ジーンズ、帽子・・・。  昔の中国の文人が硯や筆や紙に凝って一人で書斎で楽しんでいた様子を「文房清玩」と表したと、小説家開高健は自著の中で何度か語ってきた。彼にとって、彼の人生に常に寄り添っていたさまざまな「静物」たちは、まさに「文房清玩」そのものだったであろう。  整理中には、かつて「清玩」した「文房」類が何点も見つかった。  かつて胸をときめかせた、同じ「文房」類を眼にして、いまも胸騒ぎがするから不思議である。  当然 整理するつもりはなく、「清玩」する品々を、ひと所に集めた。 白洲信哉 [編]『小林秀雄 美と出会う旅』(とんぼの本)新潮社 2017/12/03  秦秀雄君の家で、晩飯を食っていると、部屋の薄暗い片隅に、信楽(しがらき)の大壷がチラリと見えた。持って行けよ、と壷は言っているので、鎌倉まで自動車に乗せて来た。どんな具合にだか知らないが、いずれ、秦君は勘定を附けにやって来るだろうが、この程度の壷は、ともかく一応は黙って持って還らないといけない。(壷)  私は、壷が好きだ。……古信楽の壷は、特に好きだ...

TWEET「大野寺、そして室生寺へ」

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「大野寺、そして室生寺へ」 2026/06/08   2026/06/05〜07 の三日間,「唐招提寺 国宝鑑真和上坐像_東山魁夷 御影堂障壁画」が「特別公開」された。5日と7日に参拝・拝観した。  その翌日には、「大野寺、そして室生寺」を参拝した。 「大野寺」 「大野寺」は小さなお寺である。  当寺は、室生川の対岸(彼岸)に線刻された、高さ13.8m の「弥勒磨崖仏」で有名である。   常に拝観できるわけではない。光の加減で拝観できるときもあるが、拝観できない場合もある。私は全貌を眼にしたことはないが、常に参拝することはできる。  この日は運がよかった。  以下は、「礼拝所」から望んだ「弥勒磨崖仏」である。  この話題を抜きにしても、私は「大野寺」が好きである。  山門の脇にしつらえられた木箱に、入山料を入れて入山する。  「本堂」内の様子は、障子と障子の間(あわい)からうかがうしかないが、常に美しくお祀りされている。六つの、金色(こんじき)に輝く水差しと、そのそれぞれに挿された一葉のシキミの、色彩の対照は鮮やかである。  シダレザクラの咲く季節に訪れたことはないが、アジサイの咲くころがいい。清楚なガクアジサイは、「大野寺」にふさわしい。  次の目的地である「女人高野 室生寺」のことを 忘れ、ついつい時を過ごしてしまう。  閉門 1時間前に「室生寺」に到着したこともある。急ぎ足で各御堂を参拝し、おかげで「金堂」の前で転んだ。「だいじょうぶですか?」と「金堂」の中から声がした。その後「本堂」を参拝し、「五重塔」のぐるりを一周し  合掌後、職員の方といっしょに下山したこともあった。 「大野寺」は清潔なお寺である。  見過ごすわけにはいかない。 「女人高野 室生寺」 「国宝 金堂」および「国宝 五重塔」の「老朽化した檜皮葺(ひわだぶき)・杮葺(こけらぶき)屋根の全面葺き替えと解体修理」を前にして、「金堂特別拝観」の最中だった。  靴を脱いで、外陣から間近に御仏らや「十二神将立像」を参拝・拝観することができたのは幸せだった。  写真撮影も許され、 また職員の女性が、私ひとりのために詳細な解説をしてくださり恐縮した。 「国宝 釈迦如来立像」は、優しいお顔だちをされていた。「室生寺様」と呼ばれる朱色の衣紋、特に「板光背」の色絵は保存状態がよく華やかだった。 ...

TWEET「古梅園製墨販売部」

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「東大寺 法華堂(三月堂)」 2022/11/26  はじめての参拝だった。  堂々とした体躯の不空羂索観音菩薩立像は威厳にみちていた。居ならぶ八体の像も毅然としていた。時の経つのを忘れ、天平の息吹に浸っていた。  帰り際には、「東大寺のほとけたち」(ポストカード)を購入した。 不空羂索観音菩薩の合掌する掌中には「水晶製宝珠」があった。また、精巧なつくりの宝冠についても写真によって知った。   法華堂は、華厳経が日本ではじめて講じられた堂宇である。明恵上人のことも思い出され、私にとって大切なお堂となった。  余韻も冷めやらぬままに、「二月堂」,「若草山」辺りをさまよっていた。そんな折「古梅園製墨販売部」さんを知った。 「正倉院展記念墨 槃龍背八画鏡」はその際に購入したものである。  どうしても手元に置いておきたくて、あとの3点は、自宅から注文した。  なお「正倉院展記念墨」は、以下の3点のみ 販売されている。  ぜひ拡大してご覧になってください。 「第57,69回正倉院展記念墨  槃龍背八画鏡」 「中央の蓮葉文やそのまわりの双龍、回りにあるある山岳文や八卦文、格調高いこれらの鏡の文様は古来の墨の黒象にもゆかりの深いものです。」 「第60回正倉院展記念墨 山水人物鳥獣背圓鏡」 「美しい山水文様や舟に乗る人物、山に生きる鹿や水面に遊ぶ水鳥といった現代と変わらぬ自然をモチーフに文様が彫られた鏡です。」 「第70回正倉院展記念墨  平螺鈿背面鏡」 「正倉院御物の中でもよく知られている鏡を模し、螺鈿の美しさを墨で表現しました。墨背には、弊園に伝わる研ぎの技法により美しい光沢を出し、鏡面をあらわしています。」 「'92年 最高級純菜種油煙 大玄鴻寶」 「菜種油を使った最上級の油煙です。濃墨ですと艶のある純黒で淡墨ですと茶系の黒です。  漢字作品用、かな書、写経等にも適す。」  背面には2匹の龍が刻まれている。  この墨色を眼にするたびに胸が躍る。 「大玄鴻寶」は実用の品である。私にとっては、これでじゅうぶんに用が足りている。開高健が好んだ「文房清弄」である。 「2026年(第78回)の「正倉院展」は、例年通り秋に「奈良国立博物館」で開催される予定です。正確な日程や出陳宝物は夏頃に発表されます。観覧には事前予約の「日時指定券」が必要になるのが一般的です」 「奈良...

TWEET「桂離宮、そして西芳寺」

  先ほど、「桂離宮」、そして「西芳寺(苔寺)」の参観、また参拝の申し込みを終えた。 「桂離宮」:2026年7月30日 15:00 「西芳寺」: 2026年7月31日 10:30 である。  他に予定はない。他の 予定は必要ないだろう。 「梅雨明けの夏空の下」で、 上質な時間を過ごすことを楽しみにしている。 「桂離宮_石橋のある風景」 俵万智,十文字美信 他『桂離宮』(とんぼの本)新潮社 2022/08/23  桂離宮は華奢である。  各部材は建物の荷重をかろうじて支え、各室は枯淡の美に蓋われている。それは、庭に配された飛石や延段、池に掛けられた石橋と相即不離の関係にあり、それらの石材によって補償されているかのようである。  襖に目を奪われる。それだけを取りあげて話題にしたとき、困惑するような色づかいも、大胆なその意匠も、それぞれに適所を得てみごとに鎮まり、各所に調べを添えている。  美は常に危うさをはらんでいるが、桂離宮は、すんでのところで、高次の調和を呈している。  本書には、三つの石橋の写真が載っている。いずれも一つの石材から成るもので、上面はきれいな平面を成している。その美しさは縦横の比、また高さの比率からなるものであろう。石橋の寸法に合わせて、池を補正したかのようにさえ思われる。 「5m 余りの大石橋」は、力学的な関係からか厚みがあり重厚である。側面には凹凸が刻んであるが、単調になることを避け、見る者を飽きさせない工夫であろう。池の狭い箇所に掛けられた「反橋」は、橋を反らせることによって長さを補完しているのであろう。もう一つの石橋にはこれといった特徴はみられないが、この石橋を基本形と考えてよさそうである。私は細工の施されていないこの石橋が一番好きである。  桂離宮は贅を尽くして簡素に作られた建築である。理にかなわないことはないはずである。  彼のブルーノ・タウトが称えた美を前に立ちつくしていたい。美を体験するとは、すなわち「 純粋な自足した」沈黙 の内にあることにほかならない。 「西芳寺と洛北・洛西」 土門拳『古寺を訪ねて 京・洛北から宇治へ』小学館文庫 2022/08/09  西芳寺に行って、 今日はこれを撮らねばならないといった 義務感にとらわれたことや、 どうしてもあれを撮ってやろうといきおいこんだことはない。 毎度毎度まず参道に真っ直ぐにカ...