白洲正子「内田茂のユーモア、木戸幸一の応戦」


「吉田茂」
白洲正子『心に残る人々』講談社文芸文庫

 およそソツのない政治家が岸さんなら、ありすぎたのがかつての総理吉田茂氏でありましょう。(175頁)

 ユーモアといえば、先日天皇陛下にお目にかかった。その席に、木戸さん(元内大臣)もいられたが、あまり皆さんかた苦しそうにしているので、
「わたしみたいな正直者が、木戸のような前科者と同席するのはまことに困ります」
 と一発やった。木戸さんはいうまでもなく戦時中の大臣で、戦犯だったからです。ところが木戸の奴もだまっちゃいない、
「そういう吉田は、前科者にさえなれなかった男であります」
 そこでさすがの天皇も吹きだされて、和やかな雰囲気になったそうですが、どこでも緊張をほごすことに妙を得ているのが吉田さんの社交術といえましょう。が、この場合も相手が幸いにしてユーモアを解する人間だからよかったものの、陛下の前で前科者と呼んだと怒るような人だったら、せっかくの一発も空ブリに終わったに違いない。空ブリどころか爆弾と化したかもしれないのです。そのために吉田さんは、今までにどれほど損したかわからないと思います。水をぶっかけたり、馬鹿野郎とどなったりしたことも、案外その口だったかもしれないと想像しますが、ユーモア自体が、単なる滑稽とか笑談の意味にとられているような国では、まだそのような誤解は仕方ないことかもしれません。(180頁)

 寸鉄もユーモアのうち、ということなのでしょう。「兵ども」のユーモアは、抜きんでていて、すてきです。