「開塾にあたって」(You Tube)


◇開塾にあたって
◇ スーパー「一期家一笑」さんの ご店長さんご夫妻の ご厚意の賜物

 それは1996年のことでした。
 「うちの店は地元の皆様方のおかげで商売をさせていただいているが、自分たちは忙しくて地域社会のために何のご恩返しもすることができない」とおっしゃられる、スーパー「一期家一笑」(当時「スパー境田店」)さんのご店長さんを説き、増改築の際に店舗の二階に部屋を一つ作っていただきました。  
 それが塾のはじまりでした。  
 ご店長さんご夫妻の全くのボランティア精神とご厚意による船出でした。     
 住居費・光熱費・電話料金等々の一切を支払うことのないままに決めこんだその後の居候生活。
 二年余りの連日連夜にわたるバタバタ、ガヤガヤで、ご店長さんのご家族の皆様にはご迷惑ばかりをおかけする毎日でした。 
 さすがに私も気がひけて、その後自宅の二階に居を移しました。
 それらしき看板も何もないただの民家です。

広告を出したことはありません。いたずらに美辞麗句をならべ立てることは、私にはできません。声高に叫ぶことも私の柄ではありません。
口コミだけが頼りの塾です。

「陸沈」という言葉が好きです。
小林秀雄さんの随筆で知りました。「落語によく出てくる横町のご隠居」というほどの意味です。水に沈むのはやさしいことですが、水なき陸に沈むのは難しいことです。

小林秀雄講演「現代思想について」

愚直な生き方を心がけております。

虚より実を取りたいと思っております。

◇以下に掲載させていただきましたのは、「一期家一笑」さんのホームページです。

◇私が今 こうしておられますのも、ひとえに「一期家一笑」さんの ご店長さんご夫妻の ご厚意の賜物、であることに思いをいたし、深く感謝いたしております。
◇この場をお借りいたしましてお礼申し上げます。
◇ご家族の皆様方のご健康とご多幸、また「一期家一笑」さんのますますのご発展をお祈りいたしております。
スーパー「一期家一笑」さんです。

◇K大のP教授の「暗黙のご指導とご鞭撻の旅」のつれづれ
 開塾を目の前にひかえた春、「古寺巡礼」の旅へK大のP教授とご一緒させていただきました。何のあてもない気ままな旅でした。
 奈良では「法隆寺」「中宮寺」「東大寺」「興福寺」「薬師寺」「唐招提寺」「石舞台古墳」「志賀直哉旧邸」を巡り、京都では「広隆寺」「龍安寺」「清水寺」「東寺」を巡り、そして「同志社大学」を訪ねました。
 旅の終わりにはP教授のご提言で、大阪まで足を延ばし、蘭学者であり蘭学医でもあった緒方洪庵先生の創立された「適塾」を訪れました。
 「適塾」は 幕末から明治維新にかけて活躍された福澤諭吉をはじめとする有為な人材を数多く輩出しております。
 強く印象に残っておりますのは、「適塾に一冊しかなかったヅーフ辞書(蘭和辞書)を奪いあうように利用した。そのため、辞書をおいた部屋はヅーフ部屋と呼ばれ、明かりが消える間がなかった」ということであり、また「エネルギーを持て余した若い塾生らが刀で斬りつけた」という柱に残された数多くの刀傷です。
 福澤諭吉は、自伝の中で「凡そ勉強ということについてはこのうえにしようもないほどに勉強した」と述懐しているそうです。
 旅の終わりの「P教授の暗黙のご指導とご鞭撻」はけた外れに大きなものでした。


「塾・ひのくるま」のHPです。