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「Kindle Direct Publishing_広告_2021/07/31」

 以下、今月のダウンロード数です。これを機に、鳴りを潜めることにしました。 2021/07/02 に、 ◇「本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11」: 〜井筒俊彦編〜 が、「Kindle unlimited(定額制の読み放題)」の方によってダウンロードされ、 2021/07/04,24,26 には、 ◇「本多勇夫 / なおなお 折々の記_10」: 〜岡潔編〜 が、「Kindle unlimited」の方たちによってダウンロードされました。 2021/07/08 には、 ◇「本多勇夫 / 又 折々の記_04」: 〜中井久夫編〜 が、「Kindle unlimited」の方によってダウンロードされ、 2021/07/31 には、 ◇「本多勇夫 / も一つ 折々の記_08」: 〜白川静編〜 が、「Kindle unlimited」の方によってダウンロードされました。  これで少なく見積もって、20冊の電子書籍がダウンロードされたことになりました。 いま、 ◇ 小林秀雄『本居宣長 (下)』新潮文庫 を読んでいます。78頁まで読み進みました。 傍線の引き過ぎで  “ペンだこ ”ができ、 “座りだこ ”もできつつあり、名誉の負傷と一人悦にいっています。

「小林秀雄『本居宣長 (上)』_はじめから 2/2」

 今日の午前中には、 『源氏物語』についての叙述(216頁)以降を読み終えた。  立ち止まり、行きつ戻りつ、なお理解の及ばない項は後日に期する、こんな読書体験だった。 「之を好み信じ楽しむ」とは宣長の学問に対する生涯変わらぬ態度であったが、非情なパンデミックの、過酷な夏空の、オリンピック最中(さなか)の、「好信楽」の読書だった。 これほど付箋を入れ、傍線を引いたのは、 ◇  井筒俊彦『意識と本質 ー精神的東洋を索めてー』岩波文庫 以来のことである。 三読目は、気分を一新し、真新しい、 ◇ 小林秀雄『本居宣長』新潮文庫 で臨む予定である。  初読とはなんだったのか。やはり、「 はじめから」という「再読」の緒に就くための読書だったような気がしてならない。 「其処に、宣長が注目したのは、国語伝統の流れであった。才学の程が、勅撰漢詩集で知られるという事になっては、和歌は、公認の教養資格の埒外(らちがい)に出ざるを得ない。極端な唐風模倣という、平安遷都とともに始まった朝廷の積極的な政策が、和歌を、才学と呼ばれる秩序の外に、はじき出した。しかし、意識的な文化の企画には、言わば文化地図の塗り替えは出来ても、文化の内面深く侵入し、これをどうこうする力はない。生きて行く文化自身の深部には、外部から強いられる、不都合な環境にも、敏感に反応して、これを処する道を開いて行く自発性が備っている。そういう、知的な意識には映じにくい、人々のおのずからな知慧が、人々の共有する国語伝統の強い底流を形成している。宣長はそう見ていた。」(321-322頁) 「言語伝統は、 其処に、音を立てて流れているのだが、これを身体で感じ取っていながら、意識の上に、はっきり描き出す事が出来ずにいる。言語は言霊という自らの衝動を持ち、環境に出会い、自発的にこれに処している。事物に当って、己れを験し、事物に鍛えられて、己れの姿を形成しているものだ。」( 322頁) 「言霊」という言葉は万葉歌人によって、初めて使い出されたものだが、「言霊のさきはふ 国」とか、「言霊のたすくる国」とかいう風に使われているので明らかなように、母国の 言葉という意識、これに寄せる歌人の鋭敏な愛着、深い信頼の情から、先ずほころび出た言葉である事に、間違いない。」 ( 322頁) 「言語は、本質的に或る生きた一定の組織であり、この組織を信じ...

「小林秀雄『本居宣長 (上)』_はじめから 1/2」

今日の夕刻過ぎには、 ◇ 小林秀雄『本居宣長 (上)』新潮文庫 の、『源氏物語』についての叙述(216頁)まで読み継ぎ、「熱中症」により敢えなく敗退、小休止することにした。初読時に全体を俯瞰しているので、随分明らかになった。 「宣長が、思い切ってやってのけた事は、作者(紫式部)の「心中」に飛込み、作者の「心ばへ」を一たん内から摑んだら離さぬという、まことに端的な事だった。宣長は、「源氏」を精しく読もうとする自分の努力を、「源氏 」を作り出そうとする作者の努力に重ね合わせて、作者と同じ向きに歩いた。」(184頁)  また、小林秀雄の本居宣長に対する態度は、宣長の肉声に無心に耳を傾けることであった。そして それはそのまま、小林秀雄が、読者である私たちに付託した姿勢でもある。 「彼(本居宣長)の課題は、「物のあはれとは何か」ではなく、「物のあはれを知るとは何か」であった。「此物語は、紫式部がしる所の物のあはれよりいできて、(中略)よむ人に物の哀をしらしむるより外の儀なく、よむ人も、物のあはれをしるより外の意なかるべし」(紫文要領、巻下) (153頁 ) 「生きた情(ココロ)の働きに、不具も欠陥もある筈がない。それはそのまま分裂を知らず、観点を設けぬ、全的な認識力である筈だ。問題は、ただこの無私で自足した基本的な経験を、損なわず保持して行く事が難しいというところにある。難しいが、出来ることだ。これを高次な経験に豊かに育成する道はある。それが、宣長が考えていた、「物のあはれを知る」という「道」なのである。彼が、式部という妙手に見たのは、「物のあはれ」という王朝趣味の描写ではなく、「物のあはれを知る道」を語った思想家であった」(154頁) 「彼(本居宣長)の言う「あはれ」とは広義の感情だが、なるほど、先ず現実の事や物に触れなければ感情は動かない、とは言えるが、説明や記述を受附けぬ機微のもの、根源的なものを孕んで生きているからこそ、不安定で曖昧なこの現実の感情経験は、作家の表現力を通さなければ、決して安定しない。その意味を問う事の出来るような明瞭な姿とはならない。宣長が、事物に触れて動く「あはれ」と、「事の心を知り、物の心を知る」事、即ち「物のあはれを知る」事とを区別したのも、「あはれ」の不完全な感情経験が、詞花言葉の世界で完成するという考えに基く。これに基いて、彼は光源氏を、「...

TWEET「小林秀雄『本居宣長 (下)』_『再読』の緖に就くための読書だった」

今日の昼過ぎに、 ◇ 小林秀雄『本居宣長 (下)』新潮文庫 を読み終えた。今回、「本居宣長補記」(307-368頁)は割愛した。  読み継いでいくにつれ、不安・焦燥感は薄らぎ 、いつしか健康体になった。とはいえ、心もとない読書にかわりはなかった。小林秀雄の文章には、心を許せばたちまち陥穽に陥る、といった体の厳しさがある。  小林秀雄が、11年半を費やして執筆したことを思えば、初読では、如何ばかりのことも解らないのは当然であり、いま思えば、今回は、「はじめから」という「再読」の緒に就くための読書だったような気がしている。 「彼(本居宣長)にとって、本文の註釈とは、本文をよく知る為の準備としての、分析的知識ではなかった。そのようなものでは決してなかった。先ず本文がそっくり信じられていないところに、どんな註釈も不可能な筈であるという、略言すれば、本文のないところに註釈はないという、極めて単純な、普通の註釈家の眼にはとまらぬ程単純な、事実が持つ奥行とでも呼ぶべきものに、ただそういうものだけに、彼の関心は集中されていた。神代の伝説に見えたるがまま を信ずる、その信ずる心が己れを反省する、それがそのまま註釈の形を取る、するとこの註釈が、信ずる心を新たにし、それが、又新しい註釈を生む。彼は、そういう一種無心な反復を、集中された関心のうちにあって行う他、何も願いはしなかった。この、欠けているものは何一つない、充実した実戦のうちに、研究が、おのずから熟するのを待った。そのような、言わば、息を殺して、神の物語に聞入れば足りるとした、宣長の態度からすれば、真淵の仕事には、まるで逆な眼の使い方、様々ないらざる気遣いがあった、とも言えるだろう。」(197-198 頁)  上記は、本書で幾度となく繰り返される、本居宣長の学問に対する、一貫して変わらぬ態度であった。「無心」とは「無私な心」と言い換えることができよう。  ようやく緒に就いたばかりの読書である。梅雨明け後の夏空の下に身をさらすのは危険である。「ステイホーム」を隠れ蓑にして引きこもり、「はじめから」という読書を、早速はじめることにする。  外出時には、祖母の遺品の日傘を愛用している。 「女もすなる日傘といふものを、男もしてみむとてするなり」  常に日影のなかにある。人知らず日陰を歩くことの心地よさを味わっている。

TWEET「小林秀雄『本居宣長 (上)』_虚弱体質に転落した」

今日の夕方、 ◇ 小林秀雄『本居宣長 (上)』新潮文庫 を読み終えた。 「通読を旨とする。再読していくらかでも理解が進めば幸いである」と、勇んで書いてみたものの、心もとない読書に、不安・焦燥感に苛まれすっかり虚弱体質に転落した。 ◇  『小林秀雄講演 第3巻―本居宣長』 [新潮CD] は、学生時代から幾度となく繰り返し聞いている。 「話し言葉の力」を駆使、 近代日本最高の知性が 心を満たす、うるおす。 深遠な思索と少年のような熱さ。 そして古今亭志ん生のような軽妙な語り口。 声を聞かなければ分からない、 文字では出会えない小林秀雄がここにいる。  つい最近まで、小林秀雄の文章は難解で読めなかった。解らないものと決め込んで敬遠していた。しかし、常に気になる存在だった。年回りのせいだと思っているが、いまでは、 「小林秀雄の文章のおもしろさは、内容の如何はいうにおよばず、言葉の配列の妙味にある。文章を読みつつ、次におかれた言葉を予測することはほとんど不可能である。破格な言葉づかいもあれば、難解な言葉が配されることもある。また、その一語から景色が一変することもある。  自在であり適材適所であって、小林秀雄の切実さのあらわれである。言語での果敢な挑戦であって、他の芸術に比肩するものである。」 (2017/11/27) と思うまでにいたった。 「文章を読まなければ分からない 講演では出会えない小林秀雄がここにいる」 虚弱体質のままに、 ◇  小林秀雄『本居宣長 (下)』新潮文庫 を読み継ぐことにする。  その後、再読する予定である。

「マーティン・ツェラーの奏でるバロックチェロ」

以下、再掲です。 J.S.Bach:6 Suites a Violoncello Solo senza Basso Vol.one / Suites 1,2,3 Martin Zeller:Violoncello M.A Recordings については、2010/04/22 に出版された、 ◇『PCオーディオ fan No.2』共同通信社  で知りました。PCオーディオに興味をもちはじめ、PCオーディオの何たるかが少しわかりかけてきたころのことです。このムックには、 「ハイレゾルーションサウンドの魅力 タッド・ガーフィンクル録音選 M.A Recordings HiRez Sampler」 とのタイトルのDVDが付録としてついていました。  マーティン・ツェラーがバロックチェロで奏でる、 「J.S.Bach:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 (BWV 1007)より プレリュード、アルマンド、クーラント」 を聴き、その音色に魅せられ、早速注文しました。チェロに比し、滋味ともに豊かで、ふくよかです。 仲秋のいま、私の内では、第一に、 ブルーノ・ワルター ベートーヴェン 交響曲第6番『田園』 コロンビア交響楽団 第二に、 マーティン・ツェラー 「J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲 Vol.1」 M.A Recordings の順位がついている。 以下、CDの帯からの引用です。 「J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲 Vol.1」88.2kHz ワンポイント録音 マーティン・ツェラー(バロック・チェロ)使用楽器・ヤコブ・シュタイナー 1673年製  スイスのチェリスト、マーティン・ツェラーによる名器シュタイナー唯一の楽器で、世界で初めて録音された J.S. バッハ・無伴奏チェロ組曲。絹を撫でるような、魅力的な音色で奏でられ、かつてない感動に包まれる演奏です。  使用楽器はドイツ・チロルの名器、ヤコブ・シュタイナーの1673年製。現在、使用できる形で保存されている唯一の楽器です。ヤコブ・シュタイナー(1621~1683)は、クレモナの製作者たちが有名になる以前、音楽家たちに最も注目されていた製作家。膨らみが大きく、甘く、柔らかい音色が特徴的です。 また、解説には、  二十世紀初頭以来、6つの無伴奏チェロ組曲があらゆるチェロ奏者にとって必須のレパートリーとなっているの...

TWEET「東京藝大 天才たちのカオスな日常_2/2」

今日の明け方、 ◇ 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』新潮文庫 を読み終えました。 「末端は本当に美しくなければならない」 「今の楽器は音程がとりやすかったり、指を動かしやすかったり、大きな音が出たり…進化して、合理化されているんです。バロック楽器はその点、構造が単純で、楽器が助けてくれません。自分の息で、頑張って調整しなければならないことが多いです。でもその分、出せる音色の柔らかさが全然違うんです」 「今のヴァイオリンって、弦はつるつるのスチールなんです。でも古楽器のヴァイオリンは、ガット弦。羊の腸なんですよ。これを弾くとですね、グワッと、凄く野性味のある音が出るんです。バロック楽器は今の楽器よりも生身の人間に近いんです。生きてるもの、自然に近いんです」 「古楽って地味だとか、単純だとか思われてる部分もあると思うんですけど…そんなことないんですよ。凄く激しい、情感のこもった音楽です」 「バロック音楽では、曲の感情を出すことが重視されるんです。イタリア語でアフェット、と言うんですけれど。作曲家の感情でも、演奏者の感情でもなくて、曲の感情。でも、曲の感情を出すためには私たちも感情を知っていなくてはならなくて。曲の感情に共感して、それを出してあげる。それを聴衆にも共感させていく」 二 宮  古楽の奏者たちは、アドリブによって和音を作り、メロディを作り、メロディを装飾して、その場限りの演奏を作っていく。感情を引き出していく。 「演奏する時は、生きたものを出さなきゃって思ってます。今はもう失われた音楽を、その音楽が最も輝ける形で、生きた状態として生み出したいんです」 「それ(古楽がもつ神秘性の表現)ができた時、凄い感動があるんです! 全てが混ざりあうんです。作曲家と演奏家が混ざりあって、聴衆と演奏家も混ざりあって。何だか、宇宙の調和みたいな?」 二 宮  数学や科学が宇宙の深淵(しんえん)に迫れるなら、音楽にだってそれができるのだ。 「『私たちは音楽の末端でしかない。けれど、その末端は本当に美しくなければならない』って、先生に言われました。本当にそうだと思っていて。私は、音楽の一部になりたいんです」 二 宮  尾上(愛実)さんは透き通って潤(うる)んだ瞳(ひとみ)をこちらに向けて、そう言った。(269-271頁)  オルガン専攻の本田(ひまわり)さんは...

TWEET「東京藝大 天才たちのカオスな日常_1/2」

おかしな本を見つけました。早速注文し、明日到着の予定です。 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』新潮文庫   「やはり彼らは、只者ではなかった。入試倍率は東大のなんと約3倍。しかし卒業後は行方不明者多発との噂も流れる東京藝術大学。楽器のせいで体が歪んで一人前という器楽科のある音楽学部、四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せという日本画科のある美術学部。各学部学科生たちへのインタビューから見えてくるのはカオスか、桃源郷か? 天才たちの日常に迫る、前人未到、抱腹絶倒の藝大探訪記。」 「新潮文庫の100冊 2021」内の一冊です。今年の夏休みの読書感想文はこれで決まりです。「古典に親しむ」月間からの転落か、さては 「古典に親しむ」月間が逸脱か。「行方不明者多発」とはなんとも頼もしく、 「陸沈」 、潜行、非社会的行為は、とても人ごととは思えず、「同病相目見(まみ)ゆ」ことを楽しみにしている。

TWEET「焼け木杭に火がつき」

「対談 ③ 孔子 狂狷の人の行方 梅原猛 × 白川静」 『別冊太陽 白川静の世界 漢字のものがたり』平凡社 梅 原  白川先生の三作を選ぶとしたらね、絶対『孔子伝』は入れんならん。それに、字引ですね、字書三部作。それからもう一つは古代中国の専門的な研究だなあ、或いは『詩経』だな。(132頁)  梅原猛が、絶対『孔子伝』は入れんならん、と言っている以上は、『孔子伝』は絶対読まんならん。 浮気心が芽生え、古典を尻目に、次回は、 ◇ 白石静『孔子伝』中公文庫 か、はたまた、懸案の、 ◇ 小林秀雄『本居宣長 (上,下) 』新潮文庫 か、と思っている。  通読を旨とする。再読していくらかでも理解が進めば幸いである。

「中西進『古代史で楽しむ 万葉集』_はじめから」

昨夜、 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』角川ソフィア文庫 を読み終えた。 「たゆとう命」  本書は文庫本にして、わずか 250頁に満たない紙数の作品であるが、幾多の人物が登場し、また夥(おびただ)しい死が描かれている。  万葉の時代は、奸智・奸計が跳梁した権力闘争の世、乱世の時 であった。その最中(さなか)にあって、当書は 「古代史」と歌を巧みに配した、学徒中西進 渾身の一冊となっている。『万葉集』入門とは、あまりに失礼な物言いであった。 「権謀術数にとりまかれた天平の人々にとって、恋にしか真実の世界がなかったことが、このように恋を切なくしたのだろう。そして彼らはその切なさへの共感の中に己を忘れさせることができた。」(214頁) 「万葉集の特性として、作者のわからない歌をほぼ半数(二千余首)かかえている」 「ほとんどみんなが歌を詠む時代であった」。「彼らの歌が個性的でないということは、より深く人間基本の真実を歌っていることを意味する。民衆の真実を基底とすることで、万葉集は広く国民歌集たり得たし、そのためにいかなる読者にも、その感動を伝えることができるのである」。(230-231頁) 「大和の民衆たちは、生活感情を正しい自然との対応の中で歌うことにおいて、自然とひとしく美しかったのである。」(234頁) 「無名歌の世界」が気がかりである。

「白川静『初期万葉論』_はじめから」

◇ 白川静『初期万葉論』中公文庫 の付箋のはさんである頁だけを読み直しました。 いま、 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』角川ソフィア文庫 を再読しています。96頁まで読みました。「はじめから」は、初読時と比較するとはるかに明らかです。    白川静『初期万葉論』中公文庫 「第一章 比較文学の方法 二 発想と表現」 「前期万葉の時代は、なお古代的な自然観の支配する時期であり、人びとの意識は自然と融即的な関係のうちにあった。自然に対する態度や行為によって、自然との交渉をよび起こし、霊的に機能させることが可能であると考えらえていたのである。 (中略)  自然との交渉の最も直接的な方法は、それを対象として「見る」ことであった。前期万葉の歌に多くみられる「見る」は、まさにそのような意味をもつ行為である」。 (中略) 「見る」ことの呪歌的性格は、「見れど飽かぬ」という表現によっていっそう強められる。(15-17頁) (註)「呪」の語源は「祝」であると白川は書いている。「呪」の字は「いのる」とも読む。「呪能」と同義で「呪鎮」と書くこともある。 「第四章 叙景歌の成立 三 見れど飽かぬ」 「古代においては、『見る』という行為がすでにただならぬ意味をもつものであり、それは対者との内的交渉をもつことを意味した。国見や山見が重大な政治的行為でありえたのはそのためである。国しぬびや魂振りには、ただ『見る』『見ゆ』というのみで、その呪的な意味を示すことができた。『万葉』には末句を『見ゆ』と詠みきった歌が多いが、それらはおおむね魂振りの意味をもつ呪歌とみてよい。」(154頁) 「『見れど飽かぬ』は、その状態が永遠に持続することをねがう呪語であり、その永続性をたたえることによって、その歌は魂振り的に機能するのである。」(153頁) 「見る」ことは、見られることである。見交わすこと、見え交わすことによって、人と対象との通路が開ける。「見る」ことは振り向かれるように「見る」ことだった、と思う。  甲骨文や金文に親しんだ白川静にとって、「見る」「見れど飽かぬ」ことの意味を解することは、さして難しいことではなかったはずである。  白川は、「見る」「見れど飽かぬ」についての、何首かの語釈の誤りを指摘した上で、 「初期の万葉歌に叙景の名歌を認め、『人麻呂歌集』的な相聞歌を人麻...

「白洲正子『西行』_はじめから」

今日の昼過ぎ、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 を読み終えた。   東(あづま)の方(かた)へ修行(すぎやう)し侍りけるに、富士の山をよめる  風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて  ゆくえも知らぬわが思ひかな (中略)  西行は「富士」の歌を自讃(じさん)歌の第一にあげていたと、慈円の『拾玉集(しゆうぎよくしゆう)』は伝えている。この明澄(めいちよう)でなだらかな調べこそ、西行が一生をかけて到達せんとした境地であり、ここにおいて自然と人生は完全な調和を形づくる。 (中略)  西行が恋に悩み、桜に我を忘れ、己が心を持てあましたのも、今となっては無駄(むだ)なことではなかった。数寄の世界に没入した人は、数寄によって救われることを得たといえるであろう。「これぞわが第一の自讃歌」といったそのほんとうの意味合いは、これぞわが辞世の歌と自分でも思い、人にもそう信じて貰(もら)いたかったのではあるまいか。(268-269頁)  迷うのは誰でもやることだが、ふつうはいいかげんなところで妥協して終るのに、徹底的に迷いぬいたところに西行の特色があるといえよう。 (270頁) 「 あづまのかたへ、あひしりたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの昔に成たりける、思出られて  年たけて又越ゆべしと思いきや  命なりけりさやの中山  」(265頁)  小夜の中山の歌と、富士の歌は、私にはひとつづきのもののように思われてならない。昼なお暗い険阻な山中で、自分の経て来た長い人生を振返って「命」の尊さと不思議さに目ざめた西行は、広い空のかなたに忽然(こつぜん)と現れた霊峰の姿に、無明(むみょう)の夢を醒(さ)まされるおもいがしたのではないか。そういう時に、この歌は、一瞬にして成った、もはや思い残すことはないと西行は感じたであろう。自讚歌の第一にあげた所以(ゆえん)である。(270-271頁) 白洲正子『西行』は、  そらになる心は春の霞にて  世にあらじともおもひ立つかな の歌からはじまる。 「うわの空なって落着きのない心は、春の霞さながらである」(岩波古典文学体系)(22頁)  白洲正子の成果は、西行の「空になる心」から、「虚空の如くなる心」に至るまでの心の内の変遷を、常に歌に寄り添う格好で明らめたことにある。  西行は、大峯修行をし、熊野三山を詣で、 空海を遠く仰ぎ、 高野山に草庵を...

「Kindle Direct Publishing_広告_2021/07/03」

 女々しくも、「Kindle Direct Publishing」に載せた電子書籍のダウンロード数を、月ごとに記載することにしました。  私の覚書です。以下、貧果です。 2021/06/03 に、 ◇「本多勇夫 / まだ 折々の記_06」: 〜大野晋編〜  が、 「Kindle unlimited(定額制の読み放題)」の方によってダウンロードされ、 2021/06/15,18,28 には、 ◇「本多勇夫 / なおなお 折々の記_10」: 〜岡潔編〜 が、「Kindle unlimited」の方たちによってダウンロードされました。 また、2021/06/23 には、 ◇「本多勇夫 / 重ね重ね 折々の記_12」: 〜小林秀雄編〜 がダウンロードされました。快挙です。 そして、2021/07/02 には、 ◇「本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11」: 〜井筒俊彦編〜 が「Kindle unlimited」の方によってダウンロードされました。  これで少なく見積もって、15冊の電子書籍がダウンロードされたことになりましたが、相当数が悪用目的かと思っています。 いま、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 を読んでいます。初読に比べ、再読・三読には時間を要しません。こ慣れた、ということでしょうか。決しておろそかな読み方はしていないのですが…。変則的な読書習慣が身につきました。「変則的」とは喜ばしきことかなと、思っております。

「井上靖『本覚坊遺文』_はじめから」

つい今し方、 ◇ 井上靖『本覚坊遺文』講談社文芸文庫 を読み終えた。 私にとって大切な作品である。 「茶人として刀を抜くしかありません」  ーーよく覚えているな。  ーーそれは覚えております。宗易(利休)、生涯での記念すべき日でございます。あれ(坂本の茶会で初めて太閤さまの御茶頭という資格で席に臨んで)から今日まで足かけ八年、上さま(秀吉)にお仕えしてまいりましたが、いよいよお別れの日となりました。永年に亘っての御愛顧、御温情のほど、お礼の申し上げようもございません。  ーーなにも別れなくてもいいだろう。  ーーそういうわけには参りません。死を賜りました。  ーーそうむきにならなくてもいい。  ーーむきにはなりません。上さまからはたくさんのものを頂いてまいりました。茶人としていまの地位も、力も、侘数寄への大きい御援助も。そして最後に死を賜りました。これが一番大きい頂きものでございました。死を賜ったお蔭で、宗易は侘茶というものがいかなるものであるか、初めて判ったような気がしております。堺へ追放のお達しを受けた時から、急に身も心も自由になりました。永年、侘数寄、侘数寄と言ってまいりましたが、やはりてらいや身振りがございました。宗易は生涯を通じて、そのことに悩んでいたように思います。が、突然、死というものが自分にやって来た時、それに真向うから立ち向った時、もうそこには何のてらいも、身振りもございませんでした。侘びというものは、何と申しますか、死の骨のようなものになりました。  ーーそれはそれでいいではないか。むきにならない方がいい。  ーーでも、上さまは今はそのようにおっしゃいますが、上さまは上さまとして、本気で刀をお抜きになりました。お抜きになってしまいました。そうなると、宗易は宗易で、茶人として刀を抜くしかありません。(183-185頁)  ーーお気に召さないといって、死を下さいました。堺追放をお言渡しになった時、見栄も外聞もなく、上さまは本当の上さまになられました。茶がなんだ、侘茶がなんだ、そんなものは初めからたいしたものとは思っておらん。付合ってやっただけだ。そんなお声が聞えました。上さまが本当の上さまになられたことで、宗易もまた本当の宗易にならねばなりませんでした。お陰さまで宗易は本当に、長い長い間の夢から覚めることができたように思います。(185-186頁) ...

TWEET「中西進の手になる大要は高級だった」

昨日の夕方、 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』角川ソフィア文庫 を読み終えた。『万葉集』への入門書としての位置づけだったが、中西進の手になる大要は高級で、覚束ず、再読を促されている。 また、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 は、『新古今和歌集』『山家集 』への足がかりとしての読書だったが、興趣が尽きず、そして、 ◇ 井上靖『本覚坊遺文』講談社文芸文庫 は、およそ一年ぶりの登場である。  以上、上記三冊。「はじめから」という読書事始めです。  梅雨空が広がる季節の、私の読書覚書とでもいった、無味乾燥としたブログが続き、申し訳なく思っておりますが、ご寛恕を願うばかりである。 「読む」ことを優先させていただきます。 追伸: さらに、 ◇ 白川静『初期万葉論』中公文庫 を追加します。こちらは拾い読みしたもので、通読はしておりません。

TWEET「韋駄天お正の本領,中西進の実力」

2021/06/22 から、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』角川ソフィア文庫 を併読しはじめ、今日の午前中には、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 を読み終えた。ちなみに、 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』 角川ソフィア文庫 は、95頁まで読み、伏せてある 。 西行は仏道に生き、  ねがはくは花の下にて春死なむ  そのきさらぎの望月の頃 此歌が辞世の句である、とばかり私も思っていた。それについて、白洲正子は、 「若い時に詠んだと思われる」(227頁)「『ねがはくは』の歌が西行の辞世の句となって今に伝わったが、地下の西行は苦笑しているのではあるまいか。」(292頁) と書いている。  二書に触れ、和歌は地理・歴史をわきまえなければ面白みに欠ける、それにまして 歴史に彩られた歌は、社会を異にすれば、いまある姿を留めなかった、ということに思いをいたした。 中西進の実力を知った。 西行は目映(まば)ゆかった。 早速、 ◇ 久保田淳,吉野朋美校注『西行全歌集』岩波文庫 を求めた。西行の素直な読み口に現代語訳は要せず、白洲正子は「後記」で、 「総じて辻褄が合うような人間はろくなものではなく、まとまりのつかぬところに西行の真価がある。」(304頁) と述べているが、同病相憐れむといおうか、「ねがはくは」私もぜひその一隅においていただきたいものである、と切に思っている。  以上、途中経過でした。 「読む」と「書く」、いまは「読む」ことを優先させていただきます。悪しからず!! 以下、 ◇ 「小林秀雄『西行』_この空前の内省家」 ◇  白洲正子「西行と私」 ◇  梅雨晴の間に間に_西行「虚空の如くなる心」 ◇  梅雨晴の間に間に_「西行と明恵 その一」 ◇  梅雨晴の間に間に_「西行と明恵 その二」 です。

井筒俊彦「古今和歌集_その普遍的「本質」としての美」

2021/06/14 より、 ◇ 高田祐彦訳注『古今和歌集  現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 を読みはじめ、昨夜読み終えた。一週間におよんだ読書(和歌)体験だった。異例づくめだった。 「古今和歌集_その普遍的「本質」としての美」 井筒俊彦『意識と本質 ー精神的東洋を索めてー』岩波文庫 「少くとも『古今集』において古典的完成に達したものを和歌の典型的形態として考えるなら。『古今』的和歌の世界は、一切の事物、事象が、それぞれその普遍的「本質」において定着された世界だ。春は春、花は花、恋は恋、というふうに自然界のあらゆる事物、事象から人事百般まで、存在界が くまなく普遍「本質」的に規定され、その上でそれらのものの間に「本質」的聯関の網目構造が立てられる。もし現実の経験で、何かが自らの普遍的「本質」に背くような形で生起したり、またはそれの本来的に所属する「本質」聯間から外れたりすれば、その意外性自体が一つ詩的価値を帯びるほどの強力な規定性で、それはある。」(53-54頁)    これは、例えば、『古今和歌集』が、ただ 「日本的美意識の原点(鈴木宏子)」である、と評することとは次元を異にしている。それは、井筒俊彦が名づけた「言語アラヤ識」、ユングのいう「集団的無意識」あるいは「文化的無意識」内の普遍的「本質」としての美の表われであり、一切私たちには触れることのできない生得的な、深層の文化的な美意識である。  遅きに失したが、これらへの興味から、今回『古今和歌集』を手にした、のはいいが、七転八倒の毎日だった。一週間におよんだ、と書いたが、毎日ほぼ一日中和歌と向き合っての、お粗末な七日間であった。  各所に、 枕詞、序詞、 掛詞、縁語、見立て、 歌語、 歌ことばが配され、 三十一字のなかには、幾多の景色が広がっていた。再読を促されているが、眼をつぶり 先に進むことにする。 和歌にも少しは慣れ、次回は、 ◇ 白洲正子『西行』新潮文庫 ◇ 中西進『古代史で楽しむ 万葉集』 角川ソフィア文庫 を併読し、 そして「三代和歌集」へと歩を進めます。細部にとらわれることなく、通読を心がけます。

「Kindle Direct Publishing_広告_その三」

 しばしば見るのは忌々しく、毎日見るのは癪に障り、知らんぷりして時折、「Kindle Direct Publishing」に載せた電子書籍のダウンロード数を確認している。 2021/06/03 に、 ◇「本多勇夫 / まだ 折々の記_06」: 〜大野晋編〜  が、また  2021/06/15  には、 ◇「本多勇夫 / なおなお 折々の記_10」: 〜岡潔編〜 が、いずれも、 「Kindle unlimited(定額制の読み放題)」の方たち によってダウンロードされ、これで少なく見積もって、11冊の電子書籍がダウンロードされたことになった。それにしても貧果である。  Google の検索窓に自分の名前を入れて検索すると、多くの項目が並ぶようになったが、いかがわしいサイトも目につき、悪用されているようで不愉快な気分になる。  電子書籍化していないブログが優に一冊分はある。 ◇「本多勇夫 / またして 折々の記_14」: 〜雑文 編〜  として、 「Kindle Direct Publishing」の書棚に並べようと思っている。なんの期待もしていない。この際ただ整理したいだけのことである。前回のように根を詰めるのではなく、鷹揚に構えている。  一昨日から、 ◇ 高田祐彦訳注『古今和歌集  現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 を読みはじめた。1100首ある和歌の、いま597首を読み終えた。 「言霊のさきはふ」和歌の言葉に対するには、相応の体力を要する。

TWEET「『徒然草』_信頼に足る確かな「たしなみ」の書」

 学術的なことは詳らかではないが、私は『徒然草』を「たしなみ」についての教養の書であると一括りに括っている。立居振る舞い然り、美意識然り、教訓また無常感然り、話題は広範におよぶが、それらは皆、信頼に足る確かな「たしなみ」の範疇での出来事である。 全段再読したが、やはり、 ◇ 「第二一九段 四条黄門命せられて云はく」 ◇ 「第二二0段 何事も辺土は」 は面白く、また、 ◇ 「第二一七段 或る大福長者の云はく」 (以上、「 Es Discovery」さんのサイトより ) の掉尾は、 「ここに到りては、貧富分(わ)く所なし。究竟(くきやう)は理即(りそく)に等し。大欲は無欲に似たり。」 ◆「 究竟は理即に等し。」 (「悟りの境地である究竟は、迷いの境地である理即に等しい。」) との文で結ばれていて、禅語を聞くかのようである。 一昨日の夕方、 ◇ 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 を注文した。一八0段までを、 ◇ 兼好法師,小川剛生訳注『新版 徒然草 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 で読み、そして届き次第、以降を、 ◇ 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 で読んだ。  対照すれば、やはり差異はあり、面白く読んだ。そして、西江先生のことを思った。                「† 翻訳とは「演奏」である」 西江雅之『「ことば」の課外授業』洋泉社 「言語は互いに「置き換えられる」という話と「翻訳」の話とは大いに違うんです。  翻訳というのは、ある言語で表現されたことを、意味の上でも形の上でも原文に近い形を保ちながら、ほかの言語に置き換えることです。その置き換えは、制約の中での一種の「演奏」なんです。つまり、本来の文章をいかに訳すかは、翻訳者の腕によるわけです。」(106-108頁) 「翻訳」は「演奏」である。創造的な行為によって、楽譜は音に昇華される。楽譜から逸脱することは許されないが、 あとは自由である。自分の裁量で動くことができる。 「翻訳」を「現代語訳」に置き換えて読んでみれば、とそんなことを思いつつ読み継いでいった。 ◇  島内裕子 「徒然草の達成と現代」 ( 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま学芸文庫 489頁) は名文です。遠く、私のおよぶところではありません。ぜひ書店で立ち読みしてください、とはいえ、 田舎の書店 でのこと、書棚...

TWEET「『枕草子』_その古典文学における稀有の青春性」

昨夜、 ◇ 清少納言,島内裕子校訂訳『枕草子 上』ちくま学芸文庫 ◇ 清少納言,島内裕子校訂訳『枕草子 下』ちくま学芸文庫 を読み終えた。  読み進めるうちに、「 註」がないことに気づいた。見れば「訳校訂」とだけ記されていて、不思議に思ったが、読み継いでいくうちに、「現代語訳」中に「註」が反映されていることが分かり安心した。  島内裕子は、「語注」や「語釈」を付けなかった理由を、巻末で、 「本書によって『枕草子』の全章段にわたり、「原文・訳・評」をひとまとまりとして、先へ先へと読み進むことが可能となることを企図している。連続読みによって通読してこそ、『枕草子』の世界が生成してゆく時間を、作者である清少納言と共有できる。その体験が、『枕草子』を読むことにほかならない。」( 清少納言,島内裕子校訂訳『枕草子 下』ちくま学芸文庫  504-505頁) と説明している。ただし、「原文で通読する」という意味であり、原文中の「ルビ付きの漢字」や「句読点」の多用はそのための工夫である。しかし、私は、相変わらず「現代語訳」を読みつつ 、これでは『枕草子』の面白みは半減してしまうだろう、と思っている。  きらびやかな王朝文化、宮廷人の艶姿(あですがた)の一端を垣間見た。清少納言の才気煥発、当意即妙は群をぬいて鮮やかであるが、毀誉褒貶については、褒誉された側は誉高いが、貶められた側は立つ瀬がなく残酷な場面さえ見受けられる。  清少納言が出仕したのは数えで 28歳、そのとき一条天皇の中宮であった定子は 17歳であった。そして、定子は 25歳という若さで崩御され、その間 わずかに 8年間 のことが『枕草子』に描かれることになった 。  その後浮沈があり、清少納言の行方は未詳のままとなっている。 「一つの時代の終わりは、古典文学における稀有の青春性も終わらせた」(清少納言,島内裕子校訂訳『枕草子 下』ちくま学芸文庫 509頁) と、島内裕子は書いている。 ◇ 島内裕子「『枕草子』をどう読むか」 ( 清少納言,島内裕子校訂訳『枕草子 下』ちくま学芸文庫 501-505頁) をぜひお手に取ってご覧になってください。名文です。遠く、私のおよぶところではありません。  はじめて古典にふれた気がしています。 『徒然草』を再読し、『古今和歌集』『新古今和歌集』へと歩を進めます。「記紀万葉」は、お...

TWEET「お能の秋です。能繁期です」

昨日、 ◇ 清少納言,島内裕子訳校訂『枕の草子 上』ちくま学芸文庫 ◇ 清少納言,島内裕子訳校訂『枕の草子 下』ちくま学芸文庫 が届くまでの間、積読したままになっていた、 ◇ 世阿弥,竹本幹夫訳注『風姿花伝・三道 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 を読んだ。 『風姿花伝』は、世阿弥が、相伝者であった弟四郎に、また「花伝第七 別紙口伝」は、元次(もとつぐ、世阿弥の嫡男か)に宛てて書かれた秘伝の能楽論である。 秘伝書を私が密やかに、読み耽っていたわけであるが、門外漢である私にはおしなべて通り一遍の読書に終始した感を抱いている。 「たけ」(芸の品格)について書かれている、「風姿花伝第三 問答条々」第六問答(位(くらゐ)の差別(しゃべち))に魅かれた。現代語訳を何度か読み、また註を参考にしつつ原文にも当たったが、口ごもったような物言いで、矛盾しているようにも感じられ、得心するまでにはいたらなかった。 「本条は『風姿花伝』の中でももっとも難解な一条とされている。世阿弥の芸位論は、稽古の階梯(かいてい)論として後年の能楽論で高度に展開されるところとなる。そうした晩年期の芸位論に比して、本条の芸位論は、途中に挿入句があって論理的に飛躍した印象を与えるために、「物学条々」の鬼の条と並んで、世阿弥がまだ十分に論を整理していない段階で執筆された、いわば未熟な論であるという指摘もある。」(128頁) との記載が【解説】にあり納得した。 「たけ」は生得的なものであるが、稽古を積めば追いつくものか、適わないものなのか。  そもそも能における「たけ」とはいかなるものか。 「答ふ。これ、目利きの眼(まなこ)には、やすく見ゆるなり。」 とあるので、はっきりと自覚できるものなのであろう。  学生時代、竹本幹夫先生の能楽論の講義を二年続けて受講した。真摯で真面目な授業態度だった。竹本先生は、表章(おもてあきら)先生のお名前をよく口にされていた。 「お能の秋」です。 「能繁期 」です。  能楽堂に足を運ぶこともなく、能楽論だけに終始した学生時代をもったいなく思っている。大学というところは、学生には過ぎたところだと思っている。

TWEET「『徒然草』_原文の姿を知らず」

◇ 兼好法師,小川剛生訳注『新版 徒然草 現代語訳付き』 角川ソフィア文庫 を現代語訳で読んだ。原文の味わいを知らず、素っ気ない読書に終始した。 「 第二一九段 四条の黄門」, 「第二二0段 何事も辺土は」の二編 を特に面白く読んだ。いずれも楽器の音についての話題である。 明日には、 ◇ 清少納言,島内裕子訳校訂『枕の草子 上』ちくま学芸文庫 ◇ 清少納言,島内裕子訳校訂『枕の草子 下』ちくま学芸文庫 が届く予定である。味気ない読書の続編である。  大学では日本文学を専修した。これが、「日文専修」の実力である。

TWEET「野分立つ」

 野分立ち、今夜半から荒れ模様の予報である。 『風立ちぬ』、秋草は風に吹かれるままに、葉擦れの音が聞こえる。  春愁秋思といえば、一休かと思い、 ◇ 水上勉『一休』中公文庫 を手にし、また良寛かと思い、 ◇ 水上勉『良寛』中央公論社 をしばし手に取ったが、読むまでにはいたらず。   気象も手伝ってか、迷宮入りした。 追伸:『徒然草』を読むことにしました。秋の夜長に古典事始めです。  

TWEET「利休の『醒めるために見た夢』」

 二日(ふたひ)、今日もひとり、蕭蕭とした秋風に吹かれている。  梅雨空も、喧騒の夏もやり過ごし、沈思の秋のなかにある。  秋がいい。  白い道の向こうには利休の後ろ姿が見え隠れしている。 命を賭してまで護らなければならないものがあった。死によってのみ完結するものがあった。命とは如何ばかりのものでもなかった。 利休の 「醒めるために見た夢」の帰結だった 。 ◇ 井上靖『本覚坊遺文』講談社文芸文庫 ◇「醒めるために見た夢」    白洲正子『ほんもの - 白洲次郎のことども - 』新潮文庫 「昭和と私」(247-252頁)

TWEET「梅雨空の下、秋思に沈む」

 日付が変わり、六月を迎えた今日、急に秋風が吹きはじめた。  ひとり蕭々とした風に吹かれている。  弛緩して力なく、虚弱へと転落した。 「何でこんなに淋しい風ふく」  梅雨空の下、秋思に沈んでいる。 「朱夏」に、「白秋」を綴ろうと思う。 ◇ 早坂 暁『山頭火―何でこんなに淋しい風ふく』日本放送出版協会(1989/08) ◇「何でこんなに淋しい風ふく」  種田山頭火『定本 山頭火全集 第一巻』(春陽堂書店、一九七二年)二六四頁。『草木塔』所収。

TWEET「さて」_1/?

「ハイウェイラジオ」をはじめて耳にしたとき、大いに驚き、大きな違和感を覚えた。  一個の道路情報と別個の道路情報が、すべて、「さて」という接続語で接続されていたからである。どなたの発明になるものかは知るよしもないが、新手の手法である。軽快で可笑しくて、いまではすっかり、「ハイウェイラジオ」ファンになってしまった。 「ドラぷら」 さんのサイトには、 「放送内容は、道路管制センターへ集約された情報をもとに、あらかじめ録音された単語をプログラムでつなぎ合わせて自動的に作成しています。コンピューターに登録されている単語は約5,000語にも上ります。」 との記載がみられる。アナウンスの女性の方の苦労を思いやっていた私は、すっかり肩透かしを喰らった格好である。また、「 約5,000語」の「単語」で事足りる情報の貧弱さを思ってみたり、情報に文学的表現は必要なく、この程度で用を足すのかと思ってみたりもしている。  今月中に、三つの「TWEET(小鳥のさえずり)」を続けて書こうと思っていた。願いはかない、今朝、四つ目の 「TWEET」の推敲を終えた。テントマットに横たわり五つ目の話題を探していたが、単発的な話題ばかりに終始し発展性がなく弱っていた。  そうこうしているうちに、「さて」を思い出した。そこで、「さて」の登場である。ようやく到着した。 To be continued.

TWEET「数を凌駕するもの」

「Kindle Direct Publishing」さんの書棚に電子書籍を並べるために、際限なくコピペを繰り返した。以来ブログが、毛を刈られた羊のように、寒々としてやせ細ってしまったような感触を抱いている。いくらコピペを繰り返そうが情報量に変わりが ないのは当然のことであるが、そんな気がしてならない。数は絶対であるか。数は指標であり、感触が数値を凌ぐことがないとはいえまい。  たとえば、小林秀雄の、白川静の、また中井久夫、井筒俊彦についての文章をブログ上に載せた日の閲覧数は極端に少ないが、これらのブログは、 「ロングテール」 を成すものであって、いつか検索される日を待っている。ロングテールに位置するブログの、毎日の検索件数は、日々の検索総数の8割程度を占める。ロングテール内で息をひそめて、声がかかるのをじっと待っているブログは、私にとって思い入れのあるブログであることが多く、毎日の楽しみの一つになっている。

TWEET「一人がいい、二人ではもう窮屈である」

 いま古社寺を巡りたいとしきりに思う。しかし、緊急事態宣言の下、県境(けんきょう)を跨いでの移動、不要不急の外出の自粛を心がけなければならないことくらいは、私にも理解できる。自由を制限された生活とはなんと窮屈なことだろう。  近江路・京都・奈良大和路、または、伊勢神宮・室生寺・大野寺・本居宣長記念館・本居宣長之奥墓(おくつき)・熊野古道、いつもの道行がいい。いつもの旅程で構わないが、「三徳山三佛寺 投入堂」を知り、これほどの美と対面してしまったいま、参拝しないわけにはゆくまい。  私は、2021/02/08 のブログ、 土門拳「三徳山 三佛寺 投入堂」 に、 「投入堂には、疑うことを知らぬ、重力に身を任せきっているもののもつ美しさがある。これは信仰である。投入堂は信仰をもつ者の静けさをたたえている。一つの疑念がそれを崩壊へと導く。  投入堂は平安な一体の仏像である。 「三仏寺に拠る平安時代の初期修験者集団」が、 「懸造の高架建築」を建立することにおいてのみ 「偏執狂的に憑かれていた」、意味を見いだしていた、とは到底考えられないことである。彼らは建築屋ではなく、行を行ずる者たちであった。一個の 「懸造の高架建築」と一体の仏像は彼らにとって等価なものであった。投入堂は彼らの祈りだった。  土門拳の写真をよく見るのは難しい。一枚の絵をよく見るのと同様の難しさがある」 と書いた。  サイトを見ると、 「現在、参拝登山が可能です」 と書かれているが、 「投入堂へ参拝をされる際には、必ず二人以上、また両手が使えて運動のしやすい格好でおこしください。」 との断り書きがあり、足枷となっている。同伴者が見当たらない。「一人で心ゆくまでがいい、二人ではもう窮屈である」とは、理由にならないのだろうか。

TWEET「伸びる芽は摘まず、助長もせず」

「ベッドの上はすっかり書籍に占有され、庇を貸して、すっかり母家を取られた格好だった。かたずけるのも面倒で、テントマットを敷き、シュラフ(寝袋)を被って畳の上に寝た」   TWEET「庇を貸して」 を書いた 2021/05/15 以来、相変わらずの占有状態であり、相も変わらぬ寝床である。このごろではこの寝姿で、作文のあらましを考える習慣がすっかり定着した。ものぐさだが、折角身についた態度を振り解(ほど)く必要もなく、そのままにしてある。当然休眠状態に移行することも多いが、それは思し召しのままに、ということである。  あらましを頭のなかで描くように心がけている。頭の内の作業であれば、時ところを選ばず都合がいい。文章には生き物のようなところがあり、いざ書きはじめれば、どこに飛び火し、どこに運ばれるかは予測不能である。あらましについてはこの程度が適当か、と思っている。  何冊かを重ねた教科書の上に乗ると、ふわりとした感触が足に伝わり心地よいことを、いつしか発見した。幾重もの空気の層ができているからだろうか。不謹慎といわれれば返す言葉がないが、秘かな私の楽しみとなっている。  思わぬことから思わぬところへ発展することがある。伸びる芽は摘まず、助長もせずと思っている。

TWEET「そこに灯火の明滅があれば」

 当地では、 2021/05/16 ころに、例年より21日早く梅雨入りし、以来梅雨空が広がっています。あまりにも早い梅雨入りに、いまが 5月なのか、6月なのか怪しくなることがあります。  毎年梅雨入り目前の 06/05 前後に螢狩に出かけます。いつもの場所のいつもの所に陣取り、ぽつり、ぽつりと明滅する螢を鑑賞します。田植えを終えた背後の水田からは、蛙がしきりに鳴き声を上げています。そしてあわよくば、北極星を中心とした北の夜空の天体ショーが望めます。  コロナ禍の影響とは考えられませんが、季節を問わず、異常気象による、各地での災害の報道ばかりが目につきました。人事は大きな惨禍に見舞われ、また官民の対応については見苦しさばかりが露呈した、この一年と数ヶ月でした。  今年の螢の乱舞はいつか、芭蕉ならば、「螢のことは螢に習え」ということでしょうが 。繊弱な螢が気象や人事の影響を受けることは免れず、死滅という唯一の抵抗をみせるや もしれません。  風物詩です。やはり、 06/05 前後の雨間を縫って出かけることにします 。ひとり水無月の闇に紛れるのを楽しみにしています。そこに灯火の明滅があれば幸いです。

「倉本聰先生_2021/03/29」

倉本聰先生  当地では桜の花が見ごろを迎えておりますが、春遅き北の地とはいえ処処に、春の兆しが認められるころか、と拝察しております。  お体のお具合はいかがでしょうか、お加減のことばかりが気になっております。  突然の失礼をお許しください。  同梱いたしました、 「倉本聰私論 ー『北の国から』のささやきー」 は、 平成三年(1991年)九月に提出した卒業論文です。  倉本先生宛に認めたお便りです。二百字詰原稿用紙 599頁を、二分冊にして、各二部ずつ製本いたしました。甲斐あって、早稲田の杜で六年と半年の隠棲生活を送る羽目になりました。一部を先生にお届けしようと意気込んでいたのですが、失速し、頓挫したままになっておりました。  思い直して、平成二九年(2017年)四月から数か月をかけて活字化したものの、今回は墜落し、命からがらでいまにいたっております。  今回 Amazon の「Kindle Direct Publishing」さんの書棚に 2021/03/15 に電子書籍として並べていただきました。  いまとなっては古びていて、かび臭い代物ですが、富良野市六郷の森では、五郎が、純が、螢が息づいています。まぎれもなく私の青春でした。若気のいたりでした。  どうかご笑納くださいませ。 また。 くれぐれもお大事になさってください。ご自愛ください。 ますますのご雄飛をお祈りいたしております。 本多勇夫(自著) 以下、ブログ(2020/05/31)からの抜粋です。 『北の国から』の地_´95 初夏 富良野市六郷の森にて  北海道(札幌市在住の弟の自宅)を訪れたのは、Nさん(姪)がまだハイハイをしていたころ、いわさきちひろさんの淡彩から這い出してきたかのような、かわいらしい赤ちゃんでした。  「秀岳荘 北大店」でツェルトとスタッフバッグを仕入れ、また「石井スポーツ 札幌店」ではシュラフと「EPI CLIMBER′S COOKER S」、そしてマグカップを購入しました。  その後 六郷の森へ向かいました。富良野岳を望み、ツェルトで何日かを過ごしました。  六郷小学校の子どもたちが、登校時に、 「生きてますか?」 と気づかって、声をかけてくれました。危なっかしくって、見ていられなかったのかもしれません。  その後六郷の森を後にして、富良野駅のお隣の布部駅に場所を移しました。水場やト...

「小川糸『ツバキ文具店』幻冬舎文庫_鎌倉案内として」

「ツバキ文具店」では、「手紙の代書」の仕事も請け負っていた。手紙の文面の原稿書き、作文屋だとばかり思っていたが、手紙の完成形を投函するまでの一切を引き受け、その内容は想像以上に深刻だった。 「代書仕事は、いろいろな人の心や体になりきって文字を綴る。自分で自分をほめるのもなんだけど、様々な人の字に憑依(ひょうい)するのも、上手にできるようになった。」(174頁) 「あんなに数多くの代書仕事をこなしていたのに、先代は決して自分を見失わなかった。己というものを、死ぬまで持ち続けた。そして体が滅びても尚、書き残した文字の中に脈々と生きている。そこには魂が宿っている。書き文字というのは、本来そういうものだった。」(175頁)  また、 176項には、 「手紙にしたためられた言霊(ことだま)」 という表現もみられる。  「書道」という「道」があり、それは「空観」に通じる精神性の高いものであることは容易に察することができるが、残念ながら私には及ばない世界である。  本書には代書したそれぞれの手紙の、個性的な文字を見る楽しみもある。  昨年の晩秋、私が「いざ鎌倉へ」と騒いでいたころ、Dr.T から鎌倉案内として、 ◇  小川糸『ツバキ文具店』幻冬舎文庫 を紹介された。 「いま『ツバキ文具店』を読んでいます。決して面白くないわけではないのですが、すぐに眠気を催します。いつの間にか冗長な小説一般が体質に合わなくなってしまいました。このさらさら、さらさら流れるような文体は、もっと若い筆者の書かれた文章かと思っていましたので、意外でした。」(2020/11/04)  私は数十頁読んだところで投げ出し、鎌倉で落ち合う約束になっていた Hに、「代読」してもらった。その後コロナ禍の下、鎌倉行きは立ち消えになり、いまに至っている。風雲急を告げ、 駆けつけるも武士、留まるも武士かと心得ている。  さらさら、さらさら流れていくこの文体の正体を見極めようと読み進めたが、その余裕もなく、さらさら、さらさら流されるままに読み終えた。比喩表現が多用されていて、目障りだった。読み進むほどに少なくなっていったが、一頁めくった 346頁の一行目には、 「鳥たちが、夜の名残りをついばむように、賑やかな声でおしゃべりしている。」 との一文があり、この一文でこの作品が結ばれているのは、さすがに可笑しかっ...

本田靖春『評伝 今西錦司』山と溪谷社 _その一

 2021/05/14 の夜、 霊長類学者の河合雅雄さんの訃報に接し、その後 長い間 積読したままになっていた、 ◇ 本田靖春『評伝 今西錦司』山と溪谷社 「 発行日 1992年12月1日 初版第一刷」 の奥書がある、古参の単行本を読みはじめ、昨日(2021/05/19)の明け方、読み終えた。  積読したままの書籍が息を吹き返す、生きることは、私にとって非常にうれしいことである。では徒らに、積読したままになっている書籍を読めばいいのかといえば、それは見当はずれである。  70頁ほど読み終えたところで、本書は「評伝」であり、出版社は「山と溪谷社」であることに思いをいたした。本田靖春は元読売新聞社の 記者であり、本書には多くのインタビュー記事(今西錦司評等々)の記載があり、また 出版社が「山と溪谷社」だけに、 今西の手法であった「学術探検」の「探検」に重きがおかれていることを再認識した。 ◇ 本田靖春『評伝 今西錦司』山と溪谷社 は、 ◇『山と溪谷』1989年10月号から1911年12月号 に連載された特集が、単行本として発行されたものである。ただし、 本田の病のために、2度におよぶ、計13か月の「休戦」をやむなくされた。  今西錦司の「学術的業績」、膝下からの「数多くの優秀な学者の輩出」、その「リーダーシップ」は認めるが、人となりは好きになれず、どんなものかと昨日から彷徨っていた。  武士には馴染みがあるが、町人気質(かたぎ)については本書を通してはじめて触れた。今西錦司は、「『錦屋(にしきや)』という西陣でも有数の織元」の家に生まれた、典型的な町人の血筋をひく者である。  簡潔にいえば、「武士道」は成立するが、「町人」には道らしきものはなく、よって好みではない、ということである。  今西を非難、批判する声ばかりが目立つ、しかし尊敬に値するからついていく。短所を補ってまだ余りある、ここに今西錦司の摩訶不思議さがある。   人格と業績は別個であることは、よくわきまえていますが、 今回はこれくらいにさせていただきます。   今しばらく彷徨することにいたします。  なお、河合雅雄は、「第9章 霊長類研究グループ」(285頁)から登場します。河合は、「類人猿の中でもとくに(チンパンジーやオランウータンよりも)ゴリラが人に近い」(302頁)と今西に進言している。これが今西のゴリ...

「Kindle Direct Publishing_広告_その二」

 昨日の夕方から今日の午前中にかけて、「KDPサポート」の方と  3回にわたってメールでやり取りした。そして、疑問が晴れた。  電子書籍の「注文」総数(売り上げ総数)「1」という快挙は、快挙のままであるが、この数字には、「Kindle unlimited(定額制の読み放題)」の方たちがダウンロードした冊数が含まれておらず、それは、グラフの「既読ページ数」にしか反映されません、とのことだった。詳細は省くが、正確なダウンロード総数(読者総数)を 把握することはできないが、概数ならば分かり、少なく見積もって、9冊の電子書籍がダウンロードされたことが分かった。  大躍進である。 「既読ページ数」は、井筒俊彦、小林秀雄の順に多く、意外な感じを抱いている。 「KDPサポート」の方へのメールには、謝辞とともに、最後に、 「正確なダウンロード総数(読者総数)が分かるようなシステムに改善してください。それが、「Kindle Direct Publishing」さんにお世話になって、出版させていただている、少なくとも私の楽しみであり、励みにもなります。」 と書き加えた。すると、 「なお、今回いただきましたご要望につきましては、担当部門にて共有し、今後のサービス改善の参考とさせていただきたいと存じます。  お忙しいところ、貴重なご意見をお寄せいただき、誠にありがとうございました。  KDPではお客様に満足していただけるサービスを提供できるよう努力してまいります。  今後ともよろしくお願いいたします。」 との立派な挨拶が返ってきて、恐縮しきりだった。  たとえ定型文だとしても…。  相変わらず、意地悪ですね。しかし、 意地悪はやめられず、今後も意地悪に徹します。

TWEET「庇を貸して」

  一昨日、 開高健「文房清玩」 について書いたが、 (昔の中国の文人が硯や筆や紙に凝って一人で書斎で楽しんでいた様子を「文房清玩」と表したと、小説家開高健は自著の中で何度か語ってきた。) 「文房清玩」には順位があり、まず自室を清浄に保つ必要がある、との思いから、昨日部屋を入念に掃除した。足元に散らかしてあった書籍をベッドの上に乗せることからはじめた。調度品は掃除がしやすいように並べてあるが、日頃の運動不足(運動皆無)がたたって、すぐに疲れ、一服ばかりしていて、いっこうにはかどらなかった。午前中の早い内からはじめて、終わったのは夕刻だった。  その後、愛玩用の、 ◇「 ペリカン 万年筆  M205 DUO イエローデモンストレーター」 ◇「ペリカン 万年筆 M205 DUO シャイニーグリーン」 と、卒業論文を書く際に購入した、ひどく傷んだペリカンの万年筆に加えて、二本の吸入式の万年筆を洗浄した。こちらの手入れはいっこうに苦にならなかった。いま陰干し中である。  さらにその後、「釣具清玩」。禁断のルアーボックスの蓋を開けた。 日がな矯めつ眇めつ、あるいは手に取って戯れ、ニタニタし、飽きもせず、開高先生におかれましても、なかったとは到底考えられない「清玩」癖である。  時計に眼をやれば深更で、あわてて寝ようと思えば、ベッドの上は書籍にすっかり占有され、庇を貸して、すっかり母家を取られた格好だった。 かたずけるのも面倒で、テントマットを敷き、シュラフ(寝袋)を被って畳の上に寝た。この事態も「清玩」と思えば「清玩」であり、折角なので、今夜からは「ヘリテイジ トレイルシェルター」内で寝ようかと思っている。上等なひとり寝である。  「清玩」とは、行住坐臥、これ気品に極まる、と独り合点している。

開高健「文房清玩」

 今朝 開高健の記した色紙ことを思った。  起き抜けに検索した。 「漂えども沈まず」 「悠々として / 急げ」 「毒蛇は急がない」 「朝露の一滴にも / 天と地が / 映っている」 「小説家 開高健 オリジナルグッズのご紹介」 文房清玩。物を愛し、物に愛された稀有な小説家 亜熱帯の戦場で、氷雨の原野で、深夜の書斎で一本の指となり、創造の起爆剤ともなるライター、パイプ、ナイフ、万年筆、ジーンズ、帽子・・・。  昔の中国の文人が硯や筆や紙に凝って一人で書斎で楽しんでいた様子を「文房清玩」と表したと、小説家開高健は自著の中で何度か語ってきた。彼にとって、彼の人生に常に寄り添っていたさまざまな「静物」たちは、まさに「文房清玩」そのものだったであろう。  どうしようもなく欲しくて買った文房具が何点かある。釣り道具ならば、登山用品ならば何点もある。大切にしまってあるが、それは半可通のすることである。日用品として使ってみたところで、いまだ生半可な域内での出来事である。日がな矯めつ眇めつ、あるいは手に取って戯れ、上等な暇つぶしの時間をもちたいものである。 「文房清玩」。  そうこうしているうちに胸騒ぎがしてきた。 以下、 「小説家 開高健 / オリジナルグッズのご紹介」 です。また、 『男と女は誤解して愛し合い 理解して別れる』 です。

「Kindle Direct Publishing_広告」

まずはじめに、 ◇  「本多勇夫「倉本聰私論」:〜『北の国から』のささやき〜」 を除く、13編すべての電子書籍を更新し、一応の体裁を整えました。しかし、以前にダウンロードされた書籍は自動では更新されず、申し訳ありませんが、 「note」 さんのサイトに記されている手順に従って、あるいは直接 「電話」 にて、 「Kindle Direct Publishing」さんに連絡して、更新してください。「無料サンプル」は更新されています。    なお、「未出版」扱いにした、または「ブロック」された書籍はリンクが切れ、再ダウンロードできない事態になっています。ご迷惑をおかけしてたいへん申し訳なく思っております。 現況をお知らせいたします。広告です。 ◇ 「本多勇夫 / それ行け 折々の記_03」:〜推薦図書編〜」 :1冊(カナダ在住の方) (旧書名「本多勇夫 / 続々 折々の記_03::〜推薦図書編〜」) ← 更新してください。   P 教授のご厚情による5冊のご購入。 そして、私が各1冊。  あまりの貧果に茫然自失としています。  思えば、私がとり上げた人物は、漱石、司馬遼太郎を除けば読者層は限られ、さらに、その少数派に与する方たちに電子書籍を読む習慣があるとはとても考えられず、当然の成り行きということなのでしょう。  また、ブログをご覧になってくださっている方々は、検索すればほぼ同じ内容の文章が読めるわけですし、期待することなく、今後の推移を見守ることにします。  浅はかでした。次回は複数冊の売り上げを目指します。

TWEET「Kindle Direct Publishing_つわものどもが夢の跡」

2021/04/29 に、 ◇ 「本多勇夫 / なおかつ 折々の記_13」: 〜白洲正子編〜」 を「Kindle Direct Publishing」上に上梓し、その後編集作業をしていました。  試行錯誤、七転八倒はお手のもの、とはいえ、どうしてここまで使い勝手の悪い、複雑怪奇な仕組になっているのでしょうか。意地悪が過ぎます。 「note」 さんのサイトに出会い、救われました。理屈が解り、後は淡々と作業を進めました、とはいえ、疲労、疲弊、消耗しています。へろ へろ状態です。 ◇  「本多勇夫「倉本聰私論」:〜『北の国から』のささやき〜」 を除く、13編すべての電子書籍を更新し、一応の体裁が整いました。しかし、以前にダウンロードされた書籍は自動では更新されず、申し訳ありませんが、 「note」 さんのサイトに記されている手順に従って、 「Kindle Direct Publishing」さんに連絡して、更新してください。「無料サンプル」は更新されています。 ◇  「本多勇夫「倉本聰私論」:〜『北の国から』のささやき〜」 は、今回はお預けです。「『北の国から』のささやき」には耳を傾けず、ということです。  10冊の、「未出版」にあるいは「ブロック」された書籍があります。いまならば対応できるものばかりです。浪費しました。「つわものどもが夢の跡」です。  なお、「未出版」扱いにした、または「ブロック」された書籍はリンクが切れ、再ダウンロードできない事態になっております。ご迷惑をおかけしてたいへん申し訳なく思っております。  列島は「変異株」の猛威にさらされていますね。 「ごきげんよろしう」。 くれぐれもお大事になさってください。ご自愛ください。 FROM HONDA WITH LOVE. 追伸:その後、 「Kindle Direct Publishing」さんに連絡して、13編の「 本多勇夫 / 折々の記」のすべてを 更新していただきました。

TWEET「ごきげんよろしう」

2021/04/29 に、 ◇ 「本多勇夫 / なおかつ 折々の記_13」: 〜白洲正子編〜」 を「Kindle Direct Publishing」上に上梓し、いったん休止。今後編集作業を急ぎます。  2021/03/10 からはじめたことですが、2021/04/17 まで試行錯誤を繰り返し、満足に使いこなすことができませんでした。疲労、疲弊、消耗するばかりでした。  その後、2021/04/24 から 2021/04/27 の4日間には、総数 2000件を越えるアメリカ在住の方の閲覧が、昼夜を分かたずあり、猛威にさらされました。現在、2726件のブログを載せてあり、また重複したブログも相当数ありますので、全制覇していただいた、ということでしょうか。「ごきげんよう」とだけ申し上げておきます。 「ごきげんよう」とはずいぶん便利な挨拶語ですね。  では皆さん、「ごきげんよろしう」。すてきなGWをお過ごしください。    

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / なおかつ 折々の記_13』: 〜白洲正子編〜」

つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / なおかつ 折々の記_13」: 〜白洲正子編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。 「明恵上人における徒者(いたづらもの)」 白洲正子『現代日本のエッセイ 明恵上人』講談社文芸文庫 「高山寺に住んでからの明恵は、変ないい方ですが、だんだん透き通って行くように見えます。」(124頁)  明恵上人が栂尾高山寺に移ったのは建永元年(1206)、34歳のときのことです。  以下、明恵上人の言葉です。  『仏法に能く達したりと覚しき人は、いよいよ(くの字点)仏法うとくのみなるなり』(遺訓)(124頁)  『我れ常に志ある人に対していふ。仏になりても何かせん。道を成じても何かせん。一切求め心を捨てはてて、徒者(いたづらもの)に成り還りて、ともかくも私にあてがふことなくして、飢え来たれば食し、寒来れば被(かぶ)るばかりにて、一生はて給はば、大地を打ちはづすとも、道を打ちはづすことは有るまじき』(125頁)  『生涯此の如く徒者に成り還らば豈(あに)徒(いたづら)なることあらんや』(遺訓)(125-126頁)  明恵上人における「徒者」とは、碍ることの無い境涯にある者、「仏法に能く達したりと覚しき人」のことである。仏は仏であってさえ、仏法は仏法であってさえ、また道は道であってさえならない。そして、それらを方便であると抛擲した明恵の境地や、無作為、無頓着、またその無関心ぶりは爽快である。 「お能はお能にも執着してはならないのだ」といった白洲正子の言葉を思い出す。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / 重ね重ね 折々の記_12』: 〜小林秀雄編〜」

つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / 重ね重ね 折々の記_12」: 〜小林秀雄編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。   小林秀雄の文章の美しさは、語の配列の美しさにある。ときに配される、落ち着きを欠いた語に、はっとさせられる。破調の「美」である。「神さま」の適材適所に狂いはない。   小林秀雄の文章に真偽を問うのは愚かである。日本語が、これほど精緻な「美」を成すことにまず驚く。「美」は、詮索に堪えない。 『真贋』を読みつつ、「真贋一如」ということを思った。「真贋」は、相補的な関係にあり、混然一体となっているところにおもしろみがある。「贋」なくして「真」はたちまちのうちに姿を晦(くら)ます。これほどつまらない世界はない。 「では美は信用であるか。そうである。」   あまたの「西行論」のなかで、私は小林秀雄の繙(ひもと)く、懊悩する西行の「美」の変遷を「信用」する。「美」は真偽の判断を竢たない。ひとえに「信用」の問題である。

「神の竪琴の演奏」

「神の竪琴の演奏」 2017/12/14 『ケルビムのごとき旅人』(『シレジウス瞑想詩集』植田重雄・加藤智見(ちけん)訳、岩波文庫、第五書[下、第五章])の箴言 三六六でこう言われています。  この根底に静かに神が宿っている人の心は、神が望むままに神に触れられるのを喜ぶ。だからその心は神の弾く竪琴である。  この箴言には「神の竪琴の演奏」という表題が付けられています。それこそがモーツァルトなのです。(164頁)  モーツァルトが聞く者たちのなかでもっともよく聞く者だったということ、つまり彼はそういう者として現生したのであり、したがっていまもなおそうだということなのです。(163-164頁)

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」

つい今し方、 ◇ 「『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  ことば、言葉、コトバ、いま「ことば」の渦中にある。神、神々、霊、仏、に四囲を囲まれている。  学生時代からの関心事が一同に会した。  いくつもの偶然が重なっていまにいたった。  井筒俊彦は、「存在はコトバである」と措定した。「ことば」が一気に心底にまで達した。思いもよらぬことだった。これ以上の椿事はない。私の趣向のすべてが一括りに括られた。  井筒俊彦が語るのは哲学である。昇華されたものが、共時的に把捉されているのがうれしい。信仰なき私にとって、井筒俊彦と向き合う、その時々が救いとなっている。  この世に生を享けたからには、この世の始原について知りたいという欲求がある。そして、曇りなき眼で四囲を見つめたい。美は曇りなき眼が見つける。  私にとって井筒俊彦の著作は「実学」の書であり、実用の書であり、やむにやまれぬ書である。  そして図らずも、紆余曲折を経て、井筒俊彦の哲学の文章が、次第に読めるようになっていく過程が ◇「『本多勇夫 / 重ねて 折々の記_11』: 〜井筒俊彦編〜」 に記録されることになった。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / なおなお 折々の記_10』: 〜岡潔編〜」

つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / なおなお 折々の記_10」: 〜岡潔編〜」 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  まずはじめに、岡潔,小林秀雄『人間の建設』は、紙数の都合上、本編に分類した。  「数学は語学に似たものだと思っている人がある」。「語学と一致している面だけなら数学など必要ではない。それから先が問題なのだ。人間性の本質に根ざしておればこそ、六千年も滅びないできたのだと知ってほしい」。  「数学史を見ても、生きてバトンを渡すことはまずない。数学は時代を隔てて学ぶものだと思う」。後進による問題の解決を、飽くことなく待つ「数学という学問体系」の楽観には感心する。 「よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、」「私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているというだけである。そしてその喜びは『発見の喜び』にほかならない」。  岡潔の話は、私の抱いていた数学観とはずいぶん異なるものだった。また、たいへんな思索家でもあり、それが「情操」「情緒」の境地を深めることになった。  対談では、「初対面の二人が、延々十一時間しやべり続けて、一度も中座しなかつた」という。息の合った天才たちの対話は稀有な出来事であり、傾聴に値する。直接当書に当たってほしいと思う。本編がそのきっかけとなれば幸いである。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / なお 折々の記_09』: 〜河合隼雄編〜」

つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / なお 折々の記_09」:〜河合隼雄編〜 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  河合隼雄先生の膝下で学ぶことが希望だった。が、願いはかなわなかった。   勝手に私淑することにした。  たいへんな読書家であり、対談集も多く出版され、いつのころからか、「河合隼雄というフィルター」を通して本を読む、という習慣が身についた。特に、哲学や宗教に分類される書籍の紹介はありがたかった。ひとり歩きは油断ならない。 ◇ 河合隼雄『明恵 夢を生きる』京都松柏社 は、1987/04/25 に出版され、間もなく読んだ。学生時代のことだった。明恵上人を知り、白洲正子を知った。井筒俊彦と出会い、はじめて華厳の世界に触れた。「華厳の世界」(284-290頁)に引かれた井筒俊彦の文章は明晰だった。コピーしてもち歩いた。そして、 ◇ 井筒俊彦『叡智の台座 ー 井筒俊彦対談集』岩波書店 を求めた。河合隼雄がとりもつ縁だった。しかし、その後長い間井筒俊彦との接点はなかった。  張り切りすぎて臨床の道に進まなくてよかった、といま思う。  とは別に、こちらは張り切って書いてみました。  ぜひご覧ください。

TWEET「悠長な話」

 2021/03/10 からはじめた。  消耗戦だった。  そして一昨日、 その理不尽さの全貌を知るにいたった 。 「Office」 純正の「 .doc /.docx」ファイルしか受けつけないことが解った。たとえば、「.pages」→ 「.doc /.docx」変換や、「.pages」→「.epub」「.pdf」に 変換したファイルははじかれた。  泣く泣く、「 Microsoft 365」を購入した。「.pages」から「.docx」ファイルにコピペ、その後、「すべての書式をクリア」し、「Kindle Direct Publishing」にアップすればいいことを知った。「プレーン」な状態である。今後整形し直す必要があるが、そのままに載せた 。一刻も早く書棚に並べたかった。一息つきたかった。 「小林秀雄編」「白洲正子編」「井筒俊彦編」、いまだ大御所が残っている。「河合隼雄編」はいま編集の最中である。  今回も、「Microsoft」一社の独占市場だった。結局 大樹の陰に、私も寄るしかなかった。負け戦だった。敗北感を味わった。 「プレーン」とは「 W ORD」における 「プレーン」な状態という意味であって、決して「テキストファイル」のことをいっているわけではない。  悠長な話である。    

TWEET「わずかばかりのうるおいを」

「ツキヨミの思想」 白洲正子『夕顔』新潮文庫 昔 小林秀雄さんに、「人間は何もしないで遊んでる時に育つんだよ」といわれてちょっと驚いたことがあるが、何もしないでいるというのは実は大変難しいことなのである。(234頁) 追伸:「彼岸で会いたい三人は?」との問いに、白洲正子は、西行、青山二郎、小林秀雄の名をあげています。白洲次郎とは、此岸で十分につき合ったからもういいわ、だそうです。 ◇ 以来、殺伐とした生活を送っています。少しうるおいました。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / も一つ 折々の記_08』: 〜白川静編〜」

◆ 2021/04/13、未使用の「お絵かき帳」状態から抜け出し、「Kindle」で読むことができるようになりました。「 頑是ない私の歌」です。 ぜひご覧くださいませ。長い道のりでした。 ◆ 懇切丁寧に教えていただき、原因は解ったのですが、いまだ非表示・白紙状態、「お絵かき帳」状態になっております。いましばらくお待ちください 。 つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / も一つ 折々の記_08」: 〜白川静編〜 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  本編には、はじめて上梓した、「本多勇夫 / 折々の記_01」と重複している内容が相当数含まれています。試行編と思い、当初はたいした考えもなく、 ◇ TWEET「寒夜の明月」(2020/12/31 ) から、 ◇ TWEET「Kindle Direct Publishing」(2021/03/11 ) までの、総数 40のブログを載せました。その内に白川静先生についての叙述が少なからず含まれていた、ということです。  私にとって、「白川静」先生の書名のない連作は考えられず、今回、「も一つ」に乗じて、「『本多勇夫 / も一つ 折々の記_08』〜白川静編〜」を上梓させていただきました。  白川静は神々との交通の整理役に徹した。その旗振りはみごとだった。白川は意のままにペンを走らせた。長年月にわたる白川の、神々との交際が結実した。神々は、「字書三部作」の偉業をさぞお慶びになられていることだろう。  神々に愛された人、白川静はやはり大き過ぎる。

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / まだまだ 折々の記_07』: 〜夏目漱石編〜」

◆ 予期せぬ不具合の発生により、非表示状態、白紙状態、「お絵かき帳」状態になっております。ただいま交渉中です。親身になっていただいております。いましばらくお待ちください 。 つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / まだまだ 折々の記_07」: 〜夏目漱石編〜 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。 此の憂誰(た)れに語らん語るべき一人の君を失ひし憂 寺田寅彦「思ひ出(いづ)るまゝ」 十川信介 編『漱石追想』岩波文庫(128頁)

TWEET「Kindle Direct Publishing_『本多勇夫 / まだ 折々の記_06』: 〜大野晋編〜」

◆ 予期せぬ不具合の発生により、未出版状態のままになっております。申し訳ありませんが、復旧までいましばらくお待ちください 。 つい今し方、 ◇ 「本多勇夫 / まだ 折々の記_06」: 〜大野晋編〜 を、「Kindle Direct Publishing」にアップしました。 上梓されました。早速購入しました。  大学では日本文学を専修した。今回 橋本進吉先生の『古代国語の音韻に就いて 他二篇』岩波文庫 を三十年あまりぶりに再読した。  精緻な研究から成った成果である。「万葉仮名の用法を精査し」、そして「奈良時代の大和地方の言語は八十七の音節を区別する音韻体系を持つものであったことを発見」された。  大野晋がその後進に当たった。それは有無を言わせないものだった。  学習院では「大野ススメ」と呼ばれ、司馬遼太郎からは「先生は、抜き身の刀のような方ですね」といわれた大野と、「石橋を叩いても渡らない」といわれた質朴、朴訥な橋本との性格の相違は歴然としているが、 「日本語に美しい秩序があることを若い人たちに知らせたい」 という点においては一致していたといえよう。また大野は、 「おそらく先生は日本語の文法だけでなく、音韻の体系についても美しい秩序を見ておられたに相違ない。心の底ではそのことを先生は人々に語ろうとされたのではなかろうか」 とも述べている。  日本語は美しい。 追伸:気まぐれな Amazon に弄ばれて散々な毎日を送りました。還暦を迎えた今日を境に、つかず離れず、気の向くままにおつき合いすることにしました。もう Amazon のご機嫌とりはしません。  老い先は短く、 「我儘」に「気儘」に「自己本位」に生きます。もちろん「反省なぞしません」。   還暦を迎えた今日の、我が「 立志」です。