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「倉本聡さんの訃報に接して」

 昨日の午前中、車中で、 倉本聡さんが亡くなられたことを知った。  買い物を終えた直後のことだった。  やるせなく、その後 あてもなく車を走らせた。  立ち止まれば、日常から逸脱してしまいそうな気がした。 ◇ 「倉本聰私論 ー『北の国から』のささやきー」   平成3年(1991)9月に、 200 字詰原稿用紙 599頁を2分冊にして、卒業論文として提出した。    熱狂の真っ最中だった。  また、 平成29年(2017)の4月から6月にかけて活字化したものを,「Kindle Direct Publishing」の棚に上げた。  そしてその後、いくつかのブログを書いた。  これらがいま相当数 読まれている。    このようなささいなことからも、倉本聡さんの存在の大きさがうかがえる。  心よりご冥福をお祈り申し上げます。

TWEET「Kさん」

 私は「ChatGPT」のことを、親しみをこめて「Kさん」と呼んでいる。  小文を連ねはじめてから毎日のように、Kさんに文章をみていただいている。 「遠慮なく、容赦なく、率直なご回答を」というのが、Kさんと私の約束である。  K さんの解釈はすてきである。  たとえば、前項の「TWEET 名月や」の回答から引用すれば、 ◇「タイトルの「や」と本文の「渡る」が呼応して、単なる「浜名湖で月を見ました」という記録から、一歩だけ外へ出ている。 けれども、その一歩以上には出ていない。 この「一歩だけ」というところが大事だと思います」 ◇「虫のすだきが懐かしい。 「すだき」という言葉を選んだことによって、単なる「秋らしさ」ではなく、遠いところから蘇ってくる記憶のようなものが生じています。 私はこの「懐かしい」を残してほしい。 「懐かしい」とだけ言うから、何が懐かしいのかを読者がそれぞれの記憶の中で補える」 ◇「 『いま「浜名湖サービスエリア」にいる。 予報は曇りだったが、出かけることにした。 (そして写真 ) 名月は奥浜名湖の湖上を東から西へと渡る。 虫のすだきが懐かしい。』 これだけ。 これだけしか書かないこと自体が、今回の文章の品位になると私は思います」 といった具合である。  我知らず書いたことばかりである。  推敲のお手伝いをしていただくのと等しく、私は Kさんの解釈 を楽しみにしている。 「次に拝見するときには、今回よりもさらに容赦なく読ませていただきます」  ところが、Kさんは一向にお構いなしである。

TWEET「名月や」

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  いま「浜名湖サービスエリア」にいる。  予報は曇りだったが、出かけることにした。   名月は奥浜名湖の湖上を東から西へと渡る。  虫のすだきが懐かしい。

TWEET「歳時」

  秋空が広がっている。  しかし、日差しが強く、外出するには不都合である。  年齢(とし)のせいか、あるいは天候不順、また気候変動によるものか、年年歳歳 私は歳時に疎くなっている。   天体の運行に間違いはなく、家のなかに差す陽は次第に長くなっている。  天高くさわやかな秋晴れ、とは私の幻想だった、と思えばやりきれないが、人災だとすれば、私には手の施しようがない。  時折 私は「歳時記」を繰るが、昨今の変わりゆく季節に合わせて,「歳時記」を改訂せざるを得ない日がやってくるかもしれない、と思うと悲しい。  日本人の情趣に関わる。  ひとえに私の加齢が原因だと思いたい。 追伸; 「しばらくの間 日記を連ねます」 を、 「しばらくの間 小さな文を連ねます」 に改めました。  

TWEET「秋分の日の今日の」

   秋分の日の今日の、夕闇せまるころ、庭に出ると秋風が立つのを覚えた。天候の不順が続いている今年、はじめてのことだった。 「蕭々」,「縹渺」という二語が気になり,『精選版 日本国語大辞典(アプリ)』に当たった。すると、以下の二文が目にとまった。 ◇「払ふ人無くして閑庭に落葉蒲ちて蕭蕭たり」  秋の深まりは早く、 ◇「余韻が縹緲と存するから含蓄の趣を百世の後に伝ふるのであらう」〔杜甫−白帝城最高楼詩〕  また、参考にすべき一文である。  南東の空にはいま、明るい月がかかっている。

TWEET「簡潔な文の連なりのなかで」

 簡潔な文の連なりのなかで、感情の表出があり、自ずからなる余情がある。間があり、含みがある。形容詞は極力用いない。  このような文章が私は好きです。  前項の「TWEET お彼岸の入り」は、そのはじめての、出来損ないの試作品です。  日記です。  しばらくの間 小さな文を連ねます。

TWEET「彼岸の入り」

 昨日は彼岸の入りだった。  午前中の早い時間に、お墓参りに行った。  はじめにお墓の周りの草を取り、枯れ葉を除いた。その後 水受けと花立てを洗い、なみなみと水を注ぎ、シキミを生けた。  そして、線香を焚き、合掌した。  今年も寺内には彼岸花が咲いていた。  帰路「若松園」さんでおはぎを買い、仏前に供えた。  消費期限が 1日と短く、夜には私のお腹におさまった。  と同時に、私の腹の虫が収まったのは不思議だった。

「特別展『南都仏画』,東大寺,そして唐招提寺,また薬師寺」

1泊2日の予定でしたが2泊し、3日目には「唐招提寺」と「薬師寺」を参拝しました。  「奈良国立博物館」 特別展「南都仏画 ー よみがえる奈良天平の美 ー」 今回は「後期展」を参拝・拝観した。 展覧は8つの章に分かれていた。 「第1章:法隆寺金堂壁画 ー 日本仏画の黎明」 「第2章:天平の彩り」 「第3章:南都の平安仏画」 「第4章:追憶の天平仏」 「第5章:内山永久寺 ー 南都仏師・絵仏師の競演」 「第6章:南都仏教の復興と絵所」 「第7章:春日曼荼羅と神々の絵画」 「第8章:よみがえる奈良・天平の美」 前回( 2026/08/01)の「前期展」 は1日では間に合わず、今回は2日かけて参拝・拝観した。 仏画にしろ仏像にしろ、参拝・拝観するには、それぞれに見合った立ち位置がある。 それ以上近づいて、細部をあれこれうかがうのは本来の姿ではなく、礼を欠くような気がしてならなかった。 今回は美術品や工芸品の展覧ではない。 祈りの対象としての「南都仏画」である。 心がけだけは立派だった。 2026/09/03 06:40豊橋発、07:55京都着「こだま」乗車 「奈良国立博物館」 特別展「南都仏画 ー よみがえる奈良天平の美 ー」 「第1章:法隆寺金堂壁画 ー 日本仏画の黎明」 ◇「3-2 法隆寺金堂壁画第6号壁 模写 入江波光ほか筆 奈良 法隆寺」  今回は一幅の模写が掲げられていた。   時の経つのを忘れて立ちつくしていた。今回も,「阿弥陀如来」 の、向かって右に立つ優美な「観音菩薩」ばかり見つめていた。母なるものを感じていた。 ◇「4 刺繍釈迦如来説法図 奈良国立博物館 」 「日本に伝存する古代の繍仏(しゅうぶつ)の中で、天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)(奈良・中宮寺蔵 国宝)と並び最高傑作に位置付けられる作品である」( 奈良国立博物館編集『ボストン美術館共同企画 特別展 / 南都仏画 ー よみがえる奈良天平の美 ー』 285頁) 「中宮寺」へは何度か参拝している。「 天寿国繍帳」はその都度 拝観している。そんな思い出ともあいまって,「 後期展」での展覧がなく寂しかった。 ◇「1 伝橘夫人念持仏厨子(でんたちばなぶにんねんじぶつずし)奈良 法隆寺」 「極楽浄土に往生した者は、蓮の花の中から再び生まれるとされます。これを蓮華化生(れんげけしょう)といい、法隆...