「小林秀雄『本居宣長 (上)』_はじめから 2/2」
今日の午前中には、『源氏物語』についての叙述(216頁)以降を読み終えた。
立ち止まり、行きつ戻りつ、なお理解の及ばない項は後日に期する、こんな読書体験だった。「之を好み信じ楽しむ」とは宣長の学問に対する生涯変わらぬ態度であったが、非情なパンデミックの、過酷な夏空の、オリンピック最中(さなか)の、「好信楽」の読書だった。
これほど付箋を入れ、傍線を引いたのは、
◇ 井筒俊彦『意識と本質 ー精神的東洋を索めてー』岩波文庫
以来のことである。三読目は、気分を一新し、真新しい、◇ 小林秀雄『本居宣長』新潮文庫
で臨む予定である。
初読とはなんだったのか。やはり、「はじめから」という「再読」の緒に就くための読書だったような気がしてならない。
「其処に、宣長が注目したのは、国語伝統の流れであった。才学の程が、勅撰漢詩集で知られるという事になっては、和歌は、公認の教養資格の埒外(らちがい)に出ざるを得ない。極端な唐風模倣という、平安遷都とともに始まった朝廷の積極的な政策が、和歌を、才学と呼ばれる秩序の外に、はじき出した。しかし、意識的な文化の企画には、言わば文化地図の塗り替えは出来ても、文化の内面深く侵入し、これをどうこうする力はない。生きて行く文化自身の深部には、外部から強いられる、不都合な環境にも、敏感に反応して、これを処する道を開いて行く自発性が備っている。そういう、知的な意識には映じにくい、人々のおのずからな知慧が、人々の共有する国語伝統の強い底流を形成している。宣長はそう見ていた。」(321-322頁)
「言語伝統は、其処に、音を立てて流れているのだが、これを身体で感じ取っていながら、意識の上に、はっきり描き出す事が出来ずにいる。言語は言霊という自らの衝動を持ち、環境に出会い、自発的にこれに処している。事物に当って、己れを験し、事物に鍛えられて、己れの姿を形成しているものだ。」(322頁)
「言霊」という言葉は万葉歌人によって、初めて使い出されたものだが、「言霊のさきはふ国」とか、「言霊のたすくる国」とかいう風に使われているので明らかなように、母国の言葉という意識、これに寄せる歌人の鋭敏な愛着、深い信頼の情から、先ずほころび出た言葉である事に、間違いない。」(322頁)
「言語は、本質的に或る生きた一定の組織であり、この組織を信じ、組織の網の目と合体して生きる者にとっては、自由と制約との対立などないであろう。この事を、彼(宣長)は、「いともあやしき言霊のさだまり」と言ったのだが、この言語組織の構造に感嘆した同じ言葉は、その発展を云々する場合にも、言えた筈である。」(323頁)
そして、井筒俊彦が、「存在はコトバである」といい、また「言語アラヤ識」を深層領域に措定するに到った証左に、思いをいたしたのは、当然の成り行きだった。
次回は、
「小林秀雄『本居宣長 (下)』_はじめから」
です。