和辻哲郎「夢殿観音」

「夢殿秘仏」
和辻哲郎『古寺巡礼』岩波文庫
しかし夢殿観音の生まれたのは、素朴な霊的要求が深く自然児の胸に萌しはじめたという雰囲気からであった。そのなかでは人はまだ霊と肉との苦しい争いを知らなかった。彼らを導く仏教も、その生まれ出て来た深い内生の分裂からは遠ざかって、むしろ霊肉の調和のうちに、 ー 芸術的な法悦や理想化せられた慈愛のうちに、 ー その最高の契機を認めるものであった。だからそこに結晶したこの観音にも暗い背景は感ぜられない。まして人間の心情を底から掘り返したような深い鋭い精神の陰影もない。ただ素朴で、しかも言い難く神秘的なのである。(294頁)

以下、
河上徹太郎「岡倉天心_まとめて」
です。