白洲正子「ツキヨミの思想」

「ツキヨミの思想」
白洲正子『夕顔』新潮文庫
 河合隼雄(はやお)氏がNHKテレビで、十二回にわたって「現代人と日本神話」について語っていられる。
 その中でもっとも私の興味をひいたのは、「中空構造」という思想であった。いきなり中空などといっても通じないと思うが、神話に例をとると、日本の神さまは三人一組になって生れることが多く、真中の神さまは、ただ存在するだけで何もしない。たとえばアマテラスとツキヨミとスサノオは「三貴子」と呼ばれるが、アマテラスは太陽(天界)、スサノオは自然の猛威(地下の世界)を象徴するのに対して、夜を司(つかさ)どるツキヨミだけは何もせず、そこにいるだけで両者のバランスを保っている。
 次のホデリ(海幸彦)、ホスセリ、ホオリ(山幸彦)の三神も同様で、真中のホスセリだけは宙に浮いていて、どちらにも片寄らない。いわば空気のような存在なのである。
 はじめて河合さんにお会いした時、私に話されたことを思い出す。深層心理学の先生が、クライアント(患者)に対してどのように接するのかうかがってみたところ、このような答えが返ってきた。
「若い時は、自分で相手の病を直そうと思って一生懸命になった。だが、この頃(ごろ)(その時先生は停年に近かった)は、自分の力なんか知れたもので、わたしは何もしないでも、自然の空気とか風とか水とか、その他もろもろの要素が直してくれることが解(わか)った。ただし、自分がそこにいなくてはダメなんだ。だまって、待つということが大事なんですよ」
 まるで昔の坊さんのようなことをいう方だと思ったが、更につづけて、「私はそういう方法をとっているが、外国人や日本の若い人たちは、自分の力で直そうとやっきになっている。人はそれぞれ自分のやり方でやればいいんです」といわれたので、よけい感銘を深めた次第である。蛇足(だそく)をつけ加えれば、河合さんは自からの臨床体験によって、「中空構造」という思想に達したので、神話に対する単なる興味とか研究ではなかったのである。
 考えてみると「中空構造」は、よくも悪くも、日本人の生活のあらゆるところに見出(みいだ)される。詳細はここでは省きたいが、そのもっとも顕著な在りかたは、日本の天皇に見出されるのではないかと私は思っている。(232-233頁)

 昔、小林秀雄さんに、「人間は何もしないで遊んでる時に育つんだよ」といわれてちょっと驚いたことがあるが、何もしないでいるというのは実は大変難しいことなのである。(234頁)