小林秀雄「バカ、自分のことは棚に上げるんだ!」

「小林秀雄氏」
白洲正子『夢幻抄』世界文化社
 そんなことを考えていると、色んなことが憶い出される。はじめて家へみえたとき、 ー その頃は未だ骨董の「狐」が完全に落ちてない時分だったが、「骨董屋は誰よりもよく骨董のことを知っている、金でいえるからだ」という意味のことをいわれた。私にはよくのみこめなかったが、少時たって遊びに行ったとき、沢山焼きものを見せられ、いきなり値をつけろという。
「あたし、値段なんてわかんない」
「バカ、値段知らなくて骨董買う奴があるか」
 そこで矢つぎ早に出される物に一々値をつけるハメになったが、骨董があんなこわいものだとは夢にも知らなかった。その頃小林さんは、日に三度も同じ骨董屋に通ったという話も聞いた。
 あるとき、誰かがさんざん怒られていた。舌鋒避けがたく、ついに窮鼠猫を嚙むみたいに喰ってかかった。
「僕のことばかし責めるが、じゃあ一体、先生はどうなんです?」
「バカ、自分のことは棚に上げるんだ!」
 最近はその舌鋒も矛(ほこ)をおさめて、おとなしくなったと評判がいい。(15-26頁)

 小林秀雄の寸鉄である。神さまからの贈り物である。早速いただくことにする。