河上徹太郎「梶井基次郎『檸檬』という名の散文詩について」

 白洲正子の文章に、梶井基次郎の『檸檬』が登場するとは思いもよらぬことだった。
 白洲正子「吉越立雄_梅若実『東岸居士』2/4」
「文学にたとえるなら、それは梶井基次郎の『檸檬』に匹敵する危険な遊びであり、お能の危機感ともいうべきものを裸形にして見せた演技であった。」(白洲正子「吉越立雄(たつお)能の写真」『夢幻抄』世界文化社、119頁)
 その数日前には、梶井基次郎、『檸檬』の文字を、河上徹太郎「昭和初期の詩人たち」(『日本のアウトサイダー』中公文庫)の中に見つけ、意外に思ったばかりだった。河上徹太郎は、梶井基次郎を「日本のアウトサイダー」とみなし、詩人と位置づけている。

 それから彼はさらに思いついて、何くわぬ顔をしてその儘外へ出る。「丸善の棚へ黄色い恐ろしい爆弾を仕掛けて来た悪漢が私で、十分後にはあの気づまりな美術書がみんな木つ葉みぢんになる」という想定なのである。
 児戯に類する幻想だと開き直られてはそれまでである。然し美と自分の倦怠を率直に対決させて、実にすっきりしたイメージである。これは百の丸善が空襲で爆撃されるよりもっと大きな事件である。何しろ一デカダン詩人の欠伸がこれをすっ飛ばすのだからだ。
  倦怠は好んで地球を廃墟にする
  そして欠伸のうちにこの世を呑むだらう
 ボードレールは『悪の華』の序詩でこう歌っているのだが、それは彼が、倦怠があらゆる悪徳の中で最も潜在的なエネルギーを持ち、かつ意図が純潔なものであることを知っていたからである。だからこれは単なる衰弱ややけっぱちの一種ではない。そして梶井はボードレールの精神をこの散文詩で見事に実現したのであった。(84-85頁)

梶井は日本的抒情性、堀(辰雄)は王朝的物語性に則りながら、そこに生み出された現実は、およそ「西欧的」で「近代的」なものであった。それは明治大正の先輩が、あらゆる叛逆と革新を以て企てて来たものであって、それがこの二人の病詩人の極めて特異な小世界で実現されたことは特記すべきである。(93頁)

この書では、「中原中也」「萩原朔太郎」「岩野泡鳴」といった文学史上の人物がとりあげられている。おろそかにできない一冊である。