「かゆみなき間に間に_コレガイイノダ」

神田橋條治「ボクにとっての中井久夫先生」
『中井久夫 精神科医のことばと作法』KAWADE夢ムック 文藝別冊 河出書房新社 
  (『中井久夫著作集 第II期 精神医学の経験』パンフレット 創元社)「すいせんの言葉」の中心に「仁」と「義」を置いたのは、先生の身の処し方に、高倉健が演じる任侠映画の匂いを嗅ぎ取ったからです。
 数年前、阪神・淡路大震災の回想を書かれているのを読みました。先生は当時、関東大震災の際に流言飛語に煽られて起こった朝鮮人虐殺の歴史を想起されて、今度も同じことが起こったら、「私には覚悟がある、と思っていた」と書いていらっしゃいました。そのコトバに出会って、からだの芯が震えました。しばらくして気がつきました、先生は硬派ボクは軟派、月とスッポンの差はあれど、大勢(体制)に与すことのできない、不潔恐怖症のような、不自由・窮屈な自己愛という資質を生きているのだと。標語は(「コレデイイノダ」から)「コレガイイノダ」になりました。一字違うだけですが、挫折も失意も肯定・受容する味になりました。いまでは、幼児のヨチヨチ歩きを含め、真似しては努めている若い人たちを、ニコニコしながら見守るようになっています。
 中井久夫先生と同じ時代を生きることのできたこの幸せを、誰に感謝したらいいのだろう。(79-80頁)