茂木健一郎 / 江村哲二『音楽を「考える」』_「とにかくひたすら十年間、がむしゃらにやってみなさい」




「とにかくひたすら十年間、がむしゃらにやってみなさい」

茂木 (前略)真のアーティストになる人は、大学に通っていようと、何を教えられようと、自分勝手に何かをやって自分でつかむ。たまたま芸大に通っていても、やっていることは独習、独学だったりするのです。
 表現者になるということを学校では教えられないとしたら、表現者を志している人はどうしたらいいのか、江村さんの立場から何かアドバイスはありますか?

江村 先ほども「何ができるかじゃなくて、何がしたいか」という話になりましたが、結局自発的なものがあるかどうかということだと思います。
 僕も小さいときから作曲はしていましたが、いよいよ本格的に取り組もうというときに、ある先生に「この先どうしたらいいのか」と聞いたのです。そして「とにかくひたすら十年間、がむしゃらにやってみなさい。それでももし結果が出なかったら、それ以上はもう時間の無駄だからやめなさい」と言われました。
 馬鹿正直な私はその言葉を信じて、音になるあてもない楽譜をひたすらに書いていたのです。社会からは何の評価もされない。全く個室の世界が続きました。苦しい時期が続いて「これでもうやめよう」と思って書いて送った曲が、思いがけず国際コンクールで優勝したのです。それは、その先生にその言葉を言われてちょうど十年後のことでした。
 その先生に「十年たったら結果が出ましたよ」と報告したら、「そりゃあそうでしょう。普通は十年も続かないよ」というのです。十年続いたというだけで、大なり小なり何らかの結果は出る。ほとんどの人は途中で断念するか、あるいはアイデアが枯渇する、というわけです。だから芸大や桐朋などの一流の音大に入ったということは問題ではなく、ひたすら自分で何かやりたい、書きたいという意欲が何よりも大事だということです。それさえあれば、べつに大学をやめてもいいのではないかと思います。

◇茂木健一郎 / 江村哲二『音楽を「考える」』ちくまプリマー新書(五十-五一頁)