須賀敦子「遠い霧の匂い」(全)

「いきなり現れ、去った文学者の残したもの」(104-105頁)
十年前の一九九0年、須賀敦子という聞き覚えのない著者が出したエッセー集『ミラノ 霧の風景』(白水社)を読んだ者は、だれもが目をみはらされた。どうやら処女出版らしい。しかしすでに作家の確信ともいうべき力が文章の内にこもっている。イタリアという異邦の風土をめぐる思いが、書き手の内部ですっかり熟成しているのを感じさせられる。つまり私たちの前に、いきなり文学者が現れたのだった。

そうした日常の局面を、須賀敦子はおどろくべき多彩さでエッセーに書いた。そのエッセーの魅力を知るのに恰好の一文といえるのが、本書所収「ミラノ 霧の風景」の冒頭に置かれた「遠い霧の匂い」だろう。このたった六ページの短文には、霧という自然現象をモチーフに、異郷ミラノの土地の感触が、そしてそこに生きることの哀切、痛み、喜び、希望などが、しんしんと身にしみるように書かれている。その後の須賀敦子のおそらくすべてがこの六ページに凝縮されているといっていい。神品。何度読んでもすばらしい。


 明日には、須賀敦子『ミラノ 霧の風景』白水社 が届くと思われますが、待ちきれずに、図書館へ「遠い霧の匂い」をコピーしに行こうと思っています。図書館にあることは確認しました。9:30 開館です。朝一番に行こうと考えています。
 朝一番で行ってきました。会社勤めの人たちが出社するかのように、「ぞろぞろぞろぞろ」と皆足早に朝一番の図書館に入っていきました。静かな朝を想像していましたので、呆気にとられました。コピーはやめて、須賀敦子『須賀敦子全集 第1巻』河出書房新社 を借りてきました。帰路、デニーズさんに立ち寄り読みました。「狐」さんが「神品」とまで賞賛した作品を、なぜいままで読まないままにやり過ごしてきたのか、不思議な気がしています。感想は項を改めて書きます。

つい今しがた読み終えました。三度目です。前回読んだのはちょうど一月前のことでした。回を重ね、作品の味わいが少しずつわかるようになってきました。「狐」さんが評した「神品」へのとらわれから、解き放たれたこともその要因の一つだと思っています。

以下は、この作品の最後の場面についての記述です。感想ではなく、書評でもなく、一記述です。私に書評が書けるはずもなく、下手な感想文は、不用意な言葉は、須賀敦子さんに
失礼に当たるばかりです。それくらいのわきまえは、私にもあります。

夜 友人を迎えに来る約束になっていた、友人の弟のテミが、いつまでたっても現れず、翌日の新聞で、霧に起因するグライダーの墜落事故で、テミの生存の可能性がないことを知るまでの過程を、須賀敦子さんは平易な言葉を連ね、よけいなおしゃべりはせず、事実関係を時系列に並べ、たんたんと述べています。ここには感情の表出を表す言葉は一つも見当たりません。そして、それは掉尾の一文へとつながっていきます。ここでも難しい言葉は使われていません。平易な日本語で書かれています。もちろん感情の表出もありません。

それにしても、読後のこの感触は、いったい何に起因するものなのでしょうか。
平易な日本語、感情の表出、に着目して、もう一度作品を読み直してみました。

「楽しかった」という感情表現が一度使われている以外には、須賀敦子さんの感情の表出はどこにも見当たりませんでした。そして、全文は平易な日本語で書かれています。直截的に喜怒哀楽を表現することによって、作品を規定してしまうのではなく、それらを行間に託し読者にあずけることによって、作品は深みのあるものになっているのだと思います。谷崎潤一郎のいう「含蓄」です。感受することにおいて、読者のそれは言葉をはるかに越えますし、読者が何を考え何を思うかは、個々人の感性にしたがえばそれがすべてです。



須賀敦子さんは、
『遠い朝の本たち』ちくま文庫の中で、
 「ここまで書いてきて、思いがけなくもうひとつの考えが浮かんだ。アン・リンドバーグのエッセイに自分があれほど惹かれたのは、もしかすると彼女があの文章そのもの、あるいはその中で表現しようとしていた思考それ自体が、自分にとっておどろくほど均質と思えたからではないか。だから、あの快さがあったのではないか。やがて自分がものを書くときは、こんなふうにまやかしのない言葉の束を通して自分の周囲を表現できるようになるといい、そういったつよいあこがれのようなものが、あのとき私の中で生まれたような気もする。もちろん、それをそれとしてはまったく気づいていなかったし、そのまま学校の作文につなげて考えるには、教室は、あまりにも読書のよろこびや書くことの愉しさから隔離された場所だった。作文の時間というのが、私にはひどく面映ゆく、数学とは違った種類の苦しみだった。」(107-108頁)


 「半世紀まえにひとりの女の子が夢中になったアン・モロウ・リンドバーグという作家の、ものごとの本質をきっちりと捉えて、それ以上にもそれ以下にも書かないという信念は、この引用を通して読者に伝わるであろう。何冊かの本をとおして、アンは、女が、感情の面だけによりかかるのではなく、女らしい知性の世界を開拓することができることを、しかも重かったり大きすぎたりする言葉を使わないで書けることを私に教えてくれた。徒党を組まない思考への意志が、どのページにもひたひたとみなぎっている。(113-114頁)
と、書かれています。「中学生になったばかりの」頃の回想です。


「いきなり現れ、去った文学者の残したもの」
 「十年前の一九九0年、須賀敦子という聞き覚えのない著者が出したエッセー集『ミラノ 霧の風景』(白水社)を読んだ者は、だれもが目をみはらされた。どうやら処女出版らしい。しかしすでに作家の確信ともいうべき力が文章の内にこもっている。イタリアという異邦の風土をめぐる思いが、書き手の内部ですっかり熟成しているのを感じさせられる。つまり私たちの前に、いきなり文学者が現れたのだった。」(104-105頁)

「現れた」のは「いきなり」のことだったのでしょうが、中学生の時から、須賀敦子さんの内では、陽が当たる日に備えての準備が、着々となされていたのは間違いのないことであって、必然だったのだと思っています。