「日本人はなぜ『さようなら』と別れるのか」(全)


アン・モロー・リンドバーグ「サヨナラ」
2015/08/10
「女性飛行家の草分けが書く『東洋』への旅」
アン・モロー・リンドバーグ著 / 中村妙子訳『翼よ、北に』みすず書房
 2002/09/04 に「日刊ゲンダイ」に寄稿されたコラムです。
「感受力も並でない。とくに日本語の「サヨナラ」について語るところ。「文字通りに訳すと、『そうならなければならないなら』という意味だという。これまで耳にした別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉を私は知らない」とアンは書く。英語でもフランス語でもドイツ語でも、別れの言葉には再会の希望がこめられている。祈りがあり、高らかな声がある。
 しかし日本語の「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。「それは事実をあるがままに受けいれている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている」
 われわれにとっても思いがけない読みだ。須賀敦子も、そこに感銘を受けたと書いていた。アン・モロー・リンドバーグは二00一年二月、逝去。九十四歳だった」(三二八ー三二九頁)

再び「サヨナラ」です。奇遇です。
2015/09/24
 手元にあった、
の目次をみていると、「日本人は、なぜ『さよなら』と別れるのか」という講義があり、もしやと思い、ページを繰ると、A・M・リンドバーグ『翼よ、北に』中村妙子訳、2002年、みすず書房 からの引用があり、驚きました。
 「サヨナラ」を文字どおりに訳すと、「そうならなければならないなら」という意味だという。これまでに耳にした別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。…けれども「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。それは事実をあるがままに受けいれている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。ひそかにくすぶっているものを含めて、すべての感情がそのうちに埋み火のようにこもっているが、それ自体は何も語らない。言葉にしない Good-by であり、心をこめて手を握る暖かさなのだ ー 「サヨナラ」は。

竹内整一「日本人は、なぜ『さよなら』と別れるのか」
2015/09/25
 まずはじめに、竹内整一氏は「さよなら」に先行する別れの挨拶の言葉として「さらば」と「しからば」を取り上げ、歴史的な考察を試みた後、「『こと』から『こと』への確認・総括」という項を設け、日本人には、「古い『こと』から新しい『こと』に移ってゆく場合に、必ず一旦立ち止まり、古い『こと』と訣別しながら、新しい『こと』に立ち向かう強い傾向」があり、日本人は「古代から現代に至るまで、その別れに際して常に一貫して、「さらば」をはじめとする、「そうであるならば」という意のいい方」をしてきたという荒木博之氏の考えを紹介しています。
 その後「「そうならなければならないなら」という「サヨナラ」」の項で、アン・リンドバーグの「サヨナラ」の解釈を紹介しています。
 また、「『さようなら』は『敗北的無常感』」の項では、「『愛する人々との別れにも、『さようなら』としかいえぬ哀れな日本民族は、軍閥の独裁革命に対し、なんの抵抗もなしえ得なかった』ではないか、そうしたあり方が、この『さようなら』の一語によく表れているのだ、と田中(英光)は批判するわけです。」と竹内整一氏は述べています。
 そして、最後に竹内整一氏は、正宗白鳥の「しかしまあ、いま生きてゐる、今日を生きてゐると、明日は、もう一つの光がさすんぢゃないか」(「文学生活の六十年」)を引き、「『今日』の『こと』が『さようであるならば』、続く『明日』の『こと』も、またわからないままに何とかなる、大丈夫だ、といった期待なり、志向なりが何かしらのかたちで含意されている」と述べ、「われわれの祖先が、『さようなら』という言葉を別れ言葉にしてきた背景には、(むろんいつも意識しているわけではありませんが)つねにそうした思いがこめられていたと言うことはできるように思います。」との一文で、竹内整一氏はこの講義を終えています。

日本人は、なぜ『さよなら』と別れるのか」_感想
2015/09/25
 今の私にとって、正しいかどうかは問題ではなく、関心があるのは、その解釈が美しいかどうかということです。「情感」という言葉を軸に感想を述べてみたいと思っています。
 日本人には、「古い『こと』から新しい『こと』に移ってゆく場合に、必ず一旦立ち止まり、古い『こと』と訣別しながら、新しい『こと』に立ち向かう強い傾向」があり、日本人は「古代から現代に至るまで、その別れに際して常に一貫して、「さらば」をはじめとする、「そうであるならば」という意のいい方」をしてきた、と主張する荒木博之氏の見解は、「さようなら」を時間の節目としてとらえており、そこには日本人の性状は記述されていますが情感は見当たりません。
 田中英光氏は「さようなら」を、たとえば「政治」や「思想」、「強権」といったものと結びつけ、話題は戦争史観にまで及び、「さよなら」を「日本人の敗北的無常感に貫かれた」言葉であると、終始非難めいた書き方をしています。が、「日本人は、なぜ『さよなら』と別れるのか」というテーマとは、明らかに一線を画するものいいをしています。田中英光氏の文章には「情感」と言われるような繊細な感情はなく、激しい感情が沸騰し「激情」となって吹き出しているに過ぎません。
 竹内整一氏は、正宗白鳥の「しかしまあ、いま生きてゐる、今日を生きてゐると、明日は、もう一つの光がさすんぢゃないか」(「文学生活の六十年」)を引き合いに出し、「『今日』の『こと』が『さようであるならば』、続く『明日』の『こと』も、またわからないままに何とかなる、大丈夫だ、といった期待なり、志向なりが何かしらのかたちで含意されている」と述べ、「われわれの祖先が、『さようなら』という言葉を別れ言葉にしてきた背景には、(むろんいつも意識しているわけではありませんが)つねにそうした思いがこめられていたと言うことはできるように思います。」との一文で、この講義を終えています。明るく健康的で、希望があり祈りがある、そういった甘美な情感に彩られた「さよなら」は、講義の掉尾を飾るには誠にふさわしいものであり、これほどすてきな「さよなら」を否定する人はいないでしょう。
 が、情感の有無を超えた崇高な「さようなら」の解釈を私たちに示してくれたのが、アン・リンドバーグの「サヨナラ」です。
 感受力も並でない。とくに日本語の「サヨナラ」について語るところ。「文字通りに訳すと、『そうならなければならないなら』という意味だという。これまで耳にした別れの言葉のうちで、このようにうつくしい言葉を私は知らない」とアンは書く。英語でもフランス語でもドイツ語でも、別れの言葉には再会の希望がこめられている。祈りがあり、高らかな声がある。
 しかし日本語の「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。「それは事実をあるがままに受けいれている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている」
 われわれにとっても思いがけない読みだ。須賀敦子も、そこに感銘を受けたと書いていた。アン・モロー・リンドバーグは二00一年二月、逝去。九十四歳だった。
 アン・リンドバーグの「サヨナラ」は無為であり自然です。自然(じねん)です。自ずからなるものに身を任せています。彼女の「サヨナラ」には、「人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている」のですから、彼女の「サヨナラ」を前にして、他の言葉は邪魔になるだけです。
 「さようなら」についての「語源とか解釈」の確からしさに、須賀敦子さんや「狐」さんが感銘を受け、そしてまた私が心を動かされたわけではありません。その解釈の美しさに心を打たれたのです。

 竹内整一 さんは、ラジオを通して『〈かなしみ〉と日本人 』についての講義をされ、そしてその三年近く後に、下記の二冊を上梓されています。近日中に目を通したいと思っています。書店にはありませんでした。図書館が頼りなんですが…。

 2015/09/28 に、
が届きましたので早速 目を通すと、
「第五章 不可避としての『さよなら』 ー 『そうならなければならないならば』」
に、
からの引用がありましたので、出典に当たることにしました。お目あての「葦の中の声」の頁には、山の店「カモシカスポーツ」さんからの、2008年3月の決算セールを告げるハガキがはさんでありました。
 さようなら、についての、異国の言葉にたいする著者の深い思いを表現する文章は、私をそれまで閉じこめていた「日本語だけ」の世界から解き放ってくれたといえる。語源とか解釈とか、そんな難しい用語をひとつも使わないで、アン・リンドバーグは、私を、自国の言葉を外から見るというはじめての経験に誘い込んでくれたのだった。やがて英語を、つづいてフランス語やイタリア語を勉強することになったとき、私は何度、アンが書いていた「さようなら」について考えたことか。しかも、ともすると日本から逃げ去ろうとする私に、アンは、あなたの国には「さよなら」がある、と思ってもみなかった勇気なようなものを与えてくれた。


アン・モロー・リンドバーグの「サヨナラ」と出会えた幸せを思います。