小林秀雄「光悦_天才に裏附けられたこの職人の審美上の自得」

小林秀雄『光悦と宗達』
小林秀雄『モオツァルト・無常という事』 新潮文庫
「彼(本阿弥光悦)が年少の頃から修練した相剣(刀剣鑑定などをいう)の技術は、自(おのずか)ら古刀時代に赴く道を彼に教えたに相違ない。彼にとって、日本の美術の故郷とは、即(すなわ)ち日本人が空前絶後の名刀を作り得た時代であった。そして、彼は、それを、砥石(といし)の上で、指の下から現れて来るのを見たのである。天才に裏附けられたこの職人の審美(しんび)上の自得が、桃山期という美術史上の大変革期に際して、諸芸平等と観じもし、そう実行もした彼の生活の扇の要(かなめ)の如(ごと)き役を果した様に思われる。」(186頁)

「彼の指は、名刀に訓練された視覚に導かれ、当代の需要に応ずる為に、健康児の動きのごとく的確に鋭敏に、休みなく運動した。(狩野)探幽(たんゆう)の理想も(狩野)永徳の夢想も、彼を驚かすに足りなかったのである。」(186-187頁)


 「相剣」、また「名刀に訓練された」光悦の眼は、ゆるぎないものだった。「形」をとって鮮やかに映じる眼に、虚実を過つことはなかった。そしてそれは、創造へと向かった。自身の仕事に最も厳しい目を向けるのが「職人気質」というものだろう。
 本編においても小林秀雄の筆はさえわたっている。浮浪の輩である「観念」の内に夢遊することを一貫して拒み、これを退けている。小林秀雄の信用したものは、確かな「形」あるものだけだった。
 光悦なり、また宗達なりの人品に接したことのない私に書けるのは、いかほどのものでもない。ただ小林秀雄の織りなす文章の「形」に見入っているだけである。本末が転倒している。かといって、やめられないのも、また事実である。