「食_食す」その一


一日の多くの時間を台所で過ごしていました。平成二一年のことです。ただひたむきにつくり、ひたむきに食していました。エンゲル係数の大きな生活をしていました。

「食」の手ほどきは、
團伊玖磨『パイプのけむり』シリーズ 朝日新聞社
で受けました。学生時代のことでした。今、
が出版されています。
空腹が満たされればそれでよし、と心得ていた私にとっては新鮮な驚きでした。

文化人類学の講義で、「カニバリズム(食人俗)」の話題に話がおよんだときには、摩訶不思議な食生活をされている西江雅之先生は、
「私は『人を食ったことはない』が、『人を食った話』はする」
とおっしゃられていました。
「食べられる物」と「食べる物」の違い
「食べ物」は「食べられる物」のほんの一部
「食べ物」は「文化」である
「食べ物と制約」
こんな話もうかがいました。
そして、2012/11/19 には、
が出版されました。

鉢山亭虎魚『鉢山亭の取り寄せ 虎の巻』オレンジページ
 三十代から四十代にかけて十年間、池波正太郎の膝下で男の生き方を学んだ。しかし、十年がかりの勉強で私が何とか身につけたと思っているのは、ただ一つ、
「必ず来る死に向かって、有限の時間を着実に減らして行くーーそれが人の一生だよ。ことに男はそうだ。女には子を生むことによって永遠の生命を生き続けるという特権がある。男にはそれがない。だから毎日、きょうという一日が最後と思って酒を飲め。そう思って飯も食え。

「食す」ことは人生の一大事であることを思いしらされた私は、一念発起しました。例によって形から入りました。「食」について書かれた本を読みあさり、調理器具や調味料、香辛料等々を一通りそろえ、実際に料理をし、食すまでには結構な時間がかかりました。