長田弘「賀状」


賀 状

 古い鉄橋の架かったおおきな川のそばの中学校で、二人の少年が机をならべて、三年を一緒に過ごした。二人の少年は、英語とバスケットボールをおぼえ、兎の飼育、百葉箱の開けかたを知り、素脚の少女たちをまぶしく眺め、川の光りを額にうけて、全速力で自転車を走らせ、藤棚の下で組みあって喧嘩して、誰もいない体育館に、日の暮れまで立たされた。


 二人の少年は、それから二どと会ったことがない。やがて古い鉄橋の架かった川のある街を、きみは南へ、かれは北へと離れて、両手の指を折ってひらいてまた折っても足りない年々が去り、きみたちがたがいに手にしたのは、光陰の矢の数と、おなじ枚数の年賀状だけだ。
 元旦の手紙の束に、今年もきみは、笑顔のほかはもうおぼえていない北の友人からの一枚の端書を探す。いつもの乱暴な字で、いつもとおなじ短い言葉。元気か。賀春。

長田弘『深呼吸の必要』晶文社