安西均「お辞儀するひと」
安西均「お辞儀するひと」
中国残留孤児の第七次訪日団四十五人は、三月三日(昭和六十年)午前十時十分、成田空港から日航機で中国へ戻って行った。それを報道する翌日の朝刊の写真には ーめいめい手を振って別れの
挨拶をする、一行から少し離れ、
床に手荷物の紙バッグを置き、
こちらに向って、深々と
頭を下げてゐる女のひと。
劉桂琴(りうけいきん)さんといふさうだ。
推定(何と悲しい文字だらう)四十四歳。
前夜、叔父と名乗る人が、空港へ
駆けつけてきたが、別人だった。
記者団の質問に「日本が私の生みの親、
中国が育ての親です」と答へたきり、
深夜、ホテルの自室で、大好きな
ハルビンの民謡を歌ってゐたさうだ。
桂琴さんの写真に添へて「だれにともなく
深く一礼」と説明がある。だれにともなく!
こんなにも美しく、哀しいお辞儀の姿を、
私はかつて見たことがない、ただの一度も。
私は思はず胸のうちで、この姿に
会釈を返す。このひとが戻っていく国の言葉で
〈再見(ツアイチエン)〉と言ひたい気がする。
東京の空までが、春近い気配にうるみ、
じっと雨を耐へてゐる朝だ。
◇ 光村図書『国語 3』179-181頁(平成十四年二月五日発行)
中学校3 年生の国語の教科書に掲載されている、安西均さんの詩です。
77回目の「終戦の日」を迎えました。
戦争には、戦勝国はなく、皆敗戦国です。少しの想像力を働かせれば、ひとりの死は、決して匿名の個人の死ではなくなります。
これほど「美しく、哀しい」お辞儀を、私は知りません。これを写真におさめた記者がいて、詩に託した安西さんがいて、また私たちがいます。この平和への願いが、波紋のように広がっていくことを望んでいます。
政治に、キリスト教的な倫理観を求める愚は承知していますが、海千山千の世界は私の住めるところではありません。
私は言葉の力を信じています。