長田弘「読書のための椅子」_ジョージ・ナカシマ「ラウンジ アーム」


2 読書のための椅子
長田弘『読書からはじまる』日本放送出版協会

どんな椅子で本は読むべきか
 読書というのは書を読むこと、本を読むことです。読書に必要なのは、けれども本当は本ではありません。読書のためにいちばん必要なのが何かと言えば、それは椅子です。
(35頁)

本を読むための椅子
椅子が使われるようになる以前は、文机や書見台という読書のための洗練された家具がありましたが、椅子を使う生活が中心になった今も、これが本を読むために最良の椅子だ、これが自分にとっていちばんいい椅子だと言えるような椅子が、わたしたちの日常の光景のなかに普通にあるとは、まだ言えません。
(41頁)
 
 ほとんどの椅子はクッションを必要としますが、わたしが個人的にもっとも好きなのは、北米のコネティカット州でつくられた木の椅子で、木の椅子でもまったくクッションを必要としないよう、たくみに窪みをもたせた椅子で、何時間座っていても疲れません。どんな人も、それがクッションのない椅子であることさえ意識しないのです。いい椅子がどうかというのは、その椅子が長時間座って疲労しない椅子かどうか、です。
 ジョージ・ナカシマという世界に知られた椅子つくりのこしらえた、本を読むための椅子があります。むだのない手づくりの木の美しさが息づいているのがナカシマの椅子の特徴ですが、本を読むための椅子というのは、そのじつは片側だけに肘掛けのあるラウンジ・チェアです。印象的なのは、その椅子の腰掛けの板のデザインで、左右に浅く開いた窪みはちょうど本の見開きのように見えることです。
 本当は、本を読むための椅子としてつくられた椅子ではないのかもしれませんが、ナカシマのその椅子は、本を読むための椅子という夢を誘う椅子で、わたしはずっと、その椅子は本を読むための椅子としてつくられたと思っていました。本を読むためにつくられた椅子というのが本当にあれば、本との付きあい方は違ってきます。椅子は本来そういう働きをもっている日常具だからです。(41-42頁)

椅子で人生が変わってくる
 本を読むならば、深呼吸するように本は読みたい。そして、本を読んで人生の深呼吸ができるような場所があるとすれば、それはいい椅子の上だということです。そのように、自分のための椅子を見つけることができれば、いい本を読む、あるいは本を読んでいい時間を手に入れることができるだろうというふうに思うのです。
 これが自分の椅子だ、これが自分にとっていちばんいい椅子だ、この椅子に座っていれば、たとえ本を読まなくて膝の上に本を置いて居眠りをしても楽しいという椅子にめぐりあえれば、人生の時間の感触はきっと違ってきます。(53-54頁)

読書からはじまる
 すべて読書からはじまる。本を読むことが、読書なのではありません。自分の心のなかに失いたくない言葉の蓄え場所をつくりだすのが、読書です。(197頁)


ジョージ・ナカシマ桜製作所


ジョージ・ナカシマ「ラウンジ アーム」




長田弘『読書からはじまる』NHKライブラリー文庫
長田弘『読書からはじまる』NHKライブラリー文庫

「家具屋で働く双子のブログ」 さんを大いに参考にさせていただきました。どうもありがとうございました。