「小林秀雄,岡潔『人間の建設』_理論物理学者とは、そして数学者とは」

小林 アインシュタインは、すでに二十七八のときにああいう発見をして、それからあとはなにもしていないようですが、そういうことがあるのですか。
 理論物理学者は、一つの仕事をすると、あとやらないのがむしろ原則ではないでしょうか。幾幕かの理論物理という劇で、個々の理論物理学者は一つのシーンを受持っている。その後はもうやらない。そんな気がします。
小林 ある幕に登場するわけですね。
 数学者はそうではない。その人のなかに数学の全体というものをもっている。自分の分野はしまいまでやります。物理学者とは違うのです。
小林 はああ、それは面白い御意見です。すると、岡さんの若いときに発見なさった理論は、一貫して続いているわけですね。
 そうです。
(中略)
 その当時出てきていた主要な問題をだいたい解決してしまって、次にはどういうことを目標にやっていくかという、いまはその時期にさしかかっている。次の主問題となるものをつくっていこうとしているわけです。
小林 今度は問題を出すほうですね。
 出すほうです。立場が変るのです。中心になる問題がまだできていないというむつかしさがあるのです。
(68-69頁)