「小林秀雄『正宗白鳥の作について』より_人物編(後編)」

「正宗白鳥の作について」
『小林秀雄全作品 別巻2 感想 下』新潮社
 「正宗白鳥の作について」は、小林秀雄 最晩年の作品であり、(未完)のままに完結した。以下では、当書にみられる「人物評」について記してみることにする。
 題名に示したように、「『正宗白鳥の作について』より」の「人物評」であり、それらは必ずしも、小林秀雄自身の手になる「人物評」とは限らない。なお、出自は明記する。

◇ 岡倉天心、内村鑑三、河上肇(河上徹太郎『日本のアウトサイダー』)
 河上君に言わせれば、文芸批評を事としていて、何故文学者でもないこれら三人の人物を取り上げたくなったかというと、三人の著作を仔細(しさい)に見て行くと、彼等が「同時代の文学者がなすべき重要な役割を、それぞれの分野に於て果している」のが、はっきりして来るからだ。三人とも欧米文化の到来によって触発された近代人としての人間的な眼覚めを、力一杯告白した人達だ。当然これは文学者が携わるべき仕事と言っていいのだが、果たして文壇の主流には、この三人のように積極的にこの課題に取組む意欲があったかどうか。また、例えば経済学者河上肇の「獄中記」を、自然主義系の左翼文学として第一流の作と率直に認める見識が、今日の文芸批評家にあるかどうか。これは甚(はなは)だ疑問であるとして、河上君はこの疑問の出所を確かめた、これら明治大正の文化的エリートの著作を見ていると、其処に「わが文学の本質的な在り方が旧幕以来のそれと同じものである」のが感じられて来ると言う。(237頁


「私はここで価値の上下を論じているのではない。人生観の広さ、つまり全人性の点で、昔も今も文は儒に及ばないという実情を指摘したいのである」(河上徹太郎評 237頁 

 明治の文明開化の風潮に乗り、眼を外に向ける事によって多忙になった世人は、眼を内に向けなければ出会えない、此のような「実情」にはどうしても無関心になる。そこで河上君の言い方で言えば、オーソドクスな仕事をやり乍(なが)ら、と言うよりも、むしろやったが為に、同時代のわが文化圏の中でアウトサイダーの立場に立たざるを得なかった人も当然現れた。(237頁

 天心も鑑三も肇も、揃ってしっかりした儒教的教養を身につけていた。これを言う場合、河上君は、儒教的教養が、三人を人格的に骨格附けていたという言い方をしているが、更に進んで,「士魂」と呼ぶべきものが、三人の人間的自己発見の方法論をも支配していたと言い切るのである。(河上徹太郎)「吉田松陰」には、「武と儒による人間像」という傍題が附いている。(237-238頁

「日本のアウトサイダー」という人物列伝で、辿(たど)られたのは、誤解され易い言葉だが、河上君は「日本人の血の流れ」と言っているが、松陰に私淑して梅陰と号した河上肇に至って擱筆(かくひつ,文章を書き終えること)した時、同郷人達の親しさの裡(うち)に、松陰の美しい人格は、筆者に美しい人格は、筆者に既にしかと感じ取られていたのである。その感じは、今日でもな猶(なお)、わが身のうちに「隠れ流れている主導的感情」と呼べるものであったと言う。238-239頁


 藤村の『破戒』しか読んだことがない。残る大人たちについては、わずかに名前を聞きかじったほどの知識しかもち合わせていなかった。小林秀雄による上等な人物評は有り難かった。単刀直入に個々の核心にふれる、小林秀雄の筆さばきは、最後までみごとだった。
 河上徹太郎「岡倉天心」(『日本のアウトサイダー』中公文庫)を一読したが、覚つかず、再読をうながされている。また、昨日には古書店より、河上徹太郎『わが小林秀雄』昭和出版 が届いた。長年来にわたって気になっていた本である。
 「正宗白鳥の作について」は、小林秀雄 最晩年の著作である。大切に思っている