河上徹太郎「岡倉天心_意識的なルネッサンス運動家」

「岡倉天心」
河上徹太郎『日本のアウトサイダー』中公文庫
天心は明治期を通じての大ロマンティストであった。されば彼を大いにロマンティックに扱おう。これが彼のような状態にある人物を知る正しい道である。(139頁) 

 鑑賞眼は天性のもので、何もいうことはない。ただ天心は仕事が美術畑に運命づけられ、維新以後の文化の荒廃で美術界が全く沈滞萎靡しているのを見て、これを再興するにわが古美術の伝統に着眼したところに、認識の正しさと共に、その気宇の壮大、ロマンティシズムがあるのだ。丁度牧野(伸顕)氏が日本にない鉄道を敷くために鉄道のイロハを勉強したように、天心は日本に途絶えた美術を興すために、わが国民の美意識の源泉にこれを求めたのである。そのため時の文人画派と新興の洋画派を敵とすることになるのだが、前者の退廃を卻けたことは道理があるとしても、後者の文明開化性を押えたのは、彼の眼が昏かったからではない。いわば彼は新しいものを求めて古美術の道へ踏み込んだのだ。これが天心の進歩性である。そしてここに彼が眼先の時流を追わず、易きにつかぬ在野性、或いはアウトサイダーとしての真面目があるのだ。(149-150頁)

 では「天心の理想」は何であったろうか? 彼が美校や図画教育の理想にわが古美術を置いたことは確かに正しかった。彼が文人画は固より四条派よりも狩野派を宗としたのはわが美術の健康さを求めたからで、それは意識的なルネッサンス運動である。
(中略)
その動機が何であったにしろ、何のハンディキャップなしに世界を舞台に自分の信ずる美の体系を表現し得たことは、彼にとって最上の無償の喜びだったに違いない。(152-153頁)