TWEET「咳(しわぶ)き一つ」

 右胸上部に痛みを訴える父のつき添いで、昨日整形外科にいきました。右の第6,7肋骨、骨折との診断でした。レントゲン写真には、骨折を示す二本の斜線が写っていました。夜トイレに起きた際の、アレルギー性鼻炎による、十数余回におよぶくしゃみが原因とみられます。全治三週間とのことでした。痛み止めのテープと錠剤が出ました。次回の診察は、12/12です。
 「咳き一つ」と書きましたが、書いてみたかっただけのことで、実際には「くしゃみ」であり、「 十数余回」です。

今、「苦沙弥先生」のことを思っています。
昨年が漱石の没後百年、今年が生誕百五十年にあたることを、うかつにも昨年の暮れ、新潮文庫のキャンペーンではじめて知りました。それは奇しくも、司馬遼太郎の「文学から見た日本歴史」を読んだ直後のことでした。

「太平の逸民」には、やはり「咳き」よりも「くしゃみ」が相応しく、病因には、「くしゃみ」よりも「咳き」が相応である。
「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」(夏目漱石『吾輩は猫である』)
などと愚にも付かないことを思いつつ、早一年、今年も暮れようとしています。

以下、
山村修『増補 遅読のすすめ』ちくま文庫(全)
です。