「山本空外『書と生命 一如の世界(対談)』_2/2」

 今日(2022/02/07)昼すこし過ぎたころ、

◆『墨美「書と生命 一如の世界」<対談> 山本空外 / 森田子龍 1976年12月号 No.266』墨美社
の再読を終えた。
本誌は、
「昭和五一年九月一二日放映
NHK教育テレビ ー 宗教の時間」
の筆記録である。時間的制約のなかでは、意をつくせず、時間的枠内のなかでこそ、最優先に伝えたい内容があり、私たち読者にとっても悲喜こもごもの対談となっている。
 なお、森田子龍氏は墨美社長である。

「そのまま
         ー 煩悩即菩提 ー」
山 本 ここまで来て、人間というものについて考えをまとめてみたいのですが、先ず聖徳太子の
  世間虚仮、唯仏是真
ということばが思い浮かんでまいります。
 相対的・日常的な世界「世間」は、すべて虚仮であり迷妄である、とされ、そこを超えた一如の世界を「仏」としてとらえ、そこだけが真実だとされています。
 相対次元と一如の世界とを明確に位置づけ、断固たる自信をもって評価を下されているわけです。(12頁)

「僧侶がいい書を残した」
山 本 でも空海にしても慈雲にしても良寛にしても日本の書道史では僧侶が手本を示しておられるということはありがたいことだと思いますね。
森 田 書がいいということは、一如の人間に、先生のお言葉でいえば、主客を離れた無二的人間になっているから、つまり無礙自在に自分まるまるを生きているから、その人の書がいいということでしょう。それ以外に書がいいといえる理由はありえないと思うんです。
山 本 そうですね。(34頁)

「形を通し形を超えてその奥で
         光るもの ー いのちの根源」
山 本 そうですよ。だから形式も大事だけれども、形式にとどまらずにもう一つ奥で光るというか動くというか、いのちの根源に取り組んで自分でなければ実らせないような人生を、書なら書のなかで、茶道なら茶道として、生かしてゆくことが本当の芸術とか文化といえるのではないでしょうかね。
森 田 そうだと思います。もう一歩を進めて今の形式的な問題、外側の問題をただ無視するのではなくて本当に外にとらわれない一如の自分が、そういう形式の意味を内から生かして出てゆく、それがないといかんわけですね。
山 本 そうですよ。わが国の書論の本に『鳳朗集』というのがありまして、「筆法は筆法にしておき、書くときはただ心と書くべし」とこういっています。やはりいのちのつながりですね。臨書にしても見た通りの形だけにとらわれないで、書いた人のいのちと呼応して、自分は自分なりに自然を生かしてゆくことのできるようなところをいっているのではないでしょうか。だから定家卿の筆諫口訣というものを読んでも、
「定家卿のいわく、我筆道は一也。二聖(嵯峨天皇、弘法大師)、三賢(道風、佐理、行成)の跡をもしたわず、両公四輩の風をもねがわず、ただ法而任運にして柳は緑、花は紅、風雲流水のすがたおのずから不可説の道なれば、わが師にあらずということなし。わが手習にもれたるものなし。」といっていますから、臨書は臨書としてもう一つ奥に自然のいのちに取り組んで、自分なりに生かしてゆく。(34-35頁)

以上で引用を終えようと思ったが、空外先生についてのブログ全編において、先生のご専門であるプロチノスについての記載がないのはさびしく心残りで、引用を続けることにした。

山 本 さきほど少しあげたプロチノスの「一者」というのは、「至る処にあるが、またどこにもない」といっていますからね。その至る処にある自然のいのちにわれわれは生かされているのですから、体じゅう心の底まで自然のお蔭で生きておる。また、どこにもない、という。自然が実らしたのが皆だとか他の人は自分のとおりにせよとか、ではなしに、自分は自分なりに全うしてゆくのであって、そこでお互いが助けあって、実りある社会を清らかに全うしてゆくというような宗教にも通じてくると思いますがね、私は。「一者」を書く、どこにもあるがどこにもない。それが自分なりに生きて動いてゆく、そういうのが芸術でもあり、宗教でもあると ー 。(35頁)

 いま思えばこれがこの対談の結論であった。
 対談は人を選ぶ。森田子龍氏では役不足の感が否めない。それは対談中の誤認、出版に際して書かれた「編集室」,「舌足らずの弁」を読めば明白なことである。が、空外先生は黙して語らず。大人(だいじん)である。
 では適任者は、と思えば、空外先生が、「書道教門の最高峰」と仰ぐ、『書譜』の著者 唐の孫過庭ということになろうが、二人は心中で語り尽くし、いまさらあえて面前で語る必要はないだろう。

追記:
「プロチノスの『一者』」
山 本 ちょうどそのドイツの初めの留学から続いてフランスのパリの大学で勉強するようになった時に、問題がさかのぼってプロチノスあたりに取り組むことになっていました。
 その頃、世界一といってもいいほどプロチノス研究の権威者でその全著作もギリシャ原語で出しておるし、フランス語で全訳もしているブレイェという教授がありまして、そういう方その他の教授につきまして、プロチノスに取り組むことになり、しかもプロチノスというのは、新プラトン学派といわれるので、
(中略)
しかし西洋の哲学思想を通観して、特に感銘がふかいのは、プロチノスその人は哲学の根本としておる、ギリシャ語で「ト・ヘン」といいます、ヘンは一、二、三の一という意味で、トは中性の定冠詞ですから、「一なるもの」,「一者」と簡単にいわれるんですけれども、一者から万物は成り立ち、つまり万物の根源でございまして、万物のめざすところも一者に還える、根源にして目的といわれるその一者を、哲学的に概念把握するのじゃあなしに、自分が一者と一つになった経験から組織的に述べていることが特色でございまして、その点に私が強くひかれることになりました。と申しますのももともと私のそういう心がひろく開けた、いわば行詰った心から悟りの方向へきまったそのことが哲学を志す元にもなったのですから、そういう人に心をひかれるのも、まあ自然といえば自然です。(2-3頁)

プロティノスについては、
◆『井筒俊彦全集 第九巻 コスモスとアンチコスモス』 慶應義塾大学出版会
で知った。井筒俊彦はプロティノスの深い瞑想体験に「華厳経」の風光をみた。プロティノスには、インド行への強い意向があったが、かなわなかった。

次回は、
◆『墨美 山本空外 ー 書論・各観 1979年7月号 No.292』墨美社 
の再読である。