「小林秀雄と事実の誤認と」

山下裕二「冬景山水図」
赤瀬川原平×山下裕二『雪舟応援団』中央公論新社
 うさん臭く、鼻持ちならない文章である。この夏出会った悪文の最たるものである。おしゃべりに過ぎ、言葉に責任のもてない山下裕二の品位を疑いたくなる。
 以下、氏が、小林秀雄「雪舟」から引いた一節である。


「『夏冬山水図』という大胆不敵な絵、これは殆ど観者を無視して描かれている。言ってみれば、これも絵というものではないのである。『山水長巻』の部分図であり、あそこで前景に集中した力を、ここではままよと全画面に破壊させてみたのである。夏景も冬景もない。これは自然という塊である。雪舟には雰囲気などというものがもう邪魔臭かったに相違ない。曼殊院の坊様に頼まれて、仕方がない、片っぽには雪を降らせて置こうかと言った風なものだ。こういう、味いというものを一切無視した頑固無情な絵が、大切に伝来されて来たという事さえ、私には不思議に思われる。

 事実誤認は、いくつかある。(後略)」(87-88頁)


 私にとって、小林秀雄の「事実の誤認」は、とるに足らない、瑣末なことである。私の関心は、小林秀雄の眼に映った美であり、その抜き差しならぬ言語表現にある。言葉が美に昇華するころ合いにある。
 この件に関しては、考証家のいたずらな「誤認」としか、私には映らない、とだけ申し上げておく。