白洲正子「明恵上人総覧編」

◆ 白洲正子『明恵上人』講談社文芸文庫
の、第一章「樹上座禅」は、 “ 明恵上人総覧 ” の体を成す美しい章段である。

『我は後世たすからんと云ふ者にあらず。ただ現世に先づあるべきやうにあらんと云ふ者なり』(栂尾明恵上人遺訓)(12頁

『凡そ仏道修行には何の具足(くそく)もいらぬなり。松風に睡(ねむり)をさまし、朗月(ろうげつ)を友として究め来り究め去るより外の事なし』(遺訓)(13頁)

「『何の具足もいらぬ』人間には、本願寺のような大組織も打立てられなかったかわり、古今を通じて、個人的な、信者が絶えぬ所以でありましょう。もっとも、彼の場合、信者というのも大げさなので、徳を慕う人、もしくは単に、好きな人、と呼んだ方がふさわしい。仏教の知識があれば、それに越したことはありませんけれども、私のような学問のないものにも、明恵の人間の美しさは充分うかがえる。何ら媒介を必要としない、この直接的・個人的なところに、自力の僧の面目があ」る。(16-17頁)

 なお、明恵上人と親鸞は、序安 3年(1173年)、同じ年に生まれている。

『我は師をば儲たし、弟子はほしからず。尋常(よのつね)は聊(いささか)のことあれば、師には成たがれども、人に随つて一生弟子とは成たがらぬにや。弟子持て仕立(したて)たがらんよりは、仏果に至るまでは我心をぞ仕立つべき』(遺訓)(17頁)

『心の数寄(すき)たる人の中に、目出度き仏法者は、昔も今も出来(いでく)るり。詩頌(しじゅ)を作り、歌(うた)・連歌(れんが)にたづさはることは、あながち仏法にてはけれども、かやうの事にも心数寄たる人が、やがて仏法にもすきて、智恵あり、やさしき心使ひもけだかきなり』(15頁)

「もし明恵が生れながらの『仏法者』でなかったら、どんなに優れた芸術家に育っていたか。樹上座禅像の他にも、鳥獣戯画とか華厳絵巻とか、絵画彫刻の類を沢山蔵している高山寺は、あたかも美術品の宝庫の観を呈していますが、明恵の存在をぬきにしては考えられないことです」(15頁)


 文庫にして、わずか 12頁である。立ち読みでじゅうぶんに間に合う。明恵上人にふれてみてほしい、と思うが、こればかりはご縁だから仕方がない。
 白洲正子は、「です」「ます」体の丁寧語で、当書を書いている。新鮮で、好感がもてる。