「浮世絵美術館 夢灯_小夜の中山」

2022/07/08
 17時に出立。「小夜の中山峠」までは 2時間もあれば行けるが、前日に出発した。読みかけの、
◇ 白洲正子『西行』新潮文庫
を、旅先で読み了えるのが目的だった。折りしも「富士の煙」の章にさしかかり、「小夜の中山」の記述もみられる。

◆「東京庵 豊川店」
「水車天ざる定食」をいただいた。
◆「EXPASA 浜名湖(上り)」
 仮眠後、うつらうつらした頭で、文庫を数十頁ほど読み、気分転換に浜名湖を見にいった。いまだ明けやらぬ湖である。湖(うみ)は凪いでいた。いつになく静かだった。


2022/07/09
◆「道の駅 掛川」
 人混みにまぎれるのがいやで、場所を変えた。「道の駅 掛川」から「小夜の中山」までは、ほんの10分ほどの距離である。車中で本を読んでいた。蒸し暑く、冷房が必要だった。
◆「小夜の中山」
 曇り空のもと、富士の高嶺は望めないことは分かっていたが、いつもの私の「遥拝所」に立たなければ気がすまなかった。


 帰り際、夏アザミにとまるチョウを見つけた。チョウは羽を閉じたり開いたりし、息をついているかのようだった。チョウはギリシア語でプシケ、 “魂 ” を意味する。チョウは霊峰富士の使者か、と思った。
◆「小夜の中山 浮世絵美術館 夢灯(ゆめあかり)」


 開館の 10時を過ぎてもドアは開かなかった。
峠の茶屋「扇屋」さんを切り盛りしている女性が、先生はもうすぐ来ると思うよ、と声をかけてくださった。あきらめて帰る寸前だった。
 今回のテーマは、
「袋井・見附の宿展」
だった。
 はじめは私ひとりだったが、その後 女性二人組が来て、さらに男性ひとりが加わった。館長さんの、あちこちに気を配りながらの解説は、みていて気の毒だった。
 私が探しにきた「緑色」は、松の緑でもなく、山の緑でもなく、今回は見つからなかった。
 収集歴50年、収集のすべてを並べると、700m になるそうである。
 髪の毛の生え際の、虫メガネで見なければ、それとは分からない細線、桜の版木の年輪が写った絵、後ろ手を組んだ人物の手のひらと手の甲の描き間違い、廣重と北斎の対比、幕府の検閲の印(いん)についての解説。私は疲れて中央に置かれていたソファに座りながら聞いていた。館長さんはいままでに際限なく同じ解説を繰り返し、しかし館長さんの関心は他のところにあるに違いなく、なんという辛抱強さか、と思った。
 二時間あまりお邪魔した。消耗した。峠の茶屋「扇屋」さんには、寄ることなく帰路についた。
◆「遠州豊田PA(下り)」
一時間ほど午睡をした。
◆「EXPASA 浜名湖(下り)」
 雨上がりの浜名湖は濁り、荒れていた。
「広島焼き」をいただいたが…。

 高速道路を下りると、憂鬱になった。小雨が降り出した。芬々たる市街地の臭いを感じた。どうしてもこの街が好きになれない。手枷足枷を科されたような不自由さを感じている。旅の終わりに毎回抱く感懐である。
 16:30 に帰宅した。結局、
◇ 白洲正子『西行』新潮文庫
を読み了えることはできなかった。
 感染者数が漸増し、第7波か、という声も聞かれる。自粛を余儀なくされる生活がしばらく続くだろう。この時期に、「浮世絵美術館 夢灯」さんの展覧にふれることができたのは幸いだった。しかし、それにもまして、「夏アザミとチョウ」という浮世の絵はみごとだった。