「司馬遼太郎『空海の風景』から展がる景色」

大岡信「解説」
司馬遼太郎『空海の風景』中公文庫(376頁)
書きあげられた『空海の風景』は、まさしく小説にちがいなかったが、伝記とも評伝ともよばれうる要素を根底に置いているがゆえに、空海を中心とする平安初期時代史でもあれば、密教とは何かに関する異色の入門書でもあり、最澄と空海の交渉を通じて語られた顕密二教の論でもあり、またインド思想・中国思想・日本思想の、空海という鏡に映ったパノラマでもあり、中国文明と日本との交渉史の活写でもあるという性格のものになった。 
 これらはすべて、司馬遼太郎という作家において最もみごとに造形されうる主題であっただろう。

本書は、丹念な考証の積み重ねとその間隙を埋めるべく、司馬のたくましい想像と創造によって織りなされた、司馬遼太郎の目に映った『空海の風景』です。「異色」の小説です。たいそうな「入門書」です。真言密教、大日経に関する記述が少なく、残念な思いもしましたが、「入門書」と考えれば十分に納得がいきます。

『空海の風景』を一月四日に読み終え、その後、
司馬遼太郎『十六の話』中公文庫
を読み直しています。特に、
「華厳をめぐる話」(99-146頁)
「対談 司馬遼太郎 井筒俊彦 付録 二十世紀末の闇と光」(397-441頁)
は、示唆に富んでいます。今、真言密教が、華厳経が、鑑真和上、明恵上人、そして井筒俊彦が、ことさらに気になっています。『空海の風景』から展がる景色を楽しみたいと思っています。