小林秀雄「武装しないような間抜けな奴は一匹もいなかった」

小林秀雄「DDT」
小林秀雄『人生について』中公文庫

 「DDT(殺虫剤、農薬)の撒布に対して、昆虫界は、突然、前代未聞の反抗を示した。適者生存を説いたダーウィンも、これを見たら胆をつぶしたに違いない。実際、昆虫達は、(『沈黙の春』の著者である、レイチェル・ルイーズ・)カーソンに言わせれば、眼もくらむような早さで武装し始めた。DDTで虱を退治すれば、やがて虱は、DDTの上に卵を生み、子供を平気で育てるようになる。伝染病の媒介者、ペストの蚤、チフスの虱、睡眠病の蝿、熱病のダニにしても、人間が日に毒性を強める薬剤に対して、武装しないような間抜けな奴は一匹もいない事が判明した。そして、この勝負では、というよりこの悪循環ではどうやら、昆虫の方が、いつも一ラウンド先を走っている。DDTの大規模な生産は、医学に於ける抗生物質の多量生産とほとんど時を同じくしたが、決定的と思われたどちらの勝利も、直ぐあやしげなものとなった。」(198頁)



レイチェル・カーソンについては、中三生の英語の教科書で知った。中学校の英語の教材としては、高級な内容のものだった。早速『沈黙の春』新潮文庫 を求めたが、積読したままで今にいたっている。
"Silent spring" means "a spring without life.”
「沈黙の春」とは、「生命なき春」を意味する。
という一文が印象に残っている。下記、その抜粋である。懐かしく読んだ。


『NEW HORIZON 3』東京書籍(平成14年2月10日 発行)
「She’s(Rachel Carson) the scientist who wrote Silent Spring.
(中略)
It's a book about environmental pollution. Carson was a scientist who wrote about the danger of farm chemicals. Few people worried about it in the 1950s. In 1962 she finished her book Silent Spring. "Silent spring" means "a spring without life.” It became a best-seller. It was a book that changed our view of nature.」(67-68頁)



「カーソンの眼は、生きた自然の均衡に向けられている。この観念は、自然詩人の誕生とともに古いのである。こういう私達の情緒や愛情に基く観念、と言うより私達の生得の直観と言っていいものが、現代科学者の分析的意識のただ中に顔を出して来るとは面白い事だ。この、私なら審美的と呼びたい単一な直観を、科学者は、自然の複雑な分析や計量によってDDTを発明するように、発明する事は出来まい。恐らく、それは、そっくりそのまま、意識の深部から、意識の表面に顔を出したもの、顔を出してその抵抗性を示したものと言うより他はあるまい。原形質生物から、幾億年もの間、育てられて来た生物の、自然環境に生きる為の動的均衡に酷似した働きが、私達の心的世界にも存する事は疑えないように思われる。」(198-199頁)

 上記の、掉尾の文については次回にふれることにする。

 「季」で岡潔と出会い、「DDT」でレイチェル・カーソンに出会うとは、思ってもみないことだった。、神出鬼没、天翔る小林秀雄は、私にとっては神代の人である。