「限界家族」


中学校の教科書、『新しい社会 地理』東京書籍(143頁)には、
過疎地域の中には、高齢化が極端(きょくたん)に進み、65歳(さい)以上の人口が過半数をしめる集落もあります。これらの集落は限界集落とも呼ばれ、対策(たいさく)が急がれています。
との記載があります。

我が家を思えば、ご多聞にもれず、「限界家族」です。「対策(たいさく)が急がれています」と、人ごとのように、よそ事のように、無表情な記述をされても、なんの解決策になるはずもなく、「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」、我が家の「限界家族」化は深刻化するばかりです。かといってこれといって打つ手もなく、手をこまねいている間に、近い将来には、「超限界家族」と呼ばれる日がやってくるのは必至です。「超限界」といえば、まことに喜ばしいことですが、「超限界家族」となると、空恐ろしく、いたたまれません。しかし、「超限界・家族」と読めば、旧き悪しき既成の「家族」の概念を超えた、という意味においては、いくらかの救いがありそうです。

これは、手すさびの言葉遊びどころではなく、由々しき問題です。切実で、切迫しています。「限界」までは逃げまわる算段をしていますが、「超限界」までは無理か、と観念しています。「超限界」「人でなし」「人非人」に挑む勇気は、今のところもちあわせておりません。