芭蕉「此の道や行く人なしに秋の暮れ」

2022/11/23
 2022/11/27 08時に「大阪新阪急ホテル」前にて、P教授と待ち合わせ、「三徳山 三佛寺 投入堂」へ登拝に向かうことだけが唯一の旅程だった。しかし、土門拳の、また井上靖の随筆で知った、奈良県内のいくつかの堂塔・仏像を拝観したいという漠然とした思いはあった。
 22:30 に出立した。小雨模様だった。
 奈良に車で向かうのははじめてのことだった。駐車場が心配だった。


2022/11/24
◆「東名阪自動車道(下り)EXPASA 御在所」
車中泊。

◆「法隆寺」
「日本仏教のあけぼの」を「振り仰ぐ」ことを旅のはじめとした。

「法隆寺と斑鳩」
土門拳『古寺を訪ねて 斑鳩から奈良へ』小学館文庫
金堂にせよ、五重塔にせよ、
振り仰いだときの厳粛な感銘は格別である。
古寺はいくらあっても、
その厳粛さは法隆寺以外には求められない。
それは見栄えの美しさというよりも、
もっと精神的な何かである。
そこに飛鳥を感じ、聖徳太子を想い見る。
いわば日本仏教のあけぼのを
遠く振り仰ぐ想いである。

 釈迦三尊像をはじめて美しく尊いと感じた。境地が、趣向がかわったからだろうか。
 百済観音像を側面から仰いだ際の、その体躯の頼りなさに哀しみを覚えた。さらにそれは、 209.4 cm の像高と相まって増長され、哀しみがつのった。
 救世観音を拝観することはできなかった。二日前に秋季特別展は終了していた。


◆「中宮寺」
 菩薩半跏像の美しさをはじめて知らされたのは、前回の参拝時(2020/10/15)でのことだった。時の経過をまたなければ見えない世界がある。岡潔ならば「情緒が深まった」というだろう。長い間 畏まり仰ぎ見ていた。去りがたかった。


◆「平宗 法隆寺店」
柿の葉寿しをいただく。

◆「聖林寺」
 観音堂の改修事業を終え、8月から新観音堂での一般公開がはじまった。観音さまを四辺から仰ぐことができるようになった。
 聖林寺の十一面観音立像については、
◇ 白洲正子『十一面観音巡礼』講談社文芸文庫
の口絵にある、右側面から撮られた白黒の写真が圧巻である。「単行本」や「愛蔵版」では同じ構図のカラー版が表紙を飾っている。
 闘いを終え、満身に創痍を負った勇者が、傷を癒すために深い瞑想に入っているかのようにみえる。表情は厳しく、体躯は剛健そのものである。また、頭上の化仏(けぶつ)は、勇士に捧げられた守護神さながらである。
「上を上へと指向し幾重にも重なり合った花弁は、蓮華座を嵩高にしている。肉薄の花弁は、黄葉した葉を寸分のすき間もなく生けたかのような格好である」( 土門拳『古寺を訪ねて 奈良 西ノ京から室生へ』小学館文庫 112-113頁
 今回も長い時間を過ごした。高邁な御姿を畏まり仰ぎ見ていた。繊美な指の表情に目を凝らしていた。

「太子堂」

「聖林寺全景」

 拝観後 寺庭にある「聖林茶館」さんでコーヒーをいただいた。以下の写真は「聖林茶館」さんの窓ごしに撮ったものである。稜線が光ってみえる山が三輪山である。


「三輪山」
「三輪山は、奈良盆地をめぐる青垣山の中でもひときわ形の整った円錐形の山です。古来、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が鎮まる神の山として信仰され、『古事記』や『日本書紀』には、御諸山(みもろやま)、 美和山、三諸岳(みもろだけ)と記されています。高さ467メートル、周囲 16キロメートル、面積 350ヘクタールのお山は松・杉・檜などの大樹に覆われて、一木一草に至るまで神宿るものとして尊ばれています。特に杉は『万葉集』をはじめ、多くの歌集に詠われ「三輪の神杉」として神聖視され、後世に三輪山の杉葉で造られた杉玉が酒造りのシンボルとして酒屋の軒先に飾られるようになりました。また、山中には神霊が鎮まる岩が点在し、磐座(いわくら)と呼ばれて信仰の対象となっています。神社の古い縁起書には頂上の磐座に大物主大神、中腹の磐座には大己貴神(おおなむちのかみ)、麓の磐座には少彦名神(すくなひこなのかみ)が鎮まると記されています」(「三輪明神 大神神社」

「三輪山登拝」を楽しみにしている

◆「浄瑠璃寺」
 山中のか細い参道脇での車中泊だった。旅寝中に警察官の職務質問をうけた。言葉づかいは丁寧で、職務質問には常に気づかいがある。3匹の野犬が怖かった。


2022/11/25
◆「浄瑠璃寺(九体寺(くたいじ))」
開門前に
◆ 井上靖監修,大岡信編『古美術読本六 仏像』知恵の森文庫(光文社)
◇ 井上靖「浄瑠璃寺の九体仏」
を読み直した。
 開門の 9時にあわせて何台かの車が山道を登ってきた。
 紅葉がみごとだった。
「創建時のご本尊が薬師仏であった事から、その浄土である浄瑠璃世界が寺名の由来とされている」。
 九体阿弥陀如来坐像は2018年7月から5か年計画で2体ずつ修理に出されている。一列に端座した「七体仏」を一望できる場所を探したが見当たらなかった。
 障子越しに射すやわらかな光に照らされた、堂内の不思議な静けさのなかに長い間身をしのばせていた。
 秋季特別展のため、秘仏 吉祥天女立像 を拝観することができたのは幸運だった。吉祥天女立像は彩色がよく保存されていて、ふくよかだった。
 はじめての拝観時には好悪の別はつくが、仔細はわからない。再訪を約して浄瑠璃寺を後にした。

「九体阿弥陀堂」

「三重塔」

「鐘 楼」

◆「唐招提寺」

「扁 額」

「新寶蔵」

※ 以下の画像は「唐招提寺 新寶蔵」さんのサイトからコピーさせていただいたものです。

◇「勅 額」

「勅 額(縦1.48m,横1.17m,材質は桧)」
 
格式の高さを感じた。

◇「如来形立像(にょらいぎょうりゅうぞう)」

井上靖 岡潔「美へのいざない」
岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫
井上  唐招提寺(とうしょうだいじ)に行きますと、破損仏といって、こわれた仏様が並んでおります。そのなかに如来形立像という仏像がある。それは首がありませんで、手首が欠けております。脚も一部破損しているんです。しかし、胸から衣を着ております。そのひだにあかい朱がちょっと残っていまして、もとはまっ赤だったのでしょうけど、すそのほうには黒が少し残っているんです。確かに破損仏ですけれども、それが実に自由で、豊かで、大らかでございます。首がないということでいっそうそう感じられてくるのです。それを地蔵菩薩だというような見方をしている人もいますが、地蔵菩薩だろうと観音様だろうと、なんでもかまわないのです。実にそれはきれいでございます。それは頭と手を欠いたことで、ほんとうは完全になっているのだと私は思います。(100-101頁)

 一瞥して虜になった。

「如来形立像」

◇「太子像」
◇「金堂の鴟(しび)」
「天平の甍」である。
 金堂創建(759年)当初からのものである。

※ 以下の画像は、「奈良大和路 〜悠〜遊〜」さんのサイトからコピーさせていただいたものです。

唐招提寺 鴟尾2

◇「紺紙金字法華経」
「紺紙に銀泥で界線を施し、金泥で書写された『法華経』」である。美術品としての価値も一級のものであり、ついつい見入ってしまった。

「新寶蔵」はひと目で見わたせるほどの広さであるが、この空間にこれほどの宝物が展覧されているのを目にしたとき、やはり鑑真和上の格式の、また唐招提寺の寺格の高さに思いをいたさざるを得なかった。
 どれくらいの時間をすごしたことだろう、何巡したことだろうか。
 井上靖に感謝するばかりであった。

◇「開山御廟」
にて、合掌。
◇「松尾芭蕉句碑」
「若葉して
  御目の雫拭ばや」
◇「おみやげ屋」
「鑑真香」と「ポチ袋」を購入した。


◆「薬師寺」
◇「東塔」

「薬師寺」
土門拳『古寺を訪ねて 奈良 西ノ京から室生へ』小学館文庫
薬師寺東塔は、
日本の塔の中で、最も奇抜な、
変化に富んだ、剛柔繁簡かねそなわった、
見れども飽かぬ美しい塔であるとぼくは思う。
今に残る白鳳時代唯一の建築として
貴重なばかりでなく、
その豪壮雄偉な建築美において、
日本一の塔といってよい。

「東塔」

◇「東院堂」

「西仏寺と西国 投入堂登攀記」
土門拳『古寺を訪ねて 東へ西へ』小学館文庫
「わたしは日本第一の仏像は? と問われれば、銅造ならば薬師寺東院堂(やくしじとういんどう)の聖観音立像(しょうかんのんりゅうぞう)、木造ならば神護寺金堂(じんごじこんどう)の薬師如来(やくしにょらい)立像をあげることは予(かね)てからの持論」である。(159頁)

「東院堂」

 聖観音立像は端正なお姿をされていた。洗練され上品だった。
 ただ残念なことは、銅造が光を反射し見づらいことであった。
 閉門時間までのわずか40分の拝観だった。秋の日は短く、それ以上に御仏と過ごす時間は短く感じられた。

◆「天然湧出温泉 ゆららの湯」
◆「マクドナルド大和郡山インター店」
車中泊。


2022/11/26
興福寺 国宝館」


「帝釈天立像」,「天燈鬼立像」,「龍燈鬼立像」、そして何よりも「阿修羅像」の参拝・拝観が主目的だった。
 慈愛に満ちた「帝釈天立像」にまみえた。
「阿修羅像」の細っそらした腕は、はかなく、哀しみを覚えた。険しい顔つきをされている。どこといい、焦点の合っていない眼は、なにかを見つめている眼ではなく、なにをかに耽(ふけ)っている眼である。翻った裳の、縁どられた金色が美しい。左斜め前の柱によりかかって見る「阿修羅像」の美しさを知った。
「乾漆八部衆立像」のなかでも「迦楼羅像」の衣紋は、入念な細工が施され、殊に美しかった。
◆「興福寺 国宝館ショップ」

「轉(転)害門」

「東大寺と平城京」
土門拳『古寺を訪ねて 斑鳩から奈良へ』小学館文庫
東大寺の伽藍の中で、創建のままに残って、
天平の壮大なロマンチシズムを今に伝える建造物は、
転害門一棟だけなのである。
千二百年来、大屋根をどっしりと支える檜の円柱、
その円柱を受ける花崗岩の礎石。
その円柱と礎石を見ているだけで、
こころの安らぎを覚えるのである。


「円柱と礎石」

◆「戒壇院千手堂」


 法華堂へ向かう途中、特別公開中の戒壇院千手堂を参拝した。小さなお堂だったが、お堂内はきらびやかだった。江戸時代作の鑑真和上坐像が安置されていた。静かな息づかいが聞こえてくるかのようだった。

◆「東大寺 法華堂(三月堂)」


 はじめての参拝だった。
 堂々とした体躯の不空羂索観音は威厳にみちていた。居ならぶ八体の像も毅然としていた。時の経つのを忘れ、天平の息吹に浸っていた。
 帰り際には、「東大寺のほとけたち」(ポストカード)を購入した。不空羂索観音の合掌する掌中には「水晶製宝珠」があった。また、精巧なつくりの宝冠についても写真によって知った。
 法華堂は、華厳経が日本ではじめて講じられた堂宇である。明恵上人のことも思い出され、私にとって大切なお堂となった。

◆「若草山」
◆「奈良ホテル ティーラウンジ」
◆「興福寺 国宝館」
◆「マクドナルド大和郡山インター店」
車中泊。


2022/11/27
◆「三徳山 三佛寺 投入堂」
 08時に「大阪新阪急ホテル」前にて、P教授と待ち合わせ、「三徳山 三佛寺 投入堂」へ向かった。3時間あまりの旅程だった。

「三仏寺と西国」
土門 拳『古寺を訪ねて 東へ西へ』小学館文庫
奈良、京都と古寺巡礼を続けて、
数十の名建築を見てきたが、
投入堂のような軽快優美な日本的な美しさは、
ついに三仏寺投入堂以外には求められなかった。
わたしは日本第一の建築は? と問われたら、
三仏寺投入堂をあげるに躊躇しないであろう。

 念願の投入堂だった。
 岩肌はしっとりと濡れていた。mont-bell の「抜群のグリップ力で路面を捉える」クラッグステッパー」を履いていったものの、3回もの派手なスリップ事故を起こし、各所に擦り傷を負い、左の肩甲骨のあたりに痛みを感じた。道のりは長く険しかった。
 投入堂を目のあたりにし、その「軽快優美」な姿にあっけにとられ、茫然と立ちすくしていた。
 健脚を誇るP教授は、1時間ほど前に到着し、投入堂をひとりほしいままにしていた。

「クサリ坂」

「地蔵堂」

「観音堂」

「投入堂」


「投入堂」

 今回の登拝はあまりにも余裕がなかった。登拝を繰り返すことによって「新しい景色」に出会うことを望んでいる。
 複数人での登拝にかぎられている。同伴者さがしに難航している。

◆「ホテルサンシャイン青山」
に宿泊した。
 日本 - コスタリカ戦を観戦した。両チームともに積極性に欠けた面白みのない試合だった。


2022/11/28
 P教授と姫路駅でお別れした。
 姫路駅から模型のような姫路城が見えたが、しょせん関心の蚊帳の外のことであり、奈良へととって返した。

「唐招提寺」

「唐招提寺 宝相華」

「新寶蔵」

◇「勅 額」
◇「如来形立像」
◇「太子像」
◇「紺紙金字法華経」
◇「金堂の鴟尾」

◆「マクドナルド大和郡山インター店」
車中泊。


2022/11/29
◆「興福寺 国宝館」
◆「法華堂」


◆「茶廊・葉風泰夢(東大寺総合文化センター内)」
校倉クーヘンセットをいただく。
「東大寺ミュージアム」
「塑像日光菩薩立像」,「塑像月光菩薩立像」の放つ光は尊く、覚えず合掌した。「日光・月光菩薩」は「法華堂」に安置されていたことを今回はじめて知った。
 また、「四天王立像」は、表情・肢体、どれ一つとってみても輪郭がはっきりしていて、すべてにおいて明るい。「戒壇堂」が保存修理及び耐震化工事のため、いま「東大寺ミュージアム」に安置されている。「戒壇堂」は、聖武上皇、光明皇太后らが、鑑真和上から戒を授かった翌年 建立された堂宇である。

◆「東大寺」


司馬遼太郎『この国のかたち 一』文春文庫 
 仏教は、飛鳥・奈良朝においては、国家統一のための原理だった。『華厳経(けごんぎょう)』は宗教的というより哲学的な経典で、その経典を好んだ聖武(しょうむ)天皇が、この経典に説かれている宇宙の象徴としての毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)(大仏)を尊び、「国の銅(あかがね)を尽くし」て鋳造した。天平(てんぴょう)感宝元年(七四九年)、この天皇が東大寺大仏の前で「三宝(みほとけ)の奴(やっこ)」とみずからを規定して拝跪(はいき)したことほど、奈良朝における仏教と国家の関係を感動的に表現した光景はない。(245頁)

「わたくしの地平を越えて」
龍飛水編『いのちの讃歌 山本空外講義録』無二会
「聖武天皇は鑑真和上(がんじんわじょう)(688〜763)から戒を受けられました。
(中略)
 世界で聖武天皇のような日常生活をなさった方はおられない。その証拠が正倉院です。今、正倉院に残っているものは、世界一の宝です。
(中略)
これ以上の天皇はおられません。なぜかというと日常使っておられた道具でわかる」
「聖武天皇の皇后の光明皇后は(701〜760)は、書でも日本一です。女子ではむろん、男子でも光明皇后ほどの字が書ける方は、弘法大師(774〜835)や良寛禅師(1758〜1838)などという方がたは別として他にはおられません。「書は心画」といいます。人間になるというのは心の上でなれるのです」( 104-105頁)

◆「名阪国道 伊賀サービスエリア」
 帰途、たいそうな雨に降りこめられ車中泊を決めた。伊賀上野は芭蕉生誕の地である。
 調べると、伊勢神宮まで1時間たらずの距離だった。神宮行きを決めた。


2022/11/30
◆「伊勢神宮 外宮」
 神域内は簡素で清々しく、おのずと寺域内とは異なる興趣がある。

「神宮 外宮 正宮」

「伊勢神宮 外宮 せんぐう館」


 再訪だった。匠の技の数々に見入っていた。職種の選択を誤った気がしてならなかった。
 受付で、
◇ 神宮徴古館編集『特別展 生きる正倉院 ー 伊勢神宮と正倉院が紡ぐもの ー』
を購入した。令和四年九月十三日に発行されたばかりの、すてきな装丁の図録である。
 2時間をゆうに越える時間を館内で過ごした。

◆「月夜見宮(つきよみのみや)」
 外宮から10分ほど歩いたところに位置する「天照大御神の弟神である月夜見尊をお祀りする外宮の別宮」です。「月読宮と字は違いますが同じ御祭神です」


◆「味噌らーめん専門店 蔵 de らーめん」
「北海道味噌 炙りチャーシュー麺」をいただく。
◆「おはらい横丁 赤福本店」


「お召し上がり盆(ほうじ茶と赤福もち二切れ)」をいただく。
 毎月 “ついたち” には、“ついたち餅” が販売されるとのことで、早くも行列ができていた。
 明朝 05時からの営業である。

◆「内宮 神宮会館」
御神酒を買う。
◆「おかげ横丁 伊勢路名産 味の館」
「かりんとう」と播田屋さんの「絲印(いといん)煎餅」とをお土産に買う。「絲印煎餅」は格式があり美味で安価で、お土産物としては最適である。

「絲印煎餅」
「絲印とは、室町時代以降中国からわが国に輸入された生糸に添付されていた銅印のことをいい、小さな鈕(ちゅう)のついた印です。
 この輸入生糸の一荷には、必ず銅印一個をつけ、わが国に到着した後その斤量をあらため、受領証書にこの印を押して、取引の証とする優雅な風習がありました。
 しかも、一荷ごとにつけてある印は、印面も形もそれぞれ異なり、印文も取引用語を抜きにして、弄花吟月、愛春惜秋等の風流語や、判読しにくい謎のような文字、絵、文様などが風雅に表されていました。
 また、鈕には人物、動物等を鋳出し、意匠も種類も雑多で、明時代の精巧な鋳金術をそのままに、小さいながら当時の工芸美術品の代表的なものと言えます。
 太閤秀吉もこの絲印を愛し、公文書に押す自らの朱印もいくつか秘蔵していた中の最珍品を用いたと伝えられています」

◆「紀勢自動車道(下り) 奥伊勢 PA
車中泊


2023/12/01
◆「瀧原宮」



「御手洗場(みたらしば)」になっている「頓登川(とんどがわ)」は、小さな流れだったが、清らかだった。

「瀧原宮(たきはらのみや)」,「瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)」,「若宮神社」,「長由介(ながゆけ)神社(川島神社)」の「順にお参り下さい」と書かれた「立て札」が立っていた。いずれもかわいらしいお社だった。

「瀧原竝宮,瀧原宮」

 古神道というのは、真水(まみず)のようにすっきりとして平明である。
 教義などはなく、ただその一角を清らかにしておけば、すでにそこに神が在(おわ)す。
 例として、滝原の宮(瀧原宮)がいちばんいい。
 滝原は、あまり人に知られていない。伊勢(三重県)にある。伊勢神宮の西南西、直線にして三十キロほどの山中にあって、老杉の森にかこまれ、伊勢神宮をそっくり小型にしたような境域に鎮まっている。
 場所はさほど広くない。
 森の中の空閑地一面に、てのひらほどの白い河原石が敷きつめられている。一隅にしゃがむと、無数の白い石の上を、風がさざなみだって吹いてゆき、簡素この上ない。(司馬遼太郎 『この国のかたち 五「神道」』文春文庫 28-29頁)

◆「おはらい横丁 鈴木水産」

 焼きアワビと焼き牡蠣をいただく。
◆「おはらい横丁 赤福本店」
「お召し上がり盆」をいただく。

◆「伊勢神宮 内宮」

「五十鈴川」

「神宮 内宮 正宮」

◆「おはらい横丁 ゑびや大食堂」
「伊勢真鯛のだし茶漬け」をいただく。
◆「おかげ横丁 伊勢路名産 味の館」
お土産に「絲印煎餅」を買い足す。
◆「伊勢湾フェリー」
 甲板で潮風に吹かれながら過ごすのがいつもだが、今回は強風に吹かれ船内で寝ていた。

 20時に帰宅した。
 土門拳に、また井上靖に案内を請うての古寺巡礼の旅だった。もちろん案内役に不足はなかったが、ひとり置いてきぼりを食った格好だった。ものが見えるようになるには、倦まず撓まず見るしか方法はないだろう。
 思いがけずも長旅になったが、まだまだ時間が不足している。古社寺巡礼の旅に時間の観念をもち込むのは不埒である。
 懸念の「旅の記」に決着がついた。
 読書の明け暮れに静かに新春を迎えようと思っている。