白川静「鳥が運んだものがたり」

「死・再生の思想 ー 鳥が運んだものがたり」
「対談 ③ 孔子 狂狷の人の行方 梅原猛 × 白川静」
『別冊太陽 白川静の世界 漢字のものがたり』平凡社

梅 原 特に縄文時代、しかし弥生時代にも多分に縄文が残っているでしょう、殷的なものが。それから、やはり「死・再生」です。魂が古い屍を去って、あちらへ行く。無事あちらへ送らなくちゃいけない。そういうのが大きな願いなんですね。生まれるのは、今度はあちらからこっちへ帰って来る。
 死・再生というのは東洋の重要な宗教儀式だと思っているんですが、例の伊勢神宮の柱ですね。
編集部 心(しん)の御柱(みはしら)
梅 原 御遷宮(ごせんぐう)ですね、柱の建て替え。それと同じようなものが諏訪(すわ)の御柱(おんばしら)」。
(また能登の「真脇(まわき)遺跡のウッドサークル」)
(中略)
 だから御遷宮のように木を作り替える。ウッドサークルは縄文まで遡るんですよ。それはやはり生命の再生。木は腐る、だから腐らないうちに、神の生命が滅びないうちに、また新しい神の命を入れ替えてですね、ずっと伝える。こういうのがですね、私、日本の宗教の基本だと思ってますが、こういう儀式をもっと壮大にしたのが殷の姿だと、字の作り方なんかで感じました。
白 川 中国ではね、鳥形霊(ちょうけいれい:鳥の信仰は全世界に分布する。鳥は必ず水鳥・渡り鳥である)という考え方があるんですが、これはやはり祖先が回帰するという考えに繋がっておるんじゃないかと思う。季節的に決まった鳥が渡って来るでしょ。
梅 原 水鳥ですね。鳥の信仰は殷にはありますか、鳥は霊ですか。
白 川 あります、鳥は霊です。星でも鳥星(ちょうせい)ちゅう星を特別に祀っています。どの星のことか知らんけど、甲骨文に出て来る。特別の信仰を持っておったんではないかと思うんですがね。
 鳥星は「好雨(こうう)」の星と考えられていたので、「止雨(しう)」を祈るんです。甲骨文にそのことが書いてある。
梅 原 (前略)だから今の日本でやる玉串奉奠(たまぐしほうてん)というのは、あれ、(鳥の)羽根ですね。ひらひらしているの。これはやっぱり僕は共通の信仰だった気がしますね。はっきり出て来ますか、鳥は。
白 川 ええ、だから色んな民俗的なものにも出て来てね。例えば軍隊を進めるかどうかという時ね、「隹」書きますわな、「ふるとり」。
梅 原 これ鳥ですか。
編集部 象徴的な鳥です。
白 川 それでね、軍隊を進めるかどうかという時にね、これで占いをやるんです、「鳥占い」。それから神さんの祀ってある所にね、鳥を置いて神様の反応をみるんです。これ「雇(こ)」という字ですが、これ神様を連れてくるという意味。だからこれを拝む場合、「顧」という字になる。この鳥によって神意を諮(はか)るということはね、色んな方法でやっておる。
梅 原 鳥の占いと神の占いはどう関係するんですか。
白 川 鳥は、祖霊との繋がりがあるんです。
梅 原 やはり渡り鳥。水鳥。
白 川 うん、鳥が渡って来る所に水があって、村を造って、そしてそこに祖霊を祀る。これ丸い池のある所でやりますんで、「辟雍(へきよう)」という。「雍」の本字は「雝」。水と邑と佳。丸い池だから辟、この辟は「璧」の声符で円いものの意がある。だから大池に囲まれた円形の聖所つまり霊廟のことです。日本でいえば伊勢神宮に相当する。これ、渡り鳥がやって来る所へ神殿を建てて、周りを隔離して、そしてお祀りする。
梅 原 鳥というのは基本的に霊の、これホメロスなんかにもありますね、鳥占い。

梅 原 衣ですか。これも日本と同じだな。もっと聞きたいなあ。しかし今日のお話は面白かった。殷と日本とは同じだって、あんたうまく誘導して(笑)。
編集部 ええ、本当にもっとお聞きしていたいですね。漢字のものがたりには終わりがない…
 改めてお時間を頂ければと思います。
梅 原 もう一回やれば一冊の本が出来るな。次は先生、ぜひ『詩経』を…
編集部 では、次回を楽しみに、ということで。本日はどうもありがとうございました。(138-139頁)


 梅原猛は直情の人だった。(笑)は、(大笑)と書くべきだった。
 初学者の私にも解り易く、対談形式はありがたかった。また、編集部の方の締めくくり方はみごとだった。
 九十一歳にしてなお異彩を放つとは、いよいよ翁は文字の霊と化したのだろう。霊験あらたかだった。
 面白かった。楽しかった。愉快だった。小学生以下の私の感想文である。