小林秀雄「実朝の無邪気さ」

 実朝は自分の死を予知していた。そして、二十八歳で横死した。「公暁は、実朝暗殺の最後の成功者に過ぎない。」(116頁)

小林秀雄「実朝」
小林秀雄『モオツァルト・無常という事』 新潮文庫
「いかにも独創の姿だが、独創は彼の工夫のうちにあったというより寧(むし)ろ彼の孤独が独創的だったと言った方がいい様に思う。自分の不幸を非常によく知っていたこの不幸な人間には、思いあぐむ種はあり余る程あったはずだ。」(124頁)

「彼は確かに鋭敏な内省家であったが、内省によって、悩ましさを創(つく)り出す様な種類の人ではなかった。確かに非常に聡明(そうめい)な人物であったが、その聡明は、教養や理性から来ていると言うより寧(むし)ろ深い無邪気さから来ている。僕にはそういう様に思われる。」(136頁)

「彼の内省は無技巧で、率直で、低徊(ていかい)するところがない。」(134頁)

「青年にさえ成りたがらぬ様な、完全に自足した純潔な少年の心を僕は思うのである。それは、眼前の彼の歌の美しさから自(おの)ずと生れて来る彼の歌の観念の様に思われる。」(140頁)

「金槐集」は、凡庸な歌に充(み)ちているが、その中から十数首の傑作が、驚くほど明確で真率な形と完全な音楽性とを持って立現れて来る様は、殆ど奇蹟(きせき)に似ている。「君が歌の清き姿はまんまんとみどり湛(たゝ)ふる海の底の玉」、子規には、実朝を讃(たた)えた歌はいくつもあるが、僕はこの歌が一番好きである。子規は素直に驚いている。奇蹟と見えたなら、驚いているに越した事はあるまい。実朝は自分の深い無邪気さの底から十余りの玉を得たのだが、恐らく彼の垂鉛が其処(そこ)までとどいていたわけではなかったのである。(139頁)
(註) 垂鉛:深さを測る器具の錘(おもり)となる鉛のこと。

「彼の歌は、彼の天凛の開放に他ならず、言葉は、殆ど後からそれに追い縋(すが)る様に見える。その叫びは悲しいが、訴えるのでもなく求めるのでもない。感傷もなく、邪念を交えず透き通っている。決して世間というものに馴(な)れ合おうとしない天凛が、同じ形で現れ、又消える。彼の様な歌人の仕事に発展も過程も考え難い。彼は、常に何かを待ち望み、突然これを得ては、また突然これを失う様である。」(141頁)

西行の『山家集』を思えば、実朝の『金槐和歌集』が気になり、四年ぶりに再読三読した。再読だけでは間に合わず、三読した。しかし、小林秀雄の文章が理解できるようになったのは、うれしい。
 実朝の「天凛」と、小林秀雄の「天才」の感応はおもしろく、読みごたえがある。一人置いてきぼりをくった恰好であるが、綺羅星は遠くに望むほかない。
 掃除、除草の毎日で、疲労・疲弊・消耗・憔悴しきっている。作務とはたいそうな修行である。


  散り残る岸の山吹(やまぶき)春ふかみ此ひと枝をあはれといはなむ  (140頁)
  萩(はぎ)の花くれぐれ迄もありつるが月出でて見るになきがはかなさ (117頁)
  吹く風の涼しくもあるかおのづから山の蟬(せみ)鳴きて秋は来にけり  (138頁)