倉本聰「老いを隠さない名女優たち」
「第10章 夢の鍵を忘れるな」
倉本聰, 碓井広義『ドラマへの遺言』新潮新書
(碓井)確かに平原(綾香)の『明日』を聴くとドラマの中の大竹しのぶが目に浮かぶ。彼女は最初から死者なのだが、寺尾(聰)にはその姿が見えるし会話もできる。大竹でないとできない役柄だった。
「しのぶはうまいですからねえ。僕の〈うまい女優ベスト3〉です。倍賞(千恵子)さんと(いしだ)あゆみちゃん、そしてしのぶ。まあ、八千草(薫)さんという別格がいますけどね。あの3人はやっぱりちょっとたまらない演技をするなあ」
(中略)
「それから映画『駅 STATION』(81年)ですね。倍賞さん抜群でした。ロケ現場にも行ったけど、なんて綺麗になっちゃったんだろうって思いましたね。倍賞さんやあゆみちゃんは、老いを隠そうとも消そうともしない初めての日本の女優だと思うんです。アメリカにはキャサリン・ヘプバーン、ジェーン・フォンダとかいるんですけどね。
よく〈男の顔は履歴書、女の顔は請求書〉だなんて言いますよね[大宅壮一の言葉]。ところがね、女の顔もまた履歴書なんです。だから日本の女優は老けても、昔の若くて綺麗だった頃を保とうとする。厚塗りしちゃうんです。涙を流しても、マスカラを溶かしながら厚塗りの中を流れてくるっていう感じなんですね。
でも、ジェーン・フォンダやキャサリン・ヘプバーン、日本ではあゆみちゃんとか倍賞さんは、涙がちゃんと小じわを通って流れるんですよ。それがすごい。自分の人生が丸ごと見えてくることを、隠しもせずに平気でやれるっていう意識がすごいなあと思いますよね」(193-194頁)